日本最強のAI技術者集団が「熱意」を最優先の行動規範にするワケ
プレジデントオンライン / 2020年10月2日 11時15分
※本稿は、西川徹・岡野原大輔『Learn or Die 死ぬ気で学べ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■共通認識や価値観は文字にしたほうがいい
プリファードネットワークス(以下、PFN)の設立は2014年だ。当初は会社の行動規範やバリューを決めていなかった。
PFI(PFNの前身。プリファードインフラストラクチャー)のときに決めた行動規範はあったがそれから数年経ち、社員も増えた。PFI時代から変わらぬ目標は、「最先端の技術を最短路で実用化すること」だ。
新しいメンバーにとっては、PFNがどういう価値基準や判断基準で事業を行っているのかわからなくて困るケースも増えてきているように見えた。我々皆が漠然と頭の中で思い描いてはいるが、明確なかたちに表現できていない共通の意識や価値観をここで一度文字にしておいたほうが、もっと動きやすいのではないかと考え、行動規範を明確に定めた。
トップダウンで決めたわけではない。2018年当時の社員全員にワークショップに参加してもらった。まず我が社がどのような行動規範を持つべきかを小グループに分かれて議論し、その結果をリーダーたちが持ち寄ってまとめ、最終的に経営陣で決めた。
■「らしさ」を特徴づける4つの行動規範
行動規範は四つある。
*Learn or Die(死ぬ気で学べ)
*Proud, but Humble(誇りを持って、しかし謙虚に)
*Boldly do what no one has done before(誰もしたことがないことを大胆に為せ)
本稿では1つ目の「Motivation-Driven(熱意を元に)」について詳述する。解説する前にお断りしておくが、これらの行動規範だけを大切にすればいいわけではない。企業活動を行う上では、もちろん他にも守るべきものがある。お客様を大切にしましょう、プロフェッショナルな仕事をしましょう、モラルやマナーを守りましょう、といった常識的に大切な部分は前提であり、当たり前だ。
だからこの四つは、他社や外部からすると「ああ、こういう考え方なのか」と思ってもらえるような、「PFNらしさ」を特徴づけるものとして決めた。我々が何を目指しているのかを集約したものとも言えるので、詳しくご紹介したい。
■「熱意を元に」は「好きなことだけやればいい」ではない
*Motivation-Driven(熱意を元に)
仕事は熱意を元に熱中してできるタスクを、自分たちが自ら選び、成果と真剣に向き合うという意味だ。
Motivation-Drivenをそのまま受け取ってしまうと、「じゃあ好きなことだけやっていればいいのか」と思うかもしれない。そうではない。モチベーションには段階がある。
基本的なモチベーションがサバイバルだ。2番目が報酬または罰。3番目が自己実現だ。2番目は外部に評価軸があるが、3番目は基本的に自分の中に価値基準があり、それを元に決める。
我々が考えるモチベーションとは、この3番目のレイヤーだ。自分たちが「これが大事だ」と思えることで目標を達成する。そういう気持ちを持てるような仕事をしようという意味でもある。外部から「これをやってください」と言われてこなすようでは、期待を超える成果は出せない。求められ、決められた仕様に基づいて作るだけで終わってしまう。それはモチベーションがない状態だ。
モチベーションを持つことで、様々な創意工夫が可能だし、顧客が考える以上の成果も出せるはずだ。そもそも創意工夫自体がとても楽しい。熱中して夢中になれるのであれば仕事していても楽しいし、学びも多い。会社はそういう高いモチベーションを持てる環境を作ることを目指している。
■薄い「ラーニングゾーン」に身を置ける環境を
仕事の難易度を難しすぎず簡単すぎない程度にすることも重要だ。簡単すぎる「コンフォートゾーン」と、難しすぎる「パニックゾーン」の間に、薄い「ラーニングゾーン」がある。
「ラーニングゾーン」は、今よりもちょっと背伸びすればできるタスクだ。ここが一番楽しい。簡単すぎると飽きてしまうし、つまらない。逆に難しすぎて、どう工夫してもなんともならない場合も、それはそれでモチベーションがなくなってしまう。だから難易度としては適度に難しい領域が必要になる。
世の中の問題は、問題設定の仕方次第で難易度が変えられる。研究においても、今の技術だと天才がどう頑張っても100年早いという場合もある。一方、あとちょっと頑張れば3年や5年程度で解けるレベルの問題もある。その見極めが非常に重要だ。
自主性も大事だ。たとえば問題を解く場合でも、「これはこういうふうにやってください」と方法まで指定すると、モチベーションは上がりにくい。「どういう方法で解いてもいいよ」だったら自分で創意工夫できるし、考えられなかったような新しい解法を見つけられるかもしれない。
自主性にも程度がある。ゴールは固定で、手法だけ工夫するレベルもあれば、ゴール自体に自由度を持たせることもある。会社としては、各チームやメンバーに自主性を持ってタスクに取り組んでもらおうとしているので、「何を解くか」ということ自体にモチベーションを持てるかどうかが重要だと考えている。
「何を解くか」については本人やチームが決めるべきものだ。経営陣としては強制もできるが、理想的には、本人から自発的に「これを解きたい」と思って取り組んでもらいたい。
そこはすごく難しいが面白いところでもある。何か決める場合も、可能であれば本人に自分で気づいてもらえる環境をセッティングすることが重要だ。
■ロボットの手をどうやって精緻にするか
我々が具体的に取り組んでいる問題について少し紹介しよう。たとえばロボットのハンドの問題は解きたい課題の一つだ。今のロボットのハンドは、人間の手ほど柔軟でもないし汎用的でもない。様々な仕事ができるハンドは存在しない。
人間の手は非常にうまくできている。関節数、センサーの数、それらの協調などが本当にうまくできているのだ。普通に現在の技術で模倣しようとすると、部品数が多くなりすぎて、すぐに壊れてしまう。
ハンドの制御ソフトウェアは、さらにハードルが高い。バキュームで吸引して吸い付けたり、クリッパーで挟むだけなら簡単だが、複雑な指を持った手を使って何かのふたを開けるような作業は非常に難しい。機械学習で解くのも難しいのである。
■「今は解けない問題」が解けるようになるタイミングを逃すな
しかし、将来ロボットが様々な場面で使われるようになるためには越えなければならない課題の一つだ。パーソナルロボット実現を目指す我々としては、何としてもこの問題は解きたい。
ただ、取っ掛かりがないような難しい問題なので、単に「これを解いて」と言っても解けない。だから、解けそうな部分問題に分解して、難易度も簡単にして、現実的に取り組めるような課題に落とす必要がある。
そういう問題はいくらでもある。機械が自ら新しい“言語”を生み出すというのもその一つだ。人が進化の過程で獲得した言語が、機械にとっては最適ではないかもしれず、機械が新しい最適な言語を生み出すかもしれない。2017年に社内トップクラスの研究者が1年取り組んだが、難しかったので、いったんやめた。
今の技術では難しい、解けそうにない問題は無数にある。まずは、「そういう問題が存在すること」を知っておくことが重要だ。
そこには「これが解けたら、この問題も解ける」といった繫がりがたくさん隠れているからだ。「今は解けない問題」が、環境が変わって「解ける」ようになるタイミングが必ずある。そういうときに必要な人を採用してチームで取り組むことができれば「まずはここから取り掛かろう」と考えることもできる。
■「研究者」や「エンジニア」という職種の壁を作らない
そのためにも、解きたい問題についてよく知っている人に話を聞いたり、生産現場や工場、病院などに足を運んで、現場で今何が起きていて、どういう課題を持っているのかを把握することを推奨している。
PFNでは研究者やエンジニアという職種による壁を極力なくして「分業しない」ことを大事にしている。できれば営業も含めて分けたくない。
研究スキルを持った人が実際に現場の人と話をして、技術がその現場に直接正しいかたちで、最短経路で伝わるようにする必要がある。効率だけを考えれば分業したほうがいいかもしれないが、すべてを知っていることで学べることが違ってくるし、現場の人が思いもよらない解法を見つけられないか、技術者だからこそ考えることができる。
研究者、エンジニア、営業、先方の窓口、そして現場担当者、と間を経てしまうと、現場の必要な要求も、技術も正しく伝達することが難しい。
日本企業っぽいジェネラリスト的な考え方でもあるが、技術者が直接お客様と話し、ビジネスもできることで、そのボトルネックを解決できると思っている。
「分業しない」ことについては徹底している。
多くの研究論文はその結論で「この技術は○○の分野に有用だろう」と結んでいる。だが著者自身、この技術が必要な分野の人に読まれて実用化されることをどれだけ真剣に考えているだろうか。
イノベーションは、技術のタネが実際にニーズを持っている人に何らかのかたちで伝わることで初めて実現する。
■就労時間の「20%」は自由な研究ができるルール
各社員が試行錯誤する過程で生まれるプロジェクトもある。PFNでは、就労時間の20%までは自由な研究ができる「20%ルール」を設定している。
「20%ルール」の内容については会社に将来何らかの貢献をもたらすという制限つきだが、現在のプロジェクトとは別に自由に使える時間を確保するように努めている。そこから面白いことが出てくることもあるからだ。経営陣は、そうした成果を見つけて、ちゃんと育てるということも大切な仕事の一つである。
2017年1月に公開した線画自動着色サービス「Petalica Paint(当時PaintsChainer)」は、ロボットエンジニアとして入社した米辻泰山が、深層学習の自習のために「20%ルール」を使って取り組んだプロジェクトだった。
公開以来、日本だけでなくアジアを中心に多くのユーザーに利用されており、ピクシブとの協業にも繫がっている。また、こうしたアニメ技術への取り組みは、優秀なエンジニアを集める武器にもなっている。
■思いもかけない成果を見つけて育てるために
2018年7月から「PFN Day」という全社イベントも行っている。各プロジェクトや個人による研究成果発表会だ。口頭発表やポスターセッションが行われて、互いにどういうことを研究しているのか、どういう協力ができそうか、直接、情報共有できる機会だ。
社内のコミュニケーションツールは主にチャットツールの「Slack」を使っている。基本は完全にオープンで、プロジェクトに無関係な人でも、自分が興味のあるテーマや協力できそうなテーマだと思ったらすぐに会話に加わることができる。
我々の会社の規模でも、人が増えるに従って徐々に意思疎通が難しくなりつつある。小規模だったときにはなかった問題も、いくつか出てきている。そのためにもこの行動規範「Motivation-Driven(熱意を元に)」を作った。
一番の課題は、情報交換だ。意思決定は基本的には自主的に各個人やチームが決定していくことが望ましい。だがそれだと局所最適解に陥ったり、チーム間で連携がとれなかったりする。そこを解決するための組織の仕組み作りについては、既存の仕組みを参考にしつつも、自分たちなりの新しい仕組みを作っていきたいと考え試行錯誤している。
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Preferred Networks代表取締役副社長
Preferred Infrastructureを創業。2006/2007年、NLP若手の会シンポジウム(YANS)最優秀発表賞。2007年、東京大学総長賞。2009/2010年、言語処理学会優秀発表賞。2010年、東京大学大学院 情報理工学系研究科 博士課程 修了。2014年3月、Preferred Networksを設立、取締役副社長に就任。2018年5月、代表取締役副社長に就任、現職。趣味は読書(特に歴史小説や技術論文)。
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(Preferred Networks代表取締役副社長 岡野原 大輔)
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