「たったビール1杯なのに…」酒豪ライダーを大反省させた一本橋実験の結果
プレジデントオンライン / 2020年10月1日 15時15分
■少量のアルコールでも人生は大きく狂う
白昼堂々、ふらふらと蛇行しながら走行する1台のハーレー・ダビッドソン。その視線はいったいどこに注がれているのか、停止中も車体は安定せず、前車が発進してもなかなか動こうとしない。
その異常な後ろ姿に危険を感じたのか、後続車が車間を空けると、予想通り前方で追突事故が発生……。
後続車のドライブレコーダーが偶然とらえていたあの映像を見たとき、バイク乗りの一人としていたたまれない気持ちになった。
人気アイドルグループ「TOKIO」の元メンバー、山口達也さんが9月22日、道路交通法違反(酒気帯び運転)の疑いで現行犯逮捕された。逮捕時の呼気アルコール濃度は基準値の約5倍、0.75ミリグラム。当初の報道では、「事故さえ起こさなければ捕まらないという認識だった」と供述していたそうだ。
しかし、もし、「アルコールが残っていてもバイクならそれほど影響はないだろう」と思っていたなら、それは大きな間違いだ。
バイクという乗り物は、停止すると自立できず、走ることで安定する。普段は何げなく運転操作をしているように見えて、実際には以下の5つの装置を、常に両手両足で複雑にコントロールさせながらバランスを取っている。
右手→アクセル&ブレーキレバー(前輪)
左手→クラッチレバー
右足→ブレーキペダル(後輪)
左足→チェンジペダル(上下に動かすことでギアを変えていく)
*その他、指でウインカーやライト、ホーンを操作
これらの操作のどれかひとつを誤っただけでも、安定した走行ができなくなる。まさに、バイクは五感をフル活用して操る乗り物だといえるだろう。
■ビール1杯で、「一本橋」が渡れない
では、アルコールが体に入ると、どの程度でライディングに支障をきたすのか? まずは、私の体験を紹介したいと思う。
10代の頃からバイク好きだった私は、50cc、125cc、250ccと乗り継ぎ、最終的にはGSX-R750というナナハンに乗っていた。
当時、大型バイクに乗るためには、限定解除(400ccまでの
そこで、大半の受験者は、試験を受ける前に独自に大型二輪の練習所で特訓を受けていたのだが、ある日、私が通っていた東京都内の某練習所で、「飲酒運転で一本橋」なる実験が行われたのだ。
ルールはこうだ。
まず、ビールをコップ1杯ずつ飲む。そして、いつも練習に使っている750ccのバイクにまたがって、練習場のコース内に設置された「一本橋」を渡る、というものだ。
一本橋とは、正式には『直線狭路コース』といい、幅30センチ、高さ5センチ、長さ15メートルの細い橋の上を、半クラッチを使いながら安定した状態で、脱輪せずに走行する課題だ。
大型二輪の場合、試験に合格するためには、この橋を10秒以上かけて渡ることが求められるのだが、すでに何時間も練習を積んできだわれわれにとって、この課題はそれほど難しいものではなく、すでに征服済みだった。
■脱輪……平衡感覚は即座に狂わせられる
私自身、アルコールには強いほうで、かなりの量を飲んでも平気なタイプだ。それだけに、ビール1杯程度ではほとんど酔った感覚はなく、内心、『まず脱輪することなどないだろう』と、高をくくっていた。おそらく周囲の人たちも同じだっただろう。
ところが、いつものようにしっかりニーグリップ(膝でしっかりとタンクを抑えること)をして、慎重に渡っているはずなのに、半分も行かないうちにふらつき、結局、脱輪してしまったのだ。
私だけではない、このとき一緒に挑戦した練習生は皆、普段なら難なくクリアできる一本橋からバタバタと落ち、最後まで渡りきることができなかった。
「この程度なら影響はない」
「自分だけは絶対に大丈夫」
どれだけ練習を積んでいても、それは根拠のない自信に過ぎなかったのだ。
あのときばかりは、アルコールの恐ろしさを心底思い知った。わずか1杯のビールが、即座に平衡感覚を狂わせたのだ。
■アルコールは極めて低い濃度から運転に影響を与える
実は、低濃度のアルコールでも運転に影響を及ぼすということは、すでにさまざまな研究によって裏付けられている。
警察庁のWEBサイトには、『アルコールは“少量”でも脳の機能を麻痺させます!』という見出しと共に、注意が呼びかけられている。
さすがに「脳の働きが麻痺する」と言われると、それだけでハンドルを握るのがこわくなる。
では、「麻痺」の度合いには、酒に強いか弱いか、という個人差は関係するのだろうか。その疑問についての答えはこうだ。
なるほど、私自身が体験した一本橋走行実験で、「お酒には強い」と自負していた人たちがことごとく脱輪したのはそれが理由だったのだ。
■酒に「強い人」も「弱い人」も影響は同じ
ちなみに、「酒に強い人」は、アセトアルデヒドという物質を分解できるので、少量の酒を飲んでも「自分は酔っていない」と認識する。しかし、身体の中に入ったアルコール濃度は、同じ量を飲んだ「酒に弱い人」と同じなので、その影響はほぼ同じだということだ。
また、厚生労働省の『生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネット』には、次のように明記されている。
図表1を見てほしい。これは、「e-ヘルスネット」のサイトに掲載されている「運転技能と、血中濃度と、飲酒量の目安」を示した表だ。
この図表1を見ると、350mlのビール1缶(血中濃度0.01~0.02%程度)でも、「集中力が下がる」「多方面への注意力が向かなくなる」「反応時間が遅れる」といった運転への影響が出ることがわかる。
■「ビール1杯くらいなら」は甘い考えだ
さらに、ビールの量が500mlになると、「ハンドル動作が上手くできなくなる」「視覚機能が阻害される」ということが起こり、350mlを2缶、つまり700mlになると、「規制を無視し始める」というのだから恐ろしい。
これは、バイクに限ったことではなく、自転車や4輪車の運転にも同様に表れる影響なので、「ビール1杯くらいなら」という考えがいかに甘いものであるかをよく認識すべきだろう。
その他、興味深かったのは、
という指摘だ。たまに、「ちょっと一杯入ったくらいのほうが、運転がうまくなる」なんてことを自慢げに言う人がいるが、全く根拠はないどころか、その考えは誤りであるということを肝に銘じておきたい。
■「酒気残り」にも要注意
血中のアルコール濃度は、飲酒後、約30分~2時間後にピークとなり、その後、時間の経過とともにほぼ直線的に下がっていく。しかし、酒気が完全に抜けるまでにはそれなりの時間がかかることも覚えておきたい。
ちなみに、500mlのビールが身体から抜けるのにかかる時間は、
●男性の場合 → 飲み終わってからおよそ4時間
●女性の場合 → 飲み終わってからおよそ5時間
だと言われている。
この量が2倍になれば、分解時間も2倍かかるとのことなので、翌日に運転をする予定がある場合は、時間を逆算して「酒気残り」がないように気をつけたい。
飲酒が運転に与える影響について、警察庁は、
「気が大きくなり速度超過などの危険な運転をする」
「車間距離の判断を誤る」
「危険の察知が遅れたり、危険を察知してからブレーキペダルを踏むまでの時間が長くなる」
「居眠り運転をする」
といった行動が起こることで、交通事故に結びつく危険性を高めると指摘している。
■飲酒運転の死亡事故率は「飲酒なし」の約7.9倍
実際に、「飲酒なし」と「飲酒あり」で、死亡事故率(=死亡事故件数÷交通事故件数×100%)を比べると、「飲酒あり」の場合は「飲酒なし」の約7.9倍に跳ね上がっている。(令和元年、警察庁調べ)。
*警察庁ホームページより
酒が運転にどれほど危険な影響を与えるかは一目瞭然だ。
これから年末にかけて、お酒を飲む機会が増えるシーズンだが、アルコールは少量でも運転に影響を与えるということを肝に銘じ、お酒を飲んだら絶対運転をしない。たとえ睡眠をとったとしても、アルコールが抜けるだけの十分な時間が経過しているかどうかをしっかり見極めることが大切だ。
<参考>
科学警察研究所交通安全研究室「低濃度のアルコールが運転操作等に与える影響に関する調査研究」
公益財団法人交通事故総合分析センター「アルコールが運転に与える影響の調査研究の概要」
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ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1963年、京都市生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家。交通事故、死因究明、司法問題等をテーマに執筆。主な作品に、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)、『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『開成をつくった男 佐野鼎』(講談社)、『家族のもとへ、あなたを帰す 東日本大震災犠牲者約1万9000名 歯科医師たちの身元究明』(WAVE出版)、また、児童向けノンフィクション作品に、『泥だらけのカルテ』『柴犬マイちゃんへの手紙』(いずれも講談社)などがある。■ウェブサイト
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原 三佳)
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