東京オリンピック「何とか開催」しても大不況は避けられない
プレジデントオンライン / 2020年10月2日 11時15分
IOC調整委員会との会合終了後、記者会見であいさつする東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長。奥はジョン・コーツIOC副会長=2020年9月25日、東京都中央区[代表撮影] - 写真=時事通信フォト
■何が何でも来年夏に開催したい
自民党の最大派閥である清和政策研究会(細田派)が9月28日、都内のホテルで政治資金パーティーを開いた。例年は立錐の余地もないほどの参会者が大会場に集まるが、今年は新型コロナウイルスが終息しない中とあって、12会場に分かれてオンラインでつなぐ異例の光景となった。
さらに異例だったのは、来賓などが壇上に上がって、「オリンピックの実現に向けて、がんばろー」と三唱したことだ。そこには安倍晋三前首相、橋本聖子五輪担当相、
新型コロナが完全に終息しない状況でも、オリンピックを何としてでも開催する姿勢を改めて示したのだ。一部では無観客での開催という見方もあるが、「数百万人に海外から来てもらう」という発言も飛び出し、そのためにPCR検査など受け入れ態勢を検討している、とした。
菅義偉首相も、官房長官時代から、繰り返しオリンピック開催を主張しており、永田町は、何が何でも来年夏に開催する姿勢で固まっている。
■中止なら総額3兆円をドブに捨てることに
選手だけでなく、多くの観客が海外から日本にやってくるとなると、世界的に感染者数や死者数が少ない日本が、再び感染リスクに晒されることになる。国民の間には、開催は難しいのではないか、という感覚を抱く人も少なくないが、政治は前のめりで進んでいる。
政治のキーマンたちが何としてもオリンピックを開催する姿勢を打ち出しているのには、理由がある。観戦のためのチケットがすでに販売され、中止となれば回収・返金が不可欠になる、というだけではない。経済波及効果を期待して、開催に向けてすでに巨額の資金を使ってしまっている中で、中止となれば、総額3兆円を超す資金をドブに捨てたことになる。現役の大臣が責任追及されるだけでなく、森元首相の晩節も汚すことになる。
誘致した際には「世界一コンパクトな大会」にするはずだった東京オリンピック・パラリンピックに投じた資金は、どんどん膨らんできた。会計検査院による2019年12月時点の集計でも、関連する国の支出は1兆円を超えた。さらに東京都が道路などのインフラ整備も含め1兆4100億円、組織委員会が6000億円を支出することになっており、総額は3兆円を超える。
さらに、大会の1年延期が決まったことで5000億円を超す追加費用が発生するとみられている。国際オリンピック委員会(IOC)も追加負担を決めたが、わずか860億円で、大半は国や東京都が負担することになる。
■追加のスポンサー料負担に難色を示す企業も
開催してさらに大幅な赤字になれば、東京都の負担になる見通しだが、財政が豊かだった東京都も、ここへ来て財布が底をつく懸念が出ている。新型コロナで休業補償を実施したことで、自治体の「貯金」とも言える「財政調整基金」をほとんど取り崩すこととなった。
経済活動が冷え込んだことで、今後の税収が増える見込みも立たず、再度の休業補償を実施することも難しい状況に陥っている。オリンピックで追加の負担をするどころの話ではないのだ。
![2020年1月2日の国立競技場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/c/670/img_ac63c9212fc8071ec65dc3cc6be418ae409591.jpg)
組織委員会の収入は入場券収入に加えて、企業からのスポンサー料が大きい。延期になったことで、追加のスポンサー料負担を要請しているものの、新型コロナで業績が急速に悪化している企業も少なくなく、追加出資に難色を示すところが少なくない、という。国内での広告ができるスポンサー枠を取った中堅企業の社長は「もう十分、広告効果はあったので、本音では、もう降りたい」と語る。
■7兆円以上のインバウンド消費が泡と消えた
政府は10月1日から全世界を対象に入国制限を緩和した。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、日本を訪れた訪日外客数は、4月から7月まで前年同月比99.9%のマイナスが続いた。8月は若干増加したものの99.7%減になっている。
2019年1年間に日本を訪れた旅行客は3188万人と過去最多を更新した。外国人が日本国内で使ったお金は、推計で4兆8000億円。オリンピックが開かれる予定だった2020年は4000万人が日本を訪れ、消費額は8兆円に達するという見込みを立てていた。
1~3月こそ7071億円が使われたが、4~6月は観光庁の調査すら中止されており、ほぼゼロになったとみられる。このままでは年間で1兆円にも届かない可能性が高い。目論見から比べれば7兆円以上の消費が泡と消えたことになる。
2021年に何としてもオリンピックを開きたいという背景には、このインバウンド消費を何としても取り込まねば、日本経済の底が抜けることになりかねない、という危機感があるわけだ。
■中止を決めれば、事業をやめる経営者が出てくる
もともと日本国内の消費は弱い状態が続いていた。特に2019年10月の消費税率引き上げ後は、大幅に消費が落ち込んでいた。免税手続きが可能なインバウンド消費はそうした消費の悪化を下支えする切り札として期待されてきた。特に地方の観光地などでは小売店や飲食店など経済の最末端に直接恩恵を与える外国人消費はなくてはならない存在になっていた。
それが新型コロナで状況が一変している。外国人による消費は事実上消滅し、国内在住者の移動も激減したことから、小売店や飲食店などが大打撃を被っているのだ。持続化給付金や家賃補助など国や自治体の政策もあって、とりあえずは売上減少を耐え忍んでいる事業者も少なくない。そこに「オリンピック中止」が仮に決まったとなれば、事業継続を断念するところが一気に増加することになりかねない。軽々に「中止」とは言えないのだ。
だが、仮にオリンピックを強行して、数百万人の外国人がやってくることになったとして、その経済的な効果は限定的だ。当初見込んだ4000万人の10分の1として、インバウンド消費額は1兆円にはるかに届かないだろう。
■国内消費にいよいよブレーキがかかる
一方で、国内消費が盛り上がる期待は薄い。
10月以降、3月決算会社の9月中間決算が相次いで発表される。これまで「合理的に見積もることができない」として年間の業績見通しを明らかにしていなかった企業も、さすがに見込みを出すことになる。大幅な赤字や減益に転落する企業が相次ぐ見通しで、それを受けてリストラに乗り出す企業も出始める。年末の賞与を削減するのはまだ序の口として、人員削減などに踏み切るところも出そうだ。そうなれば、国内消費に急ブレーキがかかることになる。
政府はGo To キャンペーンなどで、宿泊業や飲食業の支援に力を入れているが、旅行や飲食に使うお金そのものを一気に締める動きが広がることになりかねない。
■五輪を開催できても、効果は限定的だ
そうした経済の崩壊が進む中で、いくらオリンピックを開催できたとしても、効果は限定的とみていいだろう。
東京をGo To トラベルの対象に加えるなど、政府は経済活動の再開を優先した政策に舵を切っている。ひとえに死者数が増えていないことが背景にあるが、インフルエンザなど感染症が広がりやすい秋から冬にかけて、新型コロナの感染者・死者がこのままの水準で推移するかどうか。
人の動きが活発になることで、再び感染者や死者が増え始めることになれば、一気に経済活動を自粛する動きが広がる可能性もある。そうなれば、いくらオリンピックが開かれても経済が盛り上げるどころの話ではなくなる。
今後、企業のリストラで失業する人が増えることになれば、そうした人たちを支援するための助成金の拡充や経済対策が不可欠になる。オリンピックの開催に向けて大盤振る舞いしてしまったツケを、今後、国民は払わされることになる。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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