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紳士を是とするはずの英国が、実に野蛮な外交政策に墜ちたワケ

プレジデントオンライン / 2020年10月3日 11時15分

2020年9月22日、内閣の週例会議に出席した英国のボリス・ジョンソン首相が、ロンドン・ダウニング街を歩いていく - 写真=AFP/時事通信フォト

■EU離脱協定を破る「骨抜き」の法案の中身

英国と欧州連合(EU)の将来関係に黄色信号が灯っている。英国のジョンソン政権は9月9日、昨年10月にEUとの間で合意に達した離脱協定を反故にする国内市場法案を議会に提出した。当然EUはこの動きに反発、翌10日には双方が英国の首都ロンドンで臨時会合を開き、EUは英国の動きを強く批判した。

本来、この法案は22日にも下院を通過する見込みであった。しかし新型コロナウイルスの感染の再拡大を受け、議会での審議は29日まで後ずれした。実際、1日あたりの感染者数は4000人近くと4~5月期に経験した第1波のピーク時並みまで増えており、ジョンソン首相は新たな感染抑制策の実施を優先せざるを得なくなった。

この法律のポイントは、北アイルランドの取り扱いに関するEUとの取り決めを英政府が意図的に反故にしたところにある。英国は今年いっぱい、離脱前と同じ条件でEUの単一市場にとどまる「移行期間」にあるが、それが終了した後は北アイルランドだけがEUの単一市場にとどまることで合意に達したはずだった。

そして、北アイルランドから英本土間に流入する物品に関して、一定の検査や手続きが必要となるはずだったのが、国内市場法案にはそうした手順を回避すると明記された。加えて、英国とEUの通商協定がまとまらなかった際に適用されるはずの取り決めの数々を、英政府が一方的に無効化できるというルールが盛り込まれた。

ジョンソン政権が国際合意を意図的に反故にしたことは紛れもない事実であり、英下院では最大野党の労働党を中心に同法案に反対する声が噴出した。結局、英下院は9月29日に同法案を可決したが、発動にあたっては与党・保守党議員からも大量の造反が見込まれる下院での議決を要するなど数々の修正が施され、相当「骨抜き」となっている。

■ジョンソン政権の焦燥感と、じり安の通貨ポンド

ジョンソン政権が北アイルランド問題を意図的に蒸し返した大きな理由が支持率の低迷であることに間違いはないだろう。世論調査会社ユーガブ(Yougov)によると、ジョンソン政権の支持率はコロナ対策の失敗などから3月28~30日調査の52%をピークに低下が続き、最新9月28日調査では29%にまで沈んでいる。

年末が近づくにつれ、有権者の関心が新型コロナ一辺倒からEUとの通商関係や経済に移ったことも、ジョンソン政権の焦燥感につながっているようだ。すでに述べたように、足元の英国は新型コロナウイルスの感染拡大の第2波を迎えているが、日本や他の欧州の国々と同様に、新規死亡者数はそれほど増えていない。

他方で、EUとの通商交渉は進捗が見られない。ジョンソン首相は年末までに通商協定が結べない限り、世界貿易機関(WTO)ルールによる貿易(ノーディール)を辞さない構えでEUに圧力をかけたが、その戦術は実を結んでいない。ジョンソン首相自身が示した10月15日に始まるEU首脳会議までに双方が合意に達する可能性は低い。

最新7月の月次GDP(国内総生産)が前月比6.6%増と、都市封鎖(ロックダウン)の解除にともなう繰越需要を受けて英国の景気も多少は回復したが、足元ではその動きも一服している。また金融面を見ても、EUとの関係をめぐる将来不安などから英株は他の主要株と比べても軟調であり、通貨ポンドもじり安が続いている。

■「ハードブレグジッター」にアピール強めるをジョンソン政権の拙さ

ユーガブ社が9月7日に発表した世論調査によれば、保守党支持者のうち21%がWTOルールによる貿易は「非常に良い結果」をもたらすと、また29%が「まあまあ良い結果」をもたらすと回答している。年齢別には、65歳以上の高齢者でこうした傾向が強い反面、65歳未満の回答者は悲観的な傾向が強い。

こうした世論調査の内容から、ジョンソン政権がアピールに努める支持者層が浮き彫りとなる。それはつまり高齢者に多い強硬派の保守党支持者であり、16年6月の国民投票以降、EUとの関係清算を声高に主張してきた「ハードブレグジッター」だ。ジョンソン政権はそうした支持者層へのアピールを重視し、今回の暴挙に出たのだろう。

とはいえ、ジョンソン政権が国内市場法案を本気で発動しようとは考えてはいないはずだ。そうでなければ、発動に際して議決を要する下院の修正案をジョンソン政権が受け入れるわけがない。実際に同法案の発動が議会に諮(はか)られたとき、労働党や自由党議員のみならず、保守党内からも大量の造反が生じる展開は十二分にあり得る。

結局のところジョンソン政権は、強硬派の保守党支持者に対するアピールに努めて支持率の回復を狙うと同時に、EUに対して圧力を与えるという従来ながらの「ブラフ外交」に努めているにすぎないと理解できる。EUがいら立ちを強めているのは、就任以来一貫して行われるジョンソン流外交の拙さを見透かしているからだ。

■紳士を是とするはずの英国の振る舞いは、実に野蛮

それでは両者の交渉が決裂するのかというと、そう簡単ではないだろう。ジョンソン首相は少なくとも新協定を締結するための期限である10月15日からのEU首脳会談までは、強気の交渉スタンスを内外に示さなければならない。しかしながらその後は、現状を維持するための現実的な解決策の交渉に臨むのではないだろうか。

現状を維持するための現実的な解決策が移行期間の単純な延長であるとは限らない。実態としてはそうでも、移行期間とは異なる新たな名称を与えたり、物品を限定したWTOルールの導入を図ったりするなどして、何とか体裁を整えるのではないだろうか。こうしたレトリックは英国の得意とするところである。

ビッグベンを背景に、ひげを気にするイギリス人男性
写真=iStock.com/Orbon Alija
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Orbon Alija

いずれにせよ、交渉は年末ギリギリまで続くだろう。ジョンソン政権の外交スタンスは、文字通りの「独りよがり」である。実際は骨抜きでも、意図的に国際合意の反故にする国内市場法案を一方的に準備する英国の交渉のやり方は、先進国の外交のそれとはおよそ思えない瀬戸際戦術であると言わざるを得ない。

紳士を是とするはずの英国の振る舞いは、実に野蛮である。国際的な威信が日に日に低下していることを、英国自身はどのように感じているのだろうか。策士策に溺れるという言葉があるが、新型コロナウイルスの感染拡大という強い逆風を受けて、ジョンソン政権は今まさにそうした状況に直面しているのである。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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