トヨタ社長はなぜコロナ危機でも「深刻に考えずに」と笑ったのか
プレジデントオンライン / 2020年10月7日 11時15分
■トヨタの危機管理は他社とどう違うのか
危機管理と対処は実はどこの会社でもやっていることだ。そして、どこも特別、変わったことをやるわけではない。
たとえば……。
担当者を決める。会議を開く。情報を収集する。対策を決めて、実行する。
これに尽きる。
どの会社でも、こうした対処で危機を乗り越えてきた。トヨタだって、原則的なやり方は同じだ。
ただし、トヨタは他社がなかなか真似できないことをやっている。たとえば、「社長や幹部に報告書を上げない」のは好例だ。トヨタでは社長や幹部たちは大部屋にやってきて、自ら危機の状況と対処を情報収集する。
社長自らが主導しない限り、こんなことはできない。トヨタは危機を乗り越える際、ちゃんと自分たちの武器を持って戦っている。そして数々の危機を乗り切ってきただけに、武器の種類もまた豊富だ。
本稿ではトヨタの危機管理が他の会社とはどこが違っているのか。特徴を抜き出して、解説する。
■「深刻に考えず真剣に」という言葉の意味
「深刻に考えずに真剣にやろう」
この言葉は社長の豊田章男が3月19日、自動車工業会の定例会見で述べたものだ。新型コロナ危機に際して、トヨタが社会に向けてリリースした第一声と言える。実際にはこんなことをしゃべっている。
「(新型コロナ危機になった今)我々自身が何をしていかなければいけないか。
あえて、前向きな言葉を使わせていただければ“改革を一気に進めていく時”と捉えたいと思っております。
『深刻にならずに、真剣に。』『みんなで助け合って、感謝しあう。』
道徳の授業のようですが、このトンネルの先に光を見出すためには、みんなでこれをやっていくしかないと考えております」
深刻ぶって危機に対処すると、いいアイデアが出てこない。「苦しい時には無理やりでも笑え」という言葉があるように、人は「困った」と口に出すと、本当に困ってしまうのである。
「困った」「どうしよう」と口に出すだけで思考は停止する。豊田が語ったように、「深刻にならずに真剣に」打開策を考えることだ。考える時も眦(まなじり)を決し、全身に気合を込めることはない。
■トヨタの「おやじ」が泣いて激怒した日
池波正太郎の時代小説『闇の狩人』のなかにこんな一説がある。
仕掛人の頭目が「大切な考えはお互い、横になって考えようじゃないか」と自ら畳に横たわり、部下にも片手枕になれと促すシーンがある。つまり、リラックスして困難に対処しようという意味だ。
いいアイデアはリラックスした時に生まれる。仕掛人の頭目のように、片手枕にならなくてもいいけれど、危機の時、リーダーが行うべき態度、アイデアを生み出すためにやることはリラックスすることだ。
同社、執行役員のおやじ(正式名称)、河合満は「新型コロナに際してはリーマンの時より、対処がよかった。社長も番頭(正式名称)の小林さんも一切、怒らなかったし、にこにこしていた」と語る。
「リーマンショック(2008年)の時、僕は本社工場の工場長だった。あの時に僕は泣いて怒ったことがある。本社の部長連中は大変なことが起きた、大変なことが起きたと騒いでいたけれど、口だけだった。まったく危機意識はなかったんだ。とにかく金を使うな、出金を抑えなきゃいかん、と。最初のうちはそれしか対応策がなかった。
部長連中は事務所のなかにこもって一日中パソコンに向かっとる。僕は部長を集めて、ものすごく怒った。お前たち、こんな大きな赤字はトヨタ始まって以来だぞ、けれども、お前たちはパソコンに向かうだけで何も考えないし、体も動かさない。いいから、現場へ行け、と」
■あの時とは光景がぜんぜん違った
「非稼働日(※)も何日も作った。現場は全員出てきて、4S(整理、整頓、清掃、清潔)をやっていた。機械の勉強したり、人材育成も始めてた。それなのに、部長たちは口を開けば、危機だ、大変だ、困った、困ったと言いながら、何もしようとしなかった。
『お前ら、現場に行け。今なら人もいる、物もある、設備も空いとる。やろうと思えば、人材育成だろうが、いろんなことが全部できる。それをなんでこんなところで、困った顔してるんだ』と、僕はどえらい怒ったよ。もうほんと、あの時は泣けた」
※工場の稼働を止め、生産は行わないが出勤する日のこと
「今回の新型コロナはあの時よりもまだ大変だ。ところが、社長はほんとニコニコしながらでんと構えてた。
僕は大丈夫かと心配になって現場へ行ったら、現場の連中は勝手に人材育成やらロボットの点検を始めてた。うちの保全は優秀だからね。現場の連中は保全マンを呼んで教えてもらって、自分たちで機械を手の内にしようと補修を始めていた」
「それから社会貢献だ。マスク、フェイスシールドを製造しようというのも現場からのアイデアだった。なかには小学校、中学校、幼稚園へ草刈りに行く連中もいた。新しい生産ラインを先取りして設置したりとか。日頃はやれないことを自分たちでやっていた。
『おやじ、もう来んでいいぞ』と言われたくらいだ。俺は、こんなにみんながいろいろやってくれたということが本当にうれしかった。あとは、今回の記録をあとに残すことだな。でも、うれしかったんだ、オレは」
リーダーはでんと構えて笑う。現場は上から言われる前に勝手に改善して、上司を感涙させる。そういった状態は余裕をもって危機を乗り越えようとしている証拠だ。
■「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」の考え方
トヨタにはトヨタ生産方式というものがある。変化に対応する生産方式で、トヨタの従業員は生産現場に限らず、この方式を学んで仕事をしている。彼らは常日頃から変化に対応する体質になっているので、実際に危機という大きな変化が起きても、あわてずに対応することができる。危機管理とは平時から行うものなのだ。
さて、同社のホームページにはトヨタ生産方式を次のように説明している。
もともとは生産現場の考え方だったが、現在では、販売、物流、事務系の仕事場にも導入されている。
ただし、ここまでは従来型のトヨタ生産方式の説明だ。とにかく不良品を出さずに、短いリードタイムで車を作る方式なんだ、と……。
■「作る側にとって得をする」だけではない
だが、わたしの解釈は少し違う。
トヨタ生産方式は客が得をする生産方式でもある。
なぜなら、トヨタ生産方式は後工程のことを考えて作業をする。後工程のためにリードタイムを短くする。後工程のために不良品を出さない。だから、最終の後工程である客のために早く作り、不良品を出さない。結果として車はフレッシュな状態で客の手に渡る。
フレッシュな車に乗り、ちゃんとメンテナンスしていれば、売りに出す時に下取り価格が高くなる。フレッシュな車を手に入れることは客にとって、あきらかな得だ。
ただ、客から見た場合のトヨタ生産方式についての説明はこれまでされてこなかった。これまでに出版された本、専門コンサルタントも客の立場に立ってトヨタ生産方式を分析したものではない。作る側にとって得をする生産方式だという説明に終始してきた。それでは世間一般には理解されない。
※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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