殺害予告を繰り返すネット民と面会した弁護士が心底驚いたこと
プレジデントオンライン / 2020年10月14日 11時15分
※本稿は、毎日新聞のWEB連載「匿名の刃 SNS暴力考」をまとめ、加筆した、毎日新聞取材班『SNS暴力 なぜ人は匿名の刃を振るうのか』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■攻撃的な投稿とは結びつかない姿
「自分を苦しめたのはどんな人物で、何のためにやったのか」
誹謗中傷の被害を受け、その理由を知りたいと自ら加害者と接触した人たちもいる。
本書の第1章で登場する、100万回に及ぶ殺害予告などの被害を受けた唐澤貴洋弁護士は、複数の加害者を特定し、面会した。本人の了解を得たうえで警察から情報を得て、探し当てたという。見えてきたのは、攻撃的な投稿とは結びつかない、意外な姿だったという。
唐澤弁護士が会ったのは、殺害予告をしたり、事務所に嫌がらせをしたりした人たち数人だ。全員男性で、10~30代の学生やひきこもり。全く面識はなかった。
最初に会ったのは、20歳ぐらいの大学生で、両親も同行していた。父親は堅い会社に勤め、母親はどこにでもいそうな普通の感じの女性。大学生はうつむきがちで口数が少なく、理由を聞くと「面白かったのでやっていました。そんなに悪いことだと思っていませんでした」。過激な投稿を称賛する他のユーザーの反応や、度胸試しみたいな雰囲気が面白かったようだという。30代の無職の男性は、年老いた母親と事務所を訪れた。ずっとおどおどして「すみません」と言い続け、「理由を聞いてもまともに答えなかった」という。
■「投稿をしていると嫌なことを忘れられる」
医学部志望の男性は浪人2年目で、父親が医師。面会は両親も一緒だったが、唐澤弁護士は、父親が自分の息子が問題行為に関わったことについて、どこか人ごとのような態度だったのが気になった。そこで「どういう家庭なんですか」と聞くと、その男性は「父親が怖くて、せきをする音にもおびえて生活している。浪人生で居場所もない。投稿をしているといやなことを忘れられる」と語ったという。
唐澤弁護士は事務所の鍵穴に接着剤を詰められる被害にも遭った。実行したのは10代少年で、その場で警察官に取り押さえられた。唐澤弁護士は被害届を出さなかったが、母親を電話で呼び出し、少年とともに会った。着古したコート姿で現れた母親は、涙を流して謝罪の言葉を述べ、語り始めた。少年は母子家庭で育ち、中学校で勉強についていけなくなり、通信制の高校に在籍していた。常にインターネットを見ていて、母親がやめさせようとパソコンを取り上げたものの、バス代として渡したお金でネットカフェに行き、掲示板に書き込みを続けていた。唐澤弁護士が少年のものとみられる書き込みを確認すると、他のユーザーからあおられて、どんどん過激な投稿をしていた様子が分かった。唐澤弁護士の実家近くの墓を特定して写真を投稿したのもこの少年だった。
■殺害予告は「コミュニケーションの一つ」
殺害予告の書き込みについては事件化され、逮捕された人物にも会った。20代の元派遣社員で、「謝罪したい」と手紙をもらったためだ。殺害予告の相手と会うことになり、唐澤弁護士もさすがに恐怖心を抱いたが、実際に会ってみると「優しそうで繊細な印象の青年」だった。とつとつとした口調で、「投稿に対する反応が面白くてやった。申し訳ない。友達がいなくて孤独で、掲示板に書き込んでしまった」と語った。
直接会うことはなかったが、殺害予告を書き込んだ別の大学生からは、几帳面な文字で経緯や反省を綴った手紙が届いた。「現実逃避のためにネットに夢中になり、掲示板を利用するようになった。最初は唐澤さんへの中傷の書き込みを眺めているだけだったのが、人を傷つける凶悪な言葉を繰り返し目にするうちに感覚がまひし、いつしか自分も傷つける側になっていった」などと経緯を説明。殺害予告については「ネットのコミュニケーションの一つ」という言葉で表現し、「唐澤さんがどんな気持ちになるかは考えなかった」と書かれていた。
■会ってみると、みんなすんなりと謝る
複数の加害者と面会した唐澤弁護士は、「正直、拍子抜けした」と明かす。
相手が開き直って何か主張してくれれば怒鳴り合うぐらいの覚悟はできていたが、「みんなすんなりと謝るんです。私に恨みがあったり、こだわりやドロドロした感情を抱いていたりする人はいませんでした」。
彼らに共通するのは、コミュニケーション能力が低く、周囲に理解者が少なく孤独、罪悪感が乏しい――という点だった。
「彼らにとってインターネットは居場所だったんだ」。加害者との面会を通じ、唐澤弁護士はこう考えるようになった。掲示板はある種のコミュニケーション空間で、疑似的な「仲間」がいる。過激な内容のネタを随時投稿することによって、会話が盛り上がって関係が円滑になり、居場所が保たれる。それが彼らの自己確認、存在証明の場になっている――というのだ。
「テーマや攻撃の対象は何でもいいわけです。私という人間に興味があるわけでなく、みんなが知っている共通の『記号』としてネタにされていただけなのだと思います。その証拠に、私への攻撃が落ち着いた後、今度は攻撃していた側の一人が標的にされ、炎上していました。大義があるわけではないのです」
前述した大学生は、手紙の最後に謝罪とともにこう綴っていた。
「弁護士として真面目に仕事をされていただけの方が、大勢の匿名の悪意にさらされることの理不尽さが、今の自分にはやっと分かるようになりました。苦しめられる人から目を背けない大人になりたい」
少し救われた気がした。唐澤弁護士は、居場所をネット空間に求める若者たちの背景にある社会的、構造的な問題にも目を向けるべきだと考えている。
■精神的に不安定になる加害者たち
中傷に関わる多くは「普通の人」だからこそ、いったん自分のしたことの重さを知ると、罪の意識にとらわれ、深い苦しみに陥るケースも多いようだ。
甲本弁護士によると、相談に訪れる加害者の多くは、被害者側がプロバイダ業者などに発信者情報の開示を請求し、業者からそれに同意するかを問う意見照会書が送られて初めて自身の悪質な行為に気づくという。
相談者の大半が、精神的に不安定になり、何日も眠れない、食事が喉を通らない、仕事に行けない、などと訴える。
「匿名だからと安心して書き込んでいたのに、突然ネット上でしか知らない相手方とつながったことにショックを受けるようです。ひどい場合には自傷行為に走ったり、自殺してしまった人もいました」
甲本弁護士によると、自殺したのは30代のひきこもりの男性だった。命を絶った後、家族が男性あての意見照会書を見つけて、相談に訪れたという。
「自分はとんでもないことをしたのではないか、警察に逮捕されるんじゃないか、と思い詰めて八方塞がりになったようです」
罪悪感にさいなまれる加害者は多い。甲本弁護士のもとには、「死のうと思って、今踏切にいます」「今から自殺します」という電話が半年に1度ぐらいかかってくる。そのたびに「死ぬような問題ではない」と落ち着かせて、後日相談に来るよう説得するという。
多くの事例を扱ってきた甲本弁護士は「経験上、ネットトラブルの背景にはネットへの依存があると感じています」と語る。そのうえで、「交通事故と似ていますが、自ら動いてたくさん発信している以上、誰でも被害者にも加害者にもなる可能性があります」と指摘する。
ネットによる誹謗中傷は、被害者側は言うまでもないが、加害する側も深い傷を負う。
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(毎日新聞取材班)
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