外資系航空会社をリストラされた46歳CAが娘の前で泣いた理由
プレジデントオンライン / 2020年10月8日 11時15分
■経営危機に直面するエアライン……海外では人員削減の嵐
新型コロナの感染拡大の影響で、利用客が激減した航空業界は前代未聞の経営危機に陥っている。ANAやJALなどの日系エアラインは銀行からの借り入れで急場をしのいでいるが、リストラで人員削減になるのも時間の問題だろう。
海外ではすでに経営破綻した航空会社もある。4月には豪州のヴァージン・オーストラリアやANAと同程度の輸送量を持つ欧州LCCのノルウェイジャン(ノルウェー)が、5月にはアビアンカ航空(コロンビア)が破綻。世界のフラッグキャリアで初めてタイ国際航空(タイ)が会社更生手続きの申請を行うことが決まった。
資金繰りの悪化などから大規模なリストラも行われている。海外大手のルフトハンザ航空(ドイツ)は社員全体13万7500人の20%にあたる2万7000人の人員整理が行われている。海外でリストラの嵐が吹き荒れている。
その「標的」となった日本人の客室乗務員(CA)がいる。ニュージーランドのフラッグキャリア、ニュージーランド航空に勤務する高田あつこ(46)さんだ。50人のCAを束ねる、同社初の日本人キャビンクルー・チームマネージャーだったが、4月にリストラを言い渡された。
■華やかなCA職の大きな弱点
高田さんは2007年、34歳の時にCAになった。以前は、ワーキングホリデーで2000年からニュージーランドに住み、語学学校や乳製品輸出会社で働いていた。「英語力も足りなかったし、学生の頃の自分には到底なれない職業」と考えていたが、応募のチャンスを待っていたCAの求人を見つけ、条件を満たしていることを知り、挑戦してみることにした。
働きながら磨いた英語力もあり、見事合格した。今は現地で永住権を取得し、ニュージーランド人と結婚した。夫、娘、息子と4人で暮らしている。
CAは会社の広告塔だけでなく、時として国を代表する広報部隊になる。イベントにアンバサダーとして参加し、メディア向けのモデルを務めることもある。
だが、脆さもある。これはエアラインの宿命だ。
エアラインはイベントリスクに弱い。2001年の米国同時多発テロ、2003年のSARS、2008年のリーマンショックでは、世界中で航空旅行者が激減した。今回の新型コロナは、それを上回る史上最大のイベントリスクになった。
■「まさか自分のことになるとは」
3月下旬、ニュージーランド政府の外出制限は、最高位のレベル4に引き上げられた。一切の外出ができない状況だった。日本では緊急事態宣言の発出前のことである。
ニュージーランド航空CEOは、現状報告と事業規模を3割削減する計画を社員にメールで通知した。全社員1万2000人のうち、約30%にあたる3700人をリストラする内容だった。
上司や組合からも、段階的に社員が減らされる説明を受けた。自主退職、無給休暇のほかパートタイムへの変更などを行い、その後解雇者を増やしていくというものだった。高田さんは「こんなに早く会社が人員削減に着手するとは信じられませんでした」と振り返る。
4月中旬。会社からの電話で、高田さんも解雇が言い渡された。予想外だった。
「まさか自分のことになるとは思っていませんでした。その時は頭の中が真っ白になりました」
客室乗務員をリストラでスリム化し、高田さんの役職も無くすと聞かされた。当時は欧米への路線ははまだ通常の運航をしており、アジアでは中国と韓国の路線が運航停止になったばかりだった。まだ日本線は残されている。そんな中での解雇通知だった。
米国・豪州にある一時解雇で、再雇用も視野に入る「レイオフ」とは異なる。法制上、その形態の無いニュージーランドでは「リダンダンシー」と言われる“失職”で、完全に職を失うことを意味する。
■部下の涙と娘の涙
高田さんには「最後の仕事」が残されていた。部下のCAに解雇を言い渡すことだ。
一人ひとりに電話で伝えた。涙声で、声を震わせながら応える人もいた。幼いころから夢をかなえ、CAになったばかりのある若手からは、「まだ飛んでいたい」と絞り出すような声で訴えられた。自分が解雇を言われたこと以上につらい気持ちになった。ただ、全員が高田さんの解雇のことも知っていた。
「一人残さずねぎらいの言葉をかけてくれました。救われる思いがしました」
高田さんは家族にリストラされたことを伝えた。9歳の娘・リリーさんは、涙を流した。高田さんの仕事が無くなるのはつらい。でもそれ以上に、ずっと家にいてくれることがうれしいと話してくれた。
仕事で家を空けることが多く、娘との時間は多くはなかった。それまで、高田さんは働く様子を見せることが娘のためになると考えていた。しかし実際、娘が寂しさを感じていたことに、初めて気づかされた。
そのワケを聞いた高田さん自身も娘を一人にした時間が長く、理解してあげられなかったと涙が流れた。
■リストラCAの再起
高田さんは義姉に、今後の身の振り方を相談することにした。
義姉はニュージーランド最大手の保険会社に役員として勤務するキャリアウーマン。自身も6回のリストラを経験し、今の地位にいることを初めて明かしてくれた。ニュージーランドでのリストラは、本人の能力にかかわらず、会社の一方的な都合で行われるのだと詳細に教えてくれた。「リストラを経験した人間は成長するものだ」との言葉を添えて。
リストラの急な展開に思考が追い付かず、前向きになれなかった。でも義姉の言葉で、奮い立つような気持になった。娘のためにも。時間が経つにつれて、愛する会社は組織をスリム化してでも残ってほしいと考えられるようになった。
高田さんは早速、行動に移した。
5年ほど前から、いつか役に立つのでは、とインターネットビジネスを学んできた。客室乗務員を養成するオンラインの専門学校を開きたいと考えていた。漠然と抱いていた将来の夢だったが、それを実現させるのが少し早くなったと考えるようになった。
グラフィックデザイナーの夫がデザインしてくれたホームページを開設。SNSで宣伝をして、6月に小さなビジネスをスタートさせた。
航空会社では採用の中止や抑制が続いている。しかし、いずれ世界の人の移動は戻ってくる。その時には改めて客室乗務員の雇用は再開するはずだ。
「世界を舞台に活躍する日本人がもっと増えてくれたらうれしいですね。そのための役に立ちたいと考えています。ニュージーランド航空でいい経験をさせてもらいましたので、そのキャリアを採用に活かすことで、自分自身も磨いていきたいです」
■リストラで学んだ「危機を乗り越える生きる力」
ニュージーランド航空は会社のサービス方針を「Go Beyond」と教育する。直訳すれば「超えていく」であり、意訳すれば「お客様の期待の先へ」というような意味合いとなる。リーダーシップ教育では「エンパワリング」と言って、一人ひとりのCAを信頼し、権限を与えることを教わった。高田さんは職場で学んだノウハウを、受講生に惜しまず伝えている。
スタートしたばかりのビジネスの収益はわずかなものだ。それでも高田さんは受講生が熱心に話を聞き、質問してくれることがうれしい。「受講生たちが客室乗務員になって、世界を飛び回る日が来ることがとても待ち遠しいです」と話す。
高田さんは、リストラを経験し一つの答えを持つようになった。それは、本業だけでない強みや能力を身につけることが将来を大きく左右するということだ。本業以外でも稼げる力を身につける。それが、危機を乗り越える手段になり、「生きる力」となると考えている。
今のところ、日本の企業の雇用は守られているが、高田さんのように、早くから将来に備える柔軟な発想は重要だ。これをマルチタスクなどとも呼ぶが、子育てや主婦の仕事もあるので大変さは人一倍だ。日本の客室乗務員だけでなく、コロナ後を生きていく働く人すべてに大いに参考になるのではないだろうか。
■“コロナ後”にかなえたい娘との夢
取材後、高田さんに改めて連絡をすると、ニュージーランド航空から、この先3年以内に客室乗務員が必要になった場合に職場に戻すオファーが来たという。現在は、ファーローという休業状態だ。とはいえ終息が見通せない感染状況だ。
オファーの話に、娘は目が輝かせて喜んだ。娘は将来、CAになりたいと考えているからだ。
娘が生まれてからも、仕事優先の生活だった。幸運にも立ち止まる機会を得、家族の絆が深まったと感じている。今では「自分の思考を変えてくれた」と前向きに考えるようになった。
「今まで娘と過ごす時間が少なかったと思います。解雇はつらかったですが、今では一区切りがつけて娘と向き合う時間が多くなりました。成長が手に取るようにわかります。将来、娘と一緒にニュージーランド航空で働くことができたら最高ですね」
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航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。
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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)
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