「ガンディーはぞっとするほど不快」チャーチルの極悪非道な人種差別
プレジデントオンライン / 2020年10月12日 9時15分
■絶対的な権力は絶対的に腐敗する
——近年、世界を指導者たちの顔ぶれを見ていると、なぜか「悪党」っぽく見える人ばかりのような気がします。
たしかに、そのような印象もありますね。しかし、歴史を振り返れば、これまでも「悪党」が権力を手にする例はたくさんありました。イギリスを代表する歴史家のアクトン男爵(1834~1902)は、「権力とは腐敗する傾向にある。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」と述べています。
——指導者たちが「悪党」ばかりなのは、あきらめるしかないということですか。
そうではありません。アクトン男爵は上記の言葉に続けて、「偉大な人物というのは大概いつも悪党ばかりである」「より偉大な名前がより大きな犯罪と結びついている」とも述べています。
つまり、同時代の人びとから見ると「悪党」としか思えないような指導者でも、そして実際に多くの悪事を働いていたとしても、歴史的な視点で見ると、偉大な業績を残している人物というのは意外に多いということです。
■6人の妻を娶(めと)り、うち2人を処刑した暴君
——例えば、どのような人物がいるのでしょうか。
私が『悪党たちの大英帝国』(新潮選書)で取り上げた「悪党」は7人いますが、例えばヘンリ8世(1491~1547)などはその典型でしょう。
「好色漢」として知られ、6人の妻を次々と娶(めと)り、そのうち2人を離縁し、2人を処刑し、1人は出産後すぐに亡くなりました。また、正式な妻にはならずに愛妾として彼の子を宿した女性も数知れないと言われており、その好色ぶりは後世までの語り草となっています。
また「浪費癖」もすさまじい。ヘンリは、戦争を繰り返すことで巨額の戦費を濫用し、平和なときでも美食とおしゃれでお金を浪費し、年間の衣装代は4,000ポンドに及んだとされています。彼が1年間に作らせていたシャツは200着、帽子は37個、タイツは65~146組の間、靴下は60組、サテンの靴、ベルベットのスリッパ、革製のブーツなど履物は175組にのぼりました。
■それでも「弱小国イングランドを大英帝国へと押し上げた君主」
——絶対に夫にはしたくない男ですね。
さらに付け加えれば、「残虐性」も強く、ヘンリは公の場で最も多くの処刑を行わせた王だったかもしれません。上記2人の王妃に加え、枢機卿(すうききょう)1人、貴族とその家族20人以上、政府高官4人、側近6人、そして大小修道院長や宗教的な反乱に加担したものなどを含めれば優に200人を超えます。
——そんなひどい男が、どんな業績を残しているというのでしょうか。
ヘンリ8世は、辺境の弱小国だったイングランドを、世界に冠たる大英帝国へと押し上げる基礎を築いた君主だと評価されています。まずローマ教皇と袂(たもと)を分かちイングランド国教会を形成し、宗教的な独立を果たしました。そして、スコットランドの併合には挫折するものの、ウェールズとアイルランドを併合し、また外交にも力を注ぎ、曲がりなりにも強大国フランスに対抗できるだけの国力を身につけました。しかも、意外なことに、それまでの王とは異なり議会を尊重する政治を行い、のちのイギリスの議会政治の布石を打った君主という評価もできるのです。
■「悪魔の子ども」と罵られたポピュリスト
——民主主義が導入された以降も、「悪党」の政治指導者は現れたのでしょうか。
アヘン戦争などの「砲艦外交」で知られ、長年にわたり外相や首相を歴任したパーマストン子爵(1784~1865)が、その好例でしょう。
当時イギリスで「亡命」生活を送っていた思想家カール・マルクスから、「すぐれた政治家ではなく、茶番劇が似合うじょうずな役者」と皮肉交じりの酷評を受ける一方で、欧州外交の舞台で競り合っていた宿敵クレメンス・フォン・メッテルニヒからも、「もし悪魔に子どもがいるとしたら、それはパーマストンに違いない」と罵られていました。
さらに彼は自身の主君であるヴィクトリア女王からも嫌われており、女王から「私は本心からもうこれ以上、パーマストン卿とは一緒にやっていけないし、彼に信頼も置いていない」と非難され、外相を辞任させられたこともありました。
——どうして、そんな嫌われ者が権力の座を占め続けることができたのでしょうか?
貴族出身のパーマストンは、外国語が堪能で、商才にも長(た)けており、政治家としての交渉力や実務能力も非常に高かった。そして、何より彼は希代のポピュリストであり、新聞メディアを巧みに利用して、庶民から抜群の人気を得ていたのです。
敵も多く何度も失脚の憂き目を見たパーマストンですが、ロシアとの間でクリミア戦争が勃発すると、世論に押される形で70歳の高齢で首相の座に上り詰め、結局、80歳で急逝するまで2期9年にわたり首相を務めました。
■愛人・金銭スキャンダルにまみれた「敵役」
——他には、どのような「悪党」政治家がいたのでしょうか。
第一次世界大戦でイギリスを率いたデイヴィッド・ロイド=ジョージ(1863~1945)が挙げられます。彼は庶民出身で、刻苦勉励の末に弁護士となり、その後、政治家に転じた人物です。貴族階級の特権を批判し、国民保険などの制度を整備して、庶民の味方として人気を集めました。第一次世界大戦が始まると、柔軟性に欠けるハーバート・ヘンリ・アスキスに代わって首相に就任し、旗色の悪かったイギリスを逆転勝利に導きます。
——素晴らしい政治家に見えますが、どうして「悪党」なのですか。
ロイド=ジョージは効率的な戦争指導を目指すあまり、王権と議会というイギリス政治における重要なプレーヤーを無視して独断専行に走り、両勢力から強い批判を浴びました。
また戦後は、敗戦国ドイツに過大な賠償金を科して次の大戦の火種をつくる一方で、国内では爵位を乱発して「栄典売買」を行い、政治資金スキャンダルを追及されます。さらにはウェールズの地元に愛妻マギーがいるにもかかわらず、ロンドンでキャサリン・エドワードという愛人との間に婚外子をもうけ、キャサリンと別れた後は、娘の家庭教師だったフランセス・スティーヴンソンと恋愛関係になるなどの愛人スキャンダルにも事欠きませんでした。
■第二次大戦がなければ二流の政治家だったチャーチル
——著書『悪党たちの大英帝国』では、第二次世界大戦の英雄であるチャーチル首相も、「悪党」の一人として取り上げられていますね。
名門貴族出身のチャーチルは、周知のとおり、第二次世界大戦で卓越した戦争指導を見せ、また歴史家としても『第二次世界大戦』を著してノーベル文学賞を得ており、1999年末に発表された「20世紀で最も偉大な首相たち」でも見事1位に輝いています。
一方で、若い頃から多くの失敗を犯し、特に第一次世界大戦においては「ガリポリの悲劇」と呼ばれる軍事作戦の失敗で、海相を辞任するという大失態を演じています。もし第二次世界大戦が起こらなかったら、チャーチルは二流の政治家という評価で終わっていたでしょう。
■ガンディーに対して「ぞっとするほどの不快感を与える」
——失敗が多かったからと言って、必ずしも「悪党」とは言えないと思いますが。
チャーチルが一部の識者から厳しく批判されているのは、彼には人種差別的な帝国主義者だったという側面があるからです。先般のBLM運動でもやり玉に挙げられて、ロンドンにあるチャーチル像には「チャーチルは人種差別主義者」という落書きがされました。
実際、チャーチルは、インドの独立運動の指導者マハトマ・ガンディーについて、「東洋でよく知られる行者のふりをしながら治安妨害の暴力行為を行うミドルテンプル法曹院出の弁護士であるガンディー氏が、総督官邸の階段を半裸の姿で大股に歩くのを目にすることは、憂慮に値するとともにぞっとするほどの不快感を与える」と語り、またアフリカの植民地諸国の独立についても、「ホッテントットによる普通選挙などというものには少々懐疑的である(ホッテントットはアフリカ原住民に対する蔑称)」と述べています。
——今なら政治生命を失いかねない問題発言ですね。
その通りですが、他方で、現在の価値観から過去の事績を一方的に断罪することには慎重になる必要があります。大英帝国の建設や拡張の背後には、数々の蛮行や差別、搾取や虐殺も見られたことは事実ですが、しかし、あくまでも彼らのキリスト教的思想に基づくという限界は見られたものの、全人類的な平和の構築という考え方を生み出す素地(そじ)が見られたのもまた確かなのです。
■国民は清廉潔白な政治家を支持するとは限らない
——最初の質問に戻りますが、「悪党」ばかりが権力を握るのはなぜなのでしょうか。
パーマストン首相が80歳で急逝した直後に、女性スキャンダルが持ち上がったことがあります。野党保守党で彼と対峙(たいじ)したベンジャミン・ディズレーリは、このスキャンダルにあたり次のように漏らしました。
「パーマストンの老いらくの恋だって! ばかげた話だ。だが選挙の時に知られなくてよかった。そんなことになっていたら、彼はさらなる人気をつかんだことだろう」
のちに首相として卓越した政治手腕を見せたディズレーリのこの言葉には、政治指導者に国民が何を求めているかについての洞察が含まれているように思われます。端的に言えば、清廉潔白な人物よりも、老いてもなお愛人を作れるだけの器量と精力を失わない人物のほうに、国民は自らの命運を託そうとするものだということです。
■「偉大な業績」と「道徳的資質」との間にはしばしば相反が見られる
——うーん、にわかには同意できませんが、たしかに今の政治状況を見ていると、そのような傾向があるのも否定できません。
誤解しないでいただきたいのですが、私は何も「政治家は道徳的に堕落しても、結果さえ出せば良い」と言いたいわけではありません。もちろん政治家にも道徳的な存在であってほしいと強く願っています。
ただし、歴史家として言えば、政治指導者における「偉大な業績」と「道徳的資質」との間にはしばしば相反が見られること、そして国民の側も必ずしも道徳的な政治家を支持するわけではないということは、歴史の教えるところです。
そのような「不都合な真実」を頭の片隅に入れた上で、国民としていかなる態度を示すべきかを冷静かつ戦略的に考えることが――もちろん不道徳な政治家を退場させるという決断も含めて――政治的な成熟をもたらすのではないか。そのことを皆さんに伝えたいと思って、『悪党たちの大英帝国』という本を書きました。
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関東学院大学国際文化学部教授
1967年、東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大学客員助教授、神奈川県立外語短期大学教授などを経て、関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』(2018年サントリー学芸賞受賞)、『ヴィクトリア女王』、『エリザベス女王』、『物語 イギリスの歴史』、『ヨーロッパ近代史』他多数。
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(関東学院大学国際文化学部教授 君塚 直隆)
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