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デジタル庁の創設をムダに終わらせないための3つの「ない」

プレジデントオンライン / 2020年10月10日 11時15分

デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式で、披露されたコンセプトと記念撮影する菅義偉首相(左)と平井卓也デジタル改革担当相=2020年9月30日、東京都港区[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

■日本のデジタル化を阻むハードウエアの文化

菅政権の打ち出したデジタル庁の創設が大きな注目を集めている。日本の労働生産性は主要先進国中、最下位という状況だが、産業のIT化で出遅れたことが原因の1つになっている。政府が率先してIT化を進めることは民間への波及効果も大きく、本格的なデジタル化に成功すれば日本経済にはプラスとなるだろう。

だが、ハードウエアを中心とした従来型技術とソフトウエアを中心としたデジタル技術には文化的に大きな違いがあり、この壁を乗り越えなければデジタル化はうまくいかない。本稿では、本当の意味でデジタル化を成功させるために必要となる3つの「ない」について解説したい。

■行政のデジタル化は「絵に描いた餅」に終わるかもしれない

デジタル庁はこれまで各省でバラバラに構築・運用されていた情報システムを一元管理する組織である。菅政権の目玉政策の1つとなっており、年内に具体策をまとめ、来年度の創設を目指すとしている。

今回のコロナ危機では、政府のシステムがうまく機能せず、給付金の支払いが滞るといった事態が頻発した。世界の電子政府ランキングで日本は14位にとどまっており、政府のデジタル対応力の低さが混乱に拍車をかけたのは間違いない。

デジタル庁の創設はあくまで行政の効率化を目指すためのものだが、政府が率先してデジタル化に対応することは民間への波及効果も大きい。電子政府の成功例としてよく引き合いに出されるのはエストニアだが、同国は先ほどの電子政府ランキングでは3位となっている。

エストニアは90年代から行政のIT化を積極的に進めており、結果として国内のIT産業も活性化し、最終的にはスカイプという世界的なビデオ会議システムを生み出すまでになった(スカイプはエストニア企業ではないが、創業メンバーにエストニア人が含まれており、創業時から開発拠点がエストニアに置かれていた)。

日本政府は年間4000億円以上の金額を情報システムに支出しており、ITサービス産業にとって政府は最大の顧客の1つとなっている。政府が率先してデジタル化を進めていけば、エストニアと同様、民間にもその影響は及び、最終的には生産性の向上につながってくるはずだ。

もっとも各省のシステムは、それぞれの省が担当している業務と密接に関係しており、そこには予算を中心に多くの利害関係があるため、各省は簡単にはシステムを手放さない。新しく設置されるデジタル庁に権限と予算が移管されなければ、行政のデジタル化は「絵に描いた餅」に終わる可能性もある。

こうした問題は霞が関だけでなく民間でも発生しうる。業務の仕組みが異なるので行政とは違う形で顕在化するだろうが、デジタル化に抵抗する人は多く、すんなり進むとは限らない。以下に示した3つの「ない」を徹底しない限り、スムーズなデジタル化は実現しないだろう。

■ITで精緻な業務はできないという「妄想」

① 従来の仕事の進め方に固執しない

日本ではアナログの仕事における完成度が高すぎ、これがデジタル化の足かせになっているとの意見をよく耳にする。日本人は真面目で几帳面なので、完璧を求めており、ITではこうした精緻な業務はできないという理屈である。

厳しい言い方になるが、まずはこうした「妄想」を捨てなければデジタル化は絶対にうまくいかない。

ハンコを押す司法書士の手元
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

日本のデジタル化が遅れたのは、アナログでの仕事が完璧だったからではなく、その逆である。アナログでの仕事があまりにも雑に設計されており、誰が何の権限でどの処理をするのか事前にしっかりと定めていなかったことが原因である。

日本人は論理的な思考を嫌う傾向が強く、事前に緻密な業務設計をしようとすると、たいていの人が「そんな面倒なこと!」と露骨に嫌な顔をする。結果として業務が始まってからイレギュラーな事態が頻発し、そのたびに多大な労力をかけて業務を処理せざるを得ない。

プログラムというのは自分で組んでみるとよく分かるのだが、ごくわずかでも曖昧で適当な部分があるとまったく動かなくなる。杜撰(ずさん)な業務設計で何とか会社が回っていたのは、全員が顔を突き合わせて、夜遅くまで残業し、労力をかけて事態に対処してきたからである。日本企業のビジネスはこうした犠牲の上に成り立っていたという現実を忘れてはならないだろう(結果として同じ生産を行うのに必要な労働力が増え、生産性が下がる)。

ビジネスのデジタル化を進めるためには、業務をまるごとシステムに移管しなければならず、そのためには従来型の曖昧な業務プロセスを全廃する必要がある。

システムを導入するにあたり、ハンコがなければダメだと言って、わざわざコストをかけてハンコの印影をシステム上に表示し、紙とまったく同じように稟議書の回覧をしていたという笑えない話がたくさんある。従来の業務は全否定するくらいの覚悟で当たらなければ、デジタル化は無理だと思ったほうがよい。

■組織全体の生産性を引き下げる「名ばかり管理職」

② 既存の組織やポストを温存しない

業務の進め方と密接に関係しているのが組織である。日本企業は中間管理職の比率が高いという特徴があり、その多くが、いわゆる名ばかり管理職である。管理職というのは意思決定や部下のマネジメントが仕事だが、日本企業における管理職の多くはそうした業務に就いていない。

稟議書の押印をする際に、ケチをつけて部下の仕事を増やすだけの役割を担っている人も多く、これが組織全体の生産性を引き下げている。

ビジネスパーソンが指を突き出して証明しようとしている
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

業務をデジタル化するためには、既存の業務を見直し、曖昧で無駄な部分がないのかを徹底的に検証し、得られた最適な業務プロセスを丸ごとシステムに移管する必要がある。業務のムダを排除するにあたり、避けて通れないのは、組織やポストの見直しである。

本格的にデジタル化を進めた場合、不要になるポストが出てくるのは当然の結果であり、その人材は別の業務に従事してもらうことが必須となる。これによって組織全体の生産量が増え、収益の拡大、そして賃金の上昇につながってくる。

従来のポストや組織体系に固執していては、非効率な業務をシステムに移管しただけで終わってしまい、本当の意味でのデジタル化は実現できない。仕事の進め方と同様、ポストや人材についても聖域を設けないという覚悟が必要である。

■電池の技術を持たないテスラがEVで覇権を握った

③ ソフトウエアの力を軽視しない

上記、2つのポイントと密接に関係しているが、日本のビジネスパーソンはITに対して苦手意識を持っており、その反動からかITを見下げる傾向が強い。日本はモノ作りの国と言われるが、モノ作りの例として取り上げられるのは、ほとんどすべてが機械類などのハードウエアである。

ソフトウエアもれっきとした工業製品であり、完璧なソフトウエアを開発するという行為もモノ作りの神髄なはずだが、むしろ日本社会はITを軽視してきた。

次世代の主力産業となるEV(電気自動車)関連でも日本はIT軽視で手痛い失敗をしている。EVのカギを握るのがバッテリーであることは一目瞭然であり、電池関連の技術でトップを走っていた日本メーカーは、EVへのシフトが進めば、大きな利益が得られると予想されていた。

だが現実にEVのバッテリーで主導権を握ったのは、電池に関する技術をまったく持っていないテスラだった。

日本メーカーは、EV用途に耐えられる大型の専用バッテリーを開発しようと躍起になっていたが、なかなかうまくいかなかった。ところがテスラは既存の小さなセルを無数に組み合わせ、すべてのセルをソフトウエアで制御するという驚くべき手法で開発を行った。

日本メーカーは当初、ITを駆使するテスラをバカにしていた。しかし結局、覇権を握ったのはソフトウエア技術に注力したテスラであった。

加谷珪一『日本は小国になるが、それは絶望ではない』(KADOKAWA)
加谷珪一『日本は小国になるが、それは絶望ではない』(KADOKAWA)

ITというのは非連続的な技術であり、場合によっては従来の枠組みを一気に破壊するポテンシャルを持っている。カタチのあるものだけをモノ作りとし、目に見えないソフトウエアを軽視しているようでは、ビジネスのデジタル化は進まない。

ネットワーク上の仮想空間にデータやプログラムを保存するクラウド技術は今では当たり前のものになっているが、米国企業がこうした概念を打ち出した際、多くの日本企業は「貴重なデータをネット上で管理するなどあり得ない」と彼らをせせら笑っていた。

今となっては、クラウド技術で米国に追いつくのは不可能であり、彼らの技術を使う意外に道は残されていない。こうしたITを軽視する感覚はいまだに日本社会に蔓延しており、これを乗り越えなければ、本当の意味でのデジタル化は実現しないだろう。

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加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、億単位の資産を運用する個人投資家でもある。

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(経済評論家 加谷 珪一)

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