「会社には行かなくていい」700人ほぼ全員リモートワークで分かったこと
プレジデントオンライン / 2020年10月11日 11時15分
※本稿は、石倉秀明『会社には行かない 6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。
■700人のメンバーほぼ全員がリモートワークの会社
私が取締役を務める会社、株式会社キャスターでは、約700人のメンバーほぼ全員がリモートワークをしています。居住地もバラバラで、日本国内45都道府県、世界16カ国にわたります。
物珍しさもあって、これまでにさまざまなメディアから多数の取材依頼をいただき、テレビ番組でも紹介されるようになりました。
注目していただけるのは、率直に「ありがたいこと」だと思っています。ただ私自身は、キャスターが注目されればされるほど、内心モヤモヤした思いを抱えるようになっていきました。
限られた字数の記事や、限られた放送時間の番組では、どうしても「700人ほぼ全員リモートワーク」のインパクトばかりが強調されがちです。一方で、キャスターという会社がなぜこの体制を実現できているのか、その背景や本質はあまり伝わっていないのではないか……と。
■「特殊な存在」でも「特別な会社」では全くない
約700人のメンバーほぼ全員がリモートワークだという会社は、現在の日本企業の中で特殊な存在であることは事実でしょう。
しかし、メディアの断片的な情報をもとに、キャスターに対して「特別な人たちが集まる特別な会社」「ほかの会社が真似できることではないよね」という印象を抱いているとしたら、明確に否定したいと思います。
なぜならキャスターは、ごくごく普通の経歴の人たちが集まり、成果を出し合って成長してきた会社だからです。
■キャスター誕生前夜の「気づき」
キャスターは「リモートワークを当たり前にする」というミッションと、「労働革命で、人をもっと自由に」というビジョンを掲げて2014年に創業しました。会社のメンバーは最初から今の形態で、つまりそれぞれが離れた場所でリモートワークをしています。
なぜ、このようなミッションとビジョンを掲げたのか。背景には、代表取締役の中川祥太が前職時代に直面した“疑問”がありました。
中川は当時、顧客企業の業務やビジネスプロセスを受託するBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を手がける会社に勤めていました。新しいプロジェクトや事業を立ち上げる際には、社外からも広く人材を集めて専門業務を担当してもらう必要がありました。
そこで彼は、1つひとつの業務に対応できる人材を全国から見つけられるクラウドソーシングのサービスを活用し、出会った人たちに仕事を発注していました。
クラウドソーシングで発注する仕事の中身はさまざまですが、多くの場合、それは業務プロセスを細分化して切り出された「一部の作業」です。エクセルのシートにデータを入力して、セルを1つ埋めれば1円をもらえる。そんな報酬設定も珍しくはなく、決して割がいいとはいえない作業もありました。
■大都市・フルタイム・正社員・オフィス通勤から外れた「優秀な人々」
発注していく中で、中川は“あること”に気づきます。クラウドソーシングで仕事を引き受けてくれている人たちの中には、「普通に働いて成果を出せる人」がたくさんいたのです。
当時の中川の基準で思い浮かぶ「普通の働き方」は、東京などの大都市圏の企業に勤め、フルタイムの正社員として毎日オフィスへ出勤することだったと思います。しかし、実際にクラウドソーシングで仕事を発注する相手は「そうではない働き方」の人々。でも、話を聞いてみれば、もともと東京で正社員として働いていたという人が数多くいました。
かつては月給で30万円以上を受け取っていた人が、何らかの事情で実家のある地方へ帰ったり、在宅で働かざるを得なくなったりして、収入を得る手段としてクラウドソーシングに集まっている。
能力は何ら変わっていないのに、東京など大都市圏のオフィスへ毎日出勤できないだけで彼らは収入が大きく下がってしまう──そんな社会が、はたして「正常だ」といえるのだろうか?
この疑問を出発点に、中川は「最初から全員がリモートワークをする会社」を作ることにしました。
■「リモートワークの人材派遣」はニーズがなかった
リモートワークを当たり前にしたい。その思いで動き始めたキャスターですが、ミッションを実現するための事業作りは一筋縄ではいきませんでした。
最初に思いついたのは、「リモートワークの人材を派遣する」という人材派遣業でした。顧客企業の業務をリモートワークで担当してくれる人を募集し、マッチングさせていくというアイデアです。
しかし、この構想はすぐに継続不可能だと思い知ります。理由は単純。「リモートワークの人材を派遣してほしい」と考える会社が、ほとんどなかったから。
市場にはすでに、オフィスなどのオフラインの現場へ人材を派遣してくれるサービスが浸透しています。「同じようなスキルなら、出勤してくれる人のほうがいいよね」となってしまうのです。
■リモートワークの人材を自分たちで雇用する
そこでキャスターは、自分たちでリモートワーク人材を雇用することにしました。在宅のままでも正社員として働ける環境を作ってしまったわけです。
![人事のパズル、最後のピースをはめる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/9/670/img_69ab43c3ef7542e5c1fad6bef58ada0c247822.jpg)
次に、雇用した人たちに活躍してもらうため、企業から「オンラインアシスタント」の業務を請け負う事業を始めました。
担当できる業務は、多岐にわたります。秘書としてメール返信やスケジュール調整など日々のタスクを担当したり、採用を手伝ったり、経理記帳や請求書発行などのお金まわりの事務をこなしたり、ウェブサイトの運用代行や制作を引き受けたり……。
こうした業務に、キャスターでリモートワークをする人材が対応していきます。このサービスはおかげさまで評判を呼び、「キャスタービズ」として現在の基幹事業となっています。
■オンラインアシスタントを必要とする「ニッチ」がたくさんあった
2014年の創業当時、既存のBPOサービスは大企業を主な対象とするものばかりでした。渋谷などの都心部に本社を構え、高い家賃を払い、顧客への単価設定も高額になりがちで、そのため必然的に大企業をターゲットとせざるを得なくなっていたのでしょう。
それに対し、キャスターのオンラインアシスタントは、既存のBPO会社であればとうてい成し得ない、「小さいロット(稼働する時間)」で仕事を受注していきました。いわゆる「ニッチ」がそこには存在していて、結果として、「時給換算すると高単価。でも提供するロットが小さいため、クライアントが支払うのは月額10万円程度」というBPO事業を作ることができました。
全員がリモートワークであれば広いオフィスは必要なく、人材募集のしやすさや通勤の利便性を考慮して都心部に本社を構え、高額な家賃を支払う必要もありません(実際にキャスターの本社所在地は、宮崎県西都市です)。
■中小企業は「ちょっとだけ手伝ってほしい」
加えて私たちは、中小企業やベンチャーならではのニーズがあることにも気づきました。小さな組織では「フルタイムの人材までは必要ないけれど、ちょっとだけ手伝ってほしい」という微妙な段階のニーズがたくさんあるのです。
私は以前、働き方ファームという会社を一人で経営していたので、「ちょっとだけ手伝ってほしい」という経営者の気持ちは手に取るようによくわかります。そこから、「月に30時間だけ業務をお手伝いする」といったサービス形態が生まれました。
また、中小企業は業務を外部に依頼すること自体の経験が乏しく、最初はなかなかオンラインアシスタントに的確な指示を出せないもの。
そこで、担当者をその企業専属にして、チャットでいつでもコミュニケーションができる状況を作りました。社員と同じように接し、同じように仕事を依頼することができる。違うのは、その人がオフィスにいるのか、自宅などの離れた場所にいるのか、という点だけ。
このようにして、「リモートワークを当たり前にする」というミッションの実現を目指し、場所にかかわらず働ける人を増やすために、キャスターは事業開発を進めていきました。
■会社は個人の邪魔をしないことが一番大切
「リモートワークを当たり前にする」というミッションを実現するために走り続け、気がつけば、全国各地にバラバラに居住する700人が所属し、リモートワークで働く会社になっていました。
私はよく、「会社は個人の邪魔をしないことが一番大切」だと話しています。
![友人同士で、空のプラカードを掲げている](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/9/670/img_49d01079c1892642129fd84ee0f10494683323.jpg)
できるだけシンプルな人間関係で働きたいと考える人がいる一方で、いろいろな人と話したり飲みに行ったりというウェットな環境で働くのが好きだという人もいますよね。成長のためにどんどん新しい仕事に挑戦したいと考える人もいれば、とにかく待遇や勤務条件が安定してさえいればいいという人もいます。
そうした個々の理由に対して、会社が1つの枠や考えを押しつけることはしません。そのほうが、多くの人にとって「ここにいることが心地よい」という状態を作れるからです。キャスターで働くそれぞれの理由を邪魔しない、ということです。
決まった場所に集まって働く会社組織には「暗黙のルール」や「共通の価値観」のようなものも生まれがちですが、そこからはみ出してしまう人、当てはまらない人は得てして居づらくなってしまうということが起こります。
結果として多様性を受容できず、排除してしまうようでは、本当のところは組織として弱いと思いませんか──? というのが私たちの考え方なのです。
■そもそも、なぜオフィスで働かないといけないのか?
コロナ禍の真っただ中でも、リモートワークを導入できないオフィスワーカーはいました。また、緊急事態宣言が解除されるとほぼ同時に、オフィスへ呼び戻された人も少なくありません。
しかし、そもそも、「なぜ、オフィスで働かなければならないのか」「なぜ、オフィスへ戻っていかなければならないのか」。この素朴な疑問に、答えられますか?
私は社外の人に対して「オフィスにいなければできないことって、何があるんでしょう?」とよく尋ねますが、納得できる明確な答えが返ってきたことはありません。かろうじて耳にするのは、「空気感の共有」でしょうか。空気を読む、察して動く……。
人間は文字情報だけではなく、視覚や触覚などさまざまな感覚器官の機能を使って物事を判断しているので、その一部が遮断されることで不安になる気持ちは、よくわかります。しかし、リモートワークでもコミュニケーションがとれなくなることはないし、空気感を共有できなくなるわけではありません。
■「空気の共有」は、ただの勘違いかも?
もともとオフィスに集まって働いているときだって、全員がずっと同じ空間にいるわけではありません。
![石倉秀明『会社には行かない──6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』CCCメディアハウス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/9/200/img_c9bba1de85b2b0488c715431130bb998350196.jpg)
ずっと外回りを続けている営業の人もいれば、1日の大半を会議室で過ごしている人もいます。お互いに、今日1日何をしていたかなんて見えているわけではないのです。
私たちはこれまで、「オフィスに出勤している」というだけで、相手の姿が見え、空気感を共有できているように思い込んでいただけではないか──。
そのように捉えて、一度立ち止まって考えてみることも、大きな変革期にある今、きっと大切な機会になると感じます。
今回、700人のメンバーがほぼリモートワークの会社を6年間経営してくることで得たもの、メリットと課題について、『会社には行かない──6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』(CCCメディアハウス)にまとめました。ひとつのケース・スタディとしてお読みいただき、みなさんなりの「新しい働き方」を実現していただければと思います。
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株式会社キャスター取締役COO
1982年生まれ。群馬県出身。株式会社リクルートHRマーケティング、株式会社リブセンス事業責任者、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)EC事業本部営業責任者、新規事業・採用責任者を経て、現職。キャスターは、700人以上のメンバーがほぼ全員リモートワークで働く、日本では断トツNO.1、世界的にもほぼ最大級の会社。2019年7月より「bosyu」の新規事業責任者も兼任し、個人が誰でも自分の「しごと」を作り出し、自由に働ける社会を作ることにも挑戦している。著書には『コミュ力なんていらない──人間関係がラクになる空気を読まない仕事術』(マガジンハウス)、『会社には行かない──6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』(CCCメディアハウス)がある。
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(株式会社キャスター取締役COO 石倉 秀明)
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