「官僚になる前から官僚的」東大生が受け継ぐテスト対策の伝統
プレジデントオンライン / 2020年10月22日 9時15分
※本稿は、池田渓『東大なんか入らなきゃよかった 誰も教えてくれなかった不都合な話』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■期末試験を乗り切るための互助会「シケ対」
東大の定期試験を語るうえで欠かせないのが「シケ対」と「シケプリ」だ。
シケ対は東大生が自主的につくり、脈々と運営し続けてきたシステムで、正式名称を「試験対策委員会」という。
東大の教養課程は科類と選択した第二外国語(初修外国語)によってクラス分けがなされ、必修の授業はそのクラスごとに受けることになっているのだが、シケ対はそのクラス内に組織される、期末試験を乗り切るための互助会だ。
シケ対は教養課程で行われている主だった講義に対して、クラス内でそれぞれ1名の担当者を割り振る。担当者は講義へ出席してノートをとり、試験の過去問の収集と分析を行うことが義務づけられる。そして、試験前になると、それらの情報を分かりやすくまとめた試験対策プリント、通称「シケプリ」を作成し、クラス内で共有するのだ。
■代々受け継がれる「神シケプリ」
どのようなシケプリを作成するかはその講義の担当者に任されているが、そこは散々受験勉強をやってきた東大生、授業のノートをまとめたり過去問を分析したりするのはお手の物だ。参考書のマニアも多く、そのような「勉強のオタク」たちによって嬉々として作成されるシケプリは、板書をただ写し取っただけにとどまらず、難解な講義をかみ砕いて解説し、過去問に加えて予想問題まで付いていることもあり、試験で効率よく点をとるのに非常に役立つものとなっている。
シケプリは往々にして教官の授業よりもよっぽど分かりやすい。東大の教官は研究者ではあっても教育者ではないことが多く、それを公言するものもいる。そういう教官の講義スキルは、ビジネスとして物を教える予備校教師などの足元にもおよばず、とにかく不親切で分かりにくい。
勉強は自主的にするものだと言われれば、それは正論だが、こちらも決して安くはない授業料を払っているわけで……と、思わず学生時代に単位がとれなかった講義を思い出して愚痴を書いたが、いずれにしても、シケプリは東大の期末試験には欠かせないものだ。
解説が特に丁寧で分かりやすいシケプリは「神シケプリ」と呼ばれ、クラスの世代を超えて代々受け継がれている。
■なぜ毎年「シケ対」は組織され続けるのか
シケ対は、例年、入学直後の4月頭に行われる「オリ合宿」というクラス旅行中に組織される。これは、一学年上のクラスの先輩たち(「上(うえ)クラ」と呼ばれる)によって企画される行事で、関東近郊で1泊2日の懇親旅行に出掛けるというもの。参加は任意なのだが、毎年新入生のほとんどが参加する。
全国津々浦々から東大に集まった若者たちは、オリ合宿中に、これから一緒に必修の講義を受けるクラスメートたちと親睦を深め、先輩たちから東大生として新たな生活をはじめるために必要な情報を教えてもらう。そしてこのとき、たいていは夜のコンパ中に、先輩たちに言われるままにシケ対を組織するのだ。
不思議なことに、ほぼすべての新入生はオリ合宿に参加するし、一通りの希望を募った後、余りをくじ引きやジャンケンで割り振ったシケ対も、その任を滞りなくこなす。
学生の本分をまっとうし、独力で真面目に勉強しようと考える人には、シケ対は不要である。進振りにしても、突き詰めていけば同級生との競い合いになるのだから、シケプリの作成は敵に塩を送る行為となるだろう。
■任意なのに「シケプリは配布されない」事態は起きない
極端な話をすれば、試験直前に担当者がデタラメな内容のシケプリをばらまけば、シケプリ頼りの試験対策をする連中を軒並み進振りレースから脱落させることだってできる。
それなのに、担当者がその任を投げ出してシケプリが配布されない、などということはめったに起きない。まれに担当した学生が心の病などを患い大学に出てこなくなることもあるが、そんな場合でも誰かしらがしっかりとフォローに回り、ほかのクラスのシケプリなり過去のシケプリなどを入手して配布してくれる。
僕は教養課程のころ総勢70名の大所帯に所属していた。シケ対によって全員がなんらかの講義の担当に割り当てられていたが、誰一人としてシケプリの作成をボイコットするものはいなかった。期末試験期間にそれを知ったとき、東大生の責任感の強さというものに驚きと感動を覚えたものだ。
シケ対というシステムがいつはじまったのか、その起源の正確なところは定かでないが、あるとき、所属していたサークルのOB会で50代の先輩に聞いてみたところ、今から30年前にはすでに存在していたらしい。
■「法律を作って粛々と運用する」官僚そっくりだ
システムをつくり、それを黙々と運用する。東大は伝統的に官僚を養成してきた大学だが、まさに、東大生が持つ「法律を作って粛々と運用する」という官僚の資質が、シケ対という仕組みを数十年の長きにわたり存続させているのだろう。
そして同時に、既存のシステムに唯々諾々(いいだくだく)と従う様は、東大生が「敷かれたレール」から外れることができない人たちの集まりであることを示しているともいえる。
ちなみに、シケ対やシケプリとは別に、時代錯誤社という学内文芸サークルが、毎年4月に『教員教務逆評定』という冊子を300円前後で販売している。学生へのアンケートをもとに、駒場キャンパスで教鞭をとる教員と授業を大仏・仏・鬼・大鬼の4段階で総合評価しており、これを参考にして点をとりやすい授業を選択する学生は多い。
■地元で「神童」でも、東大では「中の下」
絶望的な能力差に心折られ多くの人が一カ所に集まると生じるのが格差だ。
東大においてもそれは例外ではない。むしろ、東大という特殊な場所だからこそ、目立って生じる格差がある。
まずは、なんといっても能力の差だ。
東大には、「本当に頭のいい人間」があちこちにいて、入学直後からそういう人たちを間近で見ることになる。
地元では「神童」扱い。東大に合格した際には、通っていた塾の広告塔としてテレビCMにまで出演した若者――なにを隠そう僕のことだ――も、東大に入ってみれば凡庸な、というか、どちらかというと中の下の能力しか持たない人間であったことを思い知ることになった。
■意味不明な講義を嬉々として受けるクラスメートの姿
例えば、僕の駒場時代(1、2年生時分)はこんな感じだった。
必修科目である数学の担当教官は、ただでさえ難解な講義を、なんということだろう、片言の日本語で行うドイツ人だった。
元から数学が苦手だったこともあり、僕には教官が話していることがサッパリ理解できない。ならばと、推薦図書とされていたバカ高い専門書をバカ真面目に買って読んでみるが、書かれてある数式の上をひたすら目が滑るだけだった。
こうなると、講義中の教官の言葉は、単なるノイズとして右の耳から左の耳へと抜けていく。数学は完全な積み重ねの学問だから、理解が止まった場所から先へは一歩も進めなくなった。
一方で、高校生のころに数学オリンピックに出場したというクラスメートは、毎回嬉々として講義を受けている。どうやらこの意味不明な講義は彼にとって大変充実した時間であるようだ。しばしば、教官と熱いディスカッションをしている。しかも、日本語が不得手な彼に配慮して英語で!
またあるときはこうだ。
みなで同時に学びはじめた中国語の試験が近づいてきたころのことである。こちとら赤点を回避するべく必死になってシケプリにかじりついているというのに、クラスメートの何人かはすでに学内にいる中国人留学生、すなわちネーティブとの、日常会話をこなしている。「ちょっと実践をしてきます」という感じで、試験期間中に中国旅行をしてくる人もいたし、幼少時を華僑が通う海外の小学校ですごしたとかで、もとより中国語がペラペラの人もいた。そういう人たちは、改まっての試験勉強など必要としていない。
■絶望的な能力の差を知ってしまった
東大では一事が万事こんな調子なのだ。
法学部在学中に予備試験を経て法科大学院に行かずに司法試験に合格してしまう人。
まだ学部の4年生なのに英語での学会発表を質疑応答まで難なくこなし、発表後の懇親会では世界の研究者たちとこれまた巧みな英語で積極的なコミュニケーションをとっている人。
学生ベンチャーを立ち上げ、東大人脈を最大限に生かして一般的なサラリーマンの生涯年収くらいのお金をサクリと集めてしまう人。
院生の時点で高いインパクトファクター(影響力)の科学雑誌に研究論文を何本も載せる人……東大にはそんな人がゴロゴロいる。
頭の回転も集中力も行動力も、この人たちには絶対にかなわない――そんな絶望的な能力の差を、あらゆる機会に認識させられるわけで、僕のような凡庸な東大生にはけっこうつらいものがあった。僕と同じように、間近にいる本当に優秀な人たちに引け目を感じていた東大生は、少なからずいたはずだ。
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ライター
1982年兵庫県生まれ。東京大学農学部卒業後、同大学院農学生命科学研究科修士課程修了、同博士課程中退。出版社勤務を経て、2014年よりフリーランスの書籍ライター。共同事務所「スタジオ大四畳半」在籍。
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(ライター 池田 渓)
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