「米ロを巻き込む戦争に発展か」アゼルバイジャン紛争のややこしさを解説する

プレジデントオンライン / 2020年10月9日 15時15分

ナゴルノ・カラバフ地域の主要都市ステパナケルトで砲撃を受けた後、破壊された家屋の前に立つ警察官 - 写真=AFP/時事通信フォト

■ミサイルが次々に住宅街へ

中近東とロシアに挟まれたコーカサスにある2つの国、アゼルバイジャンとアルメニアとの間で9月27日、軍事衝突が発生。双方に民間人を含む220人以上の死者が出ている。開戦から10日余り経ち、都市部への攻撃も始まっており、死者の増加も懸念されている。

ソ連崩壊以来すでに30年を経たが、いまだに旧ソ連の構成国が領土問題で戦いを交える中、各国からの停戦に向けた提案が矢継ぎ早に出されながらも、双方の軍隊はいずれも全く撤退する構えをみせていない。

現在戦闘が行われている場所は、アゼルバイジャン南西部の「ナゴルノ・カラバフ」と呼ばれる地域だ。国際連合をはじめ、各国はこの地をアゼルバイジャンの領土と認めているが、現状では西側の隣国・アルメニアが事実上支配している。

今回の戦闘の火蓋が切って落とされたのは9月27日。BBC(日本語版)はアルメニア防衛省筋の発表として「ナゴルノ・カラバフの主要都市ステパナケルトを含む、民間人居住地域で27日朝、攻撃が始まった」としている。

■米ロを巻き込む戦争に発展する可能性も

目下、戦闘はエスカレートする一方だ。アルメニアからと思われるミサイルが、アゼルバイジャンの複数の市街地に着弾。住宅などに被害が出たと10月5日までに伝えられている。一方、アルメニア側もステパナケルト市内に爆弾が落ち、大きなクレーターができたという写真を配信。双方の応酬がネット上をにぎわせている。

両国の紛争をめぐっては、これまでに欧州連合(EU)と米国のほか、ロシアやフランスなどが停戦を呼び掛けているが、全く改善の色は見えてこない。双方が市街地への攻撃を非難し合う中、北大西洋条約機構(NATO)も停戦を促しているが効果は乏しい。

日本にとってはなじみが薄いかもしれないが、この領土問題はアメリカとロシアという2強国を巻き込む戦争に発展する可能性をはらんでいる。ロシアがアルメニアを後方支援する一方、トルコの要請でNATO軍が介入するような事態にまでエスカレートすれば、「旧ソ連2カ国の小競り合い」というレベルにはとどまらなくなるからだ。

■ナゴルノ・カラバフとはどんな場所か

アゼルバイジャンは古くから産油地として欧州で知られてきた。およそ200年前から原油採掘が行われてきたが、その資源の有望性から、かのヒトラーがバクーを含むカスピ海沿岸地域の占領を目指したエピソードもある。

油田掘削は地下に向かって穴を掘る必要があるが、そのバクーでの掘削(ボーリング)に使う爆薬で大儲けしたのがダイナマイトの発明者で、のちにノーベル賞を創設したアルフレッド・ノーベルだ。今でも、バクーの郊外に行くと、一般住宅の庭先でも原油採掘用のポンプが稼働している様子がみられる。

そんな国にある「ナゴルノ・カラバフ」とはそもそもどんな場所なのだろうか。

外務省の資料をもとに要約すると次のようになる。

ナゴルノ・カラバフとはどんな地域か?

・ナゴルノ・カラバフ自治州住民の多数はアルメニア人が占める。
・アゼルバイジャン領だが、ソ連末期、アルメニアへの帰属変更要求が高まり、1991年のソ連解体に伴いアルメニアとアゼルバイジャンの間で武力紛争に発展。
・アルメニアは1993年までにナゴルノ・カラバフほぼ全域およびアルメニアとの回廊地帯を占領。
・これにより、アゼルバイジャンは領土の約20%を失う格好に。
ナゴルノ・カラバフ周辺地域
ナゴルノ・カラバフ周辺地域(10月8日現在、BBC調べ)

現状において、ナゴルノ・カラバフにはアゼルバイジャンの実効支配は及んでおらず、その周辺地域は、アルメニアに占領された状態が続いている。

■米仏露が介入、国連決議もしたが…

1994年、ロシア及び欧州安全保障協力機構(OSCE)の仲介によりいったんは停戦に合意した格好になった。アメリカ、フランス、ロシアの3カ国が共同議長となっているOSCEミンスク・グループによる仲介で、1999年以降、アルメニアとアゼルバイジャンの両国首脳、外相などさまざまなレベルで直接対話が継続して行われているが、最終的解決に向かうメドは立っていない。

一方、国連安全保障理事会でも決議が行われている。

OSCE仲介の停戦合意前年の1993年10月、「即時に相互に、OSCEミンスク・グループが提示したタイムラインに従い、近年(アルメニアが)占領した両移動からの軍隊の撤退を含む諸事項の実施を要求する」との安保理決議案874が採択されている。

こうした外交的努力にもかかわらず、ナゴルノ・カラバフとその一帯は、アルメニアの保護国のような形で「ナゴルノ・カラバフ共和国」と名乗り、事実上独立国のような格好となっている。ただし、他の国による国家承認はなきに等しく、旧ソ連から独立した国連非加盟国が認めているにすぎない。

■両国のリーダーがヒートアップ

ナゴルノ・カラバフをめぐっては、1990年代に「ナゴルノ・カラバフ共和国」をアルメニア人が独立を宣言して以来、幾度なく戦闘が繰り返されている。この地域に住んでいたアゼルバイジャン系住民の集落はことごとく襲撃に遭ってきた。

ナゴルノ・カラバフ自治州のエリアでは、こうした戦闘や襲撃を通じて、アゼルバイジャン系住民が3万人死亡、さらに100万人もの人々がアゼルバイジャンの残りの80%の地域に難民化して居住させられる憂き目に遭っている。元外交官で日本・アゼルバイジャン友好協会のカランタル・カリル会長は、同自治州のこうした状況について「今やアゼルバイジャン人は誰もあそこには住んでいない」と強調している。

こうした中、アゼルバイジャンとアルメニア双方は9月27日の戦闘開始以来、明らかにヒートアップしている。

「ナゴルノ・カラバフにいるのはアルメニア人の占領軍だ」と主張するアゼルバイジャン側では、首都バクーで9月27日、近年最大規模のデモが発生。ナゴルノ・カラバフの奪回を訴えた。

アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領はこの日、「私たちの反撃により、不正な30年にわたる占拠は終わる」と述べ、再びナゴルノ・カラバフを掌握することへの自信を示した(BBC日本語版、9月28日)

一方、アルメニアのニコル・パシニャン首相は、アゼルバイジャンによる「計画的な侵攻」があったとし、「神聖な祖国を守る用意をせよ」と呼びかけた、という。両国はいずれも9月27日中に戒厳令を出したとも伝えられている。

■「キリスト教vsイスラム教の対立」との見方もあるが

今回のナゴルノ・カラバフを取り巻く戦闘が始まって以来、現地の情報が希薄な中だが、それでも日本語でも報道を見かけるようになった。

一部メディアは、「背景にはキリスト教が多数派のアルメニアと、主にイスラム教徒のアゼルバイジャンという宗教上の問題がある(ロイター通信)」と語っているものがある。

確かにアルメニアがキリスト教の正教徒、かたやアゼルバイジャンはテュルク系でイスラム教徒(ムスリム)と、双方の多数派が信仰する宗教は違うのだが、この問題については「北方領土問題と同様に、純然たる領土問題であって、宗教上の争いではない(友好協会のカランタル会長)」と述べている。

そうした中、双方の友好国の動きが不穏となってきた。両国ともに、旧ソ連を構成していた15共和国の一員だったことから、ロシアは双方に即時停戦を呼びかけた。

■支援するロシアとトルコの代理戦争か

ところが、これまでの経緯を客観的にみると、アゼルバイジャンは自国で使う武器の大半をロシアに依存しているものの、ロシアはどちらかといえばアルメニア寄りとされる。一方のアゼルバイジャンは、言語・文化的に結びつきの強いトルコが支持を固めている。

トルコのエルドアン大統領は、アゼルバイジャンとの関係について「ひとつの民、ふたつの国家」と訴え、連帯を強化するとの考えを改めて打ち出した。歴史をなぞると、20世紀の初めにオスマン帝国によるアルメニア人150万人の「虐殺」が起きており、現在もなお、アルメニア人にとってトルコを含むテュルク系民族は全く相入れない「許しがたい人々」と映る。

対して、トルコのエルドアン大統領は「オスマン帝国復権を夢見ている」とされ、隣国の敵・アルメニアとその背後にいるロシアの存在は、文字通り目の上のタンコブとなっている。

ロシアがアルメニアへ肩入れしていることもあり、2国の代理戦争的な雰囲気も見え始めた。

こうした状況を受け、アゼルバイジャンのアリエフ大統領は10月5日、「アルメニアは、アゼルバイジャンの領土を攻撃し、ロシアを戦闘に引き込もうとしている」と言明する一方、トルコが高性能の武装無人機でアゼルバイジャンへの支援したおかげで犠牲者数が抑えられたとし、「トルコが我々を力づけている」と感謝の意を述べている。

■資源輸送ルートが「ロシアとしては面白くない」?

アゼルバイジャンやアルメニアがあるこの南コーカサス地方は、石油や天然ガスの重要輸送路に当たる。

ロシアや中央アジアの資源をめぐっては、血なまぐさい紛争が繰り広げられてきた。欧州の各国、特に中・東欧諸国は歴史的にロシアからウクライナを経由するパイプラインで輸送される天然ガスで暖房などの燃料を賄ってきた。ところが、ロシアとウクライナはかつての友好関係とはほど遠く、ひいてはクリミア半島問題で露呈したように互いに相いれない関係となってしまった。

そこで、資源輸送のロシア依存から逃れるため、欧州各国が期待を寄せたのは、アゼルバイジャンやカスピ海の海底から採れる原油と天然ガスを同国からトルコ経由で欧州に運ぶことだった。BTCパイプラインという送油管建設計画が持ち上がり、すでに2006年から稼働している。

かようにアゼルバイジャンとアルメニアが(さらに、アルメニアとトルコも同様に)仲違いする中、遠回りでも隣国のジョージア経由を採るしかないという状況に晒されたものの、ともあれ完成した。

ただ、資源外交に詳しいアナリストによると、このルートによる油ガス輸送が安定化するのは「ロシアとしては面白くない」という説があるという。これがまさにアゼルバイジャンの国力をそぐために、アルメニアを前面に立ててナゴルノ・カラバフを介してもめ事を起こしている遠因ではないか、という見方ができるというわけだ。

■国際社会が問題を共有すべき

今回のこうした状況について、北海道大学で歴史地域文化を学びながら、北方領土問題にも取り組んだアゼルバイジャン人のアリベイ・マムマドフさんは、「アゼルバイジャンはアルメニアという国の領土に何の興味もなく、アルメニア領内で戦闘が起きたこともない」「戦闘はすべて、国際法で認められたアゼルバイジャンの領土内で起きていること」と指摘。

「国際法を完全に無視しているアルメニア軍はアゼルバイジャンの領土内で何をしているのか、なぜそこにいるのか」という問いかけを国際社会がすべきではないか、と訴えている。

バクーで日本企業紹介イベントを主催、アゼルバイジャン関連の著書もあるYouTube「越境3.0チャンネル」運営者の石田和靖さんは「この地域で戦争が勃発していることを多くの人が知り、一刻も早く戦争を止めることを国際社会が呼びかけていかねばならない」と訴える。

ナゴルノ・カラバフと関係のない民間人が住む街にも戦闘の余波が広がっているが、果たして終結の見通しはつくのだろうか。コロナ禍で各国が右往左往する中、新たな国際問題を世界は抱え込んでしまった。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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