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3歳時点で言葉が出ず、座ってられない子に普通の小学校はムリなのか

プレジデントオンライン / 2020年10月15日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

3歳を過ぎたばかりのカッ君が、小児科医の松永正訓さんのクリニックを受診したとき、言葉が出ず、座っていられなかった。この子は普通の小学校に通うことは可能なのか。松永さんは「発達障害の診断は微妙で難しい。焦らず、ゆっくりと決めていけばいい」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■はっきり聞き取れない言葉で喋るカッ君

3歳を過ぎたばかりのカッ君がクリニックを受診しました。3日前から鼻水・咳があり、今日になって下痢も始まったそうです。カッ君はこれまで何度かクリニックを受診しています。しかし、1歳6カ月児健診はうちのクリニックではやっていません。つまり、2歳を過ぎた頃からうちのかかりつけになったわけです。

私はお母さんに問診を重ね、カッ君の胸と腹を診察しました。診断は特に難しくありません。普通の風邪という判断で大丈夫でしょう。

カッ君は診察室内のポケモンの絵を見ながら、声を出しています。それが私にははっきりと聞きとれません。

「らららん、らね~」

こんな感じです。私はお母さんに尋ねてみました。

「お母さん、カッ君はしっかり話しますか?」
「それが……単語は出るんですけど、文章にならなくて」
「2語文は喋りますか? これ・ほしい……とか」
「単語のくり返しなんです。ちゃんとした2語文は出ません」

■両親とのコミュニケーションは可能、友だちとも関われる…

カッ君はお母さんの膝から下りると、スタスタと診察室とつながっている処置室へ走って行きます。慌てて看護師があとを追います。

「その単語を使って、お母さんとコミュニケーションが取れますか?」
「あ、それが取れるんです。何を言っているか私には分かるんです」
「お父さんは?」
「……主人も分かっているようです」
「身振り手振りや顔の表情でお母さんに何かを伝えることはできますか?」
「それもできます」
「同じ3歳くらいの子どもに関心を持って接しますか? つまり、ほかの子に興味がある?」
「大丈夫です。お友だちと遊んでいます」
「何かの物や動きに、頑固に執着することはありませんか?」
「執着ですか? 特に気になりません」
「どんな遊びが好きですか?」

お母さんは一瞬考えてから答えました。

「ミニカーみたいなおもちゃの車でよく遊んでいます」
「どういう風に? 車を走らせていますか? それとも並べて眺めている?」

ちょっと戸惑うように答えます。

「ブーって言いながら走らせていますね」
「おままごととか、ごっこ遊びとか、何かの振りをするとか、できますね?」
「はい。包丁で切るまねとかしています。戦隊物の振りもしますよ」

ここまでの会話で多くのことが分かります。カッ君は両親との間でコミュニケーションが可能です。ほかのお友だちとの間で社会的コミュニケーションも成り立っています。遊び方に想像力があり、限定された反復的なこだわりはありません。

■幼稚園に入って言葉が増えるパターンもある

カッ君は看護師と一緒に診察室に戻ってきましたが、室内のいろいろなものを目がけては、「あああ」と声を出しながら走っていき、掲示物や玩具をバンバンと叩きます。

3歳くらいの男の子は、大なり小なりたいていは多動です。しかしカッ君はちょっとほかの子よりも多動に見えます。そしてやはり発語が私には不明瞭に聞こえ、その行動が何を表現しようとしているのかはっきりしませんでした。顔の表情も読み取りにくい印象でした。

「お母さん、1歳6カ月児健診では何も言われませんでしたか?」
「はい。特に問題ないって……」
「カッ君はちょっと発達に上手じゃない部分があるんじゃないでしょうか? お母さんとコミュニケーションを取れるとか、友だちと遊べるとか、こだわりがないとか、そういうお話を聞くと、自閉スペクトラム症とは言えないように思います。だけど、ちょっと言葉による意思の疎通が上手ではない気がするんです」
「ええ。でも、うちの主人も子どもの頃、言葉が遅かったそうです」
「それに対してどう対応したのですか?」
「幼稚園に入ったら言葉が増えたそうです」
「なるほど、よくあるパターンですね。うちの長女も幼稚園に入るまで全然喋らなかったんです」
「この子はこのあと、幼稚園のプレに入れる予定なんです」

プレとは、正式に幼稚園に入園する前の体験版みたいなものです。

「ああ、じゃあ、それに期待してもいいかもしれませんね」

現代の就学前の教室
写真=iStock.com/South_agency
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

■発達が上手じゃない子に発達を促す「療育」

「言葉が遅いと何か対策があるんですか?」
「療育という方法があります。療育とは、発達が上手じゃない子に対して発達を促し、自立して生活できるように援助をする取り組みです。療育の教室には、自閉スペクトラム症とはっきり診断された子も来ますし、言葉が苦手という程度の子も来ます。そういう施設で言葉の練習をするんです」

私はカッ君には発達障害の可能性が少しはあると思いましたが、専門施設を紹介するほどではないと判断しました。もう少し様子を見てもいいけれど、ただ様子を見るのではなく、療育を始めた方がいいと考えたのです。

療育の具体的な風景は、言葉の練習をしたり、動作のまねをしたり、生活のルールを学んだり、工作やお絵かきをしたり、グループでゲームをしたり、体をいっぱいに使った運動をしたりすることです。動画サイトで「発達障害 療育」と入力してみると、多数の療育風景を見ることができます。本書では、具体的な内容を4章以降で説明していきます。

■全国に約4700カ所ある児童発達支援事業所

療育を行ってくれる児童発達支援の施設が千葉市には59カ所あります。かかりつけ医が意見書を書くと、受給者証が発行され家族は1割負担で通所施設を利用できます(2019年10月からは、3歳から就学までの子は無償化された)。こうした児童発達支援事業所は全国に約4700カ所あります(2017年1月現在)。

カッ君の場合、発達が促されればそれでいいし、伸び悩むなら改めて専門機関に紹介状を書けばいいのです。

「じゃあ、お母さん、3歳児健診には集団と個別がありますから、個別の健診をうちで受けてください。そのとき、また相談しましょう」

3歳児健診は、名称は3歳ですが、個別にクリニックを訪れるのは3歳半を過ぎた頃です。次に会うのは風邪でも引いて受診しない限り、6~7カ月後だと私は思いました。

■「療育を受けられるなら、受けてみたい」

しかし1週間もすると、お母さんはカッ君を連れてやってきました。

「先生、主人と相談したんですけど、やはり言葉が気になるって主人も言うんです。療育を受けられるなら、受けてみたいんです」
「分かりました。いいですよ。意見書を書きましょう」

私は電子カルテに向かいました。診断名を「言語発達遅滞 発達障害の疑い」と書き、カッ君の特性を整理して記入し、最後に「療育が必要と判断します」と書いて締めくくりました。

「この意見書を持って保健センターに行ってください。保健センターでは、障害児相談支援事業所という組織をまず紹介してくれます。その相談所で、カッ君にふさわしい療育の施設をお母さんと一緒に探してくれます。ただ、相談支援事業所は数が少なくて、ひと月近く順番待ちになるかもしれません。療育を受ける事業所が決まったら、受給者証が発行されますから、それを使って言葉の療育を受けてください」

こうしてカッ君の療育が始まりました。私はお母さんに、「6カ月後に再診して、その後、どう変化したか教えてください」と言い添えました。

■言葉が増えて、2語文が出るようになった

そして再診の日がやってきました。私は二人に椅子に座ってもらいました。

「お母さん、どうですか? カッ君の様子は?」
「それが先生、言葉が増えてきたんです。2語文が出るようになりましたし、3語のこともあるんです」
「それはよかった。どう、カッ君、療育の○○に行くのは楽しい?」

するとカッ君は席を立ち、またもや隣の部屋へスタスタと走り去っていきました。このあたりの落ち着きのなさはあまり変わりません。

「じゃあ、このまま療育を続けてみますか? 場合によっては、千葉市療育センターに紹介状を書いて、専門の先生に一度診察してもらおうかと考えていたんです」
「そこへ行くと何かできるんですか?」
「専門家のコメントがもらえるということと、もし希望があれば心理検査を受けることができます。知能検査とはまた別で、発達の程度を評価するんです」
「そうですか。でも、私たちは今の状態で満足しています。幼稚園でもお友だちと仲良くしているし、言葉も増えてきたので、このままようすを見てみます」
「分かりました。もうそろそろ3歳児健診ですね。そのときにまた話しましょう」

カッ君の成長はこれからも見守る必要があります。カッ君には不得手な部分もありますが、それ以上に十分な伸びしろがあるように感じられました。

■幼稚園生活が、微妙になってきた

そして3歳7カ月になり、カッ君は私のクリニックに健診にやってきました。身長と体重、そして頭囲を測定してから、カッ君は私の目の前の椅子に座りました。

私が大きな声を上げます。

「こんにちは!」
「……」

返事はありません。

「お名前は?」
「……」
「何歳?」

3本の指を出します。私は、分かったよというようにその手を握りました。

「お母さん、カッ君、自分の名前は言えますか?」
「ええ、いつもは言えるんです」
「はっきりと?」
「それがちょっと、ゴニョゴニョと」
「分かりました。ところで、幼稚園の生活はどうですか? みんなと遊んでいますか?」
「ええ、今のところは大丈夫みたいです」

しかし、その後のカッ君の幼稚園生活は何とも微妙になっていきます。年中さんとして幼稚園生活を送るカッ君は友だちと遊ぶことができました。だけど、時々おもちゃの取り合いで喧嘩になってしまい、自分の思い通りにならないと激しいかんしゃくを起こすようになりました。言葉よりも手がすぐに出てしまうという感じです。

■「焦らず、ゆっくり」それが大事

私はそうした幼稚園での様子をお母さんから聞き、療育の先生にぜひ相談してみてくださいと助言しました。3歳児健診が終わってしまうと、そのあとの定期健診はもうありませんから、カッ君が風邪などで受診するたびに、私はカッ君の成長を聞かせてもらいました。

「お母さん、療育はどんな感じですか?」
「個別で療育してもらってかなり言葉がスムーズに出るようになりました。単語も増えましたし、文章にもなっています。でも、集団の療育が難しいんです」
「というと?」
「療育には、発達障害がかなり重い感じの子もたくさん来ているんですけど、そういう子たちって、すごく多動なんです。グループで療育を始めると、そこの子たちは座っていられなくて走って逃げてしまうんです。そうすると、座ってなくてもいいのかなと思うらしく、つられて立ち上がっちゃうんです」
「なるほど。難しいですね。発達を伸ばすためには、個別の療育も集団の療育も両方必要なんです。個別で言葉を増やし、集団でほかのお友だちとの間で言葉を使うことで、本当に伸びたと言えるんです。そうですか、みんな脱走しちゃうのかー」
「でも、焦らずゆっくりやろうと思っています」
「あ、お母さん、それ大事です。人間が成長していくのって大人でも子どもでもゆっくりですよ。一足飛びにはいきません。焦らないで……あきらめないで」

■幼稚園で喧嘩することがなくなった

さらに時間が経ち、カッ君は5歳になっていました。就学時健診の時期が近づいていました。私の診察室ではほとんど喋らず、壁に貼ってあるポケモンの絵を眺めています。3歳の頃のように院内を走り回るということはありません。

「幼稚園の様子はどうですか?」
「お友だちと仲良くやっています。お友だちもたくさんいるんです。以前みたいに喧嘩したりしません」
「では、困っていることは?」
「そうですね……特にありませんね」
「言葉も普通に出るようになって?」
「ええ、ただ、やっぱり、その場の空気を読まないことを言うんです。ちょっと会話がかみ合わないみたいな?」
「そうなんですね」
「それと、幼稚園の先生と目を合わせるのが今でも苦手なんです」

そう言えば、カッ君はさっきから私の方を見ようとしません。我々の会話を聞きながら、ずっと絵を見ています。

「なるほど。でも困っているというほどではないということですね」
「はい。以前は、この子は特別支援学級とかに行くのかな……と思っていた時期もあったんですけど、今は通常級でも大丈夫と思っています」

■発達障害の診断はとても微妙で難しいもの

私は納得して大きくうなずきました。小学校に上がれば、療育はいったん卒業になります。お母さんが希望すれば、放課後等デイサービス(放課後デイ)というものを利用することができます。今のところ、放課後デイを使うかどうかは夫婦でまだ話し合っていないそうです。

松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)
松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)

それでいいのではないでしょうか。カッ君が小学生になってから、ゆっくり考えればいいことでしょう。言葉が出ず、多動だったカッ君も小学校入学を控えて、ほとんど普通の会話が可能になり、椅子にも座っていられるようになりました。発達が上手ではない部分も少しあるようですが、それくらいは個人差のように見えます。これなら、ご両親は安心してカッ君を小学校に送り出せるでしょう。

今から振り返って見ると、カッ君には発達障害の特性が間違いなくあったと思いますし、今も残っています。しかしそれは自閉スペクトラム症と診断名を確定させるレベルではありません。発達障害の診断はこのくらい微妙で難しいのです。いえ、診断は急いで付ける必要はありません。子どもの成長にかかりつけ医が伴走し、小学校に上がるくらいまでにゆっくりと診断を決めていけばいいのです。

ご両親がカッ君の特性をよく分かった上で小学校生活を送らせてやれば、あんがいうまく行きそうです。私も、もう少しお手伝いをしようと思いました。

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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー―短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて―自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医―君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『子どもの病気 常識のウソ』(中公新書ラクレ)、『いのちは輝く―わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『小児科医が伝える オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)などがある。

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(医師 松永 正訓)

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