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「2歳半でも1時間おきに泣いて起きる」思わず子供を布団に放り投げた母親の涙

プレジデントオンライン / 2020年10月20日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MagMos

発達障害の子を育てる親の悩みの一つは、きょうだいにどう接するかだ。小児科医の松永正訓さんのクリニックに通う三きょうだいは、真ん中の弟が自閉症だ。母親は「ある悩み」を松永さんに打ち明けた――。(第2回/全3回)

※本稿は、松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■双子のソラ君とリク君がやってきた

私のクリニックには双子の患者がよく来ます。理由は単純なことで、クリニックの廊下をかなり広く作ってあるため、双子用の横に広がったベビーカーも入ってくることができるからです。

ソラ君とリク君も双子のきょうだいです。ソラ君がお兄ちゃんでリク君が弟です。私が二人に初めて会ったのは今から8年前です。双子のお子さんが予防接種や健診にやってくると、二人の泣き声で診察室はとても賑やかになります。お母さんも子どもを抑えるために大忙しです。お父さんが一緒に来ることもあれば、お祖母ちゃんが一緒に来ることもあります。

ソラ君とリク君は2000グラムを少し超えた体重で生まれてきました。身長も体重も順調に伸びていき、たちまち標準の中に入ってきました。首据わりは4カ月、座位は6カ月、寝返りも6カ月、ハイハイは11カ月。二人とも同じでした。一人歩きは、ソラ君が1歳1カ月、リク君はやや遅く1歳5カ月でした。

1歳8カ月で二人は1歳6カ月児健診に私のクリニックへやってきました。裸にしたときから二人は大泣きでした。身長・体重・頭囲・胸囲を測定し、診察室へ入ってもらいましたが、私の顔を見ると二人はさらに大泣きになりました。

■「意味のある言葉が出ますか?」に「いいえ」

診察の前に私は集団でやってきた健診の問診票のカーボンコピーに目をやりました。ソラ君はすべての項目をパスしており、医師への連絡事項にも「無」に丸がついていました。一方、リク君の方はちょっと違っています。「意味のある言葉が出ますか?」に「いいえ」が付いており、知っているものへの指さしにも「いいえ」が付いています。

しかしそれ以上に気になったのは、医師への連絡事項です。「猫背とお腹の出っ張りがあり、心配されておりますので、よろしくお願いします」と書かれていました。私はこの大泣きの状態で猫背とお腹の膨らみを診察するのは至難の業だと思いました。

それでもなんとか、ソラ君とリク君の順番に、視診・聴診・触診を行いました。1歳半で猫背なんてあり得ませんから側弯症のチェックだけは行いました。お腹の出っ張りで一番こわいのは小児がんです。泣かれるとよく分からないのですが、時間をかけて触診をして明らかな腹部腫瘤はないと判断しました。

「お母さん、二人とも大丈夫だと思います。リク君の背中もお腹も大丈夫でしょう。精密検査は必要ありませんが、気になったらいつでも来てください。それから、二人とも貧血があって千葉県こども病院で定期的に診てもらっているんですね。じゃあ、大丈夫でしょう。うちでも、こども病院でも、いつでも相談してください」

■相談に来る余裕がないくらい大変な状況にあった

「先生、リクは言葉が出ないんです」
「うーん、そうですね。今は大泣きで表情が読み取れませんが……もう少し見させてください。2歳まで言葉が出なければもう一度受診してくれますか?」

しかしここでいったんソラ君とリク君の受診は途切れます。予防接種が一通り済んだからかもしれません。あるいは、「言葉が出ない」というお母さんの問いかけに私がきちんとした返事ができなかったからかもしれません。しかし実は後で分かることですが、その頃のお母さんは言葉の相談に来るほどの余裕がないくらい大変な状況にあったのです。

聴診器
写真=iStock.com/Andrei Vasilev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrei Vasilev

■「リクは、夜泣きというか、寝ないんです」

3歳7カ月でソラ君とリク君は3歳児健診にクリニックへ久しぶりにやってきました。そしてこのとき、お母さんの腕には三人目の子、妹のウミちゃんが抱かれていました。ソラ君とリク君はしっかりと育っています。身体測定で泣くようなことはもちろんありません。ソラ君は私の問いに対して名前と年齢をはっきりした声で答えました。診察が終わって次はリク君です。リク君の顔を見た瞬間、私は「あ!」と思いました。視線が合っていないのです。

「お名前は?」

返事がありません。

「何歳?」

そっぽを向いています。私は問診票のカーボンコピーに視線を落としました。病気の欄を見ると、「自閉症スペクトラム 軽度知的障害」と書かれています。私はお母さんに思わず声をかけました。

「お母さん、リク君は自閉症の診断なんですか?」
「そうなんです、先生。あのあと、いろいろあって……」

私はうなずくとリク君の診察を手早く行いました。そして二人に服を着てもらって診察台に座らせ、ウミちゃんを抱っこしているお母さんに話を伺いました。

「どうやって診断がついたんですか?」
「リクはあのあと、夜泣きがひどくなってしまったんです。夜泣きというか、寝ないんです」
「睡眠障害か……」

私は呟きました。

■「リクを布団の上に放り投げてしまったんです」

「2歳半頃に話をしないなとはっきり分かるようになりました。その頃から、夜は1時間おきに泣いて起きるんです。スマートフォンの動画を見せたり、ミルクを飲ませたり、一生懸命あやしたりして……ようやく寝たかなと思うと、また1時間後に泣いて起きるんです。それが毎晩毎晩で、延々と続くんです。その頃、私は臨月で下の子がお腹にいて、もういっぱい、いっぱいだったんです」
「それはきついですね」
「私、もう限界みたいになってしまったんです」
「臨月でその状態だったら、ちょっと耐えられないですね」
「そして私……リクを布団の上に放り投げてしまったんです。それで、これはまずいと思いました。このままじゃあ、虐待になっちゃうって。それで保健センターに電話をしたんです」
「ああ、自分からSOSを出したんですね」
「保健師さんが訪ねてきていろいろ話をしたんです。これは単なる夜泣きじゃないって。言葉が出ないことも話したんです。そうしたら簡単な検査もやってくれました。箱を三つ並べて一つに犬のおもちゃを保健師さんが入れるんです。そしてリクに『ワンワンはどこに入っている?』って聞くんです。でもリクは三つの箱を全部ひっくり返してしまって、ちゃんと答えられないんです。保健師さんは、リクは自閉症じゃないかって。私は半信半疑でした」

■「イライラしてあんなことをして、ごめんなさい」

「それで専門施設を受診したんですか?」
「保健師さんから最初に紹介されたのが、福祉施設の千葉市桜木園です。そこの先生が、言葉が出ないのは聴力に問題があるか言語障害のどちらかだから、千葉市療育センターを紹介しますって。療育センターで聴力の検査をしたんですけど、異常はありませんでした。そして療育センターの先生から、お子さんは自閉症ですって。知的障害もあるでしょうと言われました」
「そうだったんですね。それはつらかったですね」
「私、さすがにショックで泣きました。気づいてあげられなくて……寝ないことにイライラしてあんなことをして、ごめんなさいってリクに謝りました」
「それから療育が始まったんですね」
「そうなんです。療育センターの先生に紹介してもらいました」
「……分かりました。療育を進める中で何か相談ごとがあれば言ってきてください」

自閉症の主治医は療育センターになりますから、私はリク君が風邪などで受診したときに見守ることしかできません。だから、身体的なケアについてはできるだけ役に立とうと考えました。また、療育センターにわざわざ行く程ではない困りごとなら、うちに来て欲しいと思いました。その日の健診はそれで終わりました。

■小学校入学前でも、はっきりした言葉を発さない

それからしばらくすると、「リクの便秘がなかなか治らないんです」と言って、お母さんがリク君を連れてきました。自宅近くのクリニックで酸化マグネシウムを処方されていたのですが、効果が出ず、排便のときに出血があるとのことです。便秘は私の得意分野ですから、薬の種類を変更して便を柔らかくするようにしていきました。

慢性便秘は簡単には治りません。ヨーグルトや果物ジュースが有効という意見もありますが、それだけで治るということはありません。リク君には1カ月に1回通院を続けてもらい、5歳になる手前でようやく薬を終了できるようになりました。

ソラ君とリク君とウミちゃんは誰かが風邪を引くと三人とも風邪を引きます。ですので、受診するときは三人がいつも一緒です。ところがある日、珍しくリク君が一人で風邪を引いて受診しました。リク君は6歳。半年後に小学校の入学を控えていました。リク君は、私が「胸を開けてね」と言えば、衣服を上に持ち上げて胸を出します。しかし自分からはっきりした言葉は発しません。「んん~、んん~」と唄うように音を出しています。それほど多動というわけではありませんが、椅子から立ったり座ったりをくり返しています。

■双子の兄と同じ小学校に通うのか

診察を終えたあとで私はお母さんに聞いてみました。

「療育センターには行っていますか?」
「今はもう行っていないんです。療育の教室もあと半年で終わりです」
「そのあとは? 放課後デイに?」
「はい。今、どこへ通うか検討中です。それよりも、学校をどうしようかと」
「身辺のことはできますよね。特別支援学校ではなくて、特別支援級ですか?」
「そうなんです。でも迷っているのは、どこの小学校にしようかということなんです。自宅に一番近いのはA小学校です。そこにも支援級はあるんですけど、ちょっと離れたB小学校に行かせようかと考えているんです」
「と言いますと……」
「やっぱりお兄ちゃんのソラが気にするので。一学年でも違っていれば、同じ学校でもいいかなと思うんですけど、双子なので、同級生になります。一人が通常級で一人が支援級って、本人はどう思うかな? って。それに友だちから何か言われないかなって」

■「なんでこんな子が生まれてくるの?」と言われた

「ソラ君はリク君のことをどう思っているんですか?」
「複雑みたいです。『どうして違う学校なの?』とか、『なんでこんな子が生まれてくるの?』とか……そういうことを言うんです」
「そうですか。難しいですね。そういうとき、お母さんはソラ君にどう説明するんですか?」
「『変な子じゃないよ。一生懸命生きている子だよ』って。『そういうことはお母さんには言ってもいいけど、外では言わないでね』って」
「6歳だと自閉症のことを理解するのは、ちょっと難しいですよね……」
「B小学校まで遠くて、送り迎えが大変なんですけど、私、少しがんばってみます。ただ、学年が違えばソラとリクは同じ小学校に入ることができたと思うんですよね。きょうだいで、同学年で、弟に障害があると、お兄ちゃんは気を使ってしまうと思います。やむを得ないとは思いますが、少し可哀想です」

■みんなで公園に行っても、リク君から目が離せない

久しぶりにソラ君とリク君とウミちゃんが風邪で受診しました。診察が終わってソラ君とウミちゃんは診察台に腰掛けて本を読んでいます。リク君は椅子に座ったり立ったりしています。いつものように「んん~、んん~」と声を出しています。

「お母さん、リク君は自宅ではどんな遊びをしているんですか?」
「YouTubeです。スマホで見たり、テレビに接続して見たり。いつも一人で、ずっと喋ってます。唄ったり、笑ったり。それからクレヨンで絵を描くのも好きですね。だけど紙がないとパニックになりますけど」
「きょうだいで遊ぶことは?」
「ソラはリクの面倒を見てくれますよ。一緒に遊んで。でも、リクはおもちゃを破壊しちゃったりするんです。分解してどうなっているのか知りたいんだと思います。でも、それでリクはソラに怒られちゃうんです」
「それでは二人ともストレスがたまっちゃいますね。外では遊ばないんですか?」
「みんなで公園とか行くんですけど。リクは迷子になってしまうんです。とにかく目が離せなくて。怖い思いもしたみたいで、車をすごく怖がるんです」

■自閉症の子が安心して遊べる施設があればいい

「それじゃあ、外遊びもストレスですね」
「そうなんです。ソラと妹のウミが可哀想なんです。構ってあげられなくて。だから自閉症の子が遊べる施設があればいいなって思うんです。大人たちがみんなで自閉症の子どもたちを見てくれて、私がリクを見ていなくても大丈夫な場所なら、ソラもウミも楽しいと思うんです」
「そうですねえ。確かにそういう場所ってないかもしれませんね」
「いつもリクのことを見ていて神経が休まらないんです。そうすると、きょうだいに手をかけられないんです。それが負い目になっています。公園に行くのも段々少なくなってきて」

お母さんは切なそうな表情になりました。

■最大の心配は、兄弟が同じ中学校へ通うこと

「今の最大の心配はなんですか?」
「やっぱり先のことです。中学校です。中学になると、支援級がある学校の数が減るので、さすがにソラとリクは兄弟一緒に地元のC中学校に行くことになると思っているんです。そのときに、ソラがどう思うのか、本人に聞いてみたい気持ちがあります。でもそれ以外の選択肢はないんです」
「中学と言えば思春期ですから、ただでさえ難しいですよね」
「そうやって考えていくと、この先どうなってしまうのかなって不安はあります。大人になってから……。でも、やっぱり診断を受けたときがどん底でした。今は、やるしかない。生きていくしかないって考えています」
「そうですね。できる準備は少しずつして。立ち入るような話ですが、療育手帳は取りましたか?」
「はい。桜木園の先生に、『もし嫌じゃなかったら、考えてみたら?』と言われて」
「手帳を取得するのを嫌がる人もいますが、取っておいた方がいいと思います。税金の控除とか交通費の割引とか。小さな金額でも将来の蓄えになります」

療育手帳の申請は区の保健センターに提出します。すると児童相談所で知能検査を受けることになり、IQが70未満だと知的障害と判定されます。そして障害の程度によって、特別児童扶養手当などが支給されることになります。

松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)
松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)

「はい。そうしたいと思います」
「放課後デイは、行っていますか?」
「ええ。そこの施設はしっかりしている所で、療育も続けてもらっています」
「何かあったらぜひ相談してください。ぼくに分からないことがあっても、相談できる開業医の仲間もいますから」
「はい、ありがとうございます」

療育センターへの通院をやめているとすると、リク君に関わることができる医者は私だけということになります。これからもリク君の家族はいくつかのハードルを越えていかねばなりません。そのサポートができればいいなと思いながら、私は電子カルテに向かってタイプする指に力を込めました。

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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー―短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて―自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医―君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『子どもの病気 常識のウソ』(中公新書ラクレ)、『いのちは輝く―わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『小児科医が伝える オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)などがある。

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(医師 松永 正訓)

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