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「5歳半でオムツをはいたまま」自閉症の子を育てる上で一番重要なこと

プレジデントオンライン / 2020年10月23日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

小児科医の松永正訓さんのクリニックには発達障害の子供が多数訪れる。5歳半のミキちゃんは自閉症でオムツにしか便をしない。そのままでいいのだろうか。松永さんは「自閉症の子を育てる上で一番重要なのは待つこと。無理強いをするのでなく、排便の自立を手伝うという姿勢が大事になる」という――。(第3回/全3回)

※本稿は、松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■5歳半でオムツをはいたまま

5歳半のミキちゃんが私のクリニックを受診しました。大柄なお父さんが椅子に座り、ミキちゃんはお父さんに抱っこされています。かたわらにお母さんが背筋を伸ばしてスッと立っています。

私は問診票に目を落としました。3カ月前からミキちゃんは便秘だそうです。立ったままオムツに便を出すと言います。5歳半でオムツ、そしておとなしくお父さんに抱っこされている姿。私はミキちゃんに「こんにちは!」と声をかけてみましたが、返事はありませんでした。私に対して関心がないというような表情です。

お母さんが説明してくれました。

「ミキは自閉症なんです。こだわりが強くて、うんちをしないと決めるとなかなかしないんです」
「ああ、そういうことですね。これまではどこのクリニックで診てもらっていたんですか?」

お母さんの答えは、千葉市から遠く離れたX市のクリニックでした。

「え、そんな遠くから来たんですか? 大変だったでしょう? これまではどういう便秘対策をしてきたんですか?」

■2週間後、再びやってきたミキちゃん

私はお母さんから話を聞いて、少し便秘の治療を整理してみることにしました。

「飲み薬は酸化マグネシウムの1種類に絞りましょう。夕食の後に飲んでください。寝ている間に便が緩くなります。翌朝、朝食を食べると大腸が反射で動きますので、その反射を利用して柔らかい便を出すのです。ただ、ミキちゃんは、こだわりがあるから我慢してしまうかも。そのときは、座薬を入れてください。そして最低でも二日に1回は便を出してください。便を出させないと、便が出る子になりません。まず、2週間やってみましょう」

それから2週間後、ミキちゃんは両親と共にクリニックにやってきました。前回と同じように、お父さんに抱っこされています。

「どうですか? 酸化マグネシウムを飲んでみて?」

お母さんが答えます。

「やはり座薬を使わないと出ないんです。二日に1回座薬を入れています。でも座薬を入れれば必ずうんちは出ます」
「それはいいですね、とにかく出すことが大事です」
「はい、食べる量も少し増えました。便が出ているおかげだと思います」

■「座薬で出すこと」にこだわっている

「ところで、地元で療育は受けていますね? 今、年長さんですから小学校のことも考えていますね?」
「はい。療育は通っています。月に1回、個別と集団でやってもらっています。主に言葉と運動の療育です。進路については特別支援級か、支援学校か迷っています」
「どちらがいいとは一概に言えません。支援学校には支援学校のよさがあります。何と言ってもお子さんをよく見てくれます。そういう部分が手厚いんです。ミキちゃんにふさわしい学校を選んでください」

私は、今度は4週間分の薬を出しました。

その次にミキちゃんが受診したときも、三人は同じ配置でした。ミキちゃんはしっかりとお父さんに抱っこされています。

「その後の経過はいかがですか?」

今日もお母さんが答えます。

「同じなんです。二日に1回座薬を入れて出しています。と言うか、座薬で出すことにこだわっているようなんです。毎日夕方、5時になると座薬を入れてって言うんです」
「う~ん、そうですか。ミキちゃんのこだわりですね。だけど、出ないよりぜんぜんいいですよ。健常児のお友だちでも、頑固な便秘があって二日に1回座薬で出している子はたくさんいます。こだわりをむりに変える必要はありませんから、出すことができればよしとしてください」
「分かりました。続けてみます」

■1歳10カ月のとき、急にミルクを飲まなくなった

私はがらりと話を変えました。

「ところでミキちゃんはどういう経緯で自閉症の診断がついたんですか? 1歳6カ月児健診や3歳児健診で分かったんですか?」
「ミキは1歳半のとき、まだ歩かなかったんです。ハイハイができて、ようやくつかまり立ちという感じです」
「言葉は何個くらい?」
「出ませんでした。指さしもできませんでした」
「じゃあ、それで専門施設に紹介になって?」
「いえ、そのときは、かかりつけの先生に様子を見ようと言われたんです」
「そうなんですね。ではどうやって診断が……?」
「長い話なんですけど……。1歳10カ月のとき、急にミルクを飲まなくなってしまったんです。それまでは離乳食のほかにミルクを200ml飲んでいたんですが、急に70mlに減ってしまったんです。おかしいと思っていたら、もう、ゼロになってしまいました」
「急にガクンと減ったんですね?」
「そうなんです。体重も減りました。痩せてしまって成長曲線の正常値からも外れてしまいました。おまけに離乳食も自分から食べようとしないんです。両手をダラリと下げてしまって動かさないんです」
「それはあまり聞いたことのない症状ですね」
「ですから私が食べさせていました。この頃から退行が始まって、つかまり立ちもできなくなりました。2歳2カ月の頃です。かかりつけの先生は、これは大きな病気かもしれないと言って、X総合病院の小児科に入院の手はずを整えてくれました」

赤ちゃんの哺乳瓶
写真=iStock.com/Magone
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Magone

■毎回30分かけて、流動食をスポイトで口に入れていた

「X病院の先生はどういう診断でした?」
「いろいろな可能性があるって仰っていました。脳の異常かもしれないし、染色体の異常かもしれないし、腕を動かさないので筋肉の病気かもしれないと。だから血液検査はもちろん、脳のMRIも撮って、染色体の検査もやりました。レット症候群かもしれないとも言われました」
「レット症候群……腕に力が入らないからですね。つかまり立ちができなくなったことも考慮したのでしょう」
「でも、結局、いろいろな検査をしても何も異常が見つからなかったんです。入院中、ミキはぜんぜん食べなくなって、私はスポイトを使ってテルミールという濃厚流動食を口に入れていました」
「その間、ミキちゃんは腕をダラリと?」
「そうなんです。毎回30分かけて飲ませていました」
「では、ぜんぜん事態が改善しませんね? それでどうしたんですか?」
「小児科の先生が、大学病院の小児外科の先生に相談したんです。小児外科の先生が診察をしてくれて、二つの方法があると。一つは鼻から十二指腸まで栄養チューブを入れて、そこから栄養を入れるという方法です。もう一つは手術で胃瘻を造って、胃瘻から栄養を入れるという方法です」

私も大学病院で小児外科医をやっていた頃は何度も胃瘻を造ったので、その説明は分かるなと思いました。お母さんが続けます。

■胃瘻の手術5日前に、病院食を食べ始めた

「でも鼻からチューブを入れてもおそらく抜かれてしまうだろうという理由で、胃瘻の手術をやることに決まったんです」
「そうなんですね」
「ところが手術予定日の5日前に、ミキは病院食を急に食べ始めたんです。それで手術は中止です」
「じゃあ、それがきっかけで退院に?」
「そうです。でも、退院してからも、スポイトでテルミールを飲ませていました。原因不明のまま退院して、X総合病院の外来に通院していたところ、大学病院から小児神経が専門のベテラン先生が来てくれたんです。その先生にこれまでの経過をすべてお話ししたら、その先生は、ミキは自閉症だと言うんです」
「そうでしたか。食べないのは極度の偏食だったのかもしれませんね。自閉症の子に偏食はよく見られますが、ここまで食べない子は珍しいですね。手をダラリは?」
「先生が仰るには、手の感覚過敏だろうと。手に物が触れるのがイヤだったのでしょうと言われました」
「じゃあ、ようやく診断が付いたんですね? それが……」
「2歳7カ月です」
「つらかったですね」
「自閉症と言われたときは、つらかったと言うよりも、腑に落ちたという感じです。ある意味で安心しました。これで対策が立てられると思ったんです。知的障害のことも言われましたが、がんばればいつかは追いつけると考えることができました」

私はうなずいてお父さんに尋ねてみました。

「ご主人も同じ気持ちでしたか?」

お父さんは優しい表情でミキちゃんを抱っこしたまま「ええ」と答えました。お母さんが言葉を繋ぎます。

「苦しかったのは入院中です。この入院生活がいつまで続くのかと不安でしかたありませんでした」

私はつい話が長くなってしまったことにふと気づき、薬を処方して「のんびり通ってください。またお話を聞かせてくださいね」と言って、その日の診療は終わりにしました。

■自閉症の子は、少しずつ変わっていく

その後も親子三人は4週ごとにクリニックに通ってくれました。便秘に関しては同じパターンが続いていました。便を出さないことにもこだわりなら、夕方5時に座薬を入れて便を出すこともこだわりのようです。

私はミキちゃんが退院してから現在まで食のこだわりがどうなっているのかを聞いていなかったことに気づいて、次回の受診時に聞いてみようと思っていました。そしてまた受診日がやってきました。

「お母さん、退院後、ミキちゃんの食事はどうなったのですか?」
「スポイトでテルミールを飲ませるのは……1年4カ月くらい続きました。それがあるとき、いきなりレーズンパンを食べたんです。そして少しずつ、スプーンや、フォークやコップに手を伸ばすようになりました」
「では、スポイトは終わったんですね? 自閉症の子って少しずつ変わっていくんですよね。こだわりも変化していきますよね」

■3歳、4歳の頃は診察室で暴れることもあった

「自閉症の診断が付いて療育も始めました。療育手帳も申請できると知って保健センターに行きました。そうすると、児童相談所が千葉市にあるのでそこへ行ってくださいと言われて、知能検査を受けました。知能指数は35から50という判定でした」
「中等度ですね。では療育手帳も交付されましたね」
「そうなんです。3歳、4歳の頃はいろいろな面で大変でした。食べるようにはなったんですけれど、決まった食器を使うとか、食べる順番を決めているとか、こだわりが強かったんです。診察室で暴れることもありましたし、療育の母子分離のときに2時間半暴れたこともありました」

私はその言葉に少し驚きました。おとなしくお父さんに抱っこされているミキちゃんとあまりにもイメージが違うからです。

「そして5歳になって、この子は言葉が出るようになりました」
「そうなんですね。ぼくの外来に来たときは、落ち着いてきた頃だったんですね」
「ええ、その代わり便秘になってしまって」とお母さんは笑いました。

■大切なのは「信じること、そして待つこと」

「ところで学校は決めましたか?」
「就学相談に行ったら、この子は支援学級がいいのではと言われたんです。でも、夫婦でよく考えてみて、特別支援学校を選びました。春から支援学校に行くつもりです」
「そうですね。焦る必要はありません。オムツも取れて、発達が伸びていけば、途中から支援級に移行してもいいのですから」
「はい。今はこれでも成長したと思います」

私はお母さんに聞いてみました。

「自閉症のお子さんを育てる上で何が一番重要だと思いますか?」
「待つことではないでしょうか? 私たちはそう思います」

松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)
松永正訓『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)

信じること、そして待つこと。それは確かに親にしかできないことかもしれません。私はミキちゃんが一番大変だったころを見ていませんので、両親の本当の苦労は理解していないかもしれません。今後私にできることは、排便の自立を手伝っていくことです。ご夫婦が焦らず待ち続けたように、私も長期戦で粘り強く診療していこうと思いました。

それからさらに8週後、ミキちゃんの一家がクリニックにやってきました。今日のミキちゃんはお父さんと手をつなぎながら自分の足で歩いています。そしてお父さんに促されて一人で椅子に座りました。

「お、ミキちゃん今日は抱っこじゃないね」

お母さんが「ほら、言ってごらん」と声をかけます。ミキちゃんは私の方を向いて、

「おねがいします」

と、たどたどしく言いました。

私は少しうれしくなって「こちらこそ」と返事をしました。

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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー―短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて―自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医―君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『子どもの病気 常識のウソ』(中公新書ラクレ)、『いのちは輝く―わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『小児科医が伝える オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)などがある。

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(医師 松永 正訓)

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