一流の経営者が全然好みじゃない画家の絵をわざわざ見に行く理由
プレジデントオンライン / 2020年10月12日 9時15分
※本稿は、小宮一慶『できる社長は、「これ」しかやらない 伸びる会社をつくる「リーダーの条件」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■絵画鑑賞は経営者の「直観力」を磨いてくれる
私は絵画鑑賞が好きで、よく美術館に行きます。私の会社でロンドン、パリの美術館見学をするツアーを企画し、経営者のお客さまたちをお連れしたこともあります。なぜ経営コンサルタントがそんなことをするのか。優れた芸術作品に触れることは、経営感覚を磨くうえで非常に有益だというのが、私の持論だからです。
企業活動が正しく行われ、正しく成果を出しているかどうかは、KPIをはじめ、「数字」で評価することが多くなります。数字は確かに大事なものさしではありますが、数字だけがすべてではありません。何をやるのか、やめるのかの判断をするとき、やはり経営者としての直観がものを言う部分があるわけです。
よく、骨董の目利きになるには「とにかくたくさんいいものを見ることだ」と言いますが、数をたくさん見ているうちに、見る目が養われていくわけです。この「ものを見る目」すなわち「観察眼」「直観力」を磨くのに、優れた芸術作品をたくさん見ることはとても有効なのです。
■多くの人々が美しいと思うもの、感動するものを知る
社長というのは、皆さん仕事中毒みたいなところがありますが、芸術に造詣が深く、美術館によく足を運ぶという人もいます。またその一方で、「絵画なんて、私にはまったく分からないです」と言う方も多いのですが、芸術的に絵画の良し悪しを分かろうとする必要はないと私は思っています。世界的に評価の高い絵に触れ、「これが世の中の多くの人が『美しい』と評価する絵なのか」と知ることが大事なのです。
正直なところ、「自分はこれ、あまり好きじゃないな」と思ってもまったく構わないわけです。自分の好き嫌いはどうであってもいい。ただ、「社会の大方の人は、こういうものが好きだ」「こういう絵に感動するのだ」ということを理解する。そのために見るのです。もちろん、自分も感動できればそれは素晴らしいことです。
ビジネスにおいて提供するのは「お客さまに喜んでいただく商品やサービス」です。つまり、世の中の多くの人が求めるものはどういうものなのかに関心を持つことは、経営者の必須スキルであり、絵画鑑賞はこの能力を高めてくれるのです。
「自分の関心を社会の関心に合わせなければいけない」と先ほど言いましたが、自分の趣味嗜好だけでものづくりをしていたら、商売になりません。自分たちがいくらいいと思っていても、世の中のニーズを理解していなければ、社会に貢献できないわけです。
■アートは未来を予測する「想像力」も磨いてくれる
絵画鑑賞をお勧めする理由には、想像力が豊かになるということもあります。
例えば、シャガールの絵を見ていると、人や動物が空中を浮遊していたり、遠近法を無視した構図であったりと、一見不思議に思われる絵が多くあります。
「なぜ、この抱き合う男女は、宙に浮いて描かれているのだろう?」
素朴な疑問が湧きます。「画家は何を描こうとしていたのか」と想像してみる。あるいは、「この2人はどういう関係で、この絵は先、どうなるのだろうか」と想像してみることもできます。「どうしてこういう色を用いているのか」という想像もできます。一枚の絵から、いろいろなことを想像することができます。
経営は、未来を予測して、自分たちはその未来に向けてどうアプローチしていくかですから、想像力、発想力が求められます。想像力をかきたててくれる作品をいろいろ見ることで、感受性が研ぎ澄まされていく。
絵画に限らず、彫刻でも、工芸でも、写真でもいい。美術作品だけでなく、建築でも、舞台や演劇でもいい。人によって想像力がかきたてられるものが違うでしょうから、自分の感受性が高まると感じるものに触れる。いわば感性に栄養を与える。経営者こそ、そういうことが必要だと思うのです。
■「真・善・美」は21世紀に求められる価値観の一つ
もうひとつ言うならば、経営は、数字と論理性だけに偏ると間違えるのです。いい例が、スティーブ・ジョブズのエピソードです。
ジョブズはデザイン性、美しさにこだわった。それがアップルらしさだったわけです。ジョブズが追放された後、経営をよく分かっていて数字に強い経営者は、そのアップルらしさ、美意識に価値を見出さなかったことで失敗した。そしてジョブズはアップルに返り咲いたのです。アップルもジョブズで返り咲きました。
人が「美しい」と感じる感覚は、主観的なものです。ですから数字にはあらわせない。しかし、多くの人が「これは美しい」「これがほしい」と感じるものには、分析によってはじき出される数字や論理よりも強いものがある。
文化の違いや人種といったことを超越して、多くの人に求められ、喜ばれ、愛されるのです。そこには、自分たちの「強み」があると見なすこともできます。美意識という観点から、社会全体のコンセンサスとはこういうものだと知っておくことは経営にとって重要な要素です。
これ、実は「美」に関する価値観だけではないのです。「真・善・美」──要するに、真か偽りかというときの「本物であること」、善か悪かというときの「善であること」、そして美か醜かというときの「美しいこと」。いずれも人間の求めるモラル、道徳や倫理的に望ましい価値観です。
そして、いま、企業の多くが、「真・善・美」という価値観をとても重視するようになっています。環境やガバナンス、さらには持続可能性への配慮もその表れです。そういうものを価値判断の基準に置いている企業のほうが、健全な経営ができると考えられるようになってきているからです。
多様化の進む社会において、もはや「企業の役割は利益を追い求めること」というだけでは、正しいあり方を望めなくなっている面があるということです。方向づけに当たって、「それは真であるか」「それは善であるか」「それは美しいか」と自問することもひとつの道です。
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小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。
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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)
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