山中伸弥、本庶佑、安藤忠雄、大隅良典「利他の心は人類を救う」
プレジデントオンライン / 2020年11月2日 9時15分
京セラ設立から25周年を機に創設されたのが稲盛財団。「人のため、世のために尽くす」という人生観を具現化するために、稲盛氏は約200億円の私財を拠出して、同財団を設立し、京都賞を創設、1985年から顕彰を開始した。
2019年、35周年を迎えた京都賞は、世界的に栄誉ある賞として注目を浴びている。受賞者が、その後ノーベル賞を獲る例も多い。ここに登場する受賞者も、それぞれの分野で活躍する世界の巨星たちばかり。京都賞を設立した稲盛氏の理念をどう受け止めたのか、その想いを聞いた。
基礎科学部門◎本庶 佑
■京都賞の原型だった「京都会議」
私のこれまでの研究には、大きく分けて2つの流れがあります。
1つは抗体産生の制御=ワクチンの原理に関する研究と、もう1つはPD-1の阻害によるがん治療の研究です。京都賞は、この両者を含む形で、免疫学の基礎的な研究に対する貢献が評価されての受賞でした。私の記憶では、このように2つのことを包含して賞をいただいたのは、規模の大きな賞では京都賞が初めてだと思います。
私としましては、長年研究しているという意味で、ワクチンの抗体記憶のメカニズムの研究に愛着があります。ワクチンを打つ際に抗原がウイルスに対する記憶を持ち、新しいウイルスが入ってきたときにその記憶によってウイルスを攻撃する。この仕組みの基本的な部分を解明したもので、そこに働いているAIDという酵素を発見したのですが、1975~76年頃から始めて、50年近く研究しているものなので、とても愛着があります。
京都賞は、私の研究の2つの大きな流れの両方を包含して評価していただいたという点で、とても嬉しかったし、感謝しています。PD-1に関しては、ほかにも国際的な賞をいくつかいただいていたのですが、さらにもう1つの仕事であるAIDの発見も含めて、国際的にさらに広く知っていただいたきっかけになったと思います。
実は、私は京都賞をいただくだいぶ前から、稲盛さんとは個人的にいろいろと接する機会がありました。
稲盛さんが京都賞を創設される前に「京都会議」というサロンのようなものをつくっておられたのです。それは経済界や学者のさまざまな分野の方が集まって話をするというもので、私にも声がかかり参加していましたので、稲盛さんとも何度もお会いしてお話をしていました。その後、稲盛財団が設立され、京都賞が創設されてからも、いろいろな委員を務めたり、選考に関わったこともあります。
京都賞の理念については、稲盛さんがその想いを書いておられますが、稲盛さんが京都賞に対して、どういう位置づけをしたのかというと、かなりノーベル賞を意識して、ノーベル賞と違うものをつくりたいという意図がありました。だから京都賞はノーベル賞とは分野も違い、理念も違います。
ノーベル賞の場合、毎年、決まった6分野があり、1つの分野から3人までを選んで賞を出します。私が受賞したのは「生理学・医学賞」で「がんの免疫治療」というテーマで、さらに別の分子に対する抗体を使って研究をしていたジム・アリソンさんと2人に賞を出したのです。
京都賞は違います。「先端技術」「基礎科学」「思想・芸術」という部門があり、その中で4分野を巡回してそれぞれ1人ずつに賞を出します。ノーベル賞がカバーしていない領域を意識的に入れているのです。ノーベル賞の場合は、「物理学賞」「化学賞」「生理学・医学賞」と、単純な括り方をしているので拡大解釈ができるようになっており、その中で基礎的な研究に賞を出しているし、テクノロジーの進歩に対しても賞を出しています。カテゴライズの仕方がまったく別なのです。
■地元京都の人が受賞者に触れる
また、京都賞の大きな特徴として、「受賞者は必ず京都に来て講演やパフォーマンスを演じてほしい」という条件があります。地元京都の人々が、受賞者の人間性、謦咳に触れる。それぞれの受賞者がどういう考えでこの仕事をしたのかを、京都に来て語ってもらう。それが重要なことだという理念なのです。ですから、「高齢で京都まで来られない」という方は残念ながら辞退されることになります。
そこはノーベル賞とは違うところです。受賞者が実際に京都に来て、地元の方々がその受賞者と触れる機会を持つことが非常に重要なのだという理念です。それは私は、非常にいい考え方だと思います。それがベストかどうかは別として、明らかに他の賞とは違う1つの優れた考え方だと思うのです。人を大切にするという稲盛さんの理念がそこにも見えると思うのです。
基礎科学部門◎大隅良典
■本当の意味でのサポートのかたち
私は基礎科学部門で受賞したわけですが、この賞は基礎科学部門と先端技術部門とが明確に分かれているというのが、とても素晴らしいことだと思っています。
ノーベル賞は1つの部門の中で、技術面で貢献したものと、科学での貢献が入り交じっています。特に近年は、科学と技術がお互いに非常に接近して、どこまでが科学でどこまでが技術かの境界が見えにくくなっていますので、ある意味では当然のことです。
しかし、私は科学(サイエンス)と技術(テクノロジー)は厳然と違うものだと思っています。そういう意味で自然科学の中で基礎科学部門と先端技術部門と、2つがきちんと位置づけられている賞というのは素晴らしいと思います。さらに思想・芸術部門があるというのは京都賞の特筆すべき点だと思っています。
私がいただいた基礎科学部門は、生物科学、数理科学、地球科学・宇宙科学、生命科学の4分野に分かれています。従って「生命科学」の研究者が受賞するのは、4年に1度です。「先端技術部門」も「思想・芸術部門」も同様です。生命科学部門では、海外の受賞者も多いので、私の前の日本人受賞者は20年前で、西塚泰美先生でした。
中にはノーベル賞の対象になりにくい分野もあります。例えば「生物科学」もそうです。生態、分類、進化などではノーベル賞は受賞しにくい。そうした分野が対象となりうるのは、京都賞の大事な特徴です。
また、ノーベル賞は数学が対象になりませんし、それもあって、京都賞の「先端技術部門」の「電子科学(エレクトロニクス)分野」には、世界的にとても高い関心が集まっていることを、私と同じときに先端技術部門で受賞したコンピュータ科学者のサザランドさんがおっしゃっていました。そうした京都賞の大きな特色を、大事にしてほしいと思っています。
私は今、日本において基礎科学が大変ピンチに陥っていると思っています。若い人が基礎科学に向かわないし、向かえなくなっている。大学院の博士課程に進む人も減っているので、大変心配しています。なかなか先が見通せないと思うからでしょう。
でも、例えば私の研究しているオートファジーは、がんの治療に役に立つと思って始めたわけではありません。「役に立つ」という基準だけで価値を決めようとするのがそもそもおかしいと私は思っています。これまでわからなかったことが解けたという感動を、単純に素晴らしいと思えることが大切ではないでしょうか。
ところが今は、「科学が面白いからやろう」という気概を持つ人がとても少なくなっています。そこで、そういう人たちをサポートしたいという思いから、2017年に「大隅基礎科学創成財団」を設立しました。私の受賞賞金の一部だけを原資にして立ち上げた財団なので、「この財団は数年後につぶれるぞ」とネットで揶揄されました。
しかしながら、幸いにも基礎科学を大事にしようと熱心に支えてくださる人や企業の方々の応援で、3年間少しずつ前進していると思っています。
今後は、もう少し企業と共同でいろいろなプロジェクトを進めたいと考えています。もちろん、今は企業にとって寄付がとても難しい状況なのは知っています。コロナ危機で経済状態がさらに悪くなれば、寄付はまず全面的に打ち切られてもおかしくありません。私は、そういう経済状態に左右されない本当の意味でのサポートのかたちがあればいいなと思います。
そういうことも含めて、1度、日本の科学や技術の現状について稲盛会長とお話しする機会をいただきたいと思っています。京都賞を創設され、大学に数々の寄付をなさっておられ、20年から稲盛財団で新しい長期的な研究支援を開始された思いや、人類の未来についてのご意見をじっくり伺いたいと思っています。
先端技術部門◎山中伸弥
■利他の心を忘れずに研究を続けたい
2010年に「人工多能性幹細胞(iPS細胞)を誘導する技術の開発」に対して、京都賞の先端技術部門で賞をいただきました。「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間にとって最高の行為である」という京都賞の理念に、身が引き締まる思いで受賞させていただきました。
京都賞をいただいた年は、ちょうど京都大学iPS細胞研究所が設立された年で、iPS細胞研究を一日でも早く患者さんに届けることを目標に、研究所一丸となって取り組もうとしていたときでした。そのようなときにいただいた京都賞は非常に大きな励みとなりました。この賞に恥じない研究をしていかなければならないと、心に誓いました。
「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間にとって最高の行為である」という京都賞の理念は、我々、科学者にはとても深い言葉です。科学技術は諸刃の剣で、社会を良くして人々を幸せにする可能性もありますし、同時に、人類や地球を不幸にする場合もあります。我々も1人でも多くの患者さんを救いたいという一心で研究を進めておりますが、その技術が倫理的に悪いほうに使われる可能性もあります。今から10年後、100年後が今よりもはるかに幸せになっているよう、利他の心を忘れずに研究開発を進めていきたいと思います。
思想・芸術部門◎安藤忠雄
■芸術文化としての建築の意義を実感
京都賞には、ノーベル賞にはない思想・芸術の部門があります。「人類の未来は、科学の発展と人類の精神的深化のバランスがとれて初めて安定したものになる」という稲盛さんの理念が反映されたもので、京都賞を特徴づける大きな要素の1つだと思います。美術分野の初の受賞者となったイサム・ノグチ氏が、大変喜ばれていたことを今でも覚えています。そんな京都賞を私がいただけると聞いたときは、ただただ驚きしかありませんでした。
受賞自体大変光栄なことでしたが、なにより建築が芸術文化の分野において大きな意義を持っていることを改めて実感し、賞に恥じない仕事をしなければならないという責任感を覚えました。その意識は、その後私の仕事に対する原動力となり、今も変わらず持ち続けています。コロナウイルスの世界的な蔓延によって、人々は今「地球は1つ」であることを痛感させられています。
グローバル化が感染症を世界に拡大させる一方で、この未曽有の事態に対しては、人種を超え国境を越え一丸となって立ち向かわなければならないことも、認識することができました。このようなときだからこそ、京都賞を設立された1984年から、稲盛さんが一貫して「地球は1つ」という理念を持ち、京都から世界に向け発信を続けてこられたことに、改めて感銘を受けています。
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京都大学特別教授
1942年、京都府生まれ。60年山口県立宇部高校卒。66年京都大学医学部医学科卒。同大学教授、同医学部長などを経て、同大学名誉教授、京都大学高等研究院長・特別教授。2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞。
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東京工業大学栄誉教授
1945年、福岡県生まれ。東京工業大学栄誉教授。公益財団法人 大隅基礎科学創成財団理事長。細胞が自らの細胞質成分を食べてアミノ酸を得るメカニズム「オートファジー」の解明で、2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞。
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京都大学iPS細胞研究所所長
1962年、大阪府生まれ。大阪市立大学博士。京都大学iPS細胞研究所所長。人工多能性幹細胞(iPS細胞)を生成する技術を開発。2010年京都賞、12年ノーベル生理学・医学賞受賞。同年、文化勲章受章。
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大阪府生まれ。独学で建築を学び、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。代表作に「六甲の集合住宅」「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「クラーク美術館」など多数。2010年文化勲章、16年イサム・ノグチ賞など。
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(京都大学特別教授 本庶 佑、東京工業大学栄誉教授 大隅 良典、京都大学iPS細胞研究所所長 山中 伸弥、安藤 忠雄 撮影=若杉憲司、増田岳二 写真=安藤忠雄建築研究所)
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