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資産の海外逃避を急ぐ中国の超富裕層とそれを食い止めたい中国政府の最終決戦

プレジデントオンライン / 2020年10月10日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/narvikk

■中国ではデジタル人民元の実用化実験が進行中

紙幣ではなくデジタルな形で保有できる通貨をデジタル通貨と呼ぶが、電子マネーや仮想通貨などがこれに含まれる。さらに近年は、中央銀行が発行するCBDC(Central Bank Digital Currency)と呼ばれるデジタル通貨の開発競争が激しさを増しているが、その代表格が中国のデジタル人民元だ。

中国ではすでに実用化に向けた実験が進んでおり、深圳、蘇州、雄安の3都市でテスト運用のための口座(デジタルウォレット)が企業と法人向けに開設された模様である。その他にもカンボジア(バコン)やバハマ(サンドダラー)、東カリブ(デジタル東カリブドル)などが、実証実験の段階に入っている。

日銀や米連銀(FRB)、そして欧州中銀(ECB)といった主要中銀もデジタル通貨の調査研究に着手する方針を相次いで示している。そのうちECBは10月2日付のリポート(Report on a digital euro)で、2021年半ばまでに欧州連合(EU)版CBDC(デジタルユーロ)の発行に関する調査検討を本格化させるか結論を下すと表明した。

■富裕層を中心に資産を海外逃避させる動きがやまない

とはいえ、リポートでのECBの言い回しは「慎重」である。理由は簡単で、中国にはデジタル人民元の発行を急ぐ理由があるわけだが、ECBにはそれがないからに尽きる。ECBのスタンスは日銀やFRBにも通じるところがあるが、ここでは中国と欧州の比較から、開発が進むCBDCに関して簡単な整理を行ってみたい。

中国がデジタル人民元の発行を急ぐ目下の理由は、資本流出対策にある。この40年ほどで中国の経済は著しく発展、一人当たり所得も1万ドルを優に超え、世界第2位の経済大国にのし上がった。経済的な実績が十二分に果たされたこととは裏腹に、中国の人々の自国通貨、人民元に対する信頼は非常に弱いことで知られる。

中国ではいわゆる富裕層を中心に、香港をはじめとして世界のさまざまな都市に自分の資産を逃避させる動きがやまないが、それには違法性を伴うことも多い。それに海外で資産を購入するためには、人民元を売って外貨(主にドル)を買う必要があり、それが強い通貨安圧力になる。こうした圧力に対して、中国人民銀は為替介入を通じて対抗してきた。

■アフリカでのデジタル人民元の流通は実現可能性が高い

人民元をデジタル化できれば、当局は決済を厳格にモニタリングすることができる。違法性を伴う取引に関して懲罰的な措置を迅速にとることも可能だ。取引が当局に把握されていることが分かれば、違法性を伴う海外への資産逃避も不可能となる。つまるところ、資本流出が減ることが期待できるである。

資本流出が減れば通貨の安定につながり、悲願である国際通貨への道も開けてくる。それにデジタル人民元の発行で、自らの影響力が強い地域、例えばアフリカでの人民元決済を拡大させることができるかもしれない。スマホ決済の普及率が高く、親中的な国も多いアフリカでのデジタル人民元の流通は実現可能性が高い話だ。

他方でECBの場合、資本逃避を警戒する必要がまずない。それに財政が統合されていないという看過できない性質を持つものの、ユーロがドルに次ぐ第二の国際通貨としての地位を築いている。2010年代前半のユーロ危機の際、確かに国際通貨としての信頼感は揺らいだが、一方で世界の人々はユーロという通貨を今に至るまで使い続けている。

■デジタル通貨にはサイバーテロなどの新たなリスクがある

そもそも中国の富裕層が資産逃避に走る背景には、政府に対する不信感がある。いつ何時、政府が自分たちの資産を没収するかもしれないことへの恐怖だ。反面で、欧州の人々にはそうした政府に対する不信感はない。ユーロに問題がないわけではないが、少なくともEU諸国の政府が人々の資産を没収するようなことなど考えてはいない。

上空からみた上海の夜景
写真=iStock.com/Easyturn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Easyturn

それに、デジタル通貨の発行に伴いさまざまな問題が生じる可能性もある。具体的には、デジタル通貨を発行したことで金融政策の波及経路にどのような変化が生じるか、金融システムの安定性を脅かさないか、などの懸念である。責任ある中銀としては、こうした論点を軽んじてまでデジタル通貨の発行を急ぐことなどできないわけだ。

たしかに現金が少なくなれば偽札が出回る機会も減るが、代わりにハッキングなどのサイバーテロやシステムダウンという新たなリスクが生まれることになる。特にシステムがダウンした場合、日々の決済が完全にストップするため、経済活動に多大な損害を与える。ECBのような主要中銀がCBDCの発行に慎重となるに越したことはない。

なおEUでは、ユーロに加盟していないスウェーデン中銀が独自にデジタル通貨(eクローナ)の発行を急いでいる。要するにECBは、中国やスウェーデンの実験を通じデジタル通貨に対するスタンスを決めれば良いと考えているのだろう。こうした態度は、国際金融システムの中枢にある主要中銀としては当然といえる。

■地下経済には公式経済での失業を吸収する側面もある

たしかにデジタル通貨の利便性は高く、それが経済活動を活性化させることへの期待は大きい。同時に、デジタル通貨の導入で決裁の透明性が高まりすぎると、それを嫌気して経済活動が停滞するリスクもある。具体的にはGDP統計に反映されない経済活動、いわゆる地下経済が干上がってしまうことだ。

地下経済は非合法性が強く、問題も多い。一方で、そうした地下経済が公式経済で生まれた失業を吸収するという側面もある。かつて財政危機に揺れたギリシャやスペインでは、地下経済での非合法な雇用(例えば社会保険の支払いなど)が公式経済で生まれた多くの失業者を吸収し、それが社会の安定につながったことはよく知られた話である。

CBDCでの取引が主力となれば、地下経済は縮小を余儀なくされる。CBDCの利用で公式経済が地下経済での雇用などを吸収できれば話は別だが、文化的・社会的な性格もあるため、そう簡単にはいかない。むしろ地下経済で政府の規制が及ばない民間の仮想通貨が利用される機会が増え、より違法性が高い行為が横行するかもしれない。

■行き過ぎた政府の「知る権利」は経済を停滞させる

政府の「知る権利」と民間の「知られない権利」のバランスをどうとるかという論点は非常に重要である。事実、中国自身が、改革開放前に政府の「知る権利」を前面に押し出し、それが経済の停滞を招いた経験を持っている。資本逃避を防ごうとして経済活動が停滞してしまっては元も子もない。

こうしたリスクを伴うCBDCの実験は、米国の覇権に挑むことに躍起な中国に任せ、自らはさらに慎重な戦略を練ろうとする欧州のスタンスは、文字通り「老獪」そのものと言えよう。冒頭で述べた10月2日付のECBのリポートは、そうした欧州の立ち位置をよく表していると言えるのではだろうか。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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