曹洞宗住職が教える、いつもの日常に疲れたとき「心を楽にする小さな習慣」
プレジデントオンライン / 2020年10月17日 11時15分
※本稿は、枡野俊明『人生は凸凹だからおもしろい 逆境を乗り越えるための「禅」の作法』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■日本人の美「わび、さび」とは
千利休の茶の湯は「わび茶」といわれます。わびは漢字を当てれば「侘び」で、わびしいこと、また、質素、簡素なことを意味しています。
一方、さびは「寂び」。その意味はさびれていること、枯れていること、古びている、ということです。
どんなものも、ときの移ろいのなかでさびれたり、枯れたり、古びたりしていきます。もともとの姿を失い、どんどん不完全になっていく。しかし、そこにはもとの姿にはない、もとの姿とは違った、美しさがあります。それがさびの美といえるでしょう。
さびの美はわびしさをともなったり、どこまでも質素、簡素であったりします。ともすると、それらは美しさを損なう要素とも受けとられますが、そう受けとるのではなく、そこに風情、趣、おもしろみ……といったものを感じていくのがわびです。
質素でわびしい佇まいの茶室という空間で、簡素に徹した茶道具や花、軸などを用いて、茶の湯の世界を展開する。それが利休のわび茶といっていいでしょう。その流れが現在にまで受け継がれているのは、わび、さびに感応する心、それを美しいとする心を日本人がもち合わせているからである、といっていいと思います。
たとえば、それは古い禅寺の苔むした灯籠に趣を見る心です。満開の桜より、散りゆく桜のはかなさに美しさを感じる心です。
■「何もない環境」になぜ人は惹かれるのか
わび、さびに対する憧憬は古くから日本人のなかにあったと思われます。僧侶であり、歌人でもあった西行法師は、平安末期に由緒ある武家の家系に生まれます。しかし、若くして裕福な武士の立場をみずから捨て、出家して諸国を漂泊するのです。
最終的に西行が選んだ暮らしは、京都北麓の山中に結んだ庵での隠遁生活でした。わび、さびへの憧れがそうさせたといっても、けっして過言ではないでしょう。
衣食住のどれをとっても、武士としての生活は、豊かでなに不自由のないものだったと想像されます。それに比べて隠遁生活は、いずれも満たされるものではなかったでしょう。しかし、その満たされないところに、不完全なところに、あえて西行は身を置いたのです。
そして、その生活を受け容れた。山中の庵では季節の移ろいを肌で感じることができたでしょう。小鳥のさえずりや川のせせらぎ、風のそよぎの心地よさを思うさま楽しむことができたはずです。
それは、満たされないがゆえに手に入れることができた暮らし、不完全がもたらした美しい暮らしではなかったでしょうか。そのなかにいて西行は、わび、さび(の美)を満喫していたのだと思います。
■利便性を手放して気づく豊かさ
日本で曹洞宗を開いた道元禅師にこんな言葉があります。
「放てば手に満てり」
もっているものを手放すことで、よりすばらしいものが満ちてくる、という意味でしょう。この言葉はどこか、この時代に対する警鐘にも聞こえます。たくさんのものをもち、多くの利便性に囲まれている、というのが現代人の暮らしです。
しかし、誰もが心のどこかで満たされない思いを感じているのもたしかでしょう。いっときでもそれらを手放す、それらから離れる時間をもつことが必要なのではないでしょうか。
たとえば、携帯電話をもたずに山あいの鄙びた温泉宿で一日、二日過ごす。利便性から離れたその時間は、わび、さびの世界(利便性が崩れた不完全な世界)に身を置く時間といっていいかもしれません。そして、それは、心を穏やかさ、あたたかさ、潤い……で満たすはずです。
年に一度でも、二度でも、そんな機会をもちませんか。
■一日のスケジュールを少しだけ変えてみよう
![枡野俊明『人生は凸凹だからおもしろい 逆境を乗り越えるための「禅」の作法』(光文社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/2/200/img_f2196015da832aa17c4fca90202359d4151566.jpg)
ふだんの生活のなかでもわび、さびに触れる時間をもつ。現代人にはとても大切なことではないでしょうか。人の一日のスケジュールはだいたい決まっているものです。夕方までは仕事がその中心になりますし、仕事が終わってからも同じようなことをして過ごしているという人が多いのだと思います。
晩酌をしながら夕食をとり、テレビを観たり、音楽を聴いたりしたあと、就寝するといったものが、いわば「お定まり」のパターンになっている。
その定型を崩しませんか。ときにはベランダでも庭でもいいですから、戸外に出てひとときを過ごすのです。月をただボーッと眺めるというのでもいいのです。できれば、満月ではなく、雲がかかっている月、欠けている月がおすすめです。
■日々の暮らしにこそ、わび、さびを
村田珠光は次のような文言を残しています。
「月も雲間のなきは嫌にて候」
月も満月はつまらない。やはり、雲の間に見え隠れする月にかぎる、といった意味でしょう。珠光は千利休のわび茶の流れをつくった人です。見え隠れする月にわび、さびの美しさがある、と考えていたことは疑いを入れません。
雲間に光る月、満月から徐々に欠けていく月を眺めることは、まさしく、わび、さびの美に触れることなのです。もちろん、それはお定まりの日常を変化させますし、日々に新たな味わいを添えてくれることにもなるでしょう。
秋には虫の声も聞こえるでしょう。美しい音を響かせてくれていた鈴虫が思わぬところで鳴くのをやめる。そこで、「なんだ、もっと聞いていたかったのに……」とは思わないでください。こちらの思いとはかかわりなく、聞こえたり、聞こえなくなったりする、その不確実さにわび、さびの風趣があるのです。
風が花びらや紅葉の葉を散らすのも、雪がわずかずつ降り積んでいくのも、わび、さびの美しさといっていいでしょう。四季を通してわび、さびを味わうことはできます。ぜひ、定型を捨て、外に出ましょう。
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「禅の庭」庭園デザイナー、僧侶
1953年生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本文化に根ざした「禅の庭」を創作する庭園デザイナーとして国内外で活躍。著書に、『心配事の9割は起こらない』(三笠書房)、『傷つきやすい人のための 図太くなれる禅思考』(文響社)、『禅、シンプル生活のすすめ』(知的生きかた文庫)など。
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(「禅の庭」庭園デザイナー、僧侶 枡野 俊明 写真=iStock.com)
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