「残業、酒席は当たり前」の韓国でオジサン社会の崩壊が始まった
プレジデントオンライン / 2020年10月15日 9時15分
※本稿は、キム・ヨンソプ、渡辺麻土香訳『アンコンタクト 非接触の経済学』(小学館)の一部を再編集したものです。
■「在宅勤務」は80年代に予測されていた
米国の未来学者アルビン・トフラー(Alvin Toffler)が書いた『第三の波』(The Third Wave, 1980)に、在宅勤務の話が出てくる。彼はこれを「エレクトロニック・コテージ」(Electronic Cottage)と呼び、知識労働者は自宅にいながらコンピューターや通信装備などを使って働けて、新しいネットワークも作れると述べた。1980年に出版された本の中で、20世紀後半から21世紀に到来する情報化社会と情報革命を予測したのだ。
在宅勤務(Work-From-Home)やテレワーク(Telework)は、アメリカやヨーロッパではすでに20世紀後半から行われており、1997年にはフランスの思想家ジャック・アタリ(Jacques Attali)が、デジタルノマド(Digital Nomad)という概念を著書『21世紀事典』(Dictionnaire du 21e siècle)の中で取り上げている。
21世紀に入ると、アメリカやヨーロッパなどでは在宅勤務やテレワークの経験がある会社員が急増し、デジタルノマドも広まった。アメリカの調査会社ギャラップ(Gallup)によると、アメリカでテレワーク(全てをテレワークにするのではなく、テレワーク形態を含む勤務)をする会社員の割合は、2016年に43%だった。
アメリカ統計庁によると、2005年から2015年までの在宅勤務の増加率は115%だった。カナダのITサービス会社「ソフトチョイス」(Softchoice)の調査では、「在宅勤務を許可する会社があるならば、現職を辞める意思がある」と回答した人は74%だった。確かに在宅勤務やテレワークに関するアルビン・トフラーの予測は当たっている。
■IT先進国なのに普及しなかった韓国
しかし、韓国は例外だった。技術的な問題ではない。韓国では1984年にパソコン通信サービスが始まっており、90年代初頭から中盤までに全盛期を迎えていた。インターネットは90年代半ば以降、大衆化し始め、各家庭にもパソコンが置かれるようになり、90年代末には超高速インターネットが普及している。スマートフォンの普及率も世界最高レベルだ。それにもかかわらず、在宅勤務には消極的だった。
韓国統計庁の「経済活動人口調査 労働形態別の付加調査」によると、2019年に柔軟勤務制(時差通勤制や柔軟な勤務体制、選択的勤務時間制、在宅勤務・テレワーク制など)を経験した労働者は221万5000人であったが、このうち在宅勤務・テレワーク制の経験者は4.3%に過ぎなかった。
数字で見ると、2019年に韓国で在宅勤務・テレワークを経験した労働者の数は9万5000人だ。2015年の6万5000人、2018年の7万9000人に比べれば増えているが、賃金労働者の総数が2000万人を超え、正規労働者も1300万人程度いることを考慮すれば、在宅勤務・テレワークの経験比率があまりにも低い。韓国は在宅勤務に対して、不信感と非効率というイメージをもっていたのだ。
■中高年世代の組織文化では消極的だった
トフラーの予測はなぜ韓国でだけ当てはまらなかったのだろう? 彼が予測した在宅勤務は「対面してこそ仕事だ」という韓国式文化を打ち砕くことができなかったのだ。ところが、トフラーですら崩せなかった壁を新型コロナウイルスが崩した。
2020年に入って韓国企業内に在宅勤務やテレワークが広がりはじめた。SKイノベーションの労使に至っては、賃金交渉をウェブ会議で行っている。賃金交渉を話し合うべき重要な場だが、非対面でも可能な会議だと判断すること自体が、驚くべき変化の兆候といえるだろう。
テレワークと在宅勤務は以前から重要なテーマだった。未来での働き方がその方向に進むということには異論はない。しかし、実行となると違った。新しいものが出てくると、それを実際に経験するまでは、大きな支障がない限り従来の方式や慣習を維持しようとするものだ。
向かい合って会議し、がむしゃらに残業し、会食で関係性を深めながら仕事をするという文化に慣れた中高年世代の組職文化から見ると、在宅勤務はむしろ非効率的に思えた。手慣れたこれまでのやり方は成果も検証されているため、あえて新しいやり方を試みたくはない。そのため、技術的にテレワークや在宅勤務が十分に可能になってからも、企業は適用に消極的だった。
■「仕方なく、期限付き」だったのが…
慣習を破るのは難しいことだ。スローガンとしては聞こえのよい「変化と革新」という言葉も、実行するとなると負担に感じる人が意外に多い。韓国の大企業は2000年代に入った頃から事あるごとに「変化」や「革新」をうたってきたが、いざ組織文化の変革を始めようとすると消極的であり、既存社員からの反発も大きかった。
そこにやってきた新型コロナウイルスが強力なトリガーになった。革新は往々にして激しい抵抗を受け頭打ちになることが多いが、突然現れた強力なトリガーによって抵抗勢力の論理と力が無力化される場合がある。新型コロナウイルスの襲来からチャンスが生まれることもあるのだ。
最も怖いものは経験である。実践する前は漠然と恐ろしく不便に見えていたことでも、実際にやってみるとその中の長所が見えてくる。やってみれば、メリットに気づくものだ。こうした経験が新たな変化を受け入れる大きな原動力になる。新型コロナウイルスのために仕方なく期限付きの職場閉鎖をし、在宅勤務やテレワークを行っていた企業が、今後も引き続きこの方式を適用する可能性が高まっている。2015年のMERS時も、一部の企業では在宅勤務を実施した。しかし、その働き方が定着することはなかった。
■タテ型の組織文化から脱皮しつつある
新型コロナウイルスによる在宅勤務では違った。その場しのぎの措置で終わらせるのではなく、これをきっかけに働き方の転換を模索する企業が増えたのだ。2019年以降、韓国の大企業はこれまで以上に組織文化の革新や成果主義による昇進、フラット化、アジャイル〔訳者注:agile, 小さい単位に分けて迅速かつ柔軟にソフトウェア開発を行う手法〕を積極的に受け入れ、韓国式のタテ型の組織文化から脱皮するための革新を強力に推し進めているところだったのだ。
これまで在宅勤務やテレワークの普及の足かせになっていたのは韓国的組織に存在する文化的な障壁だった。新型コロナウイルスは企業に思いがけず革新のきっかけを与えたわけだ。
映画『キングスマン:ゴールデン・サークル』(Kingsman:The Golden Circle, 2017)には、互いに異なる空間にいる人々がARゴーグルをつけて会議室のテーブルに集まり会議をするシーンがある。これを進化させれば、ゴーグルがなくてもホログラムを使って異なる空間にいる者同士が目の前にいるかのように会議できるようになる。ウェブ会議の未来の姿だろう。
現在のウェブ会議では、相手はモニターの中にいる。各所にいる複数人と同時にウェブ会議をすれば、モニター画面に複数人の顔が映る。直接対面するわけではないが、文字通り「顔を見ながら」会議するのだ。あえて顔を合わせることなく、モバイルメッセンジャーを使った会議をすることもある。その他、Eメールでのやり取りもある。この場合は、リアルタイムで用件だけを簡単明瞭に伝えることになる。まだホログラム会議はできないが、科学技術はコンタクトの方法も空間的制約をなくす方向へと進化させていくだろう。
■酒やお世辞が評価につながるという認識をなくすべき
働き方が変わるのは当然だ。在宅勤務やテレワークにおいて核となるのはITソリューションではない。すでに業務をクラウド基盤ソフトウェアで処理し、文書決裁システムや業務用モバイルメッセンジャーを利用している企業も多い。ウェブ会議ソリューションも広く使われている。しかし、これだけあっても仕事はうまくいかない。やはり重要なのは組織文化だ。
非対面の状況でも効率性を保てるフラットな組織文化が必要であり、成果を明確に測定し評価できることが何よりも重要である。自律と責任を強調するアメリカの企業が、在宅勤務を広く受け入れたのもそのためだ。相対評価ではなく絶対評価を行う企業が増えているのも、このような流れと関係している。
対面して酒を酌み交わし、スキンシップやお世辞を通して強まった関係性で評価や人事、昇進が有利になり得るという認識自体をなくさなければならない。業務の成果だけを見て透明性のある評価をするようになれば、社員も効率性と生産性という観点でより良い働き方を積極的に考えるだろう。
技術的・産業的進化のおかげで、もはや人が直接的に人を監視・管理する必要がなくなった。オフィス空間や働き方は私たちが任意で決めたものではない。技術的・産業的進化に社会的進化が加わってできた産物だ。当時としては正しくても、現在においては間違っている部分があるものだ。
■IT関連企業は新たなチャンスだが…
新型コロナウイルスは韓国企業にとどまらず、世界中の企業に在宅勤務の必要性を認識させ、非対面での共同作業を支えるウェブ会議をはじめとしたITソリューションに対する需要を高めさせた。クラウド基盤の業務用チャットツール「スラック」(Slack)を提供するスラックテクノロジーズ(Slack Technologies)や、ウェブ会議ソリューション「ズーム」を提供するズームビデオコミュニケーションズ(Zoom Video Communications)といった、在宅勤務やテレワークをサポートするITソリューション企業は、コロナ禍で株価が上昇し、新規ユーザーも増えた。特に在宅勤務やテレワークが拡散する中国は市場として注目を集めている。
在宅勤務の拡散は、関連ソリューション企業にとっては新たなチャンスとなるが、オフィスを中心とした業務環境の恩恵を受けてきた一部の領域にとっては危機になる。変化は危機とチャンスを同時に招くものだ。また、想定外の突発的な変化が起こる可能性もある。
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トレンド分析専門家。サムスン電子、現代自動車、LG、GS、Lotteなどの大企業や韓国政府の企画財政部、国土交通部、外交部などで2000回以上の講演、ビジネスワークショップを実施した。『ペンスの時代』、『大韓民国デジタルトレンド』など著書多数。邦訳著書は『アンコンタクト 非接触の経済学』(小学館)。
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(経営戦略コンサルタント キム・ヨンソプ)
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