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一時間かけてブラジャーを試着したら、黄泉の国から戦士たちが戻ってきた

プレジデントオンライン / 2020年10月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleg Elkov

岸田奈美さんは「100文字で済むことを2000文字で伝える」をモットーにする異色の作家だ。障害のある母や弟のことからコーヒー売りのアルバイトの話まで、その独特の語り口が人気を集めている。2020年9月に刊行される初の著書から、岸田さんの代表作である「ブラジャーの話」をお届けしよう――。

※本稿は、岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)の一部を再編集したものです。

■「モテる女のアドバイス」には従う

わりと、こだわりの強いタイプだ。でもこれだけは決めている。

モテる女のアドバイスにだけは、一切のプライドをかなぐり捨て、従うことを。

東に評判のパーソナルトレーニングジムがあると聞けば、私財を投じて馳(は)せ参じ。西に3キロやせ見えパンツがあると聞けば、電車を乗りついで手に入れる。流行りのファスティング(絶食)をした直後、肌によいというコラーゲン鍋をかっ込んで、東梅田のど真ん中で吐いたときは、さすがに情報にふりまわされすぎたと後悔したけど。

とにもかくにも、この3年間、モテるため、慎(つつ)ましやかにそんな感じ。

■ブラジャーの試着に「1時間」

先日も、モテる女と慎(つつ)ましやかに飲む機会がありまして。新たな情報を手に入れた。

「ブラデリスニューヨークのブラジャーだけは絶対買うべき」

それで、行った。飲みが終わったその足で。フットワークすらも、ゆるふわを意識している。

ブラデリスニューヨークのお店に着くと、神田うのみたいな店員さんに出迎えられた。

「フィッティングに1時間ほどいただきますねー」

耳をね、疑った。

試着に1時間。

なんぼほど、ブラを脱ぎ着させられるのかと。おっぱいすり切れて、なくなるんちゃうかと。想像し震えるわたしを、試着室へといざなう神田うの。

重い2枚のカーテンの内側で、わたしは上半身すっぽんぽんになることを命じられ、採寸してもらった。

わたしは、ここ1年半ほどで、10キロ近く体重を落としていた。

体重が減ったら、胸が自然とボリュームダウンして、たまげた。格安の下着店でさらにセールを目ざとくねらい、2800円のブラを5種類買っては、永遠に着回す日々。

ちゃんと採寸なんてしてないから、胸とブラのすきまはカッパカパ。谷間も消失し、まるで中学生の付き合いたてカップルのように離れていく、右胸と左胸。

まあ、こんなもんかと。わたしはわたしなりに、折り合いをつけていた。

■力士のような力強さで、胸の肉をかき集める

試着室に舞い戻ってきた神田うのが、しぶい顔をした。

「ああ……お客様。胸のお肉がぜんぜんブラに入ってないですよ。一度、ちゃんと入れてみますねー」

ガッサー!

わたしの脇(わき)のお肉をガッサー! とつかみ、力ずくで前にもってくる、神田うの。

足を肩幅に開き。指先に力を込め。

力士のような豪快さ。肉という肉を1グラムたりとも逃さんという、気概(きがい)を感じる。

「あと、ストラップも下がりすぎてるので、上げますね」

ブラのストラップが、グイグイ上がっていく。砂漠の井戸から、水をくみ上げるように、上がっていく。

■わたしの胸に、でっけえメロンがあった

次の瞬間。

わたしの胸に、メロンがあった。

石原裕次郎のお見舞いのときみたいな。でっけえ、でっけえメロンがあった。

なんていったらいいんだろう、この感動。

カンタロープメロン
写真=iStock.com/Josef Mohyla
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Josef Mohyla

修学旅行で訪れた安い店のビッシャビシャのウニを食べてウニが大嫌いになり、社会人になり旅行で訪れた北海道でマジもんのウニを食べて「いままで食べてたウニとは一体……?」となった、あの感動がよみがえる。

「お客様のお胸のお肉は、全部、お腹と背中に逃げてたんですよ。ストラップもゆるゆるで、サイズの合っていないブラを着けられてたんですね」

わたしの乳は、どうやら、集団疎開(そかい)していたようです。

いつの間に……?

開戦した覚えも……ないのに……?

「まだお胸のお肉が横にあふれてるので、あと2カップ上げてみましょうねー」

サッと姿を消したかと思えば「それ峰不二子しか着れへんのとちゃうの?」みたいなブラを手に戻ってくる、神田うの。

さらにガッサー! と、お胸のお肉というお肉をかき集める、神田うの。

もうね、自分の身体なのに、信じられない。

「ワレ、乳やったんかオイ!」みたいな肉たちが、一斉に集まってくる。どんどん、姿を暴かれていく肉。もう、おっぱい公安警察のお出ましである。

「どうですか? 谷間ができましたよー」

■気がつけば、ブラジャーに3万円使っていた

もどってきた!

岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)
岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)

黄泉の国から戦士たちが帰ってきた!

続け、戦士達!

シシ神の元へ行こう!

頭の中に、比較的クリアな状態で、もののけ姫のあのシーンがよみがえる。

「とってもシルエットがきれいになりましたね!」

もう、わたしの胸で同窓会が開催されている。くすのき小学校昭和33年卒業生、同窓会って感じ。谷間、あんた、生きてたの……? デコルテ、お前、そんなに立派になって……!

気がつけば、3万円使ってました、ブラジャーに。

身体のシルエットが本当に変わるし、戦士たちも帰ってくるので、下着はきちんと採寸してもらって、プロに選んでもらって、買いましょう。わたしはしばらく、この感動を語りついでいこうと思う。

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岸田 奈美(きしだ・なみ)
作家
1991年生まれ。兵庫県神戸市出身。2014年関西学院大学人間福祉学部卒業。在学中に創業メンバーとして株式会社ミライロへ加入、10年にわたり広報部長を務めたのち、作家として独立。2020年1月「文藝春秋」巻頭随筆を担当。2020年2月から講談社「小説現代」でエッセイ連載。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。2020年9月初の自著『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を発売。

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(作家 岸田 奈美)

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