「天皇陛下の譲位はワガママ」自称保守がさらけ出したあまりの非礼と無知
プレジデントオンライン / 2020年10月19日 11時15分
※本稿は、倉山満『保守とネトウヨの近現代史』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■平成の「玉音放送」に、「保守」「ネトウヨ」はどう反応したのか
平成28(2016)年7月13日、NHK総合テレビの『NHKニュース7』で、天皇が「生前退位」の意向を示していることが宮内庁関係者への取材でわかった、とのスクープが流れた。
そして8月8日、ビデオメッセージとして「象徴としてのお務めについての天皇陛下のお言葉」が発せられた。名前は「ビデオメッセージ」と横文字で軽いが、事実上の「玉音放送」である。
要約すれば、「自分は体力の続く限り天皇としての務めを果たすつもりだが、このような形を今後も続けていくことが良いかどうか、皆で話しあってほしい」となる。一言も「譲位」とはおっしゃらなかったが、社会に責任を持つ立場の専門家ならば何を言わんとするか一目瞭然だった。
最初に拝聴した時、不肖倉山は「皇室と国民の絆を守るために、どうすれば良いかを考えてほしい」と受け止めた。
「皇室と国民の絆」とは、戦前日本の言葉では「国体」である。戦前最高の憲法学者であった佐々木惣一京都帝国大学教授は、「国体とは皇室と国民の絆である」と弟子たちに伝えていた。
この精神こそが、「 」がつかない日本本来の保守である。
いかに無学文盲な「保守」「ネトウヨ」の言論人であろうとも、この程度の理屈はわかるはずだろう、と油断した私が甘かった。
■譲位反対を唱えた「保守」のお歴々
国民のほとんどにあたる8~9割は、「譲位」に賛成した。明確な反対は数%だった。
敗戦時、「皇室に反対するものなど、よほどの変わり者か共産主義者だ」と言われた。ところが敗戦後70年以上も立ってみると、日本共産党すら「天皇制廃止」の旗を降ろした。
「天皇制などという用語は共産党の造語だから使うな」と絶叫していた書誌学者の谷沢永一が見たら随喜の涙を流すはずに違いない光景だ。
では、どこの誰が陛下に盾突いたのか?
「保守」と「ネトウヨ」である。
しかも、その中に生前の谷沢の盟友だった渡部昇一までいた。そして「保守」のお歴々が、一斉に天皇陛下への批判の矢を放つ。
文学者の小堀桂一郎は、「事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻」と鏑矢を放つ(『産経新聞』7月16日)。法学者の百地章は、「摂政を置けばすむ」「皇室典範改正は一時的なムードや私的感情だけで結論を急ぐようなことは慎むべき」と各メディアで話した。
■続々と寄せられる批判、なかには説教も…
『WiLL』9、10月号には、続々と批判文が寄せられた。
最も激烈だったのが比較文学者平川祐弘で、日本国憲法と外国の皇室の二つのみを引き合いに出して、譲位反対論をぶち上げた。日本の歴史など、顧みる必要が無いとばかりに。
渡部昇一は、「皇室の継承は、①「種」の尊さ、②神話時代から地続きである――この二つが最も重要です。歴史的には女帝も存在しましたが、妊娠する可能性のない方、生涯独身を誓った方のみが皇位に就きました。種が違うと困るからです。たとえば、イネやヒエ、ムギなどの種は、どの田圃(たんぼ)に植えても育ちます。種は変わりません。しかし、畑にはセイタカアワダチソウの種が飛んできて育つことがあります。畑では種が変わってしまうのです」と、天皇を植物に例えて批判した。
漢学者の加地伸行大阪大学名誉教授は、「両陛下は、可能なかぎり、皇居奥深くにおられることを第一とし、国民の前にお出ましになられないことである。もちろん、御公務はなさるが、〈開かれた皇室〉という〈怪しげな民主主義〉に寄られることなく〈閉ざされた皇室〉としてましましていただきたいのである」と説教を始める。
■一斉に牙を向ける「保守」
神道学者の大原康男国学院大学名誉教授は、「何よりも留意せねばならないのは『国事行為』や『象徴としての公的行為』の次元の問題ではなく、『同じ天皇陛下がいつまでもいらっしゃる』という『ご存在』の継続そのものが『国民統合』の根幹をなしていることではなかろうか」とたしなめる。これは、まだ礼節を保っていた表現だった。
八木秀次は同年9月号の『正論』に「天皇陛下は、ご自身が在位されることで迷惑を掛けるとお思いであると拝察するが、国民の一人としては在位して頂くだけで十分にありがたいという気持ちである」と書いた。
櫻井よしこは、8月9日の『産経新聞』で「今回の事柄を、現行の皇室典範の枠の中で改定することを否定されていることも感じた。国民の側としては、よくよく考えなくてはいけない」「政府は、悠久の歴史を引き継ぐ、ゆったりと長い大河の流れを見るようにして、このたびのお言葉について考えなくてはならない。軽々な変化は慎むべきだ」と天皇が歴史を知らずに軽はずみな発言をしたとばかりに、こきおろす。
日本の歴史において、天皇陛下に弓を引いたものを「保守」と呼んだ事例はない。ところが、日ごろは「保守」を自称する者が、一斉に牙を剥いた。
![日本の天皇による新時代についてのメッセージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/1/670/img_01d04843d094fb54e3a85d35c624fa0c877499.jpg)
■批判を始めた3つの理由
なぜ「保守」が天皇陛下に説教めいた批判を始めたのか。理由は主に3つある。
1つは、学力不足である。天皇陛下個人や皇室に対し敵対的な者は「保守」ではないとの事実を知らないのである。一応、プロでは少なかったが、「ネトウヨ」のファンには多発していた。ましてや、「天皇陛下にモノを申すときは、死を覚悟して諫めるときだ」との常識を知るものなど、ほとんどいない。
さすがにプロの言論人は私が「天皇陛下にモノを申すということは大変なことですよ」とドスを利かすと、全員が黙ったが。
2つは、「天皇は護憲でリベラル」との思い込みがある。何を根拠に?
平成の御世代わりの際、即位式で「憲法を遵守し」と一言述べたのが、きっかけだ。政治の常識を知る者ならば、「まさか天皇陛下が即位式で憲法改正などと言えるはずがない」と即座に理解できよう。
ところが、情緒だけで生きる「保守」は、現実よりも「占領憲法を打破してくれ」との自分の想いを天皇に託す。そして裏切られたと思い込み、愕然とする。そこに「保守」言論人が紙媒体やネットで「天皇は護憲でリベラルだ。その証拠に……」と始めると、それが事実だと認識する。
■文字や映像に残らない場での無遠慮な発言
そして、天皇や皇族への個人攻撃を始める。少なからずの「保守」が、かつては「美智子妃バッシング」に加担したし、今は「秋篠宮家バッシング」に狂奔している。
皇室通を自称する外交評論家が、「天皇が『俺は疲れた、休みたい』と言い出すとは何事か。地方行脚だって、テメエが勝手に始めたんだろうが」と後輩の若い言論人に言い出す。それが「保守」の楽屋裏だ。
3つは、「我らが安倍さんに逆らうものは敵」との信念である。どうやら安倍内閣は譲位に反対らしいとの情報が流れると、「保守」言論人は天皇陛下を「安倍首相に逆らう敵」と見做した。そして、あらゆる手段で攻撃を加える。
さすがに表媒体だと、歴史にかこつけるなど、「保守」の立場からの諫言を装う。さすがに産経新聞や「保守」系月刊誌の読者は高年齢層が多く、陛下や皇室への直接的な批判は嫌うからだ。
だが、文字や映像に残らない場では遠慮が無い。中には講演で、「天皇は痴呆症だから、あんな馬鹿なことを言い出した」と吹聴した安倍御用言論人もいた。その人物は、有識者会議に呼ばれて、滔々と譲位反対を述べて帰った。他にも聞くに堪えない罵詈雑言をいくらでも並べられるが、自重する。
■「保守」が、「天皇は憲法を守れ!」と言い出した
安倍内閣は、有識者会議を招集した。さすがに天皇陛下が国民の衆人環視でおっしゃったことを覆すこともできず、かつ圧倒的多数の国民が賛成の中では、安倍内閣も譲位に賛成せざるを得ない。
![倉山満『保守とネトウヨの近現代史』(扶桑社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/8/200/img_0865403ddc676fc394dd15b5ab2694d6448142.jpg)
問題は、日ごろ政権を支持してくれる「保守」のガス抜きだ。「保守」言論界のおもだった面々を呼んで言いたいことを言わせ、もっともらしい人物に賛成させて「あの人が賛成したので」と幕引きを図ろうとした節がある。
政府が「有識者」を招集する場合、本当にその識見を尊重するなどありえず、最初から政府の意向を忖度できる人間だけ呼ぶのは常識だ。ただし、賛否が分かれる問題の場合、一定数の反対派を呼んでおくが、決定が覆らないように最初から調整しておく。
会議では、平川祐弘、渡部昇一、大原康男、八木秀次が予想通り反対。八木は延々と「天皇は憲法を守れ」との論陣を張った。
ただ、櫻井よしこまでが反対を表明した時には、どよめきが起きたと報じられた(『産経新聞』平成28年11月14日)。これでは、「保守」の枠で呼ばれた有識者全員が譲位に反対となってしまう。
最終的には、百地章が賛成に転じて、事なきを得た。百地は言論人としては譲位反対だったはずだが、政権を窮地に陥れるような真似はしない意味での大人だった。
■天皇陛下に弓を引くものを「保守」とは呼ばない
なお、この年の11月23日にチャンネル桜は「皇室・皇統を考える国民集会」を行った。この日は、皇室において新嘗祭が行われる大事な日である。よりによって「ネトウヨ」の最古参が、この日に「譲位反対集会」を行った。
ここで外交評論家の加瀬英明が先帝陛下について「今の陛下は戦後のお育ちですから、やはりちょっと我が儘がお出になったのだろうと思います」と言い切った。
小著『日本一やさしい天皇の講座』(扶桑社、2017年)は、このような「保守」のあまりの非礼と無知を諭す目的で書いた。
甘かった。あのような書き方の易しい本でも、「保守」や「ネトウヨ」の多くは読みこなせなかったのだから。
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憲政史家
1973年、香川県生まれ。中央大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。在学中より国士舘大学に勤務、日本国憲法などを講じる。シンクタンク所長などをへて、現在に至る。『並べて学べば面白すぎる 世界史と日本史』(KADOKAWA)、『ウェストファリア体制』(PHP新書)、『13歳からの「くにまもり」』(扶桑社新書)など、著書多数。
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(憲政史家 倉山 満)
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