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「当番でお茶出し、芝刈り…」親子の負担が大きすぎる少年野球は必ず衰退する

プレジデントオンライン / 2020年10月18日 11時15分

慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督 - 写真提供=東洋館出版社

少年野球はこのままでいいのか。慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督は「小学生や中学生が、やるスポーツとして野球を選ばなくなっている。その減少は少子化よりはやく、このままでは甲子園大会も続けられなくなる」と警鐘を鳴らす——。(第2回)

※本稿は、森林貴彦『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。

■少年たちは野球を楽しんでいるか

ここまで高校野球の問題点を記してきましたが、実は、少年野球はその比ではないほど、理不尽なことが行われています。

特にチームのエース級の投手にかかる負担の大きさはひどく、目を覆うほど酷使されています。週末の土日のゲームに連投して、日曜日の2試合目にはキャッチャーをさせられる。キャッチャーは毎回、返球しなければならないので、体をより酷使することになり、肘や肩を痛める子どもが非常にたくさんいるのです。さらには完治する前に、また投げさせる……。そんなことが繰り返され、その結果、故障は悪化し、中学以降は野球から離れたり、投手ができなくなったりする選手がたくさんいます。

あるいは高校生になってから、弱っていた靱帯が力尽きて切れることもあります。ケガや故障の発症は高校の時点であっても、小学校や中学校のときの疲弊が根本的な原因であることは大変多いのです。

また、腰椎分離症を抱える選手も多いのですが、これは小学校、中学校の段階で、素振りなどの練習をし過ぎたことが原因の一つです。まだ骨が固まっていない状態で、片方向の回転を過度に繰り返すことによって腰椎に余計な負荷がかかります。

小学生や中学生の段階で発症し、高校生で痛みが強くなって手術に踏み切るケースも少なくありません。少年野球で生まれた歪みが、高校野球で悪影響を及ぼす典型的な例の一つと言えます。

■「子どもたちを勝たせたい」と言いながら、結局は自分が勝ちたい

こうしたことが起こる原因はやはり大人、指導者に大きな責任があります。口では「子どもたちを勝たせたい」と言いながらも、結局は自分が勝って評価されたいという欲求を満たすために、小学生や中学生に前述したような過剰な負荷をかけてしまうのです。まさしく高校野球にも通じる“大人のエゴ”です。

その原因の一つには、小学校レベルでの大会、公式戦が多過ぎることが挙げられるでしょう。高校野球の場合は多少の地域差はあっても、基本的には春、夏、秋の大会が行われる程度です。しかし少年野球に限れば、区や市、私設リーグの大会が頻繁に行われ、週末には大会を掛け持ちし、ハシゴしているチームも少なくありません。

その結果、チームによっては年間二百数十という試合をこなすことになり、それを自慢気に語る監督までいるのですから、事態は相当に深刻だと言わざるを得ません。しかも何百という試合を本当に限られた数の投手で回しているチームも多く、考えただけで恐ろしさを覚えてしまいます。

■小学生のうちは「野球は楽しい」と思えれば、それで十分

この問題を解決するには、指導者が正しい知識を得て、指導のレベルを上げていく以外に方法はありません。基本的に子どもと大人の体はまったく違うもので、幼い頃に肘が変形すると、その子は本当に野球ができなくなってしまうことなど、医学的な理解を広め、深めていく必要があります。これに関しては、慶應義塾高校野球部前監督の上田誠さんが地道な啓蒙活動を続け、私も間接的にお手伝いしていますが、本当に話を聞いてほしい指導者には届いていないのが実情です。

進歩的で勉強しようという意思を持った指導者は講習会や勉強会に来ますが、本当に変わらなければいけない指導者は出席しません。これは高校野球とも共通する部分で、固定観念に縛られた指導者は、「俺はいままでこのやり方でうまくいってきた」と意固地になり、変わらないままでいるのです。

慶應義塾高校野球部の練習を見つめる森林貴彦監督
写真提供=東洋館出版社

小学生の段階であれば、その子の好きなように野球をさせて、中学校や高校でも頑張りたいと思う子どもを一人でも多く送り出すのが、本来、少年野球に求められている役割だと思います。体力や技術は中学校や高校の段階で身に付けても、何も遅くありません。小学生のうちは「野球は楽しい」と思えれば、それで十分なのです。

もっと言えば、大会さえなくてもよいのではないかという思いがあります。野球は本来リーグ戦で行うべきもので、トーナメント形式の大会はそもそも無理があるのです。その結果、負けたら終わりというところに美学を求め始め、前述したように、そのドラマをメディアやファンが倒錯的に楽しむという現象が起きてしまいます。また一発勝負となれば、当然、選手起用にも偏りが生まれ、エースと心中せざるを得ないチームも出てきます。

■練習や試合には父母どちらかが同伴し、駐車場係や芝刈りまで

少年野球が抱える問題は、指導者だけではありません。保護者にかかる負担が大きいことも、子どもの野球離れに拍車をかけています。

保護者にたくさんの仕事を任せるチームは非常に多く、練習や試合には父母どちらかが必ず同伴し、駐車場係や、グラウンド周りの芝刈りまでさせられるケースもあるようです。つまり送り迎えだけでは済まないことが多く、こうした事情を考慮して、小学校の段階で「野球はちょっと……」と敬遠するケースが近年、特に増えています。

グラウンドにトンボ掛け
写真提供=東洋館出版社

送り迎えだけで済めば、練習が行われている2時間ほどの間に、保護者は買い物を済ませたり、お茶を飲みに行ったりできるため、その違いは本当に大きいと思います。ここ数年で言えば、サッカーだけでなく、バスケットボールやラグビーなども人気の球技となっているため、野球界はもっと危機感を持たなければいけません。

■他競技では非常識となっていて、完全に取り残されている

こうした慣例は野球特有のもので、なぜ、他競技には見られないかと言えば、野球界が変わるための努力をしていないからに過ぎません。単純にそれだけです。野球だけ保護者の負担が大きく、他の競技では必要のないことに、合理的な理由があるわけがありません。

「いままでやってきたのだから、いまさら何を変える必要があるの?」「これでうまく回ってきたのだから、何も変える必要がない」。理由を問えば、大半はこのような意見が返ってくるでしょう。しかし、いまになって気付けば、野球界の中では当たり前だったことが、他競技ではまったく非常識となっていて、完全に取り残されてしまっている状況です。

野球ボール
写真提供=東洋館出版社

ここから脱却するためには、野球を外から見る客観的な視点がなければいけません。私は他競技の指導者とも頻繁に会うようにしていますが、それはやはり野球界の常識だけに染まらないようにするためです。例えば「なぜ、野球はそんなにも長時間の練習を課すのですか?」と問われたときに、「この世界の常識ですから」と答えてしまえば、それはただの思考停止です。なぜ野球では実現不可能になっているのかを考え、いかに無駄を省くかまで考えを巡らせなければ、何の進歩もありません。

また、子どもをもつ学生時代の同級生と話をしても、「野球をやらせるのは二の足を踏んでしまう」という話はよくされます。原因はここまで出てきた、保護者の負担、坊主頭、ケガのリスク、指導体制の古さ……。これだけのマイナス要因がそろえば、子どもにやらせたくないと思って当然です。指導の現場にいると、高校野球だけでなく、少年野球にもまだまだ変えていかなければならないことがたくさんあると、本当に実感します。

■少子化のペース以上に子どもの野球離れは加速している

高校野球の未来を考えた場合、このままではやはり“衰退”は避けられません。現実として、小学生や中学生が、やるスポーツとして野球を選ばなくなってきており、全体の少子化のペース以上に子どもの野球離れは加速しています。

ただし、甲子園で行われる野球のレベルそのものはさほど変わらないと思います。全体で野球をする子どもは減ったとしても、その中でも選りすぐりの、各都道府県で1、2位を狙うような学校で日本一が争われる限りは、レベルはそう簡単には落ちないでしょう。しかし、それを支える土台が細ってきていることは間違いないので、その先がどうなるかは本当に分かりません。

■野球はミスが付き物なのに、ミスを叱られる

実際、賢明な親は「子どもに野球はやらせない」という選択を始めています。

そもそも野球はミスが付き物のスポーツであるにもかかわらず、空振り三振をしたら「黙ってそのまま立っていればボールなのに、なぜ振るんだ!」と叱られたり、逆に見逃し三振をしたら、それはそれで叱られたりと、そんな場面を目の当たりにすれば、野球を敬遠して当然でしょう。

また、親御さんに過度な負担となるような当番制度がまだまだ残っていますし、さらには腰や肩、肘の関節などにかなりの負担がかかるスポーツであるため、小学生の頃からたくさん投げさせられた投手は、中学校、高校に進学する頃にはまともに投げられなくなっているケースも珍しくありません。こうしたリスクを鑑みると、他の競技のほうが魅力的に見えて当然と言えます。

慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督
写真提供=東洋館出版社

■野球の指導者は「当たり外れ」が激しいことも否めない

甲子園の先には大学野球やプロ野球という道があり、職業にできるスポーツという意味では魅力があるかもしれませんが、先に挙げた“魅力的でない部分”をかなり多くの親が見極め始めています。

森林貴彦『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)
森林貴彦『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)

「子どものためには水泳をやらせたほうがいいのではないか」「バスケットボールなら半日で終わるし、そちらのほうがいいのでは?」「サッカーなら小さい子でもやれるから、やらせてみようか」。

親がそういう思いを抱くのも当然ですし、指導者ライセンスの仕組みもサッカーのほうがかなり進んでいて、言葉は悪いですが野球の指導者は“当たり外れ”が激しいことも否めません。

野球人口の減少、土台の先細り……。一部の強豪校による甲子園大会という構図はまだ十数年は続くと思いますが、あとおよそ100年後、200回大会までは持たないと十分に考えられます。

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森林 貴彦(もりばやし・たかひこ)
慶應義塾高校野球部監督、慶應義塾幼稚舎教諭
1973年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。大学では慶應義塾高校の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し筑波大学大学院にてコーチングを学ぶ。慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高校コーチ、助監督を経て、2015年8月から同校監督に就任。2018年春、9年ぶりにセンバツ出場、同年夏10年ぶりに甲子園(夏)出場を果たす。

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(慶應義塾高校野球部監督、慶應義塾幼稚舎教諭 森林 貴彦)

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