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「高校野球は坊主頭」という固定観念を変えられなければ日本の未来はない

プレジデントオンライン / 2020年10月17日 11時15分

慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督 - 写真提供=東洋館出版社

なぜ高校野球部のほとんどはいまだに坊主頭なのか。慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督は「高校野球は誰のものかといえば、選手のものだ。一人ひとりが毎日、『今日も野球がやりたいな』という気持ちで練習に来てくれるためにはどうすればいいか。頭髪についても『右へならえ』で済ませてしまってはいけない」という——。(第1回)

※本稿は、森林貴彦『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値&fdquo;』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。

■同調圧力、思考停止、主従関係の象徴となってはいないか

21世紀になって20年が経過しましたが、高校野球部のほとんどはいまだに坊主頭のようです。

まず根本的なことを記せば、坊主頭にしていること、それ自体は大きな問題ではありません。より真剣に考えなければならないのは、「高校野球と言えばやはり坊主頭が主流。そこから飛び出るのは嫌だな」と考えてしまう同調圧力、あるいは「昔から坊主頭が当たり前なのだから、それでいいじゃないか」という旧態依然とした習わしに倣っただけの思考停止。そちらのほうが罪深いと思います。

さらに個人的な感覚で言えば、主従関係で従属することの象徴と捉えられる部分もあって、その点でも好ましくない印象を持っています。ミスをしたり、チームのルールを破った選手に対して、坊主頭を“罰”として強制する文化も早くなくさなければならないことの一つです。

つまりは「右へならえ」で済ませてしまって何も考えない、疑問を持たないことが問題であり、しっかりと議論をした上で「坊主頭でやっていく」と決めたチームであるならば、それは何も間違いではありません。

■甲子園出場校でも、旭川大、秋田中央、花巻東は坊主頭ではない

慶應義塾高校野球部では坊主頭は強制していませんが、個人的にそうしたいという選手がいれば認めています。部員は全体で約100名ほどですが、そのうち若干名が坊主頭。本人が望み、「そうしたい」という意志を持っているのであれば、当然、尊重します。

ただし、まったくの自由というわけではありません。前髪が目にかかってボールが見えにくい状態であったり、投げたあとすぐに帽子が取れてしまうなど、プレーに影響を及ぼすほどの長髪は、私自身の判断で禁止にしています。その線引きさえ正しくできていれば、髪型が野球に影響を与えることはないはずです。

慶應義塾高校野球部では戦後間もなくの時点で既に坊主頭を強制していなかったという記録が残っています。「野球はそもそもスポーツであり、基本的には楽しむもの。だからこそ坊主頭にしなければならないという強制はおかしい」。こうした考え方が慶應には根強く、それがいまでも引き継がれているのです。

近年、甲子園に出場している高校で言えば、旭川大、秋田中央、花巻東の3校は坊主頭ではありません。特に秋田中央は、私から見てもカッコいいと感じる髪型の選手が多く、今後はこうした学校が間違いなく増えると思います。いまはそのスタート地点であり、これからの5年、10年で大きく変わると思います。

■自分の考えがない人は、他人もきっと考えていないと発想する

同じ神奈川県内でも検討している学校はかなり多く、「早く変えたほうがいいですよ。あとからでは皆の後追いになりますから」とアドバイスすることがあるのですが、それくらいのスピードで変わっていくのではないかと想像しています。“高校野球は坊主頭”という固定観念を持った人が一定数いたとしても、一度、流れが変われば、浮動層はその流れに抗えないように思います。

頭髪の話題一つとっても、指導者が思考停止で何かを押し付けてしまうことは、選手の主体性を奪う行為だと言えます。慶應義塾には、「独立自尊」という言葉があります。周囲の意見に左右されず、自分の足で立ち、自分の目や耳で情報を集めた上で、自分自身の考えをきちんともつという意味です。そして自分の中に独自の考えがあることを自覚できれば、周囲の人間にも彼、彼女なりの考えがあるということが理解でき、結果として、他人を尊重できるようになります。

慶應義塾高校野球部
写真提供=東洋館出版社

それとは逆に、自分の考えがない人は、他人もきっと考えていないという思考に陥りがちです。「この子たち、そんなことを考えているわけがないんですよ。言っても無駄なんです」というような発言をする指導者には、この傾向が強く出ます。

「自分が高校生のときは、意見をもつなんていうことはなかった。だから、いまの選手も考えや意見をもつはずがない」と思い込み、練習メニューを独断で決め、半ば強制的にやらせて、それが勝利のための近道だと信じ込んでいるのです。

■選手が反論でもしようものなら、頭ごなしに否定、叱責する

もし、選手が反論でもしようものなら、頭ごなしに否定、叱責する。これでは選手は萎縮するだけで、ますます自分の意見を持たない人間になってしまいます。それはやはり間違いで、人は皆それぞれの意見があって当たり前という前提に立たなければならず、そのためには、まずは自分自身が意見や考えを持たなければいけません。

ただし、いま私がそう思えるようになってきたのは、学校を卒業し、社会人として生きていく中で徐々に得られたものですから、高校生の年代で成熟するはずがありません。だからこそ、高校時代から少しずつでも伝えていくことが大切で、いますぐには完璧な理解ができなかったとしても、大人になるにつれて、あるいは大人になってから真意を理解してくれればよいのです。そういう意味でも、目先の結果を求め過ぎないように注意しなければいけないのです。

これからの高校野球の在り方を考えていく上で、考えておくべき根源的な問いは、「高校野球は誰のものか」というものです。そして、ここまで読んでこられた読者の皆さんが察している通り、その答えは「選手のもの」です。それを実現するためには、指導者が、選手一人ひとりを大切にするという姿勢をもつ必要があります。

■「どうすればいいのだろう?」と場面ごとに考えさせる

“選手一人ひとりを大切にする”ことの要は、一人ひとりに自分の頭で考えさせることだと、私は解釈しています。集団として管理しやすいという理由から、皆と同じことをさせたり、柔軟性のない一律の物差しで「そこからはみ出ている、はみ出ていない」というような判断をするのではなく、各個人の考え方や体格などの個性を尊重した指導にあたる必要があります。

つまりは、一人ひとりに違いがあることを認めた上で、大切にするということ。その“大切にする”とは、考える習慣をきちんと身に付けさせることが、私なりの答えです。

慶應義塾高校野球部
写真提供=東洋館出版社

「こちらの言うことだけを聞け」と言うつもりはまったくなく、「隣と同じことをしていればいいんだよ」ともまったく思っていません。「どうすればいいのだろう?」と、その場面ごとに考える習慣を付けさせることが、一人ひとりを大切にすることなのではないか、というのが私の考えです。

■高校野球の現場において「俺たちが主役だ」と思えるかどうか

慶應義塾高校野球部の選手たちが生き生きと野球に取り組めているかどうかは、親が子どもを客観的に見られないのと同じで、私自身では正確に判断することはできません。しかし、少なくとも周囲の方々からそう見えれば嬉しいですし、そういうチームを目指しています。

森林貴彦『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)
森林貴彦『Thinking Baseball 慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)

その選手がレギュラーであっても、そうではなくても、一人ひとりが毎日、「今日も野球がやりたいな」と生き生きとした気持ちでグラウンドに来てくれることが理想です。なかなか簡単にはいかないところもありますが、少なくともそういうチームを目指して日々、活動しています。

大切なのは、選手たちが高校野球の現場において「俺たちが主役だ」と思えるかどうか。選手あっての高校野球だと選手自身が思えなければならず、そのためには指導者が呪縛を解いてあげなければいけません。指導者は選手一人ひとりが輝くために、それを手助けするだけの存在に過ぎず、特別に偉いわけでもなんでもありません。

指導者はそういう認識に立たなければいけませんし、選手にも、自分たちが主体的に取り組んでいるという実感を持たせてあげる。伝統やこれまでのやり方に縛られるのではなく、自分がやりたくて野球をやっているんだと選手が実感できるようにすることが、これからの高校野球を考えていく上でもっとも大切なことと言えるでしょう。

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森林 貴彦(もりばやし・たかひこ)
慶應義塾高校野球部監督、慶應義塾幼稚舎教諭
1973年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。大学では慶應義塾高校の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し筑波大学大学院にてコーチングを学ぶ。慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高校コーチ、助監督を経て、2015年8月から同校監督に就任。2018年春、9年ぶりにセンバツ出場、同年夏10年ぶりに甲子園(夏)出場を果たす。

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(慶應義塾高校野球部監督、慶應義塾幼稚舎教諭 森林 貴彦)

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