「これだけは絶対NG」パワハラ認定される"アウトの基準"をご存じか?
プレジデントオンライン / 2020年10月17日 11時15分
※本稿は、井口博『パワハラ問題 アウトの基準から対策まで』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■コロナ渦中に施行されたパワハラ防止法
今年は新型コロナ関連の話題でニュース番組や新聞が占められてしまい、結果としてあまり大きく取り上げられなかったが、2020年6月、パワハラ防止法が施行された(正式には労働施策総合推進法の改正法という)。
拙著『パワハラ問題 アウトの基準から対策まで』(新潮新書)は、この法律の内容についてかなり細かいところまで解説を試みた1冊である。組織で働く人にとっては、年齢や立場にかかわらず、ハラスメントについての知識は必須教養になっていると思う。
ただ、これまで弁護士として1000件以上のハラスメント相談を受けてきた経験をもとにいえば、法律を理解することと同様に、職場でのコミュニケーション法を学ぶ必要があると感じている。
そのためハラスメント研修の際にも、法律の解説とは別に、部下、後輩との接し方、話し方についてお話するようにしている。そういうときには「これは言ってはいけないというような、パワハラべからず集のようなものはありませんか」という質問が必ず出るのだ。
そんなこともあって、私は部下に言ってよい言葉と悪い言葉のべからず集を作った。その一部をご紹介しよう。
■部下に言ってよい言葉
まず、部下に言ってよい言葉から。
・「一緒に考えてみようか」
この言葉があるかないかで部下が受ける印象は全く違う。叱責のときの必須語句である。
・「オレはこうしてくれるとうれしい」
管理職研修で必ず出てくるいわゆるIメッセージである。これがYOUメッセージになると「君はこうしないとだめだろう」と一方的なメッセージになる。
・「君にはこんないいところもあるんだから」
叱責の時に欠点ばかりを攻撃すると部下は立ち直れない。いいところが見つからない部下もいると困るが。
・「君の得意なところから始めようか」
これは部下に自信を持たせるためである。
・「どんなことがあっても君の味方だから」
叱責の最後に使われるキメぜりふである。こう言ったからには味方にならなくてはいけない。
![ビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/7/670/img_a7dcd146fecec3c799ccb20b6c6691e7854429.jpg)
■部下に言ってはいけない言葉
一方で、部下に言ってはいけない言葉は次のようなものが典型だ。
・「なんでできないんだ」
これはよい言葉の「一緒に考えてみようか」の裏にあたる。部下からすればそれがわからないから苦労していると言いたくなるだろう。
・「やるのが当たり前だろ」
こう言われては反発するだけである。
・「もうオレは知らん」
このように突き放してしまうとコミュニケーションが断絶する。
・「会社に入って何年になるんだ」
これもよく出るセリフであるが言われた部下はむなしくなるだけだろう。正直に「●年目です」と言っても上司は納得してくれない。
・「あいつはこんなに営業成績がいいのに」
比較されると劣等感が植え付けられ自信を失うだけである。
人間関係が良好に保たれていて、コミュニケーションが普段からきちんと取れていれば、少々厳しい指導をしても、パワハラにはなりにくい。だからこそ、日頃の言動は極めて重要になる。
■パワハラの相談を受けた時の三大禁句
また、部下や後輩からパワハラに関する相談を受けることもあるだろう。そういうときの三大禁句もあげておこう。
・「あなたにも悪いところがあるのではないですか」
・「それくらいみんな我慢してますよ」
・「なぜやめてくださいと言わなかったのですか」
私が企業の相談員に向けての研修でこれを紹介すると、出席者から、「どれも言ってしまいそうになります」という感想が必ず出る。
相談者は勇気を奮って相談に来る。にもかかわらず相談の場でこのような言葉を受けたときのショックは大きい。このような被害を二次被害という。
ほかにも、こういうことは言ってはならない。
・「あまり大ごとにするのは職場の雰囲気をこわしますよ」
・「もっと早く相談に来れば何とかなったのに」
・「相手に悪気はないんだから気にしない方がいいですよ」
・「それなら相手に倍返ししてやればどうですか」
最後の言葉はドラマではスカッとするが、実際にこのようにアドバイスするのは適当ではない。
■「指導・注意」が「パワハラ」にならないために心がけること
管理職は、パワハラで訴えられるのはこわいものの、指導や注意はせざるを得ない。また、部下がどうしようもないミスをしたら、つい感情的になることもあるだろう。人間だからそういうことはある。
しかし、こういう際もリカバーを心がけて話をすることが大切だ。
たとえば、ミスをした部下を叱責したら、根拠のない言い訳をした。
そんなときに「バカヤロウ! 自分がミスをしておいて、よくそんなくだらない言い訳が言えたもんだ!」と大声で怒鳴ってしまった。
大声で怒鳴ること自体、パワハラとされる可能性はある。こういう時に、言い過ぎたと気づいたら、すぐに謝るのがよい。
「済まなかった、ついカッとなって怒鳴ってしまった」という調子で素直に謝ったうえで、「もう怒鳴ったりしないから、ミスの原因を一緒に考えてもよいか」という風に冷静に話しかけるのもよいだろう。
■身に覚えのない部下からの訴えにどう対処すべきか
管理職にとって、普段の言動がパワハラとされることに加えてこわいのは、身に覚えのない訴えをされた場合だろう。
たとえば、以下のようなケースだ。
数日後、Aは人事部から呼ばれた。Bからパワハラ相談があったというのだ。その内容は、会議室でのBとの人事面談のとき、人事評価で口論になりAが怒ってBを押したためBが椅子から転げ落ちたというのである。Aは全く身に覚えがなかった――。
これに近いケースが実際にあった。Bがこのように主張している以上は、人事部はAとBから詳しいヒアリングが行われるだろう。もちろんAは事実無根であると強く主張すべきである。
ヒアリングでは、他の社員にも、口論を聞いたかどうか、椅子から転げる音を聞いているかなどが聞かれるだろう。AとBのその前後の勤務状況も聞かれる。
実際のケースでは他の社員は口論も椅子の音も聞いておらず、何よりも会議室から出てきたBはそのあとも普通に仕事をしていたということが決め手になりBが虚偽を述べたことが明らかとなった。虚偽の申し立てをしたBは懲戒処分を受けた。
■なかには「モンスター部下」も……
ただヒアリングをしてもはっきり虚偽であることが分からないことも起きる。ある管理職は問題になりそうな人事面談ではICレコーダーを用意しておくということだった。今後は自衛策として必要になるだろう。
実際にあったケースでは、部下が上司をパワハラで訴えようと考えて、上司と二人だけのときにわざと上司を怒らせるようなことを言って上司を怒鳴らせ、それをこっそりICレコーダーに録音してハラスメント被害の申し立てをした。
この部下は上司が怒鳴ったところだけの録音データを出したが、ハラスメント調査でその前後も出すように言われて部下の挑発がわかった。その上司のパワハラは不問に付され、部下が懲戒処分を受けることとなった。
もはやサスペンスドラマのような話だが、こんな状況にならないようにするのに重要なのはやはり普段のコミュニケーションである。
■「部下の叱り方」5原則
最後に、弁護士の観点から部下の叱り方5原則もお伝えしておこう。
②叱責に対する弁明を聞いているか
③叱責の態様に行き過ぎはないか
④叱責が社員間の公平を欠いていないか
⑤叱責がペナルティを伴うときに過大になっていないか
①は、叱責の原因である部下のミスという事実に間違いがないかどうか、十分確かめたかということである。不十分な情報をもとにして叱責することは「冤罪」になるおそれがある。
②はその部下から言い分を聞くということである。誰にでも弁明したいことはある。これを聞かないことは叱責の前提を欠く。
③は怒鳴る、机を叩くなどの威圧的な言動をしないということである。長時間の叱責もここに含まれる。
④は同じミスをしているのに別の部下にはおとがめなしなのに、その部下には厳しく叱責するというような不公平は扱いをしないということである。
⑤は部下のミスに対して当面その仕事の担当からはずすということは特に問題はないが、それ以外に何らかのペナルティを与えるときに行き過ぎないようにすることである。判決例には販売目標を達成できなかった美容部員にコスプレをさせて研修に参加させたというものがある。
■家で子どもを叱るときに当てはめる
私はパワハラ研修でこの5原則を説明するときに、子どものいる参加者が家で子どもを叱るときに当てはめて理解してもらっている。
![井口博『パワハラ問題 アウトの基準から対策まで』(新潮新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/2/200/img_02a022322ff0ce87a9a761ffeccc7f35397928.jpg)
子どもを叱るときに、①子どもがしたことをよくわかっているか、②子どもの言い分を聞いているか、③体罰を加えたりしていないか、④兄弟姉妹でひとりだけを叱るということはないか、⑤罰として行き過ぎはないか、である。こう説明するとたいていわかってもらえる。
繰り返すが、部下との良好な人間関係とコミュニケーションがパワハラ防止には必要である。部下が上司の指示指導の意図を知れば、ある程度過大なものであっても、精神的苦痛を感じずに仕事することが期待できる。
そのためにも、読者の皆さんは、ここに挙げたような禁句を口にしないよう心掛けていただきたいと思う。
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1949年生まれ。東京ゆまにて法律事務所代表弁護士。一橋大学法学部卒。同大学院を経て1978年から1989年まで裁判官・検事。1992年ジョージタウン大学大学院修士課程修了。第二東京弁護士会登録。元司法試験考査委員。ハラスメントに関する著作、論文多数。
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(弁護士 井口 博)
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