コロナ禍の「受診控え」で、むしろ子供の感染症リスクが高まっている
プレジデントオンライン / 2020年10月18日 11時15分
■子どものCOVID-19重症例は少ない
あっという間に世界中を巻き込んだパンデミックに発展した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界中の人々の生活のあり方を大きく変えました。
COVID-19は大人に比べて子どもでは感染者数が少なく、また感染しても命に関わるような重症化は少ないことが、わかっています。例えば中国からいち早く報告された2000人以上の小児感染例の報告では、死亡例は1例のみと、大人に比べて死亡率が極めて低いことがわかっています。
また中症~重症で入院が必要となった子どもでも、大人に比べて死亡率は低いことがわかっています。例えば一時大変な勢いで感染者が増加したニューヨークからの報告では、大人では入院患者の21%という高い死亡率を示した時でさえ、子どもの入院患者では死亡率が大人の16分の1の1.3%と低い値だったと報告されています。医学的に見ると、COVID-19の被害を子どもはさほど受けていないように見えます。
COVID-19が国内で増え続けるなか、COVID-19以外の感染症に異変が起きています。春から夏にかけて毎年流行する感染症が軒並み激減しているのです。春から夏にかけては、水痘やヘルパンギーナ、プール熱(アデノウイルス感染症)、RSウイルス感染症といった子どもに季節性に流行するウイルス感染症のみならず、溶連菌感染のような細菌感染症も大幅に減少しています。口の中に小さな潰瘍ができて高熱が出るヘルパンギーナに至っては、ほとんど感染例が報告されない状態が続きました。
■小児科などの医療機関を受診する子どもの数が激減
こうした感染症の多くは飛沫(ひまつ)感染あるいは接触感染であり、保育園、幼稚園、小学校といった子どもが集団で生活する場面では避けられない感染症なのですが、COVID-19予防のために、大人だけでなく幼少児にもマスク着用、手洗い励行、そして最終的には休園に至る感染症予防策の徹底が、COVID-19だけでなく他の感染症の流行も抑えてしまったと考えられるのです。これは子どもたちの保育教育環境は、本来COVID-19だけでなくその他の感染症も広がりやすい環境であったということです。
COVID-19は子どもの医療機関受診にも大きな影響を与えています。COVID-19感染を避けるために小児科などの医療機関を受診する子どもの数が激減しています。
もちろん医療機関側にも一定の責任はあります。私が外来診療を行っている病院では、緊急事態宣言発令中は基本的に発熱している子どもは受診を遠慮してもらっていました。COVID-19がややおさまってきた現在でも、発熱があると別室でマスクだけでなくフェイスシールドと手袋という重装備の医師と看護師が診察をしています。ちょっとした風邪くらいでは受診を御遠慮ください、というのが本音かもしれませんが、何しろCOVID-19の初期症状が風邪に似ているのですから、発熱した子どもの親の心配は如何(いか)ばかりでしょうか。
■「受診控え」で払わなければならない大きな代償とは
こうした事態を前に私も含めた多くの小児科医が最も心配していることは、風邪と紛らわしい子どものCOVID-19を見逃してしまうことではありません。無責任に聞こえるかもしれませんが、子どものCOVID-19は前述したように元々軽症(あるいは無症状)が大部分なのです。
私たちの最大の懸念は、子どもが小児科医にかかりにくくなっていることです。その理由は、何の症状もない子どもでも、医療機関の受診を控えることで払わなくてはならない大きな代償があるからです。
まず予防接種が受けられないことです。子どもは頻繁に小児科医などの医療機関あるいは保健所で、予防接種を受ける必要があります。大人の予防接種といえば年1回ないしは2回のインフルエンザと、海外旅行時などに狂犬病や黄熱病の予防接種をするくらいです。COVID-19の流行が始まって約半年が過ぎましたが、インフルエンザの予防接種時期(秋~初冬)を過ぎてから流行が始まったので、大人は予防接種ができないための不便は今のところありません。
■ワクチンで防げたはずの感染症リスクが降りかかってくる
子どもは年齢にもよりますが、比較的短い期間に多数の予防接種をしなくてはなりません。大人の予防接種と違って子どもの予防接種は、季節に関係なく本人の年齢(月齢)で予防接種の予定が組まれています。そのために、COVID-19の流行が本格的になった2020年3月から本稿を書いている9月までの半年の間に、子どもによっては10種類以上のワクチンの接種が受けられていない、あるいは接種したワクチン数が少なくなっている可能性があります。
特に生後2カ月から6カ月に予防接種は集中しています。接種予定の月齢をワクチンごとに示すと、ヒブ(インフルエンザ菌髄膜炎ワクチン)は、2、3、4カ月(3回)、肺炎双球菌ワクチンは、2、3、4カ月(3回)、ロタウイルスワクチンは2、3、4カ月(3回)、B型肝炎は2、3カ月、そして4種混合ワクチン(麻疹、風疹、おたふく風邪、ポリオ)は3、4カ月です。例えば今年2月に生まれた乳児が、これら全ての予防接種が受けられないとすると、8種類13回の予防接種が受けられていないことになります。
もちろんスケジュールを過ぎても予防接種は受けることができますが、それまでの間乳児はこれらのウイルスないしは細菌感染からワクチンによって守られていないのです。2カ月という早期からワクチンを接種する理由は、ワクチンで予防できる感染症は乳児期にかかると重症化するものがあるからです。インフルエンザ菌による髄膜炎などはその典型です。もちろん2月から6カ月間全てのワクチンを延期している乳児はいないと思いますが、少子化とはいえ1年間には86万人の乳児が生まれますので、COVID-19感染を懸念して小児科医受診を手控える子どもの累計はかなりの数になる可能性があるのです。
そして、ワクチンに守られていない子どもに、麻疹、風疹、水痘、おたふく風邪、インフルエンザ髄膜炎、ロタウイルスによる重症下痢などの感染症が襲いかかる可能性が高くなるのです。大人や子どもが、COVID-19感染を避けるためにとった行動(小児科受診控え)は、現在から近い将来にかけてワクチンで防ぐことができる感染症の増加となって降りかかってくることが心配です。
■発達健診の機会の減少がもたらすこと
もう一つの危惧は、健診などの機会の減少です。予防接種は子どもの感染症防止という明らかな効果がありますから、COVID-19感染の多少の危険を冒しても受けさせるが、直接病気予防に関係なさそうに見える発達健診を控えるという判断をされる親もかなりいるのではないでしょうか。
直接疾患には関係なくても、発達健診で気がつかれるさまざまな状態の発見が遅れて、子どもの健康や発達に影響が出る可能性も無視できません。運動発達や言葉の発達遅れを早期発見する機会を見逃したり、低身長や貧血といった不十分な栄養やホルモン状態の発見が遅れる可能性があるのです。自閉症スペクトラム障害やその他の発達障害の診断が遅れることによって、適切な療育の開始が遅れることもあるかもしれません。
■微熱から子どものガンが見つかることもあるが…
小児科医は、健診の場でだけではなく、日常よく見られるありふれた疾患や育児に関するさまざまな問題(おむつかぶれ、トイレトレーニング、アトピー性疾患)の相談を受けますが、相談の場で親が気づかない子どもの疾患や発達の障害に気がつくこともよくあります。ミルクの飲みが悪いことから重い疾患が見つかったり、微熱から子どものガンが見つかったりすることもあるのです。小児科受診の手控えは、こうした小児科医の目を通した子どもの発達の保障の機会を逃すことになります。
予防接種の減少や遅れ同様に、こうした機会を逃すことは、近い将来子どもの健康と発達の障害が増えることにつながる可能性があるのです。
冒頭で述べたように、子どももCOVID-19にかかりますが、その頻度は大人よりずっと低く、またかかっても大部分は軽症ないしは無症状であるという事実をしっかり踏まえて、予防接種や健診などの子どもの命と発達を保障するチャンスを逃さないようにしたいものです。
■安心して小児科医を受診しよう
親の不安は、小児科診療所でCOVID-19がうつってしまうのではないか、ということです。でもその可能性は低いのです。
まず、子どものCOVID-19感染者は少ないので、小児科の診療所でCOVID-19にかかっている子どもから感染する可能性はほとんどないでしょう。また大人の患者さんはいませんから、感染の可能性はさらに低くなります。
また、どの医療機関もCOVID-19に対する感染防止の対策を厳重に行っています。発熱や咳(せき)などの症状がある子どもの診察室と、予防接種や健診を行う部屋や、入り口を分けている診療所もあります。予防接種や検診の曜日や時間帯を別に設けている診療所もあります。まず近所の小児科診療所に電話をして、予防接種や健診の希望を伝えてください。適切な指示が得られるはずです。
予防接種や健診は直接お子さんが受診しなくてはなりませんが、他の理由で受診する場合でかかりつけでお子さんの病歴(カルテ)がある場合には、オンライン診療で相談というオプションが使えることもあります。
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お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター名誉教授
チャイルドリサーチネット所長。1951年、東京生まれ。東京大学医学部卒業。小児科学、発達神経学、国際医療協力、育児学が専門。発達障害研究の第一人者。『最新図解 ADHDの子どもたちをサポートする本』(ナツメ社)など著書多数。
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(お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター名誉教授 榊原 洋一)
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