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「母子を死亡させても無罪を主張」そんな"暴走老人"を放置していいのか

プレジデントオンライン / 2020年10月15日 9時15分

東京・池袋で暴走した車にはねられ母子が死亡した事故現場で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=2019年6月13日、東京都豊島区 - 写真=時事通信フォト

■「アクセルを踏み続けた記憶はない」と無罪を主張

昨年4月、東京・池袋で起きた暴走事故で、89歳になる被告が「アクセルを踏み続けた記憶はない」と初公判で無罪を主張したことが、大きな波紋を呼んでいる。

旧通産省工業技術院の元院長の飯塚幸三被告は、昨年4月19日、東京都豊島区東池袋の都道で、横断歩道の通行人らを次々と乗用車ではね、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われている。この事故では、自転車で横断中の松永真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(当時3)が死亡し、通行人ら9人が重軽傷を負った。飯塚被告も胸の骨を折って入院した。

10月8日に東京地裁(下津健司裁判長)で開かれた初公判で、飯塚被告は罪状認否で遺族に謝罪したものの、「車に何らかの異常が起きて暴走した」と述べ、自分に罪がないことを訴えた。

■「遺族の無念さと向き合っているとは思えない」

8日の初公判には、事故で妻と娘を失った松永拓也さん(34)も出廷した。真菜さんの父親の上原義教さん(63)も一緒だった。

報道によると、拓也さんは事故後1カ月間、仕事を休んだ。毎日のように事故現場にでかけ、近くの公園のベンチに座ってまぶたを閉じ、「目を開けたら、2人が事故に遭う前に戻りますように」と何度も祈ったそうだ。そして事故から1年がたった今年4月。現場で手を合わせると、事故の様子が脳裏に浮かんで涙が止まらなくなったという。

初公判後の記者会見で拓也さんはこう話した。

「謝るのであれば、罪を認めてほしい。遺族の無念さと向き合っているとは思えない」
「入廷する飯塚被告を見たとき、怒りやむなしさ、悲しさがこみ上げた」
「(被告の無罪主張は)は、ただただ、残念だ」

初公判では拓也さんの事故直後の心境をつづった調書も読み上げられた。

「真菜の顔は傷だらけで、莉子の顔は『見ないほうがいい』と看護師に止められた」
「莉子には『大好きだよ。お母さんの手を離さないでね』と、真菜には『莉子を天国に連れて行ってあげてね』と、繰り返し声をかけ続けた」

記者会見で事故直後の思いを質問されると、拓也さんは感情を抑えながらも「2人の遺体と手をつなぎ、夜を過ごしたことを思い出して、涙が止まらなかった」と振り返った。

■車両の解析ではブレーキを踏んだ形跡は残っていなかった

起訴状によると、飯塚被告はブレーキとアクセルを踏み間違えて時速約96キロまで加速し、2つの交差点に突っ込み、青信号の横断歩道を自転車で渡っていた真菜さんと莉子ちゃんをはねた。検察官は初公判の冒頭陳述で次のように指摘した。

「飯塚被告は当時、助手席に妻を乗せてレストランに向かう途中だった。事故現場の手前で、前を走る車両に追突するのを避けるために車線変更を行い、縁石に接触したが、そのまま加速を続けた」
「飯塚被告の車は2008年の購入以降、半年ごとの定期点検などでアクセルやブレーキに不具合は見つからなかった」
「車に搭載された故障診断装置の解析でも異常は発見されなかった。アクセルを踏み込んでいたことを示すデータが残っていた」
「事故後の車両の解析ではブレーキを踏んだ形跡が残っていなかった」

検察側は、飯塚被告の車のドライブレコーダーにあった映像など60点以上もの証拠を提出している。

■本当に車両に致命的な欠陥があったのか

初公判に飯塚被告は弁護士に車いすを押されながら出廷した。罪状認否では車いすから立ち上がり、「事故で奥さまとお嬢さまを亡くした松永さまとご親族に心からおわび申し上げます」と語ったが、「アクセルを踏み続けた記憶はない」と起訴事実を否認。弁護側も「車の走行制御システムに異常が生じて暴走した」と述べ、全面的に争う姿勢を示した。

今後の公判では、被告の過失の有無が焦点となる。次回の公判は12月3日。事故の目撃者に対する尋問が行われる。

アクセルとブレーキを踏み間違えたのか。それとも車両に欠陥があったのか。検察と被告の主張は大きく異なる。検察側の証拠は豊富で、弁護側がどうやって無罪を立証するのかに注目が集まるだろう。

飯塚被告は89歳という高齢だ。一般的に年を重ねれば重ねるほど、運動能力は衰える。飯塚被告は「アクセルを踏み続けた記憶はない」と主張するが、その肝心な記憶力も年とともに落ちる。

■「今回の無罪主張に怒りがひとつになった感じがする」

車の運転は他の車の動きや歩行者の行動を観察し、全体の流れのなかで自分の車を進める必要がある。それができないと、事故を起こす。沙鴎一歩自身、80歳を超えて車を安全に運転できるかと問われると、「できます」と答えられる自信はない。

生活に車が欠かせないという人もいるだろう。しかし飯塚被告は東京都板橋区に住まいがあり、タクシーなどの代替手段もあった。家族はなぜ事故当時88歳での運転を許していたのか。本人も運転免許の自主返納を済ませていればと思う。

テレビでは著名人らが次々と発言した。

10月11日に放送されたフジテレビ系「ワイドナショー」に出演した「ダウンタウン」の松本人志さんは「ぼんやり痛ましい事件やぐらいに思っていた人たちも、今回の無罪主張に怒りがひとつになった感じがします」と話した。

10日放送のテレビ朝日系「週刊ニュースリーダー」でMC(進行役)を務める「TOKIO」の城島茂さんは「ブレーキランプが点灯していないっていう検察による後続車の証言も出ているなかで、車がおかしかったっていうようなこと言っている。車のメーカーもたまったもんじゃない」と語った。

8日放送のフジテレビ系「バイキング」では、コメンテーター役の薬丸裕英さんが「真実は一つしかない。飯塚被告は車に何らかの異常が起きて暴走したと話していましたが、自動車メーカーも警察も検証した結果、自動車には異常はなかったとしています。どうなんでしょうって思います」と飯塚被告の主張を疑問視した。

■75歳以上で重い違反歴を持つドライバーに技能検査が義務に

毎日新聞の社説(10月9日付)は「高齢運転者の事故対策 安全への取り組み着実に」という見出しを掲げ、こう指摘する。

「(池袋の)事故をきっかけに今年、道路交通法が改正された。高齢者の運転免許について、新たな制度が始まることになった」
「再来年をめどに、75歳以上で重い違反歴がある人は、免許更新時に実車試験が義務づけられる。合格しないと更新が認められない」

免許更新時の実車試験とは、運転技能検査を指す。同検査の義務化は新たな改正道路交通法に盛り込まれ、今年6月2日に国会で可決・成立した。この改正道交法によってあおり運転罪も創設され、すでに6月30日に施行されている。

運転技能検査は2022年6月までに施行され、免許更新時に車の運転操作をチェックされる。免許更新期限の半年前から何度も受検できるが、合格しないと免許は失効する。合格すれば、さらに認知機能検査と高齢者講習を受け、その後に更新が認められる。

過去に信号無視やスピード違反などを重ねた違反歴があり、運転技能検査に合格しない75歳以上の高齢ドライバーは自ら運転免許証を返納すべきである。本人が「嫌だ」と言っても、家族が返納をうながしてほしい。

自主返納について毎日社説は「昨年、免許証を自主返納した人は60万人を超え、前年より18万人近く増えた。各自治体は、公共交通や各種サービスの割引によって返納を呼びかけている」と書く。

■特例を除いて75歳以上は運転禁止で構わないのではないか

毎日社説はさらに指摘する。

「今年の上半期に、75歳以上の運転者による死亡事故は175件起きた。死亡事故全体が減少する中で昨年の同時期を上回っている」
「免許を持っている人数当たりで件数を見ると、75歳未満の2.3倍に上る。原因の4割を操作ミスが占めるのが特徴だ」
「心身の衰えを自覚できず、家族の忠告も聞かずに運転し、大事故を起こしたケースもある」

統計的にも高齢ドライバーの危うさは明白だ。自分だけが命を落とすだけではなく、事故の大半は周囲の人を巻き込む。

毎日社説は「こうした状況からすれば、免許に一定の制限を課すのはやむを得ないだろう。事故防止のため、実効性のある仕組みが欠かせない」と主張する。ただ、これは甘いのではないか。自主返納が一番だが、沙鴎一歩は75歳以上を運転禁止にしても構わないと思う。ただし特例や例外は必要だ。

■初公判を取り上げたのは、全国紙では毎日社説だけだった

毎日社説は書く。

「しかし、人口減に伴って公共交通は縮小し、地方を中心に車が生活の足になっている実態がある」
「高齢者が手軽に移動できなくなれば、社会とのつながりが薄れ、健康の悪化も懸念される」
「地域の実態に合わせながら、高齢者の移動手段を確保する取り組みも進めていく必要がある」

厳しすぎるかもしれないが、75歳以上は原則禁止としつつ、例外として生活に車が欠かせない地域においては運転を認める、という制度設計も考えられるのではないだろうか。

なお、この連載では各紙の社説を読み比べているが、今回の高齢ドライバーの交通事故問題について、全国紙では毎日社説しか扱いがなかった。他紙は池袋の事故の判決が出る来年の時点で取り上げようと考えているのかもしれない。

しかし、団塊の世代が75歳の後期高齢者に達する「2025年問題」も近い。高齢ドライバーの問題は避けて通れない。これだから社説は読まれないといわれるのではないだろうか。残念だ。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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