大津波、コロナ……災害をピタリと予言してきた小説家が次に恐れること

プレジデントオンライン / 2020年10月30日 15時15分

小説家の高嶋哲夫氏 - 撮影=原 貴彦

小説家の高嶋哲夫氏はさまざまな大災害を書いてきた。その中には、2010年の『首都感染』、2005年の『TSUNAMI』など、大災害を予言したといわれる作品も多い。高嶋氏はなぜ「予言の書」を書くことができるのか。イーオンの三宅義和社長が聞いた――。(第2回/全2回)

■「これはちょろいかな」と思って小説家を目指した

【三宅義和(イーオン社長)】小説家を目指されたきっかけはなんだったのでしょう?

【高嶋哲夫(小説家)】UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で、「努力では超えられない壁がある」こと、自分の理系の能力の限界を知りました。暗澹(あんたん)たる思いでいたとき、たまたま現地で小説家志望の日本人2人と出会ったんです。彼らの小説を読ませてもらったとき、「こっちのほうが自分に向いているのではないか。これはちょろいかな」と思って、小説家になろうと思ったんですよ。

【三宅】ちょろいというのは、「超難解な物理の問題を英語で解くことと比べたら、実現可能性が高そう」という意味ですね。

【高嶋】そうです。圧倒的に楽だと思ったんですね。読めば意味はわかりますから(笑)。

【三宅】でも、いきなり生計は立てられませんよね?

【高嶋】アメリカから帰国して、生活のために神戸で学習塾を開きました。このときは結婚していました。実はロサンゼルスにいたときも、現地の補習校で教えていたんです。子供の扱いも得意だったし、学生時代も家庭教師をしていたし、資本も大していらないので塾にしました。企業に就職することはまったく考えませんでした。比較的うまくいって、多いときは一人で80人くらい教えていましたね。

■アメリカで挫折したことで気付いた自分の適正

【三宅】研究者の道を外れる葛藤みたいなものはなかったんですか?

【高嶋】ありました。三十歳近くまで、それだけを考えて、努力してきたわけですから。でも、原子力研究所を大見得を切って辞めて出たわけですから、戻るわけにもいかない。また、研究分野では大したことはできない、と自覚もしていました。僕の能力は、別なところにあると自分に言い聞かせましたね。いまになって言えることは、「人には向き不向きがある」ということです。誰にも、向いている道はある。それを職業にできることは幸せです。でも、どんなことに適性があるかは、やってみないとわからないです。アメリカで挫折を経験できたのは、僕にとっては幸いなことだったと思います。

【三宅】いまの言葉で励まされる方は多いと思います。

【高嶋】高校から講演を頼まれることがよくあります。「楽しい努力」というタイトルで話します。そのとき、「ムダな努力はするな」と言うと、先生たちは怪訝そうな顔をします。「死ぬほど努力して、初めてムダかどうかわかる」と続けると、ホッとした顔をします。「その努力は、必ずいつか生きる」と続けると、頷いています。自分に向いている道を見つけるための努力だと思います。

イーオン社長の三宅義和氏
撮影=原 貴彦
イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原 貴彦

■小説家になるために新人賞に応募しまくる

【三宅】帰国されて小説はずっと書かれていたわけですか?

【高嶋】帰国後、2~3年の間にアメリカの教育をテーマにした本を2冊〔『アメリカの学校生活』(文化出版局)、『カリフォルニアのあかねちゃん』(三修社)〕を出すことができました。本格的に小説を書き始めたのは、帰国後、10年目くらいですね。年子が3人でき、塾の経営もうまく行っていたので、人生を楽しむというか、子供たちと遊んだり、釣りに行ったりしているうちに、時間が経ってしまった感じです。

【三宅】素朴な疑問なんですが、どうやったら小説家になれるんですか?

【高嶋】僕もいろいろ考えました。誰かのツテを使おうと考えた時期もありますが、ダメでした。俳優さんなど著名人を除いて、やはり新人賞を取らなければ小説家デビューはできません。難しいですが、一番の近道です。いまは商業出版以外にも、ネットなど作品を発表できる場が増えていますが、当時はやっぱり紙の本がすべてでした。だから、ひたすら新人賞に応募していました。最初思ったほど、全然、ちょろくはなかったです。

【三宅】それで『帰国』で北日本文学賞をとり、『メルトダウン』(講談社)で第1回小説現代推理新人賞を受賞。さらに『イントゥルーダー』(文藝春秋)がサントリーミステリー大賞と読者賞のダブル受賞をし、ドラマ化もされています。お見事です。

【高嶋】『イントゥルーダー』は結構根性入れて書きましたね。一年かがりでした。

■情報源はインターネットと図書館

【三宅】高嶋さんの作品というと、細部にわたって下調べをされている印象が強いのですが、取材はどんな感じでされているんですか?

【高嶋】実は僕、取材が苦手なんです(笑)。人見知りするんです。もちろん現地などに行くことはあります。でも、見ず知らずの人を訪ねて話を聞くというのはできません。情報源はもっぱらインターネットです。自分の知り合いで、書きたいテーマに詳しい人に話を聞くことはあります。

【三宅】インターネットがなかった時代は大変だったのでは?

【高嶋】ひたすら図書館通いでしたね。でも何十冊もの本をしっかり読み込むのではなく、必要な箇所だけを読むスタイルです。僕は断片的な情報をもとに、さもすべてを知り尽くしているフリをする能力に長けているのかもしれない。コレって、理系的なのかな(笑)。

【三宅】ロジックを積み上げたり、ロジックの穴を塞いだり、ということですね?

【高嶋】ええ。このあたりは理系のバックグラウンドが役に立っているのかもしれません。たとえば、映画化された『ミッドナイト・イーグル』(文藝春秋)ですが、僕、本格的な登山経験がないんですよ。

【三宅】え!? 冬山が舞台の話ですよね。

【高嶋】はい。雪山はスキーしか行ったことがない。だから、登山に関する本を読んだり、アウトドアの専門店に行ってパンフレットを集めたり、登山用の携帯食を買って食べたりしました。このときは、原稿を店員さんに読んでもらって、丁寧なアドバイスもいただきました。僕の高校の同級生で、山と溪谷社の編集長をしていた藤田という友人がいて、「本当に冬山に上るのか」と聞かれたことがあります。「どう思う」と問い直すと、うーんと考え込んでいました。やったと、思いましたね。

【三宅】まさに専門家ですね。

【高嶋】藤田君に指摘されたのは、登場人物がコーヒーを水筒に入れて持っていく場面で、「山を登る人間は、水筒には水を入れている。コーヒーを飲みたくなったらその都度沸かす」と言うんです。「怪我したときなんか、水が必要だろ」。そこまでは、知りませんでした。

■阪神淡路大震災で覚えた「作品に残す」という使命感

【三宅】高嶋さんの小説は自然災害をテーマにしたものが多いですよね。

【高嶋】災害ものは、1997年1月の阪神淡路大震災を経験してからです。東灘に住んでいた友人の安否確認に行く途中に「この体験は作品として絶対に残しておかないとダメだ」という使命感のようなものを覚えました。でも、書き上げるまでに9年かかりました。亡くなった方が6400人以上います。ヘンなものは書けないと、資料ばかり読んでいました。集英社の編集者さんから「書くにはいましかないですよ。来年は10年目です」と言われました。マスコミで震災のことが話題になる。多分に商業的な発想だけど、当たっている。神戸を舞台には書けないので、震災から10年後の東京を想定して書きました。東京直下型地震です。神戸の震災被害者である3人の高校生の10年後の物語です。

【三宅】それが2004年発表の『M8』(集英社)。

【高嶋】はい。その翌年に『TSUNAMI 津波』(集英社)を発表しています。『M8』の打ち上げで、僕が「やっとできた」と言ったら、編集者さんから「いやいや、次があるでしょう」と言われて、「そうですよね」と(笑)。お互い、心が通じたというか。

【三宅】そうでしたか。

【高嶋】『M8』を書くために震災関連の情報はかなり集めて、勉強していました。日本は地震の巣なんですね。次に起こるのは東京直下型地震と南海トラフ地震です。南海トラフ地震が起こると、大きな津波がくることはわかりきっている。『TSUNAMI 津波』を書いているときも、インド洋で大津波が起きて20万人以上の人が亡くなっています。

■忘れられる自然災害の脅威を小説で残せれば

【三宅】そして2011年3月に東日本大震災が起きました。

【高嶋】『TSUNAMI 津波』を出版したとき、津波研究の第一人者の東北大学の今村文彦先生の研究室を訪問して対談をしました。部屋に小学生の絵がいっぱい貼ってあって、「何ですか、これ」と聞いたら、「津波が来たときの避難経路のコンクールをやっています」と言うんですね。「何でそんなことをやるんですか?」と聞くと、宮城県沖地震の発生確率は、99%だと言っておられました。海溝型地震ですから、地震後、津波は起きます。

【三宅】それが本当に来てしまったわけですね。

【高嶋】『東京大洪水』(集英社)も同じです。『TSUNAMI 津波』発表後に新聞小説を頼まれて書いたものです。2019年秋の台風19号で荒川が決壊寸前まで行きました。執筆のために昔、荒川周辺を歩いたのですが、たしかに怖いところです。荒川は隅田川の放水路として作られました。しかし、かつては荒川が氾濫して何千人の方が亡くなっています。総務省も「荒川が決壊したら、都内の地下鉄や地下街が水浸しになる」というシミュレーションをしています。大半の人はそのことを知らないだけで、歴史と事実をちゃんと踏まえていくと、「いまの時代ならこうなるだろう」という想像はつくんです。

【三宅】「警告したい」という意志で書かれているわけですか?

【高嶋】そうですね。調べれば調べるほど、日本は過去に自然災害が多く起こっています。地震、津波、台風、火山噴火、土砂災害などです。これは歴史です。でも、時間がたち世代が変わると、忘れられている。だから小説という形で残せればいいなとは思っています。でも、出版社からの注文も災害ものが多いのは事実です(笑)。

■パンデミック後は道州制の導入が不可欠

【三宅】パンデミックを描いた『首都感染』(講談社)はいま現実に起きていますね。

【高嶋】「予言の書」などと言われていますが、決して予言じゃない。過去の歴史を調べて、現在を理解し、想像力を働かせれば書けます。ポスト・コロナと言われていますが、日本にはさらに大きな危険が待ち受けています。個人的に読んでいただきたいのは、『首都感染』よりも『首都崩壊』(幻冬舎)のほうです。これは、「次なる予言の書」です。いまの日本が抱える大きな問題の解決策が描かれているからです。

【三宅】道州制の導入とリスクの分散ですね。

【高嶋】はい。東京一極集中は新型コロナでも大きく問題視されています。将来必ず起こる東京直下型地震、南海トラフ地震でも、確実に大問題になります。

東京直下型地震では、日本の首都が壊滅状態になります。南海トラフ地震が起きると、太平洋沿岸の工業地帯が大きな被害を受けます。200兆円から300兆円の経済損失が出ると政府は試算しています。それ以上という研究もあります。この被害は世界におよび、日本発の世界恐慌を引き起こす可能性があります。それを防ぐためにいまできることは、重要拠点や産業を太平洋側に集めるのではなく、日本海側を含めて日本全国に分散させることです。それが難しいのですが。

現在の日本は、「東京一極集中」「地方創生」「少子高齢化」など、多くの問題を抱えています。これらは日本の古い形に起因するところが多々あります。明治維新以来、通信、輸送、科学技術の発達は目をみはるばかりです。でも、現在の47都道府県という日本の形は、江戸時代から変わっていません。つまり、時代遅れなのです。経済発展はある程度の経済規模が必要です。日本が持つ問題を是正する一つの方法が、道州制の導入です。新しい日本の形が必要となっているのです。

【三宅】日本の政治家の方にも読んでほしいですね。

【高嶋】どこまで本気になってもらえるかは疑問ですね。以前、衆議院議員会館で講演したとき、彼らから危機感、緊張感はまったく伝わってきませんでした。

沖縄でアメリカ海兵隊を相手に同じ話をしたことがあります。ウォー・ルームという部屋に通されて、その場にいた将校たちはみんな真剣にメモを取っていました。『首都崩壊』で描かれていることは、アメリカにとってもひとごとではなく、日本の保有するアメリカ国債の売却の問題を含んでいますから。

■日本は内向きから外向きへ。英語学習はそのきっかけになる

【三宅】最後に英語学習者や若いクリエーターへなにかメッセージがあればお願いします。

三宅 義和『対談(4)! プロフェッショナルの英語術』(プレジデント社)
三宅 義和『対談(4)! プロフェッショナルの英語術』(プレジデント社)

【高嶋】難民問題を描いた最新作の『紅い砂』(幻冬舎)のキャッチフレーズに、「共に世界を変えよう」という言葉が出てきます。世界を変えるためにはまず世界に目を向ける必要があり、そのために必要なのが英語だと思います。

いまの日本はあまりにも内向きすぎます。コロナ問題で「世界はつながっている」ということは実感されました。外向きになるためには、英語を若いときから学ぶことが必要だと思います。その結果、世界に飛び出したり、情報を発信したりする若い人が増えることを願っています。

【三宅】ありがとうございました。

小説家の高嶋哲夫氏(左)とイーオン社長の三宅義和氏(左)
撮影=原 貴彦
小説家の高嶋哲夫氏(左)とイーオン社長の三宅義和氏(左) - 撮影=原 貴彦

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三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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高嶋 哲夫(たかしま・てつお)
小説家
岡山県玉野市生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了。日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)研究員を経て、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に留学。1999年、『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞し、本格的に作家デビュー。2010年に発表した『首都感染』が2020年の新型コロナウイルス感染症拡大を予言しているとして話題になる。

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(イーオン社長 三宅 義和、小説家 高嶋 哲夫 構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)

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