脳科学者が「産むことは女のマストではない」と断言するワケ
プレジデントオンライン / 2020年10月20日 9時15分
※本稿は、黒川伊保子『女と男はすれ違う!』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■男性が「気が利かない」のはやる気がないわけではない
産業社会は、男性脳型である。大量の製品を均一の質で、迅速にコストパフォーマンスよく市場に提供するのに、男性脳は長けた構造をしているからだ。平均的な男性脳は、とっさにゴール指向問題解決型の回路を優先する。感情を極力排除し、潔く目標にロックオンして、ゴール達成に集中する脳の使い方である。情より、理と義で動く、というわけだ。当然、女性も意識すれば、この使い方ができる。デフォルトが別なだけ。そりゃそうだろう、男性脳と同じ回路を使うわけにはいかない。人生の戦略が違うのだもの。
男性脳の多くが、ゴール指向問題解決型回路を優先させるように初期設定されているのは、長らく狩りをしながら、進化してきたからだ。獲物を決めたら、足元のバラやいちごに気を取られているわけにはいかない。目の前の人の感情に寄り添っているわけにはいかない。
だから、気が利かないのである。トイレに立つときは、トイレしか見えない。目の前の空のコップを、ついでにキッチンにもって行けばいいことに気づかない。お風呂に立つときに、さっき脱いだシャツを、ついでに脱衣場に持っていけばいいことに気づかない。あれは、やる気がないのではなく、そもそも、感知していないわけ。
私たち女性が、そんな「ついで」を重ねに重ねて、日々の生活を回しているのに気づきもしないから、家事の正当な評価もできず、妻や母に感謝もできない。妻がくたくたになっているのに、われ関せず、のうのうと生きているように見えるので、妻たちは、無関心、思いやりの欠如、ひいては人間性の欠如に感じて、絶望してしまうのだ。しかしながら、それは濡れ衣である。
■「男性脳」だけでは革命は起こせない
この脳の愚直な使い方が、職場では功を奏することになる。自分の感情や、目の前の事象に影響を受けないから、何の疑問も持たずにルールを順守できる。私たちの女性脳にしてみたら、「このルール、どうなの?」と思うことも疑わない。1万人がキレイに足並みを揃えられるのだ。「遠くの目標」や「全体」のために、個人の事情に目をつぶれる。企業タスク向けの幸せな脳である。
しかしそれでは、なかなか革命は起こせない。なので、ときに直感が働く「異質の天才」が現れて、閉塞した世の中を一気に動かすことになる。
たとえば、スティーブ・ジョブズ。世のコンピュータが、醜い工業製品だった時代に、「僕の書斎に入れるなら、こんな醜い鉄の箱は嫌だ。美しい文房具としてのコンピュータを作ってみせる」と宣言して、伝説の一体型コンピュータを作ったという。彼の美意識では、当時のコンピュータ(無骨な配線でつなげられた鉄の箱たちのユニット)は、どうしてもゆるせなかったのである。
こういう「ゆるせない」「嫌」から始まる直感は、新しい世界観を作りだすための大事なキーファクターなのである。
その「ゆるせない」を作りだす「嫌なものは嫌」力が、女性脳では、男性脳より圧倒的に強い。言ってみれば、すべての女性に、スティーブ・ジョブズなみの直感力が備わっているのだ。
一般に、男たちは直感的な確信がないから、理論武装し、ルールを守る。
スティーブ・ジョブズは、直感力が強く、最初から確信があるから、理論武装する必要もなければ、ルールを守る意味もない。実際、彼は、電子工学も学ばず、ルールも守らず、世界を変えた。
この「スティーブ・ジョブズ」を「女」に置き換えてみればいい。
あるいは、あなた自身の名に。
■男性脳型の産業社会に迎合せず、かといって、それに背を向けない
女は、最初から、「19世紀以降の産業世界」の枠組みに収まらない天才脳の持ち主なのである。
「男も女も違わない」だなんて優しく言われて、油断している場合じゃない。自らおとなしく、産業構造の枠に収まっているなんて、もったいなさすぎる。
叩かれたり、揶揄(やゆ)されたり、笑われたってかまわないじゃない。そもそも、尺度が違うのだもの。幸せになる方法論が違うのだ。女には、女の正しさがあり、女の充足の仕方がある。
産業社会になんか与(くみ)しない、という選択肢ももちろんある。手に職をつけ、個人の才覚で生きる道だ。専業主婦も、その一つ。けれど、最初から産業社会に背を向けてしまうのはもったいないかもしれない。女の正しさで生き、女の充足を手に入れながら、産業社会でも生き延びる。21世紀の女性たちには、その選択肢があるのだから。
男性脳型の産業社会に迎合せず、かといって、それに背を向けないしなやかな生き方――女の人生は、男のそれより、ちょっとだけ深くて複雑だ。けれど、だからこそ、いっそうの輝きに満ちているのかもしれない。
覚えておいてほしい。産業社会は男性脳型。だから、私たち女性は、アウェイで闘っていく美しい戦士なのである。しかも天才型の。
■子どもを産む時期も自分で毅然と決める
どんな女性も、まずは、そう覚悟を決めたほうがいい。産業社会に素でなじめないからこそ、私たち女性には、処世術が必要だ。男たちにわかりやすい表現力を身に付けなければならない。「わかってもらえない」なんてぐずぐず言っている暇はない。「わかりやすい女」になればいいだけ。
子どもを産む時期も、子どもと仕事(人生)との距離感も、自分で毅然(きぜん)と決めることだ。その決断が遅れると、やがて妊娠力が落ちて、喪失感に苦しむことになる。子どもを持たない人生もまた潔くて美しいが、「いつか」を先送りしてきて機会を逸すると、脳は喪失感を乗り越えられない。
女の人生は、女が決める。
持つものも、持たないものも。
1986年に施行された男女雇用機会均等法は、女性を「男性脳の土俵」に引っ張り上げた。アウェイでの闘いを、そうとは知らずに強いられた私たちは、男性脳のルールに従って、自らを評価する癖がついてしまった。しかし、ここはアウェイだ。いくら頑張っても、私たちは、本当には幸せになれない。
私たちは、今もう一度、女性脳の世界観を取り戻さなくてはならない。そうして、この土俵をクールに眺めて、利用するだけ利用する。それはそれとして、別次元で、ちゃっかり幸せになる。
■「子育て」も大いなる冒険の一つ
男たちは、世界の果てを目指して冒険の旅に出る。その途上で、挫折したり、成果を得て、自分とは何かを知るのである。振り返っての女性脳。私たちの脳には、あらためて冒険なんて必要ないのだ。最初から、自分が何者か、自分が何を欲しているのかを知っているからね。
それでも、女たちは、冒険の旅に出る。「自分を知る」ために旅に出て、「成果」を得る男たちと違って、女の冒険は一段深い。私たちは、「自分が知っていること」が真実かどうかを確認するために旅に出るのだ。そうして、結果、「愛」を得る。
つまりね、女の冒険のゴールは「真実の愛」を知ること。冒険のゴールに成功したかどうかは、本人にしかわからないのである。
そういう意味では、「子育て」も大いなる冒険の一つ。母は勇者である。出産の日、母になる女性たちは、本当にいのちを懸ける。この子が無事産まれてくるのなら、いのちを捧げてもいい……その「思いのしずく」を注ぎ込むようにして、子を産み出す。私は、出産の日を忘れられない。本気でいのちを投げ出した、人生で唯一の日だからだ。痛みなんか、とうに忘れちゃったけれど、あの覚悟だけは忘れられない。
私は、街で幼子を抱く母親たちを見ると、胸がいっぱいになって、抱きしめたくなる。いのちを投げ出して、子育てという冒険の旅に出た、まだ道半ばの美しき勇者たち。すべての幼子の母が、心細いはずだ。守らなきゃいけないものがある冒険の旅だから。
■産まない女性の母性愛は社会に注がれる
でもね、子どもを持たずに、その人生を子ども以外のものに捧げる女たちもまた、勇者なのである。仕事や信条にいのちを懸ける女性たちは、母たちとは別の道を行く。女性脳の成熟の道は二つある。一つは、子どもを産んで成熟する道。もう一つは、子どもを産まずに成熟する道。この二つの道は、別の道だ。子どもを持たない女性は、「未完成な女性」ではけっしてない。
妊娠、出産、授乳によって、女性は、今までにないホルモンの分泌の嵐に見舞われる。脳の信号処理の特性が変わり、味覚をはじめとする感覚器の様相も変わり、内臓の位置関係も変わる。このため、性格も体質も出産前後で変わる。つまり、出産で、母親自身も生まれ変わってしまうのである。
私自身は、出産後の自分の方を気に入っているけれど、人によって違うかも。どちらに軍配が上がるわけでもないが、新しいモードに入るのは間違いがない。
母になった女性は、世界中の誰よりもわが子が可愛い。つまり、脳の感覚地図に偏りが生じるのである。ある意味、偏ったものの見方をする脳に変わるわけだ。その「我田引水」ぶりがなければ、子どもなんか育たない。この感性の偏りが、ときに、職場で新機軸の商品を生み、膠着(こうちゃく)した事態からの脱却に役立ったりするのだから、人生は面白い。
一方で、産まないまま成熟した女性の母性愛は、偏りがなく、惜しみなく社会に注がれる。こういう女性脳は、社会的組織には必要不可欠なのである。古代からの宗教が、巫女やシスターのように産まない女性を確保してきたのには、わけがあるのだ。
■「産むことが女のマストだとは思わない」
私は、脳を見つめる者として、産むことが女のマストだとは思わない。子どもを持たない女性は、母である人たちになんら引け目を感じる必要はない。もちろん、チャンスがあったら、逃さず産むといい。子がくれる愛は、何物にも代えがたい。どんなイケメンにかしずくように愛されたって、子どもが母にくれる愛には到底かなわないもの。あの愛は、経験できれば素敵だ。でも、そのチャンスがなかったのだとしたら、それはそれ。誇り高く、別の道を行こう。愛の対象が明確にぶれない母たちの冒険とは少し違って、母にならない女たちは、愛の対象を想念で決める。
ときに、自分がどこに向かっているのかわからなくなり、夜の海に浮かんでいるような気持ちになることもあるだろう。その冒険の旅は、母たちとはまた違う過酷さを孕(はら)んでいるに違いない。いずれにせよ、女たちの冒険は、7つの海を越えるよりも壮大なのである。
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脳科学・AI研究者
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。近著に『共感障害』(新潮社)、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)など多数。
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(脳科学・AI研究者 黒川 伊保子)
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