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「これこそ電波のムダ遣い」日本のスマホ料金が高い本当の理由

プレジデントオンライン / 2020年10月20日 11時15分

首相官邸に入る菅義偉首相=2020年10月13日、東京・永田町(写真=時事通信フォト)

菅政権の目玉政策のひとつは携帯料金の大幅値下げだ。9月にはNTTが携帯電話最大手のNTTドコモの完全子会社化を表明するなど、変化が起きつつある。経営評論家の山田明氏は「日本の電波行政は、固定電話の時代から惰性で手を加えることもなく続いてきた。今こそ抜本的に見直すべきだ」という――。

※本稿は、山田明『スマホ料金はなぜ高いのか』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■「携帯料金は今より4割程度下げる余地がある」

2018年8月、菅氏は札幌での講演で、「携帯料金は今より4割程度下げる余地がある。競争が働いていない」と唐突に表明し、関係者を驚かせた。

普段、講演では原稿を読まない菅氏が、この時は手もとの資料を見ながら話したことから、内容は事前に総務省と擦り合わせていたことがうかがわれた。

講演で使用した電話料金の国際比較などのデータは内閣府が作成したもので、菅氏が周到に準備していたことが分かる。事実、その2日後には携帯料金について議論する総務省の審議会が開催されている。

この講演に先立つ6月、公正取引委員会が「携帯電話市場における競争政策上の課題について」と題する報告書を公表。携帯大手によるスマートフォン(以下スマホ)の販売・契約慣行を「独禁法上、問題の恐れがある」と指摘しており、「利用者を不当に囲い込む行為には独禁法を厳正に執行していく」と警告していた。

菅氏の講演は公取の報告内容とも整合し、綿密に計画されていたことが伝わってくる。

官僚の人事でも、手は打たれていた。7月の中央省庁人事で、携帯電話の関連政策を担当する総務省の総合通信基盤局長に、第1次安倍内閣で菅氏が総務相を務めた時の、同局の担当課長だった谷脇康彦氏を就任させていた(その後、総務審議官)。

■綿密な計画……総務省とNTT人事で打たれた布石

谷脇氏は情報通信分野の競争政策では省内で右に出る者がないと言われる。情報通信に関わる深い見識を持ち、NTT再編成にも携わるなど幅広く実務経験を積んできた人物だ。

そしてもう一つ、人知れず布石が打たれていた。

NTTの社長人事である。

6月、NTT持株会社の鵜浦博夫社長は取締役として改選期を迎えていた。6年間の社長在任中、特に大きな失態もなく社長業務をこなしてきており、NTT社内のみならず業界関係者からも、鵜浦氏の取締役再任と会長就任を当然視されていた。

しかし、政府は再任を認めず、鵜浦氏は相談役に退いた。民間企業の役員人事に役所が介入することは通常ありえないが、NTTは政府に3分の1以上の株式保有を義務付けられた特殊法人であり、役員人事は政府の認可事項であることがNTT法で定められている。

人事・労務畑出身の鵜浦社長の再任が認められず、ともに技術畑出身の篠原弘道会長、澤田純社長というNTT発足以来、例のない変則的な役員人事となった。

ドコモは、寡占化が進むスマホ市場のリーダー的存在だ。しかし、ドコモの主要な意思決定がNTT持株会社を抜きに行われることはありえず、鵜浦氏の再任拒否は、料金の大幅値下げに向けた政府の強い意思表示とも受け止められる。

スマートフォンと日本のお金
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■菅首相に立ちはだかる旧態依然の電波行政

かつて小泉政権下の2005年に竹中平蔵総務相の下で総務副大臣になり、情報通信行政について知識と経験を積んだ菅氏は、2006年9月に第1次安倍内閣が誕生すると総務大臣に昇格。第2次安倍政権発足以降は長く官房長官を務め、首相官邸に強固な足場を築いてきた。

各省庁の審議官クラス以上の人事を内閣人事局が一元的に実施する方式に改め、「省あって国なし」と言われた政府を内閣官房一極集中型に変えることにも成功した。

その菅氏は今、総理として内閣をまとめ、日本の情報通信の変革に取り組もうとしている。

しかし、そこには大きな関門がある。先進国の中で日本だけが採用していない電波の「オ-クション方式」に象徴される、旧態依然の電波行政だ。どういうことか、以下に説明しよう。

■先進国では日本だけ……電波資源の「美人コンテスト」

国の公共財である電波資源を管理する総務省が、電波帯域を民間事業者に割当てる方式として採用してきたのが、俗に「美人コンテスト」と呼ばれる「比較審査方式」だ。

この方式では、総務省が割り当てを予定する電波について、希望する事業者が電波の使用計画や基地局整備計画などを提案することからスタートする。

提案を受けた総務省の官僚は提案内容を電波監理審議会に審査させ、その答申に基づき提案に優先順位をつけて電波の配給先を決めていく。審議会の答申は尊重するが、最終的な判断は総務省の官僚が行うという裁量権限を持たせた方式で、最終的に決まるまでのプロセスが不透明になる。

これに対し、割り当ての対象となる電波帯域を競売にかける「オークション方式」では、入札価格が最も高い業者が落札し、電波が割り当てられる。オークションにかける電波帯域は通常いくつかのスロットに分割されるので特定の事業者に偏って落札されることはない。入札プロセスが透明で、恣意的な操作が入る余地もない。

「比較審査方式」との最大の違いは、比較審査方式で電波割り当て先に決まった業者には無料で電波が割り当てられるのに対し、オークション方式で落札した業者からは、入札する周波数帯の人気にもよるが、数千億円~数兆円もの収入が国庫にもたらされることだ。

言い換えると、比較審査方式は、電波官僚が携帯会社に補助金をバラまいているのと同じだ。しかも、バラマキ先は日本企業の中でも指折りの超高収益企業なのだ。

■「持ちつ持たれつ」業界秩序を優先する行政

総務省に対応するためNTTには持株会社やドコモなどに総務省担当が置かれている。私がNTTに勤務していた頃は、通信行政は実質的にNTTが起案し総務省が承認して決まる、と言われていた。

規制のあり方次第で数十~数百億円の収入が簡単に動くため、NTTは優秀な人間を総務省担当にはりつけ、ビジネスよりも規制を有利にしてもらうためのロビー活動に力を入れてきたわけだ。

総務省から見ても、ドコモは特別な存在だ。総務省には、長年にわたってNTTの固定電話を規制してきた歴史があり、携帯免許を主として既存通信企業の子会社に与えてきた。

その結果、携帯子会社との間でも親会社の固定電話会社と同様の「持ちつ持たれつ」関係が持ち込まれ、ドコモなどとの間で業界秩序を優先する電波行政が行われてきた。

官僚が電波の経済的価値を勘案して優劣をつけ、事業者に割り当てる方式は裁量権限が大きく、政治的な介入も受けやすい。その裁量にすがりつくドコモや、その言い分を聞くことで天下り先を確保したい総務省の思いが重なり、阿吽(あうん)の呼吸で大量の天下りが行われる。

■マスコミと総務省の一致した利害

総務省と放送・新聞などマスメディアの間には通信業界とは異なる関係があり、世の中にはほとんど知られていない。

話は2011年に遡る。当時、地上デジタル放送の開始に伴い、余ることになった電波、それまでアナログ放送で使用していたVHF帯と呼ばれる電波の割り当てが行われた。

この帯域は普通の携帯端末が使えず、特に送信ができないので、携帯電話による通信ではなく携帯端末向けの「マルチメディア放送」を行うことになった。総務省は参加する可能性のある企業を一本化しようとし、これに応じたのがドコモと民放連のグループだった。

ところが2016年6月、この企業(NOTTV)は累損約▲1000億円を計上し、わずか4年で破綻、サービス廃止に追い込まれた。廃止時の契約数は約150万台で、総務省に提出した計画のわずか3%だった。

新聞やテレビなどマスメディアでは箝口(かんこう)令が敷かれたようで、このNOTTV破綻はまったくと言っていいほど報じられなかった。

NTTやドコモは高収益企業のランキングでも常に上位に顔を出す。それはマスコミにとっては新聞広告やテレビ広告の大スポンサーでもあることを意味する。その機嫌を損ねることは、彼らが毎年支払う数十億~数百億円の広告宣伝費を失うことにつながる。

放送事業を左右する電波の割当て権限を持つ総務省の機嫌を損ねれば、恣意的電波行政を通じてテレビ局の首を絞められることにつながりかねない。NOTTVの件が示すように、テレビ局が日本のテレビ業界への新規参入を恐れていることはよく知られており、総務省に競争を促進する電波配分に動かれてしまうことはタブーなのだ。

■固定電話の時代からの惰性、いまこそ見直しを

2017年度には携帯電話の契約数は固定の8倍以上になり、完全に携帯中心の時代になっている。電波は有線の通信を補完するインフラから主役に変わったというのに、制度が対応していないのが現在の通信政策だ。

山田明『スマホ料金はなぜ高いのか』(新潮新書)
山田明『スマホ料金はなぜ高いのか』(新潮新書)

米国に限らず欧州や中国でも、通信政策の中心は明らかに「電波を開放する」ことにある。

一方、今も携帯を固定の補完的役割として捉える日本の通信政策では、電波の開放目標もなく、浪費されている電波を活かすための政策が検討されているのかもよく分からない。

世界で5G商用サービスがスタートした2019年、日本で5G用として携帯会社に割り当てられた高周波帯域の電波は、半径100m程度しかカバーできないためプラチナバンドの電波に比べて比較にならないほど膨大な数の基地局を設置しなければならず、携帯会社にとって使い勝手が悪い。

固定電話の時代から惰性で手を加えることもなく継続している日本の電波政策は、根底から考え直す時期に来ている。

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山田 明 経営評論家
1950年愛知県生まれ。東京大学法学部卒、米コーネル大学経営大学院MBA取得。NTT(当時は日本電信電話公社)を経て、複数のグループ会社役員の他、国際通信経済研究所常務理事を務めた。2016年に退任。

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(経営評論家 山田 明)

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