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ウイグル、チベット、モンゴルで中国政府がしつこく宗教を弾圧するワケ

プレジデントオンライン / 2020年10月21日 9時15分

中国の国慶節を祝う行事で「アイ・ラブ・ユー、中国」と書かれたボードをバックに、さまざまな衣装に身を包んだ内モンゴル・フフホトの幼稚園児たち(2020年9月27日)。 - 写真=ロイター/アフロ

広大な領土に多数の少数民族を抱える中国は、一方で各民族独自の文化や宗教を弾圧している。著述家の宇山卓栄氏は、「宗教は古今東西、対外工作と支配のツールとして利用されてきた。中国共産党は、国外の敵対勢力が国内の宗教団体をテコにして、反政府の動きを強めることを恐れている」と指摘する——。

※本稿は、宇山卓栄『「宗教」で読み解く世界史』(日本実業出版社)の一部を加筆・再編集したものです。

■「モンゴル語教育制限」はなぜ始まったか

中国政府の宗教や民族の弾圧は、ウイグルやチベットだけではなく、南モンゴルにも及んでいます。中国政府は内モンゴル自治区において、学校での中国語教育を強制し、モンゴル語やモンゴル文化を教えることを制限しています。

モンゴル人は民族のアイデンティティを学ぶこともできません。行政や経済を取り仕切っているのは中国人であるため、中国語ができないと就職もできないようになっています。中国政府は「モンゴル語は先進的な科学技術や中国流の思想道徳を教えるのに不向き」などと理不尽な説明をしています。

今日、モンゴル民族は南北に分断され、北部は「モンゴル国」、南部は中国領の「内モンゴル自治区」と呼ばれます。モンゴル国の人口は約330万人、内モンゴル自治区の人口は約2800万人です。

この「内モンゴル」という言い方は中国に近い側を「内」と呼び、離れた側を「外」と呼ぶ中国本位の呼び方です。従って、モンゴル人たちは「南モンゴル」と呼びます。南モンゴル人はモンゴル人としての独自の言語や宗教文化を持っています。モンゴル人はチベット仏教を信奉しています。

■チベット仏教指導者が考案したモンゴル文字

13世紀、チベット仏教の教主パスパはモンゴルのフビライ・ハンの参謀として活躍しました。パスパはモンゴル帝国の国師として迎えられ、チベット語を基に、モンゴルの公用文字パスパ文字をつくったことで知られます。パスパの影響で、モンゴル人のチベット仏教信奉が定着し、それが今日まで続いています。

■抗議デモに参加すれば逮捕

中国政府はこうした民族の文化教育を制限して、民族のアイデンティティを喪失させようとしているのです。そもそも、中国は宗教などの文化・文明が異なる他民族の生存圏に対し、何の正当な根拠もなく、不法な統治を続けています。

中国政府の教育強制に反発し、抗議デモを行うモンゴル人は逮捕されています。公安当局は抗議デモに参加した住民の顔写真を張り出し、逮捕に協力をした者には懸賞金を与えると布告しています。

ウイグルでも同じですが、逮捕者は刑務所から出て来られず、思想教育の名の下、強制労働を強いられます。刑務所で死亡し、家族が遺体を持ち帰りたいと懇願しても、当局は引き渡しを拒否します。中国政府は強硬政策で、反対者を一気に炙り出し、一網打尽に彼らを捕らえ、刑務所に送ろうとしています。

■習近平が強調する「中華民族の共同体意識」

中国政府はこのような民族弾圧を、中国が一体化することのできる「正しい道」であると信じており、罪悪感をまるで感じていません。むしろモンゴル人に「科学的な言語」を与えて、文明化を支援しているとさえ考えています。

習近平指導部は9月24日と25日の2日間、「新疆工作座談会」という最高指導部会議を開き、この中で、習主席はイスラム教を信仰するウイグル族について、「中華民族の共同体意識を心に深く植え付けるべきだ」と述べ、思想や宗教の統制を徹底していくことを表明しています。また10月17日に終了した全国人民代表大会(全人代)の常務委員会では、「国旗法」の改正が可決され、少数民族の伝統的な祝日でも、来年1月から中国国旗の掲揚が義務づけられることになりました。

民族の言語や宗教を長期的に封殺し、気が付けば漢民族に完全同化し、皆が民族のアイデンティティを忘れてしまう、こうした目に見えない民族浄化が確実に進んでいます。このままでは、いずれ、ウイグルの問題、モンゴル問題、チベット問題そのものがなくなります。これこそ、中国が狙う「合理的な解決法」です。21世紀の現在において、このような露骨な民族浄化政策が許されるかどうか、国際社会はこの問題に真剣に向き合わなければなりません。

■ウイグル人弾圧に冷淡な中央アジア諸国

新疆ウイグル自治区のウイグル人は本来、民族や宗教、文化の上で、中央アジア諸国の文明圏に属し、中国の一部に組み込まれるべき地域ではありません。「新疆ウイグル自治区」などと呼ぶのではなく、「東トルキスタン」と呼ばれるべきでしょう。

中国の不当な支配をウイグル人は被っていますが、中央アジア諸国は同胞のウイグル人を助けようとしません。中央アジア5カ国のうち、新疆に隣接するのはカザフスタン・キルギス・タジキスタンの3カ国ですが、これらの国は中国から経済支援を受けています。1996年、中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタンの5カ国による上海協力機構(上海ファイブ体制)を結成し、中国からの経済支援と引き換えに、ウイグル人の分離独立運動に介入しないと約束しています。

5カ国の中でも、カザフスタンは最大の人口規模(約3000万人)を擁し、近年、中国と連携を強め、中国マネーが流入し、急激に経済発展しています。中国は現代版シルクロード「一帯一路」の経済圏を強固に結び付けるため、デジタル人民元をグローバル決済の手段として流通させようとしています。

カザフスタンは石油を中国に輸出しています。決済はドルで行われるため、取引はアメリカに筒抜けになっています。デジタル人民元はドル決済を避けることのできる有効なツールであり、カザフスタンはその導入に最も熱心な国です。

こうした「一帯一路」の経済圏の形成に、カザフスタンをはじめ中央アジア諸国は積極協力し、同胞のウイグル人の苦しみを見て見ぬふりをしています。中国はカネの力で、民族の文明を分断しているのです。

■党の方針に従う宗教団体は優遇

ウイグル人やモンゴル人、そして、チベット人らにとって、宗教こそが自分たちの文明を維持し、中国に抵抗する最後の砦です。これを失えば、中国に服属する以外にありません。

今日の中国政府の宗教政策は従来のようなマルクス主義の無神論に基づき、宗教を弾圧するばかりではなく、積極的に懐柔して利用しようとする「飴と鞭」の巧みさも兼ね備えています。共産党の方針に従わない宗教やその団体への弾圧を強める一方、方針に従う宗教団体を国家公認に指定し、法人格を付与して補助金などで支援優遇しています。

■宗教の「中国化」を国家的に推進

改訂版「宗教事務条例」(2017年8月26日公布)には、「憲法、法律、法規と規制を遵守し、社会主義核心価値観を履践し、国家統一、民族団結、宗教の和睦と社会の安定を擁護しなければならない」(第4条)と規定され、宗教が共産主義に適応するよう努めることが義務化されるとともに、国家による宗教管理の法治化が打ち出されています。これがいわゆる「宗教の中国化」と呼ばれるものです。

商業ビルに囲まれ、通りからは建物本体が見えない山西省大同市旧市街のカトリック教会。正面十字架の奥にわずかに2つの尖塔が見える(2020年8月19日)
写真=iStock.com/SCQBJ-JZ
商業ビルに囲まれ、通りからは建物本体が見えない山西省大同市旧市街のカトリック教会。正面十字架の奥にわずかに2つの尖塔が見える(2020年8月19日) - 写真=iStock.com/SCQBJ-JZ

かつて毛沢東は「マルクス主義の中国化」を唱え、中国の社会実態に適合するようにマルクス主義の原理を修正しました。本来、中国のような農村社会はマルクス主義とは相入れないものであるにも関わらず、無理矢理に適合させようとしたのです。これと同じように、宗教は本質的に共産主義的唯物論の国家体制とは相入れないものですが、強引に適合させて「宗教の中国化」を推進しようとしているのです。これにより、仏教寺院で中国国旗が掲揚されるなど、「愛国宗教団体」なるものが昨今、多く生まれています。

また、この「宗教事務条例」には、「各宗教は独立自主と自弁の原則を堅持し、宗教団体、宗教学校、宗教活動場所と宗教事務は外国勢力の支配を受けない」(第36条)と規定されています。中国共産党が最も恐れているのは、国外の敵対勢力が国内の宗教団体をテコにして、反政府の動きを強めていくことです。宗教団体が工作活動に利用されることを警戒し、監視を強めているのです。

■ローマ教皇庁も中国当局と「妥協」

2018年、ローマ教皇庁は中国当局が任命した7人の中国国内の司教を正式に承認することで合意しました。かつて、11世紀に、ヨーロッパで聖職叙任権闘争というものがあり、司教などの人事任命権を巡って、教皇と神聖ローマ皇帝が激しく争いました。今日、中国における聖職叙任権は中国当局にあることを、バチカンがあっさりと認めて妥協したのです。

およそ1000万人はいるとされる中国のカトリック信者は事実上、中国当局の監督下に置かれています。因みに中国当局が認めない聖職者を立てるキリスト教会は「宗教への外国勢力の支配」の排除を規定した「宗教事務条例」第36条に基づき、閉鎖させられています。

■宗教は安全保障に直結する政治課題である

宗教は古今東西、公然性を伴った対外工作と支配のツールとして、政治的に利用されてきました。宗教は安全保障問題に直結する政治課題です。中国などは宗教が持つ力をよく認識しているからこそ、上記のような宗教に関する法整備を徹底し、また、宗教的異分子を過酷に弾圧するのです。

宇山卓栄『「宗教」で読み解く世界史』(日本実業出版社)
宇山卓栄『「宗教」で読み解く世界史』(日本実業出版社)

たとえば日本には、こうした「宗教への外国勢力の支配」を排除する法規制がありません。そのため、日本と敵対するような国に本拠を置く宗教勢力も日本国内に入り込み、政界などに影響力を行使しています。

私自身の経験でもこんなことがありました。国会議員の選挙の手伝いをしていると、ある集団が現れて、ポスター貼りやビラ配りを協力してくれ、演説会場では椅子並べや荷物運びを手際よくこなします。ずいぶんと選挙に慣れている集団だなと思い、彼らに、あなたたちは何者なのかと問いました。某国に本拠を置く宗教団体でした。国会議員の中には、こうした宗教団体の支援を受けている者が与野党問わず、少なくありません。

日本人の多くが宗教を個人の内心の問題と考える傾向がありますが、世界の歴史の過酷さを振り返ると、そのような性善説的な認識で弱肉強食の国際社会を生き残れるのか、少々心配になります。

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宇山 卓栄(うやま・たくえい)
著作家
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌、ネットなど各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。近著に『朝鮮属国史――中国が支配した2000年』(扶桑社新書)、『「民族」で読み解く世界史』、『「王室」で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)など、その他著書多数。

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(著作家 宇山 卓栄)

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