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トヨタが非常事態の時に「パソコンへの入力」を後回しにさせる理由

プレジデントオンライン / 2020年10月21日 9時15分

2019年10月23日、東京ビッグサイトで開催された「第46回東京モーターショー2019」のプレスデーに出席した豊田章男氏 - 写真=dpa/時事通信フォト

新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車だけは直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第7回は「現場主義の企業体質」――。

■危機管理に向いているのはどういう人間か

危機からの復旧はまず確かな情報を取ることだろう。そのうえで問題点を見つけ、問題を解決する対処策を考える。そうして、実行する。

繰り返しになるが、これが危機管理の通常の手順だ。

どの組織も通常の手順があることはわかっている。しかし、「わかっている」のに、危機管理と対処ができる組織とできない組織がある。

わかっているのに、なぜ、「できない」のか?
知っているのになぜ「できない」のか?
やり方、手順が書いてあるマニュアルも整備してあるのに、なぜ「できない」のか?

それは経験の差だ。

わかっているのとやったことがあるのでは天と地ほどの違いがある。わかっているメンバーだけでなく、やったことのあるメンバーを入れなければ危機管理はできない。

そして、ただ、やったことのあるだけのメンバーでもダメだ。実際に危機に直面して、なんとか乗り越えようとして、策を考え、力を尽くしても功を奏さなかった経験を持っている人が必要だ。

危機に際して、最初に立案したプランがそのまま通用することはない。なんど立案しても通用しないことがある。危機管理に向いているのは挫折体験を持っている人間だ。

挫折した経験を持った人間は打たれ強い。無力感を感じた後、打たれ強くなった人材がもっとも使える人間だ。

友山、朝倉、尾上……。トヨタの危機管理人たちはかつて現場に行った経験がある。失敗もしているし、無力だった自分と向き合ったことがある。だから、「できないこともある」とわかっても、まったく動揺しない。

できることだけをやればいいと思っている。危機管理、対処は100点満点にはならない。その場で短時間にできることをやる。それがトヨタの危機管理、対処だ。

■パソコンではなく、あえて白板を使う理由

会議室の壁に大きな地図を貼って危機への対処行動を管理すること、加えて白板を使うことはトヨタ生産方式を錬磨する方法に由来する。

トヨタの生産調査部は同方式を広める際、壁管理と白板を活用するからだ。

プロジェクト計画、付箋
写真=iStock.com/akinbostanci
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akinbostanci

ふたつのツールは主に、「自主研」と呼ばれる組織の発表会で使う。

なお、自主研とは「当該部門の長が中心となって、部門の全員が参加する研究会であり、仕事の改善を通じて職場・メンバーを成長させるのが目的」のもの。

自主研では研究発表の際、現場で見つけた問題点を壁に貼り付けて、「見える化」し、解決したことは白板に書いていく。

危機に際して、この手法を応用しているわけだ。

執行役員でチーフ・プロダクション・オフィサーの友山茂樹は言う。

「危機管理の大部屋では大きな日本地図、あるいは世界地図を用意して壁に貼りだします。そこに調達が作ったサプライチェーンマップを参考にして、途切れそうなところにメモを貼り付けていく。メモには会社名、製品は何か、日当たり何個、納入されているかといった情報が書いてあります。とにかく壁一面に貼りつける。

壁の横に、大きな白板を用意して、そこには『何月何日何時にこれを決めました』『こういう指示を出しました』『解決しました』と、どんどん書いていく。パソコンにすると見るのに手間がかかる。白板のスペースは決まっているから、解決したことなど、用が済んだ情報は消していく。壁と白板にあるのは現在情報だけです」

■役員は報告を待たず、自ら見に行く

そして、もうひとつ。

幹部、管理職へ毎日、報告書を上げることはない。役員でも幹部でも、大部屋を覗いて壁を見ることが決まりになっている。

「そうです。『見に来い』が原則。社長でも番頭(小林耕士執行役員)でもおやじ(河合満執行役員)でも、みんな部屋に来て見てますよ。昔は担当が報告書を書くのに1日かけたりしていました。豊田が社長になって、ムダだと思ったので、やめさせたんです。

報告書をやめてよかったことは、大部屋に来た幹部と担当者が会話を交わすようになったこと。その場で意思決定して現場に伝えることができる。報告書を上げて決済を待っているだけで対策が遅れてしまう。

壁管理、白板が体系化したのは阪神大震災の時からで、報告書を上げなくなったのは東日本大震災の時からです」

壁管理に書く情報は現場(協力会社)の声、加えて先遣隊(トヨタ生産調査部)の声である。現場の声は状況を伝えてくる。先遣隊は解決策を伝えてくる。大部屋の本部ではそれを聞いた危機管理人たちが判断をして解決策を現場に投げる。その際、支援隊の人数、用意していくものなども現場に伝える。

大部屋で壁管理することは企業幹部にとってはいい勉強になる。担当者にしてみれば、大部屋に足を運ばない幹部は危機に関心がない証拠だ。そういう幹部が後から「どうして、こんな解決法をとったんだ」と文句を言ってきても、担当者は「白板にちゃんと書いてあります」と返事ができる。

壁管理、白板、報告書を上げない。トヨタの危機管理の心臓部分とノウハウはここにある。

■商人の三原則「かけふ」の極意

危機管理は平時からやっておけばいざという時でもあわてることはない。壁管理と白板を使うこともトヨタではつねにやっていたことだ。日々のルーティンになっていて、自在に使いこなしていたから、危機の際に用いることができたのである。

ここでは平時から危機管理の思想を持っている伊藤忠商事を例に取り上げる。

同社には「かけふ」という商いの三原則があるが、そこには日ごろから緊張感を持って働いている様子がうかがえる。

なお、かけふとは「稼ぐ・削る・防ぐ」の頭文字をつなげた言葉だ。

・かせぐ。
よく稼ぐ商人に必要なものは「勘」という説もあり。
商いは、相手を瞬時に見抜く目にかかっている。
いつも本能を研ぎすませ、一生懸命コツコツと、
小さな成功体験を積み重ねた先にある勘は、
科学でもうまく説明できない説得力がある。
・けずる。
削るは商いの基本。余計な支出。無駄な会議。
不要な接待。多すぎる残業。削る、削る、トントン削る。
それは、終わりのない掃除のようなもの。
徹底すれば、低重心で隙のない商いの姿勢を保てる。
削ることで生まれるものが、尊い。
・ふせぐ。
防ぐは、稼ぐ・削るより難しく、最重要。
サッカーの試合で1点の負けを取り返す苦労があるように、
損した分まで稼ぐことがいかに大変か。
1億を稼ぐより、まずは1億の損を防ぐ。
防ぐと稼ぐは表裏一体。防御こそ最大の攻撃なり。
稼ぐは商人の本能。削るは商人の基本。防ぐは商人の肝。

■なぜいつも、弱点をいち早く見つけられるのか

経営理念、会社の方針といえば前向きで、イケイケどんどんの言葉が当たり前だ。それなのに、伊藤忠の商いの三原則は3つのうち、実にふたつ(「けずる」「ふせぐ」)までがネガティブな部分を見つめてカイゼンしていこうという意思を表すものだ。「けずる」と「ふせぐ」は危機管理にも通ずる言葉と言っていい。

同社が三菱商事、三井物産という巨人に追いつき、追い越すことができた「かけふ」を徹底していたからであり、「けずる」と「ふせぐ」を忘れなかったからだ。

高度成長の時代であれば「進め進め」の号令だけで小さな危機を乗り越えることはできただろう。しかし、大きな震災、50年に一度の台風、新しい感染症の蔓延といった想像もできない危機がやってくるようになった現在、自らの弱いところを見つめる勇気がなければ危機の時に地力を発揮することはできない。

むろんトヨタにも平時から、自らの弱さをつねにチェックする原則がある。それがトヨタ生産方式の2本柱のひとつ、「自働化」である。

「トヨタ生産方式の2本柱とは、『異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない』という考え方(トヨタではニンベンの付いた「自働化」といいます)と、各工程が必要なものだけを、流れるように停滞なく生産する考え方(「ジャスト・イン・タイム」)の2つの考え方を柱として確立されました」(トヨタHPより)

■不良品を出さないために徹底していること

トヨタの生産現場ではライン際にいる作業者が異常を発見したら関係者に知らせるために「アンドン(電光表示板)」を表示させる。上司がやってきて、その場で解決するか、できない時はラインを止める。いったん、ラインを止めたら、原因がわかるまでは動かさない。

これは従来の自動車工場では考えられないことだった。アメリカのビッグ3では現場のワーカーがラインを止めたら、クビになっても仕方がないことだったのである。

だが、トヨタは不良品を出さないために、作業者がラインを止める権限を持っている。そのためには作業をしながら目を光らせて異常を見つけ、知らせなくてはならない。異常の顕在化を日常の仕事としている。

多くの会社の人間は異常を顕在化させることを嫌う。自分が仕事をしている間はとにかく平穏無事であってほしいから、異常を見つけたとしても見ないふりをしてしまうことがある。

だが、トヨタでは1本のねじが緩んでいたとしても、それを見過ごすことはない。床に落ちたねじを使うこともない。ねじが落ちていることは異常だから、どこから落ちたのか、なぜ落ちたのかがわかるまで原因を追究する。小さな異常であれ、異常が残ったまま後の工程に製品を流すことは固く禁じられている。

錆びたボルトとナット
写真=iStock.com/Berkut_34
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Berkut_34

平時からの危機管理とは何も危機管理の専門セクションを常設し、多数の人員を張り付けることではない。ふつうの仕事のなかで異常を見つけて顕在化させる企業風土を作ることだ。

※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2020年12月17日に刊行予定です。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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