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マスコミが報じない「コロナ禍の国内工場の異常な強さ」の中身

プレジデントオンライン / 2020年10月24日 11時15分

東京大学大学院の藤本隆宏教授。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

新型コロナウイルスの感染拡大が経済活動を直撃している。リモートワークが広がりオフィス街で働く人はめっきり減った。一方、ものづくり現場は夏以降、コロナ前の水準に戻り、輸出も回復し始めた。「3密」が避けられないものづくり現場で今何が起きているのか。東京大学大学院の藤本隆宏教授に聞いた——。(第1回/全3回)

■工場はちゃんと動いていても「当たり前」となる

——オフィス街の人通りはめっきり減り、日本経済は大丈夫か? と思う日々ですが、ものづくり現場をみると少し様子が違います。この8月以降は、トヨタ自動車がほぼ当初計画並みの生産台数となり、輸出比率の高いマツダも通常の操業体制となり、前年比8割ほどの生産台数のようです。ものづくり現場の様子はオフィス街とは少し違うようですね。

【藤本】工場はいわば「沈黙の臓器」です。止まってしまうと「大変だ!」とみんなが騒ぐのですが、ちゃんと動いていると「当たり前だ」と受け止めてしまいます。

日本のものづくり現場は、遠隔操作のみでは安全かつ安定的な操業が難しく、要所要所で密集的な集団作業が避けられない職場環境ですが、結果的には、コロナ禍という極度の逆境の中でも大きなクラスターを起こさずに多くの工場が動き続けています。これはとても大変なことです。工場へのウイルスの侵入を食い止め、感染防止に万全を期していることの証明です。この事実はもっと注目されるべきです。この間、緊急事態宣言期も含めてフル操業が続いていた国内工場は少なからずあります。

■なぜパナソニックの甲府事業所はフル稼働を続けられたか

【藤本】たとえば半導体の実装機を製造するパナソニック スマートファクトリーソリューションズの甲府事業所は、春先からずっとフル稼働です。ここは、1月ごろの中国部品サプライヤーのロックダウン閉鎖、3月ごろのASEAN(東南アジア諸国連合)のサプライヤーのロックダウン閉鎖に対して迅速な代替生産・代替供給で対応する一方、工場内の感染防止対策を完璧に行いました。

そんな努力もあって、同工場の納期・生産の安定性を高く評価した海外の顧客から大口注文が入り、それを積極的に受注したため、4月からずっとフル稼働です。つまり、サプライチェーン確保、需要創出、感染対策徹底、この3つを高いレベルでこなす日本の国内優良工場は、緊急事態下も、その前後も、高稼働率で動き続けていたわけです。

このような結果は、尋常な努力でできることではなく、現場の高いものづくり能力と感染防止能力、営業の受注努力、工場幹部の胆力、サプライヤーの実力と協力などが融合して初めて可能なことです。メディアが緊迫する医療現場や危機下の接客サービス業等に取材を集中するのは分かりますが、こうした製造現場の緊急時の底力にも、もう少し目を向けてもらいたいと思います。

ちなみに、4月ごろに、多くの国内自動車工場が操業を一時的に停止したのは、世界自動車市場の縮小、需要不足による生産調整が主因でした。

■一時停止も新型コロナの直接的な影響ではなかった

【藤本】これらの工場のほとんどは、新型コロナウイルスの感染拡大の直接的な影響で動かせなかったのではなく、販売や部品供給が滞ったので動かさなかったのです。販売や部品供給が戻り始め、夏までにはコロナ前の水準に戻せたわけです。

また4月ごろには、数千人規模の国内自動車工場で、別々の職場で1人ずつ、計3人の感染者が出たので、全工場を1週間閉鎖して消毒と再発防止対策を行いました。感染発生は残念でしたが、当時の状況を総合的に考えれば、近隣住民を考慮した一時閉鎖は賢明な判断であったと言えるでしょう。

いずれにせよ、仮に世界の自動車市場の今年の落ち込みが2割として、日本の自動車企業や自動車産業の減少幅がそれ以下だとするなら、日本勢の世界シェアは上昇したことになります。まさにピンチの中にも長期的に見ればチャンスあり、でしょう。

■日本工場のウイルス防御能力は、海外に比べて高い

——9月16日に発表された8月の貿易統計(速報値)をみて驚きました。半導体等製造装置(数量ベース)が対前年で64.9%増、半導体等電子部品(同)が2.9%増と伸びています。自動車は乗用車が18.7%減ですが、7月に比べ12ポイント以上改善しました。競争力のある工業製品はコロナ禍でも日本からの輸出が好調のようです。コロナ禍の震源地だった中国が皮肉にもいち早く回復しつつあるのか、中国向け輸出も増えています。

カナダ・オンタリオのトヨタカローラ工場(2011年4月12日)
写真=iStock.com/SimplyCreativePhotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SimplyCreativePhotography

【藤本】先ほどお話しした、フル稼働の国内工場の場合もそうですが、いろいろな実例や実績データを見る限り、日本の工場のウイルスに対する防御能力は、海外の工場や企業に比べて、相対的に高い傾向があるとみてよさそうです。感染症対策の優等生とも言えるドイツでさえも、一部の工場で大規模なクラスターが発生していましたが、日本ではあまりみられない。このことからも、そう推測できます。

日本の優良国内工場の感染防御能力の水準については、今後、しっかり検証する必要はありますが、最近われわれが実施した質問票調査の一部を見ると、仮に、その工場が実施してきた感染防止対策が十数項目あるとするなら、そのなかの半分ぐらいは、今年に入って新たに始めた対策だが、残りの半分は、すでに新型コロナ感染症拡大の前から、長年取り組んできた衛生対策や清掃・清潔対策であり、それを強化しただけだとの答えが返ってきます。

これに対して、同じ会社の海外工場では、今回新たに導入した対策が多くなっています。つまり、感染防止対策に関しても、国内工場は実力も経験値も高く、これを海外の工場に知識移転している可能性が高いのです。

■日本の工場には「コスト高でも、ちゃんと動く」という定評がある

【藤本】たとえば、日本に強い国内工場が残っている半導体製造装置や高機能電子部品などの工場の場合、コロナ禍でも、海外大口顧客を含め、新たな仕事が来ている、あるいは取ってきているようです。多くの国はコロナ禍で前年比20~30%ほど経済活動が落ち込んでいるとみられていますが、中国はすでに次の設備投資に向けて準備に入っている可能性があります。

今後、デジタルトランスフォーメーションやサイバーフィジカルシステム関連で需要拡大が期待できる5GやAIなどの用途では、機器や専用半導体の需要増が見込まれます。そうなると、その生産を受託するアジアのODM(委託者のブランドで製品を設計・生産する)企業などは、生産能力増を見越して、デジタル機器や半導体関連の生産設備の発注を、この緊急時においても納期や生産量の信頼性の高い日本の優良工場に発注してくる可能性は期待できるでしょう。

自動車工場における溶接ロボットの動き
写真=iStock.com/WangAnQi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/WangAnQi

このように、輸出が好調なのは一つには日本の工場が、コストはやや高いとしても、災害時、緊急時に強く、コロナ禍でもちゃんと動いているという定評が、海外でも定着しつつあるからかもしれません。日本の一部の国内優良工場が、コロナ禍においてむしろ新しい仕事を獲得しているというのは注目すべきことです。

重要なのは新たな仕事を営業担当者が取ってきたときに、コロナ禍でも約束通り作れると工場長が確信をもって言えるかどうかです。大震災のような「見える国内災害」でも、パンデミックのような「見えないグローバル災害」でも、①被災工場を早期に復旧し②必要なら迅速に代替生産に切り替え③感染防止をやり抜き④その上で競争力を維持する、日頃から培ったものづくり現場のこの4つの組織能力の強さがあればこそ、「作れる」と言えるのです。

■「日本のものづくりは衰退してしまう」という見方は間違い

——もしもコロナ禍でも新たな仕事を取ってきているとすれば、世界的なシェアを伸ばしているということですね。

【藤本】そうだと思います。このような状況下で輸出を増やしている製品のシェアはむろん増えているはずです。生産が10%落ちている工場でも、世界市場が20%落ちているのなら、その工場の世界シェアは上がっていることになります。次の好転期に、そのシェアで伸びていけば、その工場は、より高い成長が期待できるわけです。

——日本のものづくりは競争力がなく、衰退してしまうという見方が経営者やエコノミストの一部にはあるように思いますが、少なくとも足元の実態はやや違いますねえ。

【藤本】そういった見方は、統計データばかりか現場の現実も経済理論もしっかり確かめずに、気分や雰囲気で、あるいは結論ありきで発言しているように思います。しかし、平成期の日本の製造業は、全体として、確かに成長はしていないが、そんなに衰退しているわけでもないのです。少し統計データを見ればわかることです。簡単な計算をしてみましょう。

■G7で製造業のシェア20%超は日本とドイツだけ

日本の製造業が国内総生産(GDP)に占める割合は今も20%を超え、政府の白書によれば、2010代後半における製造業の付加価値生産額はざっと110兆円ぐらいでした。つまり、500兆円ちょっとのGDPの20%強です。主要先進7カ国(G7)の中で製造業のシェアが20%を超えているのは日本とドイツだけです。

確かに、製造業の就業人口は平成の30年間に約1500万人から約1000万人に減りましたが、付加価値生産額はこの30年間もほぼ100兆円超を保っているわけです。つまり、日本の製造業は平成期に、就業人口を3分の2に減らしているのに付加価値生産額はだいたい維持しているのですから、割り算をすれば、付加価値生産性は約1.5倍に増えたことになります。

東京大学大学院の藤本隆宏教授。
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京大学大学院の藤本隆宏教授。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

日本の付加価値生産性について、もう少し計算してみましょう。非製造業を含む産業全体でみますと、就業人口は約6700万人でGDPは533兆円(2019年度、実質)ですから、一人当たりの付加価値生産額は800万円ぐらいです。

一方、製造業をみると、政府統計では約1000万人で約110兆円ですから、付加価値生産額は約1100万円になります。日本の製造業の付加価値生産性は全産業平均のそれよりも4割近く高いことが簡単な計算でわかります。これが、平成期の苦境を乗り切ってきた日本の製造業の今の平均的な実力です。

■日本の製造業は30年で半分に減ったが、半分は残った

——平成の30年間といえば、グローバル化とデジタル化が同時に進行した時代です。この2つの潮流の中で、競争力が乏しかった製造業は衰退したかもしれませんが、この間に競争力を増した製造業も多かったということですね。

【藤本】平成が始まり冷戦が終わった直後の1990年代初め、日本の隣国である中国は、新人の月額工場賃金が1万円、つまり日本の20分の1という低賃金人口大国として、いわば突然、世界市場に参入してきました。賃金ハンデが急に20倍ですから、当然、多くの貿易財産業がコスト競争力を失い、苦戦しました。

それに加えて、偶然同時期に起こった、パソコンやインターネットによる第1期のデジタル情報革命で、情報家電機器などは、製品アーキテクチャつまり製品設計思想が急速にオープン・モジュラー型(標準部品を多く含む寄せ集め型)になり、また半導体や液晶も製造設備が標準化したモジュラー型工程アーキテクチャとなったため、調整集約的なアナログ製品では強かった日本の家電・エレクトロニクス産業などは、多くが国際競争力を失い、日本国内から中国などに生産拠点を大量移動させざるをえませんでした。

一方、高性能・低燃費自動車のように複雑な擦り合わせ型の設計思想をもつ製品群は、設計品質や製造品質により差別化が可能であり、日本企業や国内工場は、比較優位を維持しました。実際、日本の自動車産業は、国内生産が1000万台前後、うち輸出が500万台前後という国内体制を、一時的な異常時を除けば1980年代からほぼ40年、維持してきました。またこの間に海外生産は2000万台近くになり、日本の自動車企業が世界市場の30%近くのシェアを維持し、競争力を維持してきました。

日本の製造業全体においても、30年間で徐々に状況が変わってきました。まず、2005年ごろから中国の賃金が5年で2倍ぐらいのペースで上昇し始めました。

また、中国への生産拠点の移動がかなり一方的かつ大規模に進んだ米国とは異なり、日本の製造業、特に地域に根差す工場や中小中堅企業は、グローバルコスト競争の逆境に中でも、日本の国内で何とか生き残る執念を持ち、トヨタ生産方式的な生産革新などで物的生産性を大幅に高め、国際競争力のある製品を一部に残した「戦うマザー工場」として多くがしぶとく残ったと言えます。

日本の製造企業は平成の30年でほぼ半分に減ったと「ものづくり白書」にはありますが、逆に言えば、約半分は残ったのです。(続く)

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藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授
1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(東京大学大学院経済学研究科教授 藤本 隆宏、Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之 聞き手・構成=安井孝之)

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