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コロナ禍という「見えない災害」を生き残れる工場にある3要素

プレジデントオンライン / 2020年10月25日 11時15分

東京大学大学院の藤本隆宏教授。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

コロナ禍でも日本の工場は動き続けている。日本のものづくり現場は、なぜこれほど頑強なのか。東京大学大学院の藤本隆宏教授は「この約30年間、日本の工場は厳しいグローバル・コスト競争に耐えてきた。だからコロナ禍のような『見えない災害』にも対応できる力がある」という——。(第2回/全3回)

■「中国から国内へ引き上げる」に追随すべきではない

——新型コロナウイルスの世界的な大流行が起きたことで、ものづくりのサプライチェーンを見直すべきではないかという意見があります。グローバルなサプライチェーンから国内で完結できる、いわば「地産地消」のサプライチェーンへと変えるという意見ですが、どう評価されますか。

【藤本】そのような意見は米国でもよく聞かれるものです。確かに米国は、デジタル情報産業などの開発機能をシリコンバレーなど国内で発展させる一方、その生産機能は、低賃金人口大国の中国などに大々的に移してきました。アップルのiPhoneなどのグローバル開発・生産体制を見れば、それは歴史的な事実として明らかですね。

ところが今は、その反動で、米国の一部では、中国は生産拠点として信頼できない、生産拠点を中国に移しすぎたので、今度はサプライチェーンをグローバル型からローカル型に切り替え、生産拠点を米国に戻そう、あるいはいざというときのために製品や部品の備蓄在庫を増やそう、といった論説が目立ちます。そのような見方が日本の経営者の耳にも入り、日本でも同じような対応をしたほうが良いのではないかという意見も出てくるかもしれません。

しかし、米国の産業人や企業人が、30年近く、低賃金人口大国である中国を使いまくってきた揚げ句に、「中国の生産は今や当てにならないから米国に引き上げるぞ」といった短期的な観点で、ローカル・サプライチェーンへの恒久的な撤収を主張するのは、米中摩擦の心理的影響もあるとはいえ、世界の産業進化の全体的な流れからすれば、やや表面的、短絡的なリアクションに見えます。日本の産業人は、あまり安易に追随しないほうがいいと思います。

■マスクや防護服の不足は中国に原因があったが…

今回のコロナ禍で起きたマスクや防護服などの不足は中国などの海外に生産拠点を移してしまったことが一つの原因でした。確かに、災害時にこそ需要が急僧するマスクや医療関連などの「緊急財」は、危機が起きると、同じ在庫量でも在庫期間が急減し、極端な品不足に陥ります。

こうした緊急財はある程度、備蓄の必要があり、また国内に生産拠点を確保する必要があるかもしれません。国の安全保障にかかわる財も同様です。

しかしそれ以外の「一般財」までも、コロナ禍をきっかけに、国際競争力の現状を無視して一方的、不可逆的に国内生産に戻したりする必要はないと考えます。

■コロナ禍のような「見えない災害」において重要な3要素

【藤本】そもそも、ジャスト・イン・タイム生産が比較的普及し、多くの製品で製品在庫量が相対的に小さい日本国内でも、2、3週間の在庫はあることが一般的です。例えば、日本の自動車企業の国内製品在庫はだいたい2週間分、米国では1カ月分以上、米国企業の米国製品在庫は2カ月ぐらいと言われてきました。

従って、これらの製品では、大震災のような広域大災害が起こっても、2~3週間の間に被災工場が復旧でき、あるいは別の工場で代替生産ができるようになれば、サプライチェーンは止まらず、その製品の供給は続きます。実際に、2011年の東日本大震災の際にも、日本の多くの企業はこのぐらいのスピードでその場の復旧や代替生産を実現させ、世界を驚かせました。

日本は地震や台風などの災害大国と言われますが、そうした「見える災害」や、今回のようなコロナ禍のような「見えない災害」において重要なのは、以上のような、①被災工場の復旧能力、②代替生産の早期立ち上げ能力、③外部の感染に対する工場内部の防御能力、この3つです。

自動車工場における溶接ロボットの動き
写真=iStock.com/WangAnQi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/WangAnQi

■災害と違って「グローバル競争」は毎日やって来る

【藤本】今後、おそらく災害は忘れた頃にやって来るのではなく、忘れる前にやって来ますが、そうした危機に備えて、在庫を積み上げたり、生産ラインを複数にしたりするなど、国際競争力を損なうような形で、災害対策を恒久時に行うのは、災害時の心理に動かされ長期視点を見失っている恐れがあります。

平時において準備すべきは、不必要に多い在庫の備蓄や生産ラインの重複化ではなく、上記のような組織能力を積み上げるべきなのです。われわれはこれを、「災害対策の能力構築アプローチ」と呼び、安易な在庫増加やライン重複化には反対しています。災害は忘れる前にやって来るとしても、グローバル競争は毎日やって来ることを、われわれは忘れてはいけません。

——阪神大震災や東日本大震災などでも一時的に工場が止まり、日本が得意とするジャスト・イン・タイムのものづくりの限界が指摘されました。その時も在庫をもっと持つべきではないかという議論がありましたが、日本の工場は復旧したり、代替生産をしたりして踏ん張りましたね。その際にも日本の経営者など産業にかかわる人たちの中にはサプライチェーンの見直しの必要性を指摘した人たちがいました。

【藤本】すでに述べたように、私たちは「グローバル競争に日々身を置いている」ということを忘れてはいけません。大災害が起きた時にその猛威にショックを受け、長期的な大局観を見失いやすいのは、人の心理として理解できます。しかし、それでも、平時においてはあくまでも「競争力ファースト」のグローバル生産体制をとることが、企業の長期全体最適のグローバル経営の基本形です。

■競争力と頑強性を同時に持て、というわけではない

【藤本】すなわち、競争優位を持つ国で集中生産し相互に輸出する「比較優位立地」と、輸送費の高い製品や部品は各国で分散生産する「現地生産立地」、この2つの立地原理を併用し、グローバルかつローカルなサプライチェーンを築くことは、これまでも、アフターコロナの今後も、基本的な経営戦略です。

そして、グローバル競争下でこうしたサプライチェーンの国際競争力を維持したうえで、大震災のような広域大災害や、今回のようなパンデミックが相次ぐ時代には、サプライチェーンの頑強性も必要になります。それがラインの復旧能力や代替生産能力です。つまりサプライチェーンの競争力と頑強性の双方を持つというバランスが重要なのです。

と言っても、競争力と頑強性を同時に持て、というわけではありません。平時には競争力ファースト、緊急時には災害対応ファーストというようにモードを柔軟に切り替え、その間のスイッチを迅速に行う、ダイナミックなバランス、あるいはサプライチェーンの柔軟性が必要です。

■「災害対策ファースト」なら大災害の前に衰退してしまう

【藤本】たとえば、災害時にグローバルなサプライチェーンが一時的に止まってしまったことに狼狽し、サプライチェーンをすべて恒久的に国内に戻してしまえば、それは貿易の否定に近く、比較優位論の貿易原則から言えば、中長期的な競争力を失ってしまう恐れがあります。

いずれにせよ、今や「天災は忘れた頃にやって来る」のではなく、「天災は忘れないうちにやって来る」時代です。前述の緊急財は別として、コロナ禍で一般財まで、その会社や製品にとって「競争力ファースト」観点からみて最適のサプライチェーンをあえて無視して、「災害対策ファースト」の供給体制に無理に変えてしまえば、そのサプライチェーンは国際競争力を失い、下手をすれば次の大災害が来る前にグローバル競争に負けて衰退してしまうかもしれません。

東京大学大学院の藤本隆宏教授。
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京大学大学院の藤本隆宏教授。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

——コロナ禍でも日本の工場が動き続けている事実は、今生き残っている日本の工場の頑強性を示しているのでしょうか。もしそうならば日本のものづくり現場は、なぜ頑強なのでしょうか。

【藤本】後者の質問からお答えすると、日本が災害大国であること平成からの30年間、苛烈なグローバル競争にさらされてきたからでしょう。

相次ぐ大地震や台風などの災害で多くの国内工場の生産ラインが壊されました。地震や水害で製造設備に損害を与える「見える災害」にこれまでも日本は何度も遭遇し、克服してきました。被災時にはラインを早期復旧し、もしもそれが難しければ一時的にでも別のラインで迅速に代替生産してきました。こうした経験値の高さが日本のものづくり現場にはあります。

■中国の賃金が20分の1なら、工場の生産性も20倍に高める

【藤本】他方で、日本の貿易財の国内現場は、冷戦終結後の約30年間、厳しいグローバル・コスト競争にも耐えてきました。その間、日本の隣には、当初は日本の賃金の20分の1であった低賃金人口大国、中国が存在していました。20倍の賃金ハンデは、数倍程度の生産性有意では克服できないので、多くの日本の製造企業が、低コストを求めて中国に生産拠点を移しました。が、多くの場合、国内の工場も残していました。

国内の工場は、顧客が満足する製品を作った上で、企業の一部としてコストを低減して利益貢献が必要ですが、同時に、地域の一部として、存続と雇用の安定にも貢献したいと考えます。働いている人の大半が地元の人だから当然です。つまり、日本企業の多くは伝統的に、買手(顧客)良し、売り手(企業)良し、世間(地域)良しの「三方良し」企業です。

そこで、国内に残った優良工場の多くは、会社の大小にかかわらず、グローバル競争で生き残るために生産性向上によるコストダウン努力をあきらめずに続けました。ラインの生産革新によって物的生産性を5年で5倍、2年で3倍といったペースで高め、コスト競争力を高めてきたのです。

自動車生産ラインのロボット
写真=iStock.com/xieyuliang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xieyuliang

■物的生産性で中国の3倍ぐらいを確保すればコストで負けない

その一方で、中国の賃金が、2005年ごろから急騰しはじめ、5年で2倍のペースで上がりましたから、日中の賃金差は、20倍から、10倍、5倍、そして今は3倍ぐらいにまで縮小しました。そうなれば、物的生産性で中国の3倍ぐらいを確保すればコストで負けなくなるわけです。

こうして、日本の優良なものづくり現場は、生産性だけでなく製品当たりの生産コストでも中国にあまり負けない状況となりました。むろんコスト競争が厳しい状況は続いていますが、この間も、生き残った国内の優良ものづくり現場は、トヨタ生産方式などの流れ改善の組織能力や技術力を高め、新しい事業も導入したりしてきました。

こうして培われた現場の組織能力は、今回のコロナ禍でも生かされた可能性があります。コロナ禍のような災害は、震災や火災といった「見える災害」とは異なり、工場の中の製造設備は壊れないが、工場の外がウイルスで被災している「見えない災害」です。

この場合、工場を外の災害からいかにして守るか、つまり外の災害を中に入れない「防御能力」が大切ですが、この半年の国内工場の動きを見る限り、長年、大災害と大競争という逆境の中で培われた現場の高い組織能力は、こうした「見えない災害」でも生かされたようです。(続く)

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藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授
1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(東京大学大学院経済学研究科教授 藤本 隆宏、Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之 聞き手・構成=安井孝之)

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