女性が知らない真実、なぜ男性用T字カミソリはブルーばかりなのか
プレジデントオンライン / 2020年10月22日 8時15分
■ジレットよりシックが売れるのは日本だけ
こんにちは、桶谷功です。
最近はオンラインでの買い物も、ごく日常的なことになってきました。コロナ以降は特に、リアル店舗で買い物する機会が減った方も多いのではないでしょうか。しかしそうはいっても、新製品を発見したり衝動買いをしたりといった買い物の楽しさは、まだまだリアル店舗のほうに軍配が上がります。
今回はショッパーインサイト(店頭での消費者心理)について、お話ししたいと思います。まずはパッケージや商品の「色」は、私たちの想像以上に商品選びに影響するというお話から。
女性には馴染みのない商品で恐縮ですが、男性用の髭剃り(電気シェーバーではなく、T字型のカミソリのほう)を例にとって、色の及ぼす影響を見てみましょう。
日本では男性用のT字型のカミソリといえば、シックとジレットという二大メーカーが有名です。日本ではシックがいちばん売れていて、ずっとシェア5~6割を占めていますが、実はこれは日本だけの現象で、世界全体ではジレットがシェア7割を占めています。シックはグローバルでみると、シェア2割程度の小さなブランドにすぎません。
ジレットに全方位で戦っても勝てないことがわかっているシックは、スキンケアブランドとして勝負すべく、「モイスチャーシェービング」と銘打った商品など、肌をいたわる商品に特化しています。
いっぽう海外において、髭を剃るという行為は、男らしくてワイルドなものだというイメージがあります。特にアメリカでは、カウボーイがナイフでひげを剃ったりするのがカッコいいとされる。「肌をいたわる」なんて軟弱だと受け止められてしまうわけですね。
かたや日本の若者は肌が弱く、肌荒れを起こすことが多いので、刃の部分にモイスチャー成分がついていたりして、剃ってもヒリヒリしないことを重視します。そのためか、日本ではシックとジレットのシェアが逆転しているのです(ただし最近では欧米でも肌の弱い男性が増えていて、世界的に「肌をいたわる」方向に向かっているようです)。
■男性用T字カミソリはなぜブルーばかりなのか
それでは「肌にやさしい」ことをアピールするには、パッケージや商品にどんな色を使えばいいでしょうか。それは肌への「うるおい」や「水」を連想させる「ブルー」でしょう。シックの商品はブルーを使っているためか、非常によく売れています。
いっぽうジレットがデザインに採用したのは、ブルーとは正反対のオレンジ色。もちろんジレットも日本では「肌にやさしい」のが重要であることは理解しています。だからこそちゃんとパッケージに「ヒリヒリしない」「すべすべ肌へ」と書いてある。にもかかわらずオレンジ色を使ったので、私は驚いてしまいました。
人間は文字を読む前に、目に入ってきた色の印象に無意識に左右されます。特に店頭では、手に取るかどうかを判断するのはほんの一瞬です。印刷された文字を読むのは手にとったあとなので、まずはパッと見たときに「カミソリ負けしないんだな」「安心して使えるな」という第一印象を与えなければならないのです。
ということは、いくら「ヒリヒリしない」と書いたところで、大半の人はオレンジ色を見た瞬間、カミソリ負けして赤く腫れあがった肌を想起して、「うわ、ヒリヒリしそう」という印象を抱いてしまう。
ジレットはマーケティングを重視する企業として知られるP&Gの傘下なのに、これは致命的ともいえるブランディングミスではないでしょうか。
売り場が青一色なので、あえて違う色を使うことで目立とうとしたのかもしれませんが、それなら何もオレンジ色を選ばなくても、男性の好む黒やシルバーを使うなど、方法はいくらでも考えられます。
私は「いずれオレンジ色はやめるに違いない」と思いながら注視していたのですが、どうやらその気配はなさそうです。ジレットの商品はグローバルブランドなので、日本だけ色を変えるのは難しいのかもしれませんが、このままでは非常に不利なのは間違いありません。ジレットがオレンジ色を改めない限り、当分シックの安泰が続くでしょう。
■「隣に並んでいるもの」次第で印象がこんなに変わる
ところで、さきほども述べたように、いまシックの商品は単なる髭剃りであることをやめて、スキンケア商品になることを目指しています。このようなときは、商品を店内のどこに置くかが非常に重要になってきます。なぜなら私たちは、「何の売り場にあるか」でその商品カテゴリーを無意識に判断しているし、「横に何が並んでいるか」でも印象が左右されるからです。
有名な例でいうと、同じレトルト食品であっても、生鮮・冷蔵コーナーの横に並んでいると、「鮮度がいい」「これはきっとつくりたてをパックしたに違いない」という印象を持ちます。ところが同じものでも缶詰の横にある場合は、「これは買い置き用の保存食で、新鮮さとはまったく関係のない商品だ」と受け止められるのです。
ということはT字カミソリであっても、スキンケア商品の隣に並んでいるだけで、なんとなく「これも肌によさそう」「肌のことを考えてつくられた商品なんだろうな」という印象を与えられるというわけです。シックでは、自社のT字カミソリを日用雑貨ではなく男性化粧品売り場の隣に置いてもらうようにしていますが、これは「この商品は単なる髭剃りではなく、スキンケア商品という位置づけです」というメーカーの主張でもあるのです。
■フルグラの成功も売り場が決め手だった
少し前の話ですが、カルビーの「フルグラ」などのシリアルも、売り場を変えることで消費者の認識を改めることに成功しました。
シリアルはいまでこそ朝食として浸透しましたが、フルグラがブレークする前のシリアルは子どものお菓子のようなものだと思われていて、大人が朝に食べるものという認識はなかったのです。お店でもたいていはお菓子売り場の隣で、ひどいときはポテトチップスの横に置かれていることすらありました。お菓子売り場に並んでいる限り、「これはお菓子でしょう。だって横にポテトチップスがあるし」と思われてしまい、朝食に食べてもらうことは不可能です。
ところがパン売り場の横に置かれれば、「ああ、これは朝に食べるものなのね。パンばかりじゃ飽きるし、これもいいかもね」となる。
余計なマーケティングコストをかけるくらいなら、売り場を移してもらうほうがよほど効果がある。それくらい商品がどこに置かれるかは重要であり、各メーカーは自社商品の置き場所をめぐって、しのぎを削っているのです。
このような視点で見てみると、日用品の買い物も面白くなるのではないでしょうか。ぜひ毎日の買い物のついでに、マーケティングの視点で店内を観察してみてください。
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株式会社インサイト 代表取締役
大日本印刷、外資系広告会社J.ウォルター・トンプソン・ジャパン戦略プランニング局 執行役員を経て、2010年にインサイト社設立。初著『インサイト』(ダイヤモンド社)で、日本に初めてインサイトを体系的に紹介。商品開発・ブランド育成などのコンサルティングを行っている。
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(株式会社インサイト 代表取締役 桶谷 功 写真=iStock.com)
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