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「なぜか和式のまま」学校トイレの5Kはなぜ解決されないのか

プレジデントオンライン / 2020年10月23日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/laymul

小中学校のトイレには「和式」が多く残っている。文部科学省の調査によると、全国の公立小中学校のトイレのうち、47%が和式だった。文科省は洋式を推奨しているが、トイレの洋式化率は地域差が大きい。なぜそんなことになっているのか。教育行政に詳しい寺脇研氏が解説する――。

■教職員用のトイレが「男女共用」になっていた

25年ほど前のことではあるが、とても驚いた経験がある。文部省(当時)から出向して広島県教育長を務めていた時の話だ。とある県立高校を訪問したところ、教職員用のトイレが、なんと男女共用だったのである。四半世紀前とはいえ、常識外れの状況に呆れてしまい、即座に改善するよう予算を手配して男女を別にしてもらった。

その学校が、特に無神経だったわけではあるまい。その何十年か前に校舎を設計したときにそうなっていて、そのままになっていたのだろう。乏しい予算を生徒の使ういろいろな施設の整備に充て、教職員のためのものが後回しになっていた結果だと思う。生徒のトイレは、もちろん、ちゃんと男女別になっていた。

ただ、学校というところが、他の施設と比べてトイレに配慮が足りない傾向があったのは事実である。1990年代後半になるが、学校のトイレに関する問題提起がなされた際も、学校現場や教育行政機関の反応は鈍かった。

■学校のトイレが持つ「5K」のイメージ

TOTOなどトイレ関連の企業をはじめとする関係者団体として1985年に発足した日本トイレ協会は、96年に「学校トイレ研究会」を設立した。その設立趣旨は、次のようなものである。

【住生活の向上により、住宅はもとより、デパートを始めとする商業施設や、オフィス、駅舎などのトイレも従来に比べて随分改善されてきました。一方、学校のトイレは、ソフト・ハード面でまだ十分に改善されておらず、加えて校舎の老朽化に伴い公立学校のトイレは子どもたちから5K(汚い・くさい・暗い・怖い・壊れている)と揶揄され、学校で排便を我慢する子どもたちの健康が危惧されていました。子どもたちにとって、学校のトイレは健康面・心理面から深刻な問題であり、また一日の大半を過ごす生活の場として、さらに地域開放や災害時の避難場所としても早急な改善が望まれています。学校のトイレ研究会は、学校トイレの実態をソフト・ハード面にわたって調査・研究することにより、児童・生徒が安心して使える清潔で快適なトイレを、具体的に提案・普及していくことを目的に、トイレ関連企業により1996年11月に発足いたしました。】

この5Kの話は、わたしも現場の教師たちから何度か耳にしたことがあり、問題意識はもっともなことだと思った。それとは別に、男子トイレの場合、個室に入ると「ウンコしていた」とからかわれるために、学校での排便を我慢する子が多いという心理的な理由による問題も深刻だと聞いていた。

■トイレ専門家からの問題提起を受け止めた

しかし、同研究会からの当時の文部省に対する働きかけは、まともに相手にされなかったようだ。学校を所管する初等中等教育局も、学校施設に関する政策を担当する文教施設部(現・文教施設企画・防災部)も、全く関心を示さなかったという。トイレに目が向かなかっただけでなく、民間企業からの提案に応じること自体が、当時の学校教育行政にはタブー視されていたのである。

途方に暮れた「学校トイレ研究会」に、助言した教育関係者がいた。生涯学習局(現・総合教育政策局)なら対応してくれるのではないか、と。で、同局の生涯学習振興課(現・政策課)の課長だったわたしのところに話が持ち込まれたというわけだ。生涯学習局は、国民の皆さんが生涯にわたって学習していくための便宜を図るのが使命であり、当然、それは学校などで学習する環境をも含む。また、民間企業の行う教育に関する活動も、学習する者のためになることなら積極的に受け入れる姿勢でいた。

喜んで話を伺い、トイレ専門家の立場からの問題提起を受け止めた。たしかに重要なことだと認識し、その結果、98年だったと思うが、同研究会が主催する神戸市でのシンポジウムに出席することになる。文部省として、初めて公的にこの問題を認知することとなった。この日は、神戸市の小学生たちからのトイレへの率直な要望もあり、問題の所在が明確化され、対処の必要性も認識されたと思う。

■公立学校は「聖域」扱いされていた

しかし、直接に学校に働きかけることのできる部署は動かなかった。90年代末のこの時点でも、まだ公立学校は「聖域」視されていたのである。公立学校をどうするかは、あくまで設置者である自治体や国にしか決定できないと思われてきた。なにしろ、学校の敷地に入っていいのは保護者だけ、それも子どものことで用件があるときか、授業参観日や学校行事の日に限られていた。学校に注文をつけるなんて論外で、「子どもを人質に取られている」との意識で泣き寝入りするしかなかった。ましてや、児童・生徒の意見など、学校の運営に反映されようわけもない。

学校を直接所管しているわけではない生涯学習局としては、「学校トイレ研究会」を公認し、その活動が阻害されないように見守ることしかできなかったのは残念だ。それでも同研究会は、各自治体と粘り強い接触を続け、全国の自治体へのアンケートや、児童・生徒に対するアンケートなどで実態の把握と要望の集約に努めていく。年1回のペースで発行する研究誌では、各地での先進的な取り組みなどが紹介された。

教室
写真=iStock.com/urbancow
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbancow

■2000年代に入って新しい形のトイレが増えていった

一方で、2000年代に入る頃から学校の閉鎖性が批判されるようになってくる。文部省も、「開かれた学校」をキーワードに「聖域」扱いを止める方向に転じた。00年には、「開かれた学校」づくりを一層推進していくため、保護者や地域住民等の意向を把握・反映し、その協力を得るために外部人材を起用した学校評議員制度がスタートする。さらに04年には「学校運営協議会」制度ができて、保護者や地域住民が学校に意見を述べることのできるコミュニティー・スクールとなることが奨励されていく。

その流れの中で、「学校トイレ研究会」の認知度は広がり、09年には全国首長連携交流会で意見を述べ、10年には文部科学省内で職員に向けての講演会を行うに至る。15年には同研究会と文部科学省とが共同の勉強会を開き、5Kの改善を目指すトイレ改修の動きが本格化していった。各地に新しい形のトイレができるようになり、それらの事例が、研究誌やホームページで公開されていく。

5Kとは真逆の、きれいなトイレ、臭くないトイレ、明るいトイレ、安心して使えるトイレ、壊れていないトイレが実現していった。男子トイレの個室を使うとからかわれる件では、小便器を置かず女子トイレと同じに全て個室にする試みも見られる。当然、洋式化も進展していく。文部科学省もこれを奨励し、自治体への補助も進めている。

■洋式化率は地域差があまりにも大きい

19年に文部科学省の「学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議」が出した「これからの小・中学校施設の在り方について」は、「公立小中学校における洋式トイレ及び空調(冷房)設備の普及率は住宅のそれを大きく下回っており、生活文化からの乖離や近年の厳しい気象条件に対応した教育環境の確保などの観点からも各地域の実態を踏まえた整備が求められる」と指摘し、「洋式便器を採用するなど,生活様式や児童のニーズ等を踏まえた便所を計画することが重要である」としている。

にもかかわらず、全体を見ると、現時点におけるトイレの改修、洋式化ははかばかしい状態とは言い難い。住宅の洋式トイレ保有率が08年には既に約90%に達していたのに対し、公立小中学校のそれは、本年度の調査(「公立学校施設のトイレの状況について」2020年9月30日)においても57%に留まっているのである。また、地方によって普及率が大きく異なっているのも特徴だ。洋式化率が最も高い県は79.3%なのに対し、最も低い県は35.3%というバラツキぶりとなっている。

これは、自治体による意識の差が著しいことを意味している。5K問題解決に取り組む意欲の差とも言えよう。国からの補助はあくまでも補助であって、自治体の財政負担が伴うのは当然だ。限られた予算をどこに使うかで、対応が違ってくる。まだまだ、子どもたちにとってのトイレの重要性を認識しきれていない地域があるというわけだ。学力向上には熱心でも、子どもたちに欠かせない生活インフラであるトイレへの関心は薄い。全国一斉学力テストの全国順位には一喜一憂し対策を求めるくせに、トイレの改修には不熱心な首長が少なくない。

【図表】都道府県別「公立小中学校洋便器化率」

■予算を握っている自治体を動かさなければ変わらない

排泄は子どもの健康に関わる重大な行為だ。心身の調子が整ってこそ、学習にも身が入る。まして新型コロナウイルス対策が緊急課題である現在、トイレでの感染リスクについても神経を配らなければならない状況ではないか。

コロナ対策のための遠隔授業などの必要性から、国は計画を前倒しして、小中学校の児童・生徒に1人1台のコンピューター配備を本年度中に完成させることとなった。1人1台のコンピューターが備わっている学校で、トイレが5K状態のまま放置されているなんて、完全にバランスを欠いている。

これを解消するためには、保護者の皆さん、またできれば地域の皆さんが積極的に声を上げるのが一番だ。学校や教育委員会がトイレを改修したいと考えていても、予算を握っているのは首長や議会なのである。文部科学省にできるのは、あくまで補助金を出すところまでであり、自治体が予算措置をすることを強制するわけにはいかない。首長や議会にとって、怖いのは文部科学省ではない。選挙権を持つ地域住民なのである。

学校のトイレを子どもたちのために改修する。これを一人でも多くの人たちが主張することが、子どもたちの心身の健康と成長につながるのだ。声をあげようではないか。

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寺脇 研(てらわき・けん)
映画評論家、京都芸術大学客員教授
1952年、福岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、文部省に入省。初等中等教育局職業教育課長、広島県教育長、高等教育局医学教育課長、生涯学習局生涯学習振興課長、大臣官房審議官などを経て、2002年より文化庁文化部長。06年退官。『文部科学省 「三流官庁」の知られざる素顔』『「学ぶ力」を取り戻す 教育権から学習権へ』『危ない「道徳教科書」』『昭和アイドル映画の時代』など著書多数。

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(映画評論家、京都芸術大学客員教授 寺脇 研)

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