「デジタル空間の支配者」グーグルをアメリカ政府は本当に分割できるのか
プレジデントオンライン / 2020年10月21日 18時15分
※本稿は、岩村充『国家・企業・通貨 グローバリズムの不都合な未来』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
■GAFAの実力には大きな格差がある
現代のグローバルIT企業はあたかも国家のような存在になりつつあります。国土という物理空間を支配し人々の心を統べようとするのが国民国家なら、国境の壁を越えて人々の心に入り込み、彼らの思う方向に向かわせる力を付けつつあるのが、現代グローバルIT企業です。
GAFA、すなわち検索エンジンのグーグル、ネット通販のアマゾン、SNSのフェイスブック、そしてコンピュータとスマホをファッションにしてしまったアップル、この4企業は20世紀の終わりごろに相次いで登場し、またたく間に世界の経済地図を大きく塗り替えるほどの成長を遂げました。
もっとも、このGAFAを一括りに扱ってしまうのが良いのかどうか、迷うところもあります。たとえばアップルですが、彼らの基礎になっているのはコンピュータ技術そのものですから、とりわけ新しいタイプの会社ではありません。
私は、アップルの本質は、IBMやマイクロソフトと同じようなコンピュータ会社で、ただ彼らのマーケティング面でのやり方が時代にマッチしたことが、先行する巨人たちに追いつき追い抜くことができた主な理由だと思っています。
■国家は古典的な独占禁止法で対処できる
アマゾンはもっと平凡で、情報ネットワークだけに閉じこもらず、物流という世界で支配力を確立したことが彼らの基礎となっていますから、これは19世紀から20世紀における鉄鋼や資源などの独占企業と似たような顔を持つ企業だと言えます。
ですから、私はアップルやアマゾンの立場は、少なくとも国家に対しては、あまり強いものではないと考えています。リアルの世界に基盤を持つ彼らの巨大化が眼に余るほどのものになってきたら、国家たちは古典的な独占禁止法で対処できるはずだからです。
もしそうなれば、アマゾンの創業者として1000億ドル(日本円で10兆円)を大きく超える富を築いたとされる起業家ジェフ・ベゾスについても、20世紀初めのロックフェラーたちのような産業資本家に起きたのと同じ物語が始まるかもしれません。
■「デジタル材」というグーグルの強さの源泉
これに対して、グーグルとフェイスブックは確かに新しいタイプの企業でしょう。彼らは、アップルやアマゾンと比べても、私たちの心に直接的に働きかけることで居場所を築いてきたという面があるからです。彼らは「人々の心」という世界に彼らの開拓すべき原野を発見したのです。
それができたのは、彼らが知識やデータを主たる投入資源とする企業活動モデルを作り上げたことにあると思います。そうした企業活動の資源として使われる知識やデータをこの本では「デジタル財」と呼ぶことにしましょう。
それに対し、伝統的な製造業の投入資源である鉄鉱石や綿花などは「リアル財」です。その二つのタイプの「財」の違いを意識することが、この問題を考える鍵になります。
農業や伝統的な工業では、生産過程に投入された生産資源は再び投入できません。畑に一度まいた種を他の畑にまくことはできませんし、もう種がまいてある畑に追加的に種をまいても収穫を増やすことはできません。こうした産業の生産効率は生産活動を拡大しようとするにつれ低下することになります。
この現象を、経済学では収穫逓減とか費用逓増と呼びます。これは、企業活動の規模には各々の企業があらかじめ持っている人的あるいは物的な能力に応じた「分際」のようなものがあって、その分際をわきまえて生産水準を決定するのが合理的な経営だということを意味します。
■実力はかつての石油王や鉄鋼王たち以上
そして、各企業が自らの分際を守って生産水準を決めていれば、あのアダム・スミスが「見えざる手」と名付けた市場の原理によって需給が調整され、おのずと調和的な市場が成立するはずだったのです。これが従来の産業社会における「常識」でした。
しかし、その常識を当たり前でなくしてしまったのがデジタライゼーションです。理由は、デジタル財が、リアル財と違って、使い減りしない資源だからです。
デジタル財は、それを知的財産権として確保さえしていれば、後は何回使い回しても消えることがない資源です。グーグルやフェイスブックは、作ったプログラムを何度でも使うことができるし、手に入れた顧客データは何度でも彼らの役に立ってくれます。
つまり、デジタル財を主たる生産要素にする企業にはわきまえるべき分際のようなものはなくなり、競争相手に対してわずかな優位を持つことにいったん成功すれば、たとえそれが思い付き程度のもので生まれた優位であったとしても、かつて石油王や鉄鋼王などと呼ばれた産業資本家たち以上の強力さで、市場を独占することができてしまうのです。
■グーグルに独禁法は適用できるか
もちろん、GAFAのような企業たちが巨大化して市場の支配者となっていくことについて、国家たちも警戒してきました。ただし、これまでは国家たちの牽制や攻撃は、GAFAたちの節税対策が不公正であることを指摘する程度のもので、その対策もデジタル課税論のような段階にとどまっていました。
その意味で、今回のアメリカ司法省の独禁法による提訴は、GAFAたちに対する国家たちの本格的な反攻がはじまる第一歩といえるかもしれません。しかし、そのような国家たちの試みはうまく行くでしょうか。
かつては、国家たちは独占禁止法を作ることによって巨大企業を抑え込むことに一定の成功を収めることができました。では、グーグルやフェイスブックの企業活動は、果たして独占禁止法によって「分割」できるのでしょうか。私は、同じことが彼らに対して可能だとは思えません。
鉄鋼や石油などの19世紀的あるいは20世紀的独占企業は国土という物理空間の中で存在するものですから、国土の支配者である国家は彼らに対して力を振るうことができましたが、デジタル空間の支配者に対し同じやり方は通用しないでしょう。
■人々の「心」を力で支配することは許されない
鉄鋼王や石油王たちの力の源泉は要するに物理空間における機械設備や資源に対する所有権でしたから、これは国家がその物理力でコントロールできます。
しかし、グーグルやフェイスブックの力の源泉はデジタル空間におけるプログラムやデータであり、さらに言えば私たちの関心という心の動き方そのものにあります。そして、人々の「心」を力で直接的に支配することは、自由を標榜する国家には許されていないはずなのです。
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1950年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。日本銀行企画局兼信用機構局参事を経て、1998年より早稲田大学教授(現職は早稲田大学大学院経営管理研究科教授)。
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(早稲田大学教授 岩村 充)
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