トヨタの作業員は、なぜ専門外でも医療用ガウンを作れたのか
プレジデントオンライン / 2020年10月28日 11時15分
■「1人1人工」を養成する
平時からの危機管理で大切なことがある。それは多能工(事務職でも)を養成しておくことだ。
執行役員でチーフ・プロダクション・オフィサーの友山茂樹が説明する。
「万能工ではありません。トヨタでは隣り合った工程の仕事をできる多能工を養成しています。
まず、1人に必ず1人分の仕事をしてもらうのは人間尊重であるという考え方があります。ただ、仕事って、10個あるとしたら、それがすべて等しく忙しいわけではない。
事務系の職場でも、時期によって、あるひとりに仕事が集中してしまうことがあります。その時に、人が自由に隣り合う工程を移動できるようにしておく。それが多能工の養成です。
トヨタの社員である限りにおいて、これは常識なんです。組合とも、1人1人工(いちにんく)を追求するとか、仕事量の変動によって、A工場からB工場に職場が変わることは当然あることと認識が一致しています。多能工を養成しておけば危機でもフレキシブルに対処することができる」
■自社以外の工場機械も使いこなす保全マンたち
危機に際して先遣隊を派遣した後、工場の機械や設備を修理、補修しに行くメンバーが要る。そんな時、現地へ出ていくのが保全マンだ。
平時の保全の仕事は自社工場の機械を安全に動かすことだ。そのために彼らは日々、点検や修理を行っている。それがいったん、災害、洪水といった事態になると、他社の工場設備や機械を復旧するために大活躍することになる。
今回のコロナ危機では工場が被災したわけではなかった。それでも彼らは支援の現場へ出かけていき、医療用ガウンなどの増産を助けた。増産のために倉庫に眠っていた古い機械を修理し、稼働できる状態にしている。また、ラインを1本、増やすための設計から機械の配置までアドバイスし、実際に手を動かした。
「トヨタの危機管理人」、朝倉正司は思い返しても「保全の人たちにはつくづく感心します」と言った。
■「機械を直す」だけではない
「うちの保全はすごいですよ。地震や洪水の時に『応援に行ってくれるか?』と訊ねると、みんな、待ってました、行かせてください、と喜ぶ。保全は機械の修理をやるだけじゃなく、遊休設備を直して、動かしてしまうこともやる。行く前よりも、行った後の方が支援先の会社が儲かるようにして帰ってくる。
うちの場合、他社に比べると保全の人数は多い。だから、やれることの範囲も広いのです。ただし、保全って、いきなり一人前にならんわけです。現場の作業者で、たとえば組み立ての工程では、入って1カ月、2カ月すれば一人前に組めるようになります。だけど、保全はそうはいかない。電気制御とか日々、進歩するから、機械の勉強を怠らないようしておかないと、ついていけない。教育と実践に、時間がかかるわけです。だが、保全は危機管理、対処に絶対に必要な人材です」
保全と支援についてはあらためて、おやじの河合満、上郷工場長の斉藤富久というふたりの三河弁ネイティブから説明を受けることにする。
■支援するは「人の道」
①協力会社、地域、一般企業などへの支援
トヨタの危機管理でもっとも大きな特徴とは他者への支援だろう。
阪神大震災で本格的な危機管理、対処が始まった頃、支援と言えば、それは被災した協力会社へ行って復旧に力を貸すことだった。そうしないと、部品ができてこないから、車が作れない。
ただし、現場に言ったとたん、ひとつのことに気づいた。
「協力会社だけを支援していたらダメだ。地域の人たちも一緒に助けなければならない」
以後、トヨタは支援を協力会社だけではなく、地域の人々、広く社会の人々にも行うようになった。
朝倉は「トヨタの支援には原則があります」と言う。
「人命第一、地域復興、それから生産再開です。もっとわかりやすく言えば、『人の道』ですか」
「人の道」と答えられると、かえって、わかりにくくなったのだが、そういう気持ちは置いておいて、先を続けてもらった。
■なぜ、工場以外の支援もするのか
「被災した地区へ行って、うちの協力会社だけが復旧して生産を始めたりしたら、『なんだ、トヨタは自分たちさえよければいいのか』となってしまう。そうはいかんでしょう。困った時はお互い様ですし、人の道を守らんといかん。
危機の時こそ、トヨタらしい振る舞いをしなきゃいかん。おてんとさまは見てます。だから、協力会社だけでなく、まずは地域の人たちの命を助ける。次に地域を復興させる。それから生産再開のために協力会社を助ける。この順番を守らないといけません。
阪神大震災の時に、僕も現場へ行ったのですが、ああ、これはうちの関係だけを助けてはいけないな、と。だって、水も飲んでないという人がたくさんいたわけですから。水、それからウェットティッシュと生理用品を買い込んで、被災した地区へ行って配りました。危機管理、対処の知恵もやっぱり現場へ行かないとわからんのです」
■記録するのに成功体験は必要ない
②記録を残す。
朝倉は「まだまだうちも大したことはない。でも、記録は残さないといけない」と感じている。
阪神大震災の時は突発的で、しかも危機管理人たちがまだまだ一人前とは言えなかった。「記録を残さなければならない」と思いつつも、とても時間がなかったし、記録する人間を確保することもできなかった。
「ただし、記録には、『うまくいった、万々歳だ』はいらないんです。残さなければならないのは3つ。
現場で新たな問題を発見したこと、うまく対処できなかったこと、なぜ、うまく対処できなかったかを書き残さないといけない。
災害の場合はとにかく復旧すること、サプライチェーンをつなぐことに専心すればいい。だが、新型コロナ危機はロックダウンや出社できないという初めてのケースでした。記録しなければいけないことがたくさんある。
ただ、あまり長い記録を作る気はない。トヨタらしく短い読み物がいいんです」
■「困ったこと」を列挙するだけでも役に立つ
朝倉が言うように、企業が危機管理、対処の方法を確立し、記録するならば、新型コロナ危機のなかにいる現在がもっとも適しているかもしれない。
わたしたちはまったく新しい危機のなかにいて、右往左往している。
在宅勤務を始めた人間は多い。困ったことを列挙して、どう解決したかをまとめておけばそれだけで次の時に役に立つ。
また、個人のレベルで考えてみる。新型コロナ危機が囁かれるようになったら、あっという間に店頭からマスクと消毒薬が消えた。感染症の危機に際してはマスクや消毒薬をどうやって調達するかを記録しておくだけで、次に備えることができる。
「手に入りにくくなったもの一覧」を用意するだけでも記録としては価値がある。
※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2020年12月17日に刊行予定です。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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