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日本人は昔から「損得勘定」ではなく「忖度勘定」で動いてきた

プレジデントオンライン / 2020年10月27日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GI15702993

■政権与党の思いより「甘党」ばかりが取り沙汰される

日本学術会議への政府の対応が揺れています。

「アカデミックな分野への政治介入はおかしい」という意見にも肯けますし、「民間団体ではないのだから政治家が正すのは筋」という考え方もわかります。双方の立場から見つめてみますと、いずれも共通点は「説明が不足している」という点でしょうか。

さらに自民党の甘利議員の臆測にもとづいた発言がブログから削除される、また当の菅首相も所信表明演説が遅れるという異様な事態が拍車をかけていました。自民党やら政権与党やらの思いというよりも、菅首相がパンケーキ好きだということがフィーチャーされて「甘党」だということはよくわかりました。

ところで。

7年8カ月も続いた安倍政権の特徴は、人事をちらつかせることによって官僚支配を徹底させてきたことだという識者もいました。その結果として、官僚は「権力者側のその先の思い」を「忖度(そんたく)」するようになったのでしょう。極論すれば、ある意味「説明不足」を補完する行為こそが「忖度」なのかもしれません。

立川談慶『安政五年、江戸パンデミック。』(エムオン・エンタテインメント)
立川談慶『安政五年、江戸パンデミック。』(エムオン・エンタテインメント)

そんな「忖度」について考えながら先日、8月に出した『安政五年、江戸パンデミック。』(エムオン・エンタテインメント)、9月に出した『落語はこころの処方箋』(NHK出版)という2冊の本の売れ行きをチェックしようと新宿紀伊國屋書店を訪れました。すると、一階の入り口のところで古地図フェアが展開されていました。幕末についての本を書いたばかりのこともあり、3000円以上もする安政年間の江戸古地図をゲットしました。

往時に想いを馳せ、当時の江戸っ子たちはどのような暮らしぶりだったのかを時空を超えてトリップさせてくれるのが古地図の魅力とばかりに帰宅後早速広げてみて、いやあ、驚きました。

「江戸のほとんどが武家屋敷」だったのです。

■日本国民は「損得勘定」ではなく「忖度勘定」で動く

100万人が住む大都市といわれた江戸はおおむね武家階級が50万人、町人が50万人という比率でした。それなのに、江戸の7割方は武家屋敷という環境は、必然的に長屋の密集化をも意味し、まさに安政五年に大流行したコレラは「長屋クラスター」を発生させたのでした。

文章を読んで頭で理解するより、古地図を見れば一目瞭然、町人たちが息を潜めてお侍さまに気を使っている空気感がはっきりと可視化されたような心持ちになりました。

ここでさらに想像を広げてみます。

つまり、町人たちがその頃から忖度し合うような空間こそが江戸の町で、まさにそれがこの国の中心地であり続けてきたからこそ、忖度意識が醸成されていったのではないか、と。

世界史上まれにみる「無血革命」的な明治維新が達成されたおかげで、江戸の町のレイアウトが変わることなく新時代に移行されたということは、江戸の町の地勢、空気、匂いも、そのまま受け継がれたことを同時に意味します。

「お上に気を配る」という「忖度」姿勢はシステムが変更されたとしても継続されることになったのではないでしょうか。まして明治以降の中央集権国家となればそんな首都の影響は全国に及ぶはずです。

つまりわれわれ日本人は、官僚のみならず全国民が「損得勘定」ではなく「忖度勘定」で動く国民なのかもしれません。

■落語「目黒のさんま」からみる「行き過ぎた気遣い」

「官僚の忖度」が面白く描かれている落語があります。名作「目黒のさんま」です。

あらすじはこちらです。

隠無邪気な殿様が「目黒」まで鷹狩りに出掛けた際に、家来が弁当を忘れてしまいました。空腹を堪えられそうにない殿様のもとに、さんまを焼く香ばしい香りがただよってきます。たまらず殿様が食べたいというと、家来は「下々の庶民が食べる下魚(げうお)ゆえお口には合いません」と答えます。殿様は「よいから持って参れ」と無理やり持ってこさせます。そのさんまは、「隠亡焼き」という乱暴な直火焼きでブスブス音を立てているシロモノ。普段食べている上品な料理とは真逆だったのですが、たまらず一口食べてみると、その美味さに感激してしまい大好物となってしまった。
以来、殿様はさんまが夢にまで出てくるほど恋しくなってしまう。
ある日、身内が集まる際、なんでも好きなものを注文できることになり、殿様は「さんまが食べたい!」と言い出します。しかし下々の魚など準備してあるはずもなく、困惑した家来は慌てて日本橋の魚河岸から新鮮なさんまを買ってくる。それを「脂が多いと殿様の身体に毒だ」「骨が喉に刺さると一大事だ」といった「行き過ぎた気遣い」で脂も骨も抜いた味気ない吸い物に調理して差し出します。殿様がほのかなさんまの匂いを嗜みながらも一口食べると、まったく美味くない。
「これはどこで手に入れた?」と家来に尋ねると「日本橋魚河岸でございます」と返ってきたので、殿様はこういいます。
「ああ、それはいかん。さんまは目黒に限る」。
さんま祭り
写真=iStock.com/JianGang Wang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JianGang Wang

ちょうどいまの深まりゆく秋の季節にうってつけの噺ではありますが、この「目黒のさんま」のお殿様を「政治家」に、家来たちを「官僚」に置き換えると完全に現代の政治にもつながります。そして、まさにそのまんま焼いたものほどおいしいはずの旬のさんまから、脂を抜いたりするなどの「行き過ぎた気遣い」が「忖度」に相当することに気付くはずです。

■いい忖度、悪い忖度とは何か

実際、殿様に万が一のことがあれば家来は切腹を申しつけられるなどのかなりのストレスがあったはずでしょうし、今の時代とは比較にならない部分をカットしても見事に符合するのが実に面白いと思いませんか?

かような捉え方をすると、確実に古典落語が現代に生きるのではと確信します。

森友問題に関して、「先回りしすぎて文章を改竄する姿」と「脂の乗ったさんまを蒸して脂抜きをする姿」が完全にかぶります。双方ともトップはそんな具体的な指示を出していない点まで一緒なのが笑えるところでもあります。

忖度に該当する行為が「自分の保身のため」なのか、「トップを思いやってのこと」なのか、いずれにしても大切なのはそこなのかもしれません。

と、ここまで書いてきて、もしかしたら落語自体の楽しみ方が、「忖度」なのではという仮説にたどり着きました。

下半身の動きを制御し、しかもほぼ会話のみで話を進めてゆく落語は、お客さんが、「ああ、いま酒を飲んでいるな」とか「きっと与太郎がしくじるぞ」みたいなある程度「その先を想像する」という「忖度的な想像力」が前提となっているともいえます。「次はこうなるぞ」という登場人物の言動を「忖度」することで楽しみが倍増する作りこそが落語の根本であるともいえるのです。

武家屋敷にほとんど占領された江戸の狭い町並みで、相手の顔色を伺いながら細やかな神経を張り巡らせて生きてきた江戸っ子の想像力トレーニングの成果および結晶として、落語が出来上がったという見方をしてみると、あながち「忖度」も悪くはないものだとしみじみ感じてきます。

「忖度」には「いい忖度」と「悪い忖度」があるのかもしれません。

■ホテルの一室で食べるカップラーメンの美味さ

そしてこの「目黒のさんま」。

殿様の無知を笑うというのが従来の見方ではありますが、はたしてそうなのでしょうか?

当時の目黒は山奥ですから、さんまは獲れたてではなく塩漬けされたかたちで運ばれてきたはずです。運ばれる日数がアミノ酸分解を促し件のさんまにはうま味成分がふんだんに出ていたのではないでしょうか。つまり目黒で獲れるはずのないさんまを「目黒に限る」といった殿様の世間知らずを嘲笑するのではなく、本当に美味いものに対する感度を実は殿様の舌が有していたのでは、とも思えてこないでしょうか?

実際、高級料理ばかり食べ続けているとホテルの一室で食べるカップラーメンが心底美味しかったりもしますし、私などは「メロンパンは安いほどおいしいのかも」とすら思ってもいます。

ベッドに寝そべって麺を食べるいたずらな女性
写真=iStock.com/JohanJK
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JohanJK

■落語は「日本人の失敗予言書」である

立川談慶『落語はこころの処方箋』(NHK出版)
立川談慶『落語はこころの処方箋』(NHK出版)

ま、とにもかくにも。

こんな具合に、「目黒のさんま」は、昔から「人間って、強い奴には誰もが忖度してしまうものなんだよ」と謳い続けてきたのです。そんな見方をしてみると、「目黒のさんま」に限らず、落語は「日本人の失敗予言書」にすら思えてきます。

みなさん、落語を聞きましょう。

そして、『安政五年、江戸パンデミック。』ならびに『落語はこころの処方箋』、くれぐれもよろしくお願いします。

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立川 談慶(たてかわ・だんけい)
立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。

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(立川流真打・落語家 立川 談慶)

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