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マーケットを知るためには、なぜビジネス書ではなく、小説を読むことが正解なのか

プレジデントオンライン / 2020年11月4日 11時15分

撮影=小川聡

脳細胞も筋肉と同じで、基礎トレーニングをやらなければゲームには勝てないというのが前回までの話。現代アート好きでも知られる松本大さんと、ビジネスリーダーに絶大な人気を誇る山口周さんが、アートの趣味やリベラルアーツとの関わりを入り口に、感性や直感に基づいた意思決定を可能にするためのヒントを語ります。(第2回/全2回)

■縁石の上を歩いていて、どちら側に倒れるか

【山口】ビジネスも、自分が関わるビジネスのタイプによって、求めるものの考え方って変わるではないですか。たとえば金融の世界でいうと、MAのディールで儲けるというような、ビッグストロークのデカい案件、発行額2兆円ですというようなのを引き受けますというビジネスもあれば、債券のトレードのように、どちらかというと回転で儲けるというタイプのビジネスもある。ですから、お話をお伺いしていて、アートと呼ばれるもののなかで、これまで松本さんがお好きだったものと、とくに外銀(外資系の投資銀行)時代にやられていたお仕事というのには、ある種の通底するものがあるのかなという感じもしますね。そのあたりは、どうなんでしょうか。

【松本】どうなんでしょうね。一事が万事、私は人間が浅はかなので、あまり考えないんですよ(笑)。あまり考えないで走るタイプなので。だから、どうしても全部が後講釈になってしまうんですよね。これがやりたいと思っていったというのはあんまりなくて、なんか走っていたらそうなっていたみたいなことが多いので。

【山口】時間と精度って、トレードオフ(二律背反)があるではないですか。とくにマーケットに向き合っている方にとってみると、1分遅れたらビハインド(負け)になってしまうというところがあると思うんですね。私自身、コンサルティング会社にいたときに、人によっては、すごくデータを集めて、今決められない、今決められないというので、結局チャンスを逃すというのを何度か見てきている。これも、あまり過度な一般化はできないですが、いずれにせよデータというのは、全部そろわないと精度を100パーセントにすることはできない。そうすると、ある程度ヒューリスティックな部分に頼らざるを得なくて、では情報が30パーセントのときで決めるのか、70パーセントのときで決めるのかという話だと思うんです。松本さんも外銀にいらした時代、いろいろなジャッジメントとか、それこそマネックス証券を起業するときとか、起業をした後のいろいろな企業買収や海外進出の場面で、その瞬間、瞬間における大きな意思決定をするときに、論理でわかっていて判断なさった部分と、ある種の嗅覚で決めた部分があると思うんですけど、そこらへんはご自分のなかでどういう使い分けを?

【松本】これもよくわからなくて、ひとつのアナロジーで、私がよく思うのは、酔っぱらって縁石の上を歩いていますと。最近、道路の縁石って減っちゃったんですけど。ガードレールがちゃんとあったりして。でも、ガードレールがなくて、縁石のこっち側は車道、こっち側は歩道。で、縁石の左側、歩道の手前にちょっと生け垣というか、木が植わっている。低い、ブッシュが。夜、この縁石の上を自分は酔っぱらって歩いていると。そうすると、車道側に倒れると車がきますよね。一方、反対側に倒れると、ちょっと低いブッシュがあるので痛い。けど、死にはしない。で、酔っぱらって歩いているときにバランスを崩すと。どっちに転ぶか。みんなこっちに転ぶんです、歩道側に。でも、その瞬間に、ああ、こっちは車道だ、こっちは歩道だ、なんて考えているはずがないんです。酔っぱらっていても、歩道とブッシュの映像が入ってきていて、今までの経験から車道というのは轢かれる。木は、けがしても死なないとわかっている。それが全部入っていて、酔っていてバランスが崩れた瞬間に、瞬間に車道とは反対側に倒れるんです。

【山口】たまに車道側に倒れちゃう人もいますけど(笑)。

【松本】まあ、いるかもしれない。結局そんなもんであり、仕事をしているときに、いちいちそのときになんかいろいろ考えているともう間に合わないんです。じゃあ勘で決めるのかとか、論理で決めるのか。そういうことではなくて、両方入っているけれども、数をこなしていると、もう何度もここを歩いていると、大体入っているので、確率的にベターなほうに転ぶと。逆にいうと、そういうふうになるくらいまで数をこなしておかないと、この場でなんか考えちゃうんです。で、わからなくてこっちに倒れて轢かれちゃうとかってなっちゃうので。私はなんとなくそういうイメージがあるんです。

■ビジネス書は、いっさい読まない

【山口】数をこなすということのうちには、ビジネス上のディシジョンメイキングをずっとやってきて、死なない程度のけがというのもたくさんしてきたというのが、ビジネスの現場における競技の数かと思うのですが、ビジネスって人が関わっているし、世の中が関わっているので、とくに松本さんみたいに、マーケットに関わる仕事をやっていて、世の中の人たちがどちらに動くかみたいな、ある種の読みみたいなものもありますよね。ですから、もう少し広い意味で捉えると、たとえば松本さんがご本のなかで、いろいろな人に会ってみるのが大事だということもおっしゃられていて。これは、人間を知るということだと思うんです。あることが起こったときに、人間ってどういう反応をして、あるいは世の中で、もっとトータルに見てみると、世の中どういう反応をするかと。そうすると、いろいろな人を見ているとか、いろいろな映画とか、文学とか、そういったものを通じて、ある種の人の性(さが)というんでしょうか。そこを集合的に知っているかどうかというのは、ある程度金融の中でマーケットがどう動くかとか、あるいはビジネスパートナーがどういう反応をするかみたいなところの読みにつながるのかなとも思ったんですけど。リベラルアーツの究極ってそういうものだと思うんですね。ある意味で、帝王学ってそういう学問ですよね。

【松本】個人的には私もそう思います。なので、私はビジネス書って、いっさい読まないんです。一生の間に読んだビジネス書って、たぶん2冊くらい。

【山口】それは類いまれに少ないですね。私もそうとう少ないほうだと思いますけど(笑)。

【松本】小説は読むんですよ。小説のほうが普遍的で、人の気持ちというのが、登場人物がいて、なんかもめ事があってどうこうという、これはもう人間の心理なので。小説のほうが、これはすごくユニバーサルな感じがあり。そっちのほうがまだ応用が利くというか、いろいろなビジネスとかマーケットの局面局面に、気付きを与えてくれるというか。

【山口】アプリカブル(応用可能)な感じが。

【松本】ビジネス書はもうスペシフィック(具体的)で、このときこの場ではこれができたというだけなので、ほとんど意味がない。なので、小説のほうが好きなんですよね。でも、もうひとつ思うんですけど、いまは自分で経験をしなくても、新聞を読んだり、ニュースを読んだりしていると、いろいろなことが起きているではないですか。それで、その主体となる人が、いろいろな手を打つわけです。謝ったり、謝らなかったり、謝り方もいろいろあったり、ある判断をして会社を売ったり、売らなかったりとか。そういうのを全部見て、それに対してオーディエンスが批判したり、褒めたり、すごい炎上したり、いろいろある。そういうのを、ただ単に眺めて見ているか、自分だったらどうするかなというふうに、空想して、自分ならこうしたんじゃないかなとか、それでどういう反応があったかなというのを、仮想空間で、疑似体験をいくらでもできる。

【山口】松本さんの場合は、そこが量の関数になってきているわけですね。

【松本】しかもそれは小さいことから、アメリカ大統領のやることまで含めて、あらゆるサイズで疑似体験が、疑似トレーニングが可能なので、やろうと思うといろいろなことができると思うんですけどね。経験をすることについていえば。

【山口】ここまでお聞きしていて、若い頃は詩から入ったというお話だったんですけども、小説も若いときからずっと読まれていらっしゃった?

【松本】小説は、長いからあんまり読まなかったんですけど、なんか読まなきゃと思って。

【山口】大学を卒業して、松本さんみたいに寝られないくらい忙しいキャリアになると、もう小説どころじゃなくなる方がほとんどですよね。僕も外資系のコンサルティング業界が長かったので、見ていると、いちばん小説を読んでいない業界の人だと思うんですよ。外資系コンサルティング会社と投資銀行の人たちというのは。でも逆にいうと、なんとか時間をつくってでも、やっぱり小説は読まないとならないわけで。差し支えなければ、ご自分の中に残っている作品は、どのあたりですか?

【松本】これ、変なんですよ。坂口安吾が大好きで(笑)。朔太郎と安吾というと、よほどの不良じゃないかという感じなんですけど。

【山口】あえて言語化すると、どのあたりに引かれるんですか?

【松本】うそがない感じがして。レアな、生の自分の苦しみみたいなものが書いてあるので、読むほうからすると、苦しいのは自分だけじゃないんだみたいな感じで。気持ちいいとも違う、なんかいいんですよ。

【山口】共感すると。

【松本】どうしようもなく書いていて、どうしようもなく生きていて、朔太郎の詩も、どうしようもなく出てきたという。朔太郎は、自分でも、自分で書いた詩とは何かみたいなことも書いていて、詩を書くことが大切なんじゃなくて、詩的な人生を送ることが大切であると。そういうのが、朔太郎とか、安吾とか、歌だったら忌野清志郎だったりするんですけど(笑)。

■コインを3回投げて、4回目にどちらが出るか

【山口】先ほどの、世の中で起こっていることについても、ただなんとなく情報に接しているのと、自分が当事者になったつもりで、ある種関心を払って見るのとは、やっぱり違いますよね。松本さんは、好奇心を持つのはすごく大事だということもおっしゃっています。ようは、自分の予想と違うふうになる、あるいは想定外というときに、そこにある種の学習が起こるということだと思うんですね。以前に元マイクロソフト社長の成毛眞さんとの対談のなかで、金融の極意は? というのを成毛さんが聞いて、松本さんがポジションを取ることと言っていたことがあるんですね。

【松本】そんなこと言いましたっけ?(笑)

【山口】そうすると、さきほどのコンサルティング業界の話で、若い子で、すごく優秀なのに伸びない子というのがいる。実際コンサルティング会社がアセット(経営資源)を持つわけではないんですが、結論はAなの、Bなの聞くと、情報が全然ない状態でもAですって言う子がいるんです。一方で、まだなんとも言えません、あと1週間くださいと言う子がいる。で、1週間経って聞くと、大体まだわかりませんと答える。そうではなく、とにかくその時点で持っている情報でもってAかBか決めることだと思うんですね。確率で、ベイズ確率ってありますよね。

【松本】ありますね。

【山口】ようは、コインを3回投げて、3回表が出た。で、4回目に投げたときにどうかといえば、表が出る確率と裏が出る確率は同じなわけです。ですから、その時点でAかBかというのは決めてしまって、プラスの情報がきたときに、Aのほうがどうも高そうだとなったらそれはAに変えればいいだけの話で、その瞬間、その瞬間での自分の結論を出しなさいと。これ、ポジションをちゃんと取りなさいということと同じなんですね。お話をお伺いしていて、松本さんの場合、世の中に対してもそうだし、自分のお仕事に対しても、きっちりポジションを取るということをしている。だからこそ、いろいろな関心が出てくるし、ある情報が出てきたときに、それは自分が思っている、取っているポジションに対しての反証材料なので、ポジションをまた改めようということができる。そうすることで、実体験以上の経験がいろいろできると。ちなみに、小説を読まれるときとか、映画を見たりするときなんかにも、ご自身だったらどうするかということはお考えになるんですか?

【松本】いえいえ(笑)。そこは、もう単純に。ああ、みたいな。

【山口】坂口安吾だと、ああ無情みたいな終わり方をすることが、けっこう多いですよね。

【松本】坂口安吾は、でもなんかすごい、こんなことを言うとよほど変な人と思われるかもしれませんけれども、本当になんか同化する部分があるんです、読んでいて。とくに彼の、一連の私小説ですとか。まあ、完全な私小説ではないんですけれども、大体19歳くらいから30歳くらいまでに書いた、自分の話と思われるシリーズがあって、それを読むと、本当にすごくわかる気がしますね。

【山口】結局ビジネスパーソンで成功している人と成功していない人の何が違いなのかといったら、局面、局面のジャッジメントのあり方なわけですよね。それも1日10回とか20回とか、それを1年365日繰り返していくと、到達するところにすごく大きな差が生まれると。クレディビリティー(信頼性、確実性)というのを松本さんはすごく大事にされていて。もう本当にクレディビリティーということ自体も、一個一個のジャッジメントの積み重ねで、どこかでやっぱり、これはないよねということを人から言われることをやっちゃう人はやってしまって、それは本人の社会資本を非常に減損させるようなことになってしまう。でも、そのクレディビリティーを失ってしまうことをやっちゃうということ自体も、ある種の人間がかかる罠みたいなのってあるではないですか。小説の中でも、人ってけっこう、こういうときにこういうことをやっちゃうんだよね、危ない、危ない、みたいなことがある。

【松本】人はこういう反応をするとか。

【山口】自分自身がまさにそういうことをやろうとしちゃうこともありますしね。最終的に、部下も人だし、顧客も人だし、世の中は全部人なので、ある状況が起こったときに、人がどういうふうに動くのかということに対するある種の嗅覚みたいなものがあるかないかってことは重要ですね。

【松本】本を読んでいる人と、読んでいない人って、やっぱりなんか違うなと思うことがままありますね。それは別にビジネスに限らず、普段の生活の中での発言とか、身の処し方とかを見ていても、本を読んできた人と、あまり本を、ほとんど本を読まなかった人と分けると、行動に違いがあるように私には思える。まあ、本を読まなくても経験が多ければ同じなのかもしれないですけど、本を読むというのは、要は体験、もしくは疑似体験をするということなので……。

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「ビジネスリーダーのための『アート』入門」
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▼動画セミナー概要
経営やビジネスにおいて、論理(サイエンス)と感性(アート)のバランスが重要であることは、いまやリーダーにとっての常識。現代アート好きで知られるマネックスグループCEOの松本大さんと、ビジネスリーダーに絶大な人気を誇る独立研究者の山口周さんともに、アートの趣味やリベラルアーツとの関わりを入り口に、感性や直感に基づいた意思決定を可能にするための方法論を探ります。
▼動画再生時間:約72分
▼コンテンツ
prologue 東京・マネックス本社にて (02:15)
chapter1 ジャズと写真と省略の美学 (20:34)
chapter2 勘で決めるのか、論理で決めるのか (14:30)
chapter3 疑似体験を積むということ (18:05)
chapter4 生活のなかでアートに触れる (10:20)
epilogue サウナとピンク・フロイド (6:52)
▼詳細・お申し込みはこちら ※サンプル動画がご覧いただけます。

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松本 大(まつもと・おおき)
マネックスグループ代表執行役CEO
1963年、埼玉県生まれ。開成高校、東京大学法学部卒。ソロモン・ブラザーズ・アジア証券、ゴールドマン・サックス証券ゼネラルパートナーを経て99年にマネックス証券を設立。2004円には、マネックスグループ株式会社を設立し、以来CEOを務める。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

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(マネックスグループ代表執行役CEO 松本 大、独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周 構成=PRESIDENT経営者カレッジ 編集チーム)

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