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家の中で「着込まず」に過ごすと、物忘れが減り、脳が衰えづらくなる

プレジデントオンライン / 2020年10月31日 11時15分

清流四万十川の源流域にある高知県梼原町。人口約4000人の町では自然と人が寄り添いながら生活している=2015年10月7日、高知県梼原町 - 写真=時事通信フォト

高知県梼原町の高齢化率は40%以上で世界トップクラスだ。その町で、2002年以降、寿命が延びている。なぜ寿命が延びているのか。その最大のポイントは「室温」を保つことだという。現地を取材したジャーナリストの笹井恵里子氏の著書『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)から、一部を紹介しよう——。

■寒い家に住む人は、脳神経の質が低下する

室温は、脳の若さに影響を与える――。

そう知ったら、とても驚くのではないでしょうか。

慶應義塾大学の伊香賀俊治教授率いる研究チームが40代から80代までの約150人の脳を特殊なMRIで調べると、「寒い家に住む人」は「暖かい家に住む人」と比べて、脳神経の質が低下する傾向にあったのです。

伊香賀教授と、星旦二医師らは、2002年から高知県梼原(ゆすはら)町で全町民のおよそ3分の1を対象に、「住まいと健康」に関する大規模疫学調査を行ってきました。なぜ梼原町なのかというと、この町では高齢者が40%以上を占め、“日本の2050年の姿”とされているためです。国土交通省は梼原町の調査で得られた成果を、これから高齢化を迎えようとする都市部を含めた全国へ応用したいと考えました。

調査の結果、驚くべき事実が次々と明らかになりました。

■「調査を始めた当初より寿命が延びている」

たとえば高血圧発病確率。夜中の0時の時点で居間の室温を18度以上に保てていた人の高血圧発病確率に対して、18度未満の家に住む人は高血圧を6.7倍も発症しやすいという結果でした。発病確率ではなく死亡確率でみると、夜間室温が9度未満の室内環境で生活している人は、9度以上の室内環境で生活している人よりも4年間に循環器疾患で死亡するリスクが4.3倍高くなることがわかりました。これらの研究は年齢や性別、職業、喫煙、飲酒、食事の味付けなどはすべて調整してあります。つまり簡単にいうと「室温」のみで、ここまでの差が出てしまうということです。

高知県と聞くと、南国土佐の暖かいイメージがありますが、梼原町は標高220~1455メートルの急峻な地形で、同じ町内でも気候の差があるものの、全体的には冬場寒くなる町です。その上、高齢化率も世界トップクラスなのですが、町民の健康状態は上向きになっているとのこと。「調査を始めた当初より寿命が延びている。住まいの効果が出てきていると思う」と星旦二医師も補足します。

本書の「はじめに」で、梼原町の方たちが少しずつ「健康的な住宅」を追求していくようになったと書きましたが、いったい何が起きているのでしょうか。

その暮らしぶりを見るために、2019年冬に取材に出かけました。

■「健康を守るのに家ほど大事なものはない」

「年を取るとともに寒いとなったら工夫をしないと。これぐらいは我慢できる、という気持ちはダメ。24時間のうちの半分以上は家で生活していて、人生100年なら50年以上は家の中という計算。健康を守るのに家ほど大事なものはない」

梼原町の中心部から車で40分ほどの山間部にある松原地区に住む、82歳の下元廣幸さんはそう言い、「松原地区では80代前半の私も若いほうに入る」と笑います。60代はまだま“若造”というほど、梼原中心部よりも松原地区では高齢化が進んでいます。

下元さんの家は築24年と、それほど新しくはないのですが、窓を複層ガラスにしているため、室内にお邪魔すると、鋭い寒さは感じませんでした。お会いした時は夜で、外気温は7度でしたが、下元さんの家の玄関先は20度近くまであったのです。

後ほど詳しく解説しますが、室内を暖かくするポイントは「窓」にあります。冬場は窓からおよそ60%の熱が逃げます。そのため、通常の窓に内窓をプラスしたり、複層ガラスの性能のいい窓に交換したりすると、暖房の効きがよくなって室内の寒さが和らぐのです。

結露している冬の窓
写真=iStock.com/Akchamczuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Akchamczuk

私が梼原町に行き、一番驚いたことは、どの家にも複数個の室温計が置いてあることです。みなさんの家にはありますか。今、この本を読んでいる部屋の室温は何度でしょうか。ぜひ一室に1個、室温計を置き、今何度なのか、常にチェックしてください。だんだん肌感覚で“健康にいい室温”がわかるようになってきます。

■「着込まない」ことが脳の健康につながる

町の中心部に14年前、美容室兼自宅を新築した戸梶圧美さん宅は、暖房なしでも室内が均一の温度に保たれていました。自宅と美容室がひと続きの構造で、美容室は比較的日当たりがよく、自宅はあまり日が入らないのですが、室温計はどの位置でも18度以上を示していました。戸梶さんは「今の家は最高。健康には食事も運動もだけど、環境も大事よね」と繰り返し言います。

「前の美容室では暖房をなんぼ入れても、お客さんから足元が寒い寒いって言われていたんです。でも今はお店も自宅も、誰からも寒いとは言われません。真冬でなければ暖房がいらないぐらい暖かい。だから私もたくさん着込みません。外が雪でも、部屋着のワンピース1枚でいられる。羽織っても1枚です」

この「着込まない」ということが、居住者の室内における活発性を増し、筋肉量の維持、脳への健康につながることがわかっています。

■「寒い家」に住むグループは、たった2年で脳機能が低下

長年梼原町の脳ドックを解析している内田脳神経外科の内田泰史医師は「暖かい家にいることで背筋が伸び、動きやすい姿勢になる。よく動くことで筋力が鍛えられ、活動することで脳の前頭前野の部分が活発になる」と説明してくれました。

脳の前頭前野とは、人の意欲の根源である場所。認知症初期には「物忘れ」が増えますが、これは前頭前野の働きが悪くなることから始まるのです。楽しみでやっていたこと、趣味などに興味がわかなくなるのが、脳の衰えの一歩というわけですね。

戸梶さんは71歳ということですが、少なくとも10歳以上若く見えました。内田泰史医師によると「見た目」と「脳の若さ」も関係あるそうです。暖かい家に住む→体が動きやすい→動くことで脳が刺激を受け、さらに活動の意欲がわく→脳神経が若くなる、というよい循環なのでしょう。

実際に伊香賀俊治教授の脳検査では、戸梶さんの血管年齢は50代だったといいますから驚きです。2年前と現在で「脳の状態」を比較する検査でも、戸梶さんを含む「暖かい家」に住むグループは、高齢にもかかわらず、脳機能が2年前と同等に維持されていました。一方、「寒い家」に住むグループは、たった2年で脳の機能低下が認められていたのです。

■不眠に悩んだ時期があったが、今はあっという間に眠れる

前の家とほぼ同じ場所に建つ戸梶さん宅ですが、質のいい断熱材を使用しているため、現在の美容室や住居はかつてより圧倒的に保温性に優れているというのです。

断熱とは、冬は外に逃げていく熱を、夏は内側へ入ってくる熱を断つこと。壁や床などに熱を通しにくい素材の断熱材を詰める手法で、その「質と厚み」により住宅の断熱レベルが変わります。断熱が貧弱だと、冬は室内から外へと大量に熱が逃げてしまうんですね。

起き抜けにベッドに座り、痛む腰を押さえる女性
写真=iStock.com/PixelsEffect
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PixelsEffect

一方で、昨年末に新築住宅を建てたという大㟢和江さんは「私は脳年齢の結果が悪かった」と肩を落としていました。最新性能の住宅で暮らし、どんなに検査結果がいいだろうと期待していたのに、実年齢を上回っていたそうです。

星旦二医師は「住まいを暖かくする対策をしても、それが数値として表れるには5~10年かかる」とみています。

「ですが、風邪をひかなくなったり、よく眠れるようになるなど、すぐに効果を感じることもあるはず。最新住宅ではアレルギー症状が治まったり、血圧も安定するでしょう」

その通り、梼原町内で断熱改修工事をした人には頭痛や肩こりが改善したという声がありました。大崎さんも“熟睡感”が違うと話します。

「古い家に住んでいた時、主人は不眠に悩んだ時期があったんです。今は二人ともあっという間に眠りにつきますよ。以前はお風呂から出ると寒くて早く洋服を着なきゃと思いましたが、今は脱衣所でもゆったり身支度ができる。窓も結露しなくなったし、家にいることが快適になりました」

■暖房がついていなくても、室温18度近くになる一戸建て

そして私も梼原町で、室内の暖かさと深い睡眠を実感しました。梼原町には国土交通省から支援を受け、伊香賀俊治教授監修のもとに健康と環境を考えて建設された体験型モデル住宅が2棟あります。断熱性に優れ、家の中のほとんどが17度以上に保たれているという一戸建てのモデル住宅に宿泊すると、東京都内の自宅マンションとは全く違う安らぎ感がありました。

11月のある日の21時すぎ、梼原町の外気温は7.5度で、手がかじかむほどでした。でもモデル住宅に一歩足を踏み入れると、ふわっと木の香りが漂い、暖かい空気に包まれるのです。暖房はついていませんでしたが、室温計は18度近くを示していました。家の中のすべてが均一の温度空間を体感すると、普段の自分が無意識に廊下、トイレ、風呂などで「寒いはず」と身構えているのがわかります。初めて訪れる家なのに心身が緩む、不思議な感覚でした。

そして普段の私は眠りについてから3、4時間すると目が覚めてしまい、トイレに行くことが多いのですが、このモデル住宅では朝まで一度も起きることがなかったのです。

■寒い家は暖かい家の1.6倍、頻尿になる

暑いと眠れないのは何となく理解できますが、寒い環境でも眠りが浅くなるのはなぜでしょうか。

伊香賀俊治教授は「布団の中が暖かくても、頭や肩は露出していますし、吸い込む空気も冷たい。体が冷えてしまい、尿意を催すのではないか」と指摘します。就寝前の居間の室温が18度の群を1とすると、12度未満の家では1.6倍、過活動膀胱(頻尿)の症状が多く出ていることも、それを裏付けます(国土交通省スマートウェルネス住宅等推進事業調査成果、泌尿器国際医学誌「Urology」2020年8月号掲載)。

また暖かい環境で眠ると、厚く重たい布団を使わなくてもいいのです。大崎さんも新築宅では冬場に軽い布団1枚で済むようになったと言いますが、私もモデル住宅で薄手の掛布団1枚のみの使用でした。日本エネルギーパス協会代表理事の今泉太爾氏によると「本来はお気に入りの掛布団1枚で眠れるくらいの室温がいい」そうです。

「一般的に掛布団は2キロ以下の重さにすると、スムーズに寝返りが打てるようです。室温が寒すぎると、掛布団+毛布など複数の寝具によってかなり重たくなってしまいます。掛布団を2キロ以内、お気に入りの掛布団1枚で済ますには、個人差があるものの、だいたい15度~18度以上の室温だと可能になるようです。そのあたりを目安に、自分が快適に眠れる室温を探すことが、質のいい睡眠をとるための第一歩です」

笹井恵理子『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)
笹井恵里子『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)

翌朝の起床もスムーズでした。寒い時期に温かい布団から気合いを入れて起きた経験は誰でもあるでしょう。それがモデル住宅ではすっと布団から出られるのです。

室内は朝でも空気が冷えきっていません。前夜に1時間ほどペレットストーブ(※おが屑を高温で固めた「ペレット」を燃やして、室内の空気は汚さず暖をとる方法。間伐時に生じるクズを原料としているため、地域の森林資源の循環を目指す、環境に配慮した暖房機器として知られる)を焚いていたのですが、その温かさがほんわか残ったマイルドな空気なのです。

一歩外に出れば、外気温は8度で、頬に冷気が突き刺さるようなのですが、住居が厚いバリアで覆われているような、外と中との境界線がしっかりしています。それがつまりは断熱性の優れている住宅ということです。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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