「第三のビール狙い撃ち増税」それでもアサヒとサッポロが全然めげていないワケ
プレジデントオンライン / 2020年11月2日 9時15分
■安さが売りの「新ジャンル」は値上げに
今年10月1日、酒税新税額の適用が始まった。これまで350ml缶1本あたりの税額はビールが77.0円、発泡酒46.99円、新ジャンルは28.0円だった。新税額は、ビールが70.0円で7円の値下げ、発泡酒は据え置き、新ジャンル(いわゆる第三のビール)は37.8円で9.8円の値上げになった。
改正前、ビールと新ジャンルの税額差は49.0円だった。この税額差が新ジャンルの人気を押し上げていたが、今回の改正で税額差は32.2円に縮まった。ビール会社が苦労して開発してきた新ジャンルの価格優位性が弱まるが、取材した2社は思いのほかめげていない。その真意を聞いてみた。
■そもそもなぜ3種類もあるのか
そもそもビールの他に発泡酒、新ジャンルがあり、それぞれになぜ税額が異なるのかを知らない人もいるだろう。ビール類の複雑さを理解するには、酒税の歴史を振り返る必要がある。
酒税の税額は、アルコール依存症を防ぐため、アルコール度数が高いほど税額が高く設定される傾向がある。その例外の一つがビールだ。ビールは他のお酒に比べてアルコール度数は低めだが、その割に税額が高い。海外との比較でも、改正前はアメリカの約10倍、ドイツの約20倍という高さだった。
戦後のビール史は、増税の歴史だった。昭和50年代には4回の増税が行われ、1989年の消費税導入時に大びん1本当たり10円の調整減税が行われたものの、94年にはふたたび10円近い増税に。この税負担を回避するため、ビール会社は新たに麦芽比率の低いお酒を開発した。それが酒税上ビールに分類されない「発泡酒」だ。先駆けは94年のサントリー「ホップス」で、98年キリン「麒麟淡麗<生>」の大ヒットで発泡酒市場は一気に拡大した。
■狙い撃ちの増税は繰り返されてきたが…
成長する発泡酒市場に冷水を浴びせるように、03年に発泡酒の税額が上がった。サッポロが発泡酒とも異なる新ジャンルで「ドラフトワン」を発売したのは、この増税の4カ月後。サッポロビールのマーケティング本部長で、当時はドラフトワンの商品開発担当グループリーダーを務めていた野瀬裕之氏が経緯を振り返る。
「社内に『発泡酒よりさらに安いものを出すのは、お客様に安かろう、悪かろうと思われるのでは?』という声があったことは事実です。しかしエビスや黒ラベルの商品設計とは異なっており、また発泡酒の次にはお客様がさらにスッキリしたものを求めているという確信があった。カニバリズム(利益の食い合い)が起きたとしても、その期待に応えてトータルで支持いただければよいと考えました」
06年にはふたたび酒税が改正され、今度は新ジャンルの税額が上がる。メーカーの企業努力を否定するかのような狙い撃ちの増税だ。しかし、新ジャンルの勢いは衰えなかった。07年以降、サントリー「金麦」、アサヒ「クリアアサヒ」、サッポロ「麦とホップ」に代表される、発泡酒と麦系スピリッツを混ぜてつくる新ジャンルが登場したからだ。アサヒビールの古澤毅ビールマーケティング部部長は次のように解説する。
■「ビールじゃなくてもおいしいから飲みたい」
「新ジャンルを購入するお客様にアンケートをとると、かつては100人中100人が『本当はビールを飲みたいが、安いから飲んでいる』とお答えでした。しかし、原材料にこれまでの豆から麦芽を使用するようになったことでよりビールらしいおいしさに近づき、お客様の評価が変わりました。今では、『リーズナブルだから』は6割程度。残りの4割のお客様は、飲みやすさや味、糖質オフなどの機能性といった理由で積極的に新ジャンルを選んでいます」
新ジャンルの勢いは数字でも裏付けられている。麦芽を原料とした新ジャンルが登場する前の2006年、課税数量に占める割合はビールが55.6%、発泡酒が25.1%、新ジャンルは19.3%だった。しかし、19年にはビール47.5%、発泡酒12.2%、新ジャンル40.3%と様変わりした。低迷が続くビール、風前の灯の発泡酒、たくましく成長を続ける新ジャンル――。これが酒税改正前の勢力図だった。
■「家飲み贅沢派」が増え、缶ビールが好調
酒税改正で値上がりする新ジャンルは、改正前の駆け込み需要が期待できる。メーカーとしても売り時だったが、その前に想定外の事態が起きた。新型コロナウイルスの感染拡大だ。コロナ禍は、ビール類の売れ行きにどのような影響を与えたのだろうか。
まず注目したいのは、新ジャンルからビールへのシフトだ。サッポロの場合は外食しづらくなった影響で、スーパーでお寿司を買ったりデリバリーで食事を頼んだりするなど家庭でリッチな食事をするケースが増え、それに伴って家庭ではプレミアムなビールが売れた。
「『黒ラベル』は5年前から成長フェーズに入っていたが、コロナ禍でも好調が続いている。お父さんたちが居酒屋に行けなくなったが、外で飲んでいるブランドを家でも飲みたいと、自分で仕事帰りに買って帰っているのではないか」(サッポロ・野瀬氏)
■「アサヒ ザ・リッチ」は想定を上回る大ヒット
一方、ビールから新ジャンルにシフトする逆の流れも起きた。コロナ禍による経済的不安が、もとからあった節約志向に拍車をかけた形だ。アサヒは新ジャンルの「アサヒ ザ・リッチ」を3月に発売したが、発売当時の計画を上回る売れ行きで、9月単月の販売数量は過去最高の105万箱を記録した。年間販売目標を二度上方修正し、年間950万箱の販売を目指している。
「業務用を中心に『アサヒスーパードライ』はコロナの影響を受けました。しかし、『アサヒ ザ・リッチ』が、ビールの販売減を一部補ってくれました。実は『アサヒ ザ・リッチ』の店頭活動を始めたのは、緊急事態宣言の前。もう少し遅ければ売り場をつくることができず、苦戦を強いられていたかもしれません」(古澤氏)
さらに三つ目の流れとして、ビール・新ジャンルにかかわらず、さまざまなブランドを試す購買行動も目立った。これもコロナ禍で家にいる時間が増えたためだろう。
これら3つの流れが重なった結果、全体ではどうだったのか。アサヒは「数字を俯瞰すると、ビールから新ジャンルへのシフトが他を上回った」(古澤氏)。サッポロも同様で、ビールの販売数量(今年1~6月)が前年同期比78%と落ち込んでいるのに対して、新ジャンルは135%と大きく伸びた。現状では、コロナ禍は従来のトレンドを強化する方向に作用している。
■“第4のビール”は今後生まれるのか
コロナ禍でさらに存在感を増した新ジャンルだが、今回の増税で流れは変わるのか。実は今回の税額変更は、18年に決定した酒税改正の第一弾にすぎない。この後、23年10月、26年10月にも税額の変更が行われ、最終的にビールも新ジャンルも同じ税額(350ml缶1本54.25円)になる(発泡酒は23年に新ジャンルに併合)。これまで新ジャンルが受けてきた税制面の恩恵は6年後に消えてなくなる。
「ビールとの税額差がなくなっても、価格差は残ることが予想される。市場が縮小してブランドは淘汰されるものの、一定数は残る」(古澤氏)という見方は強いが、今後は縮小するパイの奪い合いになることが予想される。
「おそらくスッキリ系とコク系に分かれる。わが社はスッキリ系を好むお客様には『クリアアサヒ』、よりコクや味わいを求めるお客様には『アサヒ ザ・リッチ』を提案し、この2ブランドで勝負していきます」(古澤氏)
「新ジャンルは集中化戦略で、当社はツートップの『ゴールドスター』『麦とホップ』をこれからも磨き続ける。プレミアム路線は多様な味の違いで選ばれるが、リーズナブルな新ジャンルは、純粋においしいかどうか。さらにおいしさを追求して、お客様の期待に応えていきます」(野瀬氏)
さらに安い“第4のビール”の開発はあるのかと問うと、「定義によるが、税率が一本化されるので考えていない」(野瀬氏)「むしろビールより高いプレミアムな新ジャンルを開発する可能性もある」(古澤氏)ときっぱり。今後は新ジャンルも安さではなく味や機能性で訴求する時代になりそうだ。
■カギは「ビールのプレミアム性を上げる」
さて、新ジャンルは冬の時代に突入するが、意外にもメーカーの表情は明るい。なぜなら、新ジャンル増税の一方で、宿願だったビール減税が果たされたからだ。税額にかかわらず、ビールは新ジャンルより単価や利益率が高い。メーカーはビールが売れたほうが儲かるため、今回の酒税改正は大歓迎である。
「アサヒスーパードライ」という強いブランドを持つアサヒは当然、ビール復権に向けて鼻息が荒い。
「今回の改正で、市場全体で110万人の新規のビールユーザーが増えて、発泡酒や新ジャンルと伴飲するユーザー180万人の方がビールの飲用量を増やすと分析しています。この2つを合わせて300万~400万箱は市場が拡大するはず。そのうちの半分を『アサヒスーパードライ』で取りにいく」(古澤氏)
ビールの比率が高いサッポロも、ビール値下げを好機ととらえている。
「税額が変わって、プレミアム性かリーズナブル性か、どちらもそれぞれ振り切って魅力を発揮しないとお客様に選ばれなくなるでしょう。ビールは新ブランドを立ち上げるのが難しいジャンルだが、わが社は『エビス』『黒ラベル』で一定の知名度がある。この2つのブランド以外にも多様なブランドを活かして、プレミアム性を発揮していきたい」(野瀬氏)
両社は今後の戦略を明かしてくれたが、はたして青写真どおりにいくのか。酒税改正の影響が見えてくるのは、まさにこれからビール派も新ジャンル派も、この年末のビール類の売れ行きに注目だ。
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ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。
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(ジャーナリスト 村上 敬)
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