「賞味期限を過ぎたら食べないほうがいい」が間違いである根本的な理由
プレジデントオンライン / 2020年10月30日 11時15分
■食品の期限をめぐる問題はプロですら誤解する
10月30日は「食品ロス削減の日」です。昨年施行された食品ロス削減推進法により定められました。ご存知でしたか? 食品ロス削減はSDGsにおいても重要なテーマとなっています。
食品を捨てるなんてもったいない。しっかり食べよう。期限切れの食品も。
でも、食べても大丈夫? 食中毒にならない? そもそも、期限切れはいつまでなら食べられる?……。
逡巡が起きますよね。インターネットを検索すると、記事やSNS等でこの問題に関する情報が大量に引っかかってきます。が、正直に言って多くの情報が間違いだらけ。賞味期限と消費期限、安全性と品質の話がもうゴチャゴチャです。
ただし、一般の人が間違えるのも無理はない。プロですら誤解しています。たとえば10月12日に株式会社バンダイナムコアミューズメントが公表したこのお詫び。「提供したドリンク4杯に賞味期限切れの食材を使用していたことが判明」として“深くお詫び”していますが、法律上は、食品加工時に賞味期限切れの食材を使うことは許されています。いくつか条件付きではありますが。謝罪なんて、する必要があったのかどうか……。
そこで、安全を守り食品ロスを抑えるための期限を巡るポイントをお伝えしましょう。ただし、先に書いておきますが、歯切れが悪いですよ。期限の話、とても複雑なのです。
■1.まずは、消費期限と賞味期限を区別する
野菜などの生鮮食品には原則として期限は付けなくてよく、加工食品は消費期限か賞味期限を表示しなければなりません。
まず、どちらの期限がついているかを知るのが、食品の安全性を判断するうえで非常に重要です。
消費期限は、品質が急速に劣化する弁当や調理パン、そうざい、生ケーキや生和菓子等に付けられるもの。食べても安全な期限です。したがって、消費期限が切れた食品は食べないほうがよいのです。
一方、賞味期限はスナック菓子や即席麺類、缶詰など、比較的品質が劣化しにくい食品に付けられます。おいしく食べることができる期限なので、賞味期限切れであってもまだ食べられます。
ところが、多くの人が消費期限と賞味期限を区別していません。よく「日付しか印字されてないよ」と言われます。そういう人は、パッケージの四角の線で囲った中をみてください。「一括表示欄」と呼ばれていて、重要な表示項目はこの中に書く、と決まっています。ここに、賞味期限か消費期限かが明記されています。
ただし、日付は欄外に書いてもよいことになっています。そのため、目立つところに印字された日付だけを見る人が少なくないのです。一括表示欄には保存方法も書かれていますので、まずはしっかりと見ましょう。
■2.期限は、事業者自身が科学的根拠を基に設定する
食品の期限は、どのような食品か、どんな原材料を用いどのレベルの衛生管理で製造したか、なにで包装するか、何度で保存しているか等でまったく異なります。そのため、期限は製造や加工を行い包装する事業者が自らの責任で決めます。こうした細かい内容は、食品表示法に基づく食品表示基準やQ&A等により規定されています。
事業者は、微生物の変化を調べる「微生物試験」、食品が変質して栄養素が分解したり新しい物質ができたりしていないかなどを調べる「理化学試験」、味や風味などを人が食べて確認する「官能試験」なども行って、科学的根拠に基づいて消費期限や賞味期限を設定します。よく、「企業が決めた期限なんて信用できるわけがない。国が食品ごとに決めるべきだ」という人がいますが、その食品の細かい内容にもっとも詳しい企業だからこそ、期限を科学的に決められるのです。
また、輸入食品の場合には、日本に所在する輸入事業者が、製造加工業者から情報を得て期限を決定します。
たとえば豆腐は、数日で品質劣化し消費期限が付けられているもの、一定日数は品質を維持し賞味期限が表示されているもの、さらには常温で180日間日持ちするものまであります。それぞれの事業者が判断して表示しています。
牛乳も、消費期限が付いているものと賞味期限が付いているものの二通りあります。
殺菌方法によって異なるのです。多くの牛乳で取り入れられている「超高熱瞬間殺菌」(UHT)は120~150℃で1~3秒加熱するもの。このタイプの牛乳には賞味期限が付けられています。
一方、63~65℃で30分間加熱する「低温保持殺菌」の牛乳に付けられるのは消費期限。低温なので、超高熱瞬間殺菌ほどの殺菌効果がなく悪くなりやすく、消費期限が付けられているのです。
どちらの期限かは牛乳の場合、日付の横に明記されています。
■3.賞味期限は多少過ぎてもおいしく食べられる
賞味期限は、科学的な検査等で得られた「おいしく食べられる期限」よりも少し短めに設定されています。たとえば、製造日から120日間、おいしく品質にまったく問題ない製品であれば、120に安全係数として0.8をかけ算して96日後を賞味期限とする、という具合です。この場合、賞味期限後の24日間は、おいしく食べられます。その後、緩やかに風味等は落ちて行きますが、すぐに食べられなくなるわけではありません。安全係数として1未満のどんな数字をかけ算するか。その判断は事業者自身に任せられています。
ただし、卵の賞味期限だけは意味が異なります。卵の賞味期限は「生で食べられる期限」です。
卵は、サルモネラ菌汚染を完全にゼロにすることができず、内閣府食品安全委員会の調査研究では10万個中3個、サルモネラ菌を中に含む卵が見つかりました。しかし、菌数はわずかでした。
卵を冷蔵し賞味期限内であれば菌は中で増殖しておらず、生で食べても発症にはつながりません。しかし、賞味期限を過ぎると、その後は卵の中で少しずつ菌が増えて行くとみられます。菌を多く食べると食中毒になるため、期限を過ぎたら加熱して菌を殺してから食べるべきです。
菌が増えていても加熱すれば菌の害はないため、賞味期限が過ぎたからといって卵を捨ててしまう必要はありません。とはいえ、賞味期限を何週間も過ぎた、というような卵は×。期限が切れた卵はせいぜい1週間程度で加熱して食べきってしまいましょう。
それに、冷蔵していなければ菌の増殖は早まるため、保存は必ず冷蔵で。殻が割れると、中の菌が急速に増殖したり外から菌が入り込んだりしますので、殻が割れた卵は賞味期限にかかわらずすぐに加熱して食べましょう。
■4.期限切れ販売=「法律違反」とは言えないが
食品の販売が禁止されるのは食品衛生法に違反する場合です。食品が衛生上の危害を及ぼすおそれがなければ、一律に禁止とはなりません。しかし、消費期限が付けられた食品は食品表示基準Q&A(加工‐38)により、「この期限を過ぎた食品については飲食に供することを避けるべき性格のものであり、これを販売することは厳に慎むべき」とされています。
一方、賞味期限については同じQ&Aで「期限を過ぎたからといって直ちに食品衛生上問題が生じるものではありませんが、期限内に販売することが望まれます」と記述されています。
同じように、製造・加工事業者が原材料として使ってよいかも判断されます。
Q&A(加工‐43)によれば、消費期限切れの食品を原材料として使用するのは「厳に慎むべき」とされています。賞味期限切れの食材使用については、「提供する製品の品質に問題がないことを科学的・合理的な方法で確認するとともに、その関係記録・帳簿等が保存されている」など、一定の条件を満たせば原材料として使ってもよいとされています。したがって、冒頭のバンダイナムコの件も、まったく問題なかった可能性があります。
最近、個人的に気になるのは、賞味期限切れの食品を安価で販売する店のこと。食品ロス削減の切り札として、テレビニュースなどでも取り上げられています。期限切れ1年以内の食品に限るとか、バイヤーが実際に食べたり飲んだりして品質を確かめるとか。
たしかに、多くの食品は賞味期限切れであっても問題ないのですが、食品の原材料や製法、それに容器等によって、品質がどの程度保たれるかはまちまちです。そして、非常に重要なのは保存方法。温度や湿度等によって食品の品質劣化のスピードは大きく変わるので、一括表示欄に、「要冷蔵(10℃以下) 」「直射日光を避ける」などと記載されます。期限が有効なのはこの保存方法を守って保管されていたときだけ。期限と保存方法は必ずセットでチェックされるべきです。
たとえば、日本缶詰びん詰めレトルト食品協会は「缶詰、びん詰、レトルト食品は賞味期限を過ぎたらどうなる?」というページを設けて、それぞれの特徴や保存方法を説明しています。
■賞味期限が切れたら食べない方がよい食品もある
食品の種類によっては、賞味期限切れを食べない方がよい、という食品もやっぱりあります。個人的には、浅漬けは賞味期限が切れたら食べません。浅漬けは野菜を生の食感のまま漬けるという商品の特性上、加熱殺菌が難しく、開封前であっても中に菌が含まれています。しかも、塩味が薄いため塩分による菌抑制効果がなく、日が経つと増殖し変質しやすいのです。事業者によっては消費期限を表示するところもあり、衛生品質の管理は容易ではありません。
一方、同じ漬物であっても容器包装に充填後に加熱殺菌したものもあり、賞味期限が切れた後もかなり長期間、おいしく食べられます。消費者にとってはなんともわかりにくい話です。
賞味期限切れの食品をいつまで食べられるか、というのは、食品のことを知れば知るほど、どうしても説明の歯切れが悪くなる難問です。賞味期限切れの食品を販売する店が、こうした科学を知ったうえで販売してくれるとよいのですが。
「食品ロスを減らすために食べましょう」だけで片付けられることでないのはたしか、です。
■5.事業者が表示する期限は、開封されていない時のみ有効
実際のところ、これがもっとも大きな誤解かもしれません。消費期限も賞味期限も、加工食品が開封されておらず、表示に記載された保存方法が守られていた時のみ有効です。パッケージが開けられると、空気中をただようカビの胞子や消費者の手に付いた細菌等が中に入り放題となり、温度によっても微生物の増殖や食品成分の変質状況は変わりますので、事業者の責任の範疇ではありません。消費者は、開封したらなるべくはやく食べきるのが鉄則です。
ただし、すぐに食べきることが難しい食品はマヨネーズや食用油、みそなど、たしかにあります。多くの企業がウェブサイト等でこの疑問に回答しています。たとえば、(株)味の素のお客様相談センターはマヨネーズについて、「開栓後は、キャップをしっかりしめて、冷蔵庫保存をお勧めします。(中略)開封後は、なるべく1ヵ月以内にお召し上がりください」と説明しています。
キューピー(株)はマヨネーズについては「開栓後は冷蔵庫で保存し、1カ月を目安に召しあがってください」としています。同社の「アヲハタ55ジャム」は、「開栓後は、冷蔵庫(10℃以下)に入れていただいて、2週間を目安にお早めにお召しあがりください。(中略)清潔なスプーンを用い、使用後はすぐにキャップを閉めてください」とのことです。
ハナマルキ(株)は「よくある質問」の中で、「みそは発酵食品であり、古くから保存食として使用されてきました。このため、賞味期限が過ぎてもご使用できなくなるわけではございませんが、風味に変化が生じてしまいますので、期限内にご使用頂きますことをお願いいたしております」と説明しています。
これらは、各社が自らの製品の原材料や性質等を把握しているからこそ、責任を持って答えられること。したがって、「マヨネーズは1カ月、ジャムは2週間」などと一般化するのは不可能です。
〈参考文献〉
消費者庁・食品表示法等(法令及び一元化情報)
消費者庁・[食品ロス削減]食べもののムダをなくそうプロジェクト
味の素お客様相談センター・知ってお得なマメ知識 適切な「保存方法」
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科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『効かない健康食品 危ない自然・天然』(光文社新書)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同、科学ジャーナリスト賞受賞)など。
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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)
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