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「扱いが現地の人と同じ」駐在ビジネスマンが中国隔離で目の当たりにした4大不便

プレジデントオンライン / 2020年11月2日 11時15分

部屋はツインルーム。広さは十分だ。

中国では、外国からの入国者には集中隔離施設での厳格な隔離が義務付けられている。隔離された人はどのような生活を送っているのか。中国語翻訳者でライターの沢井メグ氏が、上海で14日間の隔離生活を送ったビジネスマンに取材した――。

■10年以上ぶりの中国はコロナ禍で様変わりしていた

世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、ウイルスの感染がおおむね抑制されているとされる中国。その中国・山東省青島市で2020年10月12日、新たに新型コロナウイルスの感染者6名が確認された。これは入国者を除いた国内の感染例として2カ月ぶりのことで、病院内での集団感染が疑われているという。

感染確認後すぐ、市民約1000万人のPCR検査を行うことが発表された。感染者6名に対し1000万人の検査。大規模なPCR検査は4日間で完了した。このシラミ潰し、もしくはローラー作戦とも言える対策からは中国の「ウイルスを絶対に広げない」という強い意志を感じることができるだろう。

その強い方針は海外からの入国者に対しても同様だ。10月19日現在、外国からの入国者には集中隔離施設での厳格な隔離が義務付けられている。この徹底した隔離措置は「ウイルスをおおむね抑制」という結果を生み出したひとつの要因であることは間違いない。

だが、それは入国者、特にさほど中国になじみのない日本人にとってはあまりにも厳しい環境だった。実際に10月2日~10月16日まで隔離生活を送った日本人ビジネスマン・平田慧輔さん(30代、仮名)に話を聞いた。

日本国内の企業に勤める平田さんは、この度、北京市から新幹線で約30分の港町・天津市への赴任が決まり上海経由で向かうことになった。平田さんは学生時代に中国での滞在歴があるが、前回、中国に来たのは10年以上前のことだ。このコロナ禍ですっかり様変わりした様子に緊張が走ったという。中国での隔離生活で、平田さんは日本人として直面した「特に驚いたこと」が4つあったという。最大の困難は意外な場所に潜んでいた。

■入国早々、最大のピンチに見舞われる

「飛行機は定刻通りに上海浦東空港に到着したのですが、着陸後、防護服を着た中国人の職員が乗って来て『ああコロナなんだ』と実感しました。少しギョッとしましたが、防護服のスタッフと乗客の接触は特になかったです」

降機後、平田さんら乗客はパーテーションで1つ1つ区切られたカウンターに案内された。そこにも防護服を着た職員がおり、義務づけられている健康管理アプリの登録内容確認、空港でのPCR検査の同意書にサインし、検査へ。平時なら「空の玄関」と入国者を歓迎してくれる空港も、コロナ禍では水際作戦の最前線だ。当然、売店などの営業はなく、空港は物々しい雰囲気が漂う巨大な検疫センターと化していた。

手続きが終わり、いよいよ入国へ。ここで平田さんは隔離生活での最大のピンチに見舞われることになる。入国の際に、職員に目的地を尋ねられたところ、平田さんは目下の目的地・隔離先の「上海」と答えたのだ。

「これが修羅場の始まりでした」

上海浦東空港。空港全体が大きな検疫センターと化している。
上海浦東空港。空港全体が大きな検疫センターと化している。

■道を尋ねても「あっちに聞け」とたらい回し

7月27日以降、上海市では最終目的地が上海の場合、現地に固定の住居があるなど一定の条件を満たす入国者の隔離措置として「集中隔離施設で7日間+自宅で7日間」も選択可能となった。また最終目的地が上海に隣接する3省の場合は条件つきで4日目以降の隔離を目的地で行えるようにもなっている。条件を満たさない、または満たしていても自宅隔離を希望しない入国者は上海の集中隔離施設で14日間の隔離措置がとられる。

職員が平田さんに目的地を尋ねた意図は、「14日の隔離期間を、どこで過ごす人か」の振り分けのためだったのだ。平田さんは最終目的地である天津と答えるべきだったところ、上海と答えたため、上海に住居を持つ人たちの待機場所に案内されたのである。しばらくして平田さんは間違いに気づいたそうだ。それなら本来、行くべきだった待機場所に行けば済むはずである。だが、平田さんは「たらいまわしにされた」と話す。

「戻る道を尋ねても『わからないから、あっちに聞け』と次々とたらいまわしにされたんです。みんな、自分の持ち場の仕事はしっかりするけれど他のことは一切関知しないというスタンスのようでした。そもそもスタッフの姿もまばらで、イレギュラーな対応まで手が回らなかったのかもしれません。そして英語が通じませんでした」

■言葉が通じない中、1時間以上空港内をさまよう

本来、国際空港には英語が堪能なスタッフがいるはずだ。ましてや浦東空港は中国の主要ハブ空港の1つである。だが平田さんによると空港職員から英語が発せられることはなかったという。

「全部中国語です。防護服を着ていたのではっきりとはわかりませんが、空港のスタッフではなく、コロナ対策のために動員された検疫関係や公安の人だったのかもしれません。さらに空港は、検疫のためにパーテーションで区切られていて迷路のようになっていたので、余計に迷ってしまいました。結局、空港内を1時間以上さまよったのですが、その間、不安で心身共に疲れ果てました」

上海の空港内はパーテーションで仕切られ迷路のようになっていた。
上海の空港内はパーテーションで仕切られ迷路のようになっていた。

平田さんは何とか本来行くべきだった待機場所にたどり着いた後も心休まることはなかったそうだ。

「その先はバスに乗って隔離先に行くのですが、バスの出発時間も、隔離先の場所も、聞いても『決まっていない』と言われるだけでした」

見通しの立たない「待ち」ほど長く感じるものはない。「結局、平田さんにバスに乗車するよう指示があったのは、待合場所にたどり着いてから3時間後だった。日本人と中国人あわせて15名ほどの乗車が終わると、目的地が明かされないままバスは出発した。巨大迷路と化した空港、長い待ち時間、行先不明のもはやミステリーツアー状態の移動に平田さんはすっかり疲れてしまった。

■「14日間、部屋の掃除は一切なし」

ようやく隔離施設となるホテルに着いたとき、上海に到着してから実に5時間半が経過していた。案内されたのは上海市内のビジネスホテルだ。

隔離先となったホテル。ドアには「マスク着用」「ソーシャルディスタンスの確保」「建物へは4人ずつ入るように」と細かい指示が張り出されている。
隔離先となったホテル。ドアには「マスク着用」「ソーシャルディスタンスの確保」「建物へは4人ずつ入るように」と細かい指示が張り出されている。

このホテルチェーンは有名旅行サイトで星5つ中3.7以上の高い評価を得ている施設だ。何より清潔感がある。しかし、ホテルのロビーで告げられたのは「隔離期間中、部屋の清掃はなし」という規則だった。これが平田さんにとって2つ目の衝撃だ。隔離期間は部屋の掃除機がけやトイレの掃除だけでなく、アメニティーの補充やタオル・シーツの交換も一切なしなのだ。

風呂はシャワーのみ。タオルの交換はないので部屋のタオルを自分で洗って使い回す。
風呂はシャワーのみ。タオルの交換はないので部屋のタオルを自分で洗って使い回す。

「これは参りました。ホテル側からはとにかく『汚さないように使え』とだけ。シャンプーやひげ剃りは持ってきていたので良かったのですが、タオルは足りません。ホテルからの貸し出しは2枚だけで、手洗いして使い回しました。しかし、シーツだけは手洗いは無理で、どうしようもなくて。ファブリーズを持ってくるべきだったと後悔しました」

■隔離施設の利用料約9万円は自腹

部屋の清掃がない以外に、ホテルでは以下のように隔離生活のルールが定められていた。

・隔離部屋に入室後は1歩も部屋から出ることはできない。
・毎日2回9時と15時に体温の報告義務。報告は中国のメッセージアプリ「WeChat」のグループチャットで行う。
・ホテル側とのコミュニケーションもWeChatのみ。
・食事は1日3回。7時、11時、17時に各部屋ドアの廊下側にある台の上に置かれる。
・ゴミは毎日回収。ゴミ袋にまとめて廊下に出すこと。
・面会、差し入れは禁止。
・飲酒、喫煙は禁止。
・脱走など違反者は最大で7日間の隔離延長措置。
毎日2回の検温報告が義務付けられている。ホテルから貸し出されたのは昔ながらの水銀式の体温計だった。
毎日2回の検温報告が義務付けられている。ホテルから貸し出されたのは昔ながらの水銀式の体温計だった。

特に人との接触は厳格に管理された。廊下には防護服を着た警備員が目を光らせ、一定時間ドアを開けているとアラームが鳴る。食事の支給時もスタッフが完全に立ち去ってから受け取るようにと厳しく伝えられたという。本当に14日間、誰とも会えないのだ。

換気のために部屋の窓が常時開いている。閉めることはできないようになっていた。
換気のために部屋の窓が常時開いている。閉めることはできないようになっていた。

なお、隔離施設の利用料は自己負担だ。隔離部屋への入室前に一括で支払うよう求められたが、クレジットカードは不可。平田さんは14日分の食費込の施設利用料+PCR検査料、合計5800元(約9万円)を現金で支払った。「念のため出国前に両替しておいて助かりました」と振り返る。

■食事は「好き好んで食べるものではない」

部屋の環境は隔離生活のクオリティーを左右するものだが、同じくらい重要なのが食事である。平田さんは3つ目の困ったこととして食事を挙げた。

「食事は弁当です。おいしいおかずもありましたが、わざわざ買って食べるものではないですね」

食事のパターンは決まっていて、朝は粥、マントウ(具のない肉まんのようなパン)や油条(中国式揚げパン)、煮卵、おかず、ヨーグルト。昼と夜はご飯、主菜、副菜3種だ。生野菜は出ないが、たまに果物やフルーツジュースが出たという。

「私のホテルでは、弁当箱に仕切りがあるだけいいほうだったようです。他のホテルで隔離されていた人に聞くと、箱に仕切りがなくて手元に届く頃にはご飯と数種類のおかずが混ざってビビンバ状態になっていたそうです。

私は朝食に必ず出てくるお粥が苦手で、朝はマントウくらいしか食べられませんでした。スープに入った温かいキュウリの味も慣れませんでした。

ある日の朝食。白いスープのようなものはお粥。中国のお粥が苦手な平田さんは朝食では食べられるものが少なかったそうだ。
ある日の朝食。白いスープのようなものはお粥。中国のお粥が苦手な平田さんは朝食では食べられるものが少なかったそうだ。
昼食と夕食は、ご飯、主菜、副菜3種とスープが基本。
昼食と夕食は、ご飯、主菜、副菜3種とスープが基本。
食事に生野菜は出ないが、ジュースや果物が出ることはあった。
食事に生野菜は出ないが、ジュースや果物が出ることはあった。

中国人や、中国の食事に慣れている人なら大丈夫だと思いますが、私はちょっと厳しかったです」

基本的に出されたものを食べるしかないが、このホテルでは指定業者からのデリバリーが可能だった。

それでも、平田さんは利用しなかった。支払い方法が中国のキャッシュレス決済のみで、平田さんはそのアプリに登録していなかったためだ。

現在、中国のキャッシュレス決済の一部のブランドは、中国に銀行口座がない入国者でも制限つきで利用可能だ。しかし登録に中国国外、つまり日本の携帯電話の番号を必要としているという。平田さんはすでに中国の携帯番号に移行していたため、中国のキャッシュレス決済を利用できない状態だったのだ。

「一応、日本を出る前に『デリバリーができるホテルもあるらしい』という話は聞いていたのですが、どのホテルに当たるかは事前にわからないですし、14日間だけのことだからと思ってアプリは準備せずに来てしまいました。実際にメニューを見ると利用してみたくなり、後悔しました」

デリバリーメニューの一部。弁当、ワンタン等の温かい食事からカップ麺までラインナップは豊富。価格も良心的だと言えるだろう。
デリバリーメニューの一部。弁当、ワンタン等の温かい食事からカップ麺までラインナップは豊富。価格も良心的だと言えるだろう。

■渡された水は14日分で500mlのペットボトル6本だけ

そして食事以上に衝撃的だったのは、4つ目の飲み物問題だ。

「水の支給はあったのですが14日分として500mlのペットボトルを6本渡されただけでした」

単純計算して1日あたり200mlほど、コップ1杯の水しか飲めないということになる。日本なら水道水を飲めば済むことだが、中国ではそうはいかない。水の硬度の違いというより、質の問題だ。中国では水源の汚染、水道管の老朽化等により、水道水を沸騰させても有害物質や重金属が含まれるケースが報告されており、しばしば問題視されているのだ。14日間のこととは言え、浄水器を通しているかわからない水道水は、たとえ沸かしてでも飲むのは避けたいところである。

「いくら何でも少なすぎました。なので、隔離メンバーみんなでホテル側に交渉したところ、追加で24本もらえました」

その交渉も全てWeChatで行ったそうだ。体温報告をするグループチャットには、ホテル側の担当者がついていて、隔離についての質問もすることができたという。そのやり取りを見せてもらったが、領収書や最終目的地への移動手段など1人1人の細かい質問に対し、スタッフから丁寧な返信があった。

最初に支給された水は14日間で500ml×6本のみ。交渉後、追加で24本が支給された。
最初に支給された水は14日間で500ml×6本のみ。交渉後、追加で24本が支給された。

「担当者は日替わりで、返事の速さは人によって異なりました。すぐ返事があることもあれば、スルーされることも。やりとりの中で翻訳アプリをフル活用しましたね」

■「特別扱いされない」ことで困る場面が多かった

以上が平田さんが挙げる隔離生活での驚きや大変だったことだ。時間の過ごし方については幸いデスクワークがあったため、退屈することはなかったという。だが、そのほかホテル貸し出しの体温計が正しく計測できない、施設利用料の領収書がなかなかもらえないなど細かい部分での困りごとは多くあったそうだ。

隔離を終えた平田さんは14日間の隔離生活をこう振り返る。

「初めての隔離生活は何をとっても大変でした。そのなかで一番を挙げるとしたら『心細さ』が強かった空港での迷子でしょうか。外国人であることを理由に『コロナを持っているんじゃないか』と差別されたとか冷たい対応されたということはありませんでしたが……」

むしろ、中国人と同じ対応だったからこそ困ったというのが事実だろう。空港でも隔離施設でも、中国人と外国人は分けられず説明は口頭も書面も全て中国語だ。平田さんの場合、偶然同じグループに中国語が堪能な日本人がいて通訳してくれたことで事なきを得たが、外国人への配慮は感じられなかったそうだ。食事の内容や支払い方法についても同様だ。

■中国慣れしていない人にとっては酷な環境だった

そんな平田さんのケースから見てとれるのは、まず「中国が水際作戦に総力をあげていること」だ。その一方で、水際作戦に注力するあまりコロナ禍での入国者というマイノリティーのなかの、さらにマイノリティーである「現地に慣れていない外国人」までの配慮は手が回っていないように感じられた。

「今、中国に入国するのは基本的に中国人や中国と深い関わりがある人が大半ですから」と平田さんは話す。現地法人がある会社に勤める平田さんも、ある意味中国と深いつながりがあると言えるが、彼本人は初めての中国赴任だ。そんな平田さんに中国人や頻繁に日中間を往来している人と同じように、少ない説明で理解し行動しろというのは酷だと言えるだろう。水際作戦は大きな問題なく遂行されているが、実は平田さんのような人がマニュアルの網の目からこぼれ落ちてしまっているのではないだろうか。

■外国人ならではの問題への対策を強化してほしい

それでも現場では駐在員を必要としている。平田さんの会社でも1月の旧正月シーズンに中国事業所の日本人スタッフが帰国、その後新型コロナの影響で中国に戻れず、そのまま不在となっていた。日本人不在の長期化により会社の業績に深刻な影響を及ぼす恐れがあり、早急な赴任が求められていたのだ。

「私が何とか隔離生活を終えられたのは会社からバックアップがあったおかげです。それでも困ることはありましたが」

そして、「今後、私と同じ理由で中国に赴任する人は増えるかもしれません」と平田さんは予想する。

今後、多くの日本人が中国に渡ることになるのであれば、より一層の隔離生活に関する情報発信や、外国人ならではの問題への対策が求められるだろう。

隔離生活について、平田さんは終始、淡々と答えてくれていたが最後にこう述べた。

「もし個人での入国だったら、こんな隔離は耐えられなかったと思います」

(ライター/翻訳者(中日) 沢井 メグ)

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