「BBQとワーホリ」で経済を回すオーストラリアは日本のお手本だ
プレジデントオンライン / 2020年10月29日 15時15分
※本稿は、加谷珪一『日本は小国になるが、それは絶望ではない』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
労働生産性ランキング「上位15カ国は小国が多い」
諸外国の中で、どのような国が高い労働生産性を実現しているのでしょうか。
次の表は、2018年における労働生産性と人口を示したものです(人口については2019年)。
1位はアイルランド、2位はルクセンブルク、3位はノルウェー、4位はベルギー、5位はデンマークとなっています。上位15カ国を見ると、人口が少ない小国が多いことがわかります。一般的な傾向としては、小国の方が生産性向上には有利ということになるでしょう。
もっとも、米国だけは別格で3億3000万人もの人口を抱えながら、欧州の小国と同レベルの生産性を実現しています。
米国というのは、エネルギーと食料をすべて自給することができ、先進国としては珍しく一貫して人口が増え続けるという極めて特殊な国です。日本をはじめ他国が参考にするのはかなり難しいと考えた方がよさそうです。
一方、ドイツやフランス、オーストラリアといった国々は、それなりの人口規模ですが、同時に高い生産性も実現していますから、日本にとっては参考になる部分が多そうです。
■生産性1位アイルランド「貧しい部類の国が一変した理由」
では、もっとも生産性が高かったアイルランドはどのような国なのでしょうか。
かつてのアイルランドは欧州の中ではかなり貧しい部類に入り、首都のダブリンには失業者が溢れているというイメージが一般的でした。しかし1990年代以降、積極的な外資優遇策を実施し、インテルなど著名ハイテク企業の誘致に成功したことで状況が一変しました。
IT産業が経済の牽引役となり、驚異的な経済成長を実現し、あっと言う間に欧州でもっとも豊かな国の仲間入りを果たしたのです。同国は、さらに外資優遇策を強化しており、現在では、アマゾン、アップル、グーグルといったネット企業が多数進出しているほか、近年では多くの金融機関の誘致にも成功しています。
重工業はあまり活発ではなく、製薬や化学など付加価値の高い産業に資源を集中する戦略をとっており、いわゆる従来型の工業国ではありません。アイルランドは、IT産業と金融を中心に産業を育成していると考えてよいでしょう。
こうした産業政策を円滑に進めるため、アイルランドでは教育に力を入れています。
同国の大学進学率は高く、しかもダブリンにあるトリニティ・カレッジ・ダブリンとユニバーシティ・カレッジ・ダブリンは、世界の大学ランキングでもトップ1%に入るレベルを維持しています。しかも国立大学ということで授業料は無料です。
かつて英国に支配されていたことから、国民のほとんどが流暢に英語を話せることも企業誘致に大きく貢献していると思われます(むしろアイルランド語の方が不自由する人が多いといわれています)。
■2位のルクセンブルク「金融ビジネスで発展」
アイルランドのGDPを見ると、個人消費は全体の3割程度しかなく(日本は6割)、設備投資と輸出の割合が極めて高いという特長が見られます。
設備投資と輸出の比率が高いというのは、工場や橋、道路といった公的インフラ整備が急務となっている発展途上国ではよく見られる状況で、高度成長期の日本や10年前の中国は、設備投資の比率が極めて高く推移していました。しかし成熟した先進国においては一般的に消費の比率が高まる傾向が顕著ですから、その点では、アイルランドは特殊な部類に入るのかもしれません。
生産性が2位のルクセンブルクは、典型的な金融立国です。
ルクセンブルクは、金融ビジネスを国是(こくぜ)としており、欧州を代表する金融センターとして知られています。金融関係のビジネスが生み出す付加価値は、GDP全体の3割近くに達しますから、まさに金融立国といってよいでしょう。同国には、スイスと並んで多数のプライベート・バンクがあり、欧州の富裕層の多くがルクセンブルクに資産を置いています。
また、税率の安さから、鉄鋼メーカーやIT企業などが拠点を構えるケースも多く、金融以外のビジネスも活発です。
ルクセンブルクのGDPを見ると、アイルランドと同様、個人消費の比率が低いという特長が見られます。一方で、輸出の割合はアイルランドよりも高く、輸出大国でもあります。ルクセンブルクにおける製造業の主役は鉄鋼ですが、同国の人口は62万人しかありません。
国の規模が小さいため、鉄鋼メーカーの輸出だけでもかなりの金額となっており、これがGDPにおける輸出の比率を高める結果となっています。
アイルランドもルクセンブルクも魅力的な税制によって金融機関の誘致に成功していますが、同時にITや鉄鋼など、製造業の誘致も行っており、これがGDPに対する輸出比率を高めています。この事例から、金融機関と製造業というのは、誘致に関しては相性がよいことがわかります。
■バーベキューとワーホリで経済を回すオーストラリア
先ほどの生産性ランキングを見ると、金融+先端産業で稼ぐグループにも、製造業に特化するグループにも入らない国があります。それがオーストラリアです。15位までには入っていませんが、ニュージーランドやカナダといった国も近い形態と考えてよいでしょう。
日本ではオーストラリアは鉄鋼石などの輸入先であることから資源国というイメージを持つ人が少なくありませんが、それは同国経済の一面を切り取った姿にすぎません。同国はGDPの8割近くをサービス業で生み出す典型的な消費立国となっています。
オーストラリアは基本的にガツガツ仕事をしない文化であり、定時に仕事を終えるのが一般的です。しかも、週末だけでなく平日にもバーベキュー(オーストラリアではバーベキューのことをバービーと呼びます)を楽しむ人が大勢います。
GDPのうち個人消費が占める割合は56%と高く、設備投資の多くが住宅や商業施設、オフィスなどに振り向けられており、いわゆる工場の設備投資や知的財産への投資はそれほど多くありません。
同国では、良質な不動産を維持するため、不動産投資信託といった金融システムの整備が進んでおり、これが内需拡大に大きな役割を果たしています。一般的に消費のみで経済を回そうとすると、米国のような苛烈な競争社会になりがちですが、オーストラリアは、ワークライフバランスと消費経済をうまく両立させています。
■消費立国として成功した理由のひとつは移民政策
オーストラリアの隣国であるニュージーランドも、オーストラリアと同様、消費立国です。ニュージーランドの基幹産業は一般的なサービス業と農業であり、最先端の産業や金融ビジネスはそれほど活発ではありません。
しかしながら、ニュージーランドも先進国としての生活水準を維持していますから、工夫次第では、極めて小さな国であっても消費によって経済を回すことが可能であることをニュージーランドのケースは示しています。
オーストラリアが消費立国として成功した理由のひとつは移民政策にあると考えられます。
同国は外国人に対してオープンな社会として知られており、毎年十数万人の移民を受け入れています。移民の存在がオーストラリアの消費経済活性化に大きく貢献しているのですが、無制限に移民を受け入れているわけではありません。
かつてのオーストラリアは白豪主義を掲げ、白人優遇の移民政策を行う時代が長く続きました。しかし同国は1970年代以降、「多文化主義」に転換し、従来の移民制度を完全に撤廃しています。
その結果、世間一般では、あらゆる移民を受け入れる国というイメージが強くなっているのですが、実際には、経済に貢献する高度人材に限定した上で、移民を受け入れているという状況です(人道上の必要性から難民を受け入れる場合には、別の枠組みが用意されています)。
■世界各国の若者がワーホリで毎年20万人訪れる
つまり高度人材に限定した上で移民を受け入れることによって、消費経済を活発にする戦略ということになりますが、これによって賃金が安い単純労働者が不足するという問題は起きないのでしょうか。ここをうまく解決する方策が、観光大国であることを利用したワーキングホリデーの活用です。
ワーキングホリデー(通称ワーホリ)というのは、2国間の協定に基づき、休暇を楽しむ外国人を相互に受け入れ、滞在資金を捻出する目的に限って一定の就労を認める制度です。期間は1年から2年で、原則として利用者はひとつの国について1回しか利用できません。
読者の皆さんの中にも、ワーホリを利用して海外に出かけ、現地でアルバイトをしながら滞在を楽しんだ人がいるのではないでしょうか。
オーストラリアは、留学のインフラが整っているため、諸外国の若者にとって人気の高い国となっています。今はかなり下火になりましたが、一時は日本人の若者が大挙してオーストラリアに語学留学していた時代もありました。世界各国の若者が、ワーホリを使ったオーストラリア旅行を希望するので、毎年20万人以上の若者がこの制度を使って同国を訪れ、滞在費用を稼ぐため、アルバイトなどの単純労働に従事してくれるのです。
■外国人に対して社会が寛容か
つまりオーストラリアには、知的能力や体力があり、しかも単純労働に従事する意欲のある若者が、期間限定で常に20万〜30万人存在する計算になります。彼等はあくまで国際交流のために訪問していますから、1年(もしくは2年)経過すれば、ほぼ100%母国に帰っていきます。
オーストラリアはこのようにして、単純労働者が国内に永住することを回避しつつ、人手不足の問題をうまく解決しているのです。
高度移民やワーホリの受け入れを維持していくためには、外国人に対して社会が寛容でなければなりません。
かつて白豪主義を掲げていた国ですから、潜在的にはマイノリティに対する複雑な感情があるのかもしれませんが、同国ではこうした風潮は経済にとってマイナスになるという明確な認識を共有することで、意図的に多様性のある社会を構築しているのです。
■日本が目指すべきは消費立国だ
日本が選択できるのは、やはりオーストラリアのような消費経済ということになると思います。
日本は製造業の国として知られる一方、個人消費の比率が6割近くに達するなど、消費の比率が高いという特長があります。これから人口が減ってくるとはいえ、現時点において1億2000万人の単一消費市場が存在している国というのはそう多くありませんから、これを有効活用しない手はありません。
消費立国といってもすべての製造業を捨てる必要はありません。
グローバルな競争力を維持している企業は、その事業を継続すればよく、一方で、薄利多売に陥り、競争力を失っている事業からは撤退することが重要です。その分のリソースを国内のサービス産業に充当すれば、日本の消費経済はさらに活発になります。
日本は競争力のある製造業だけを残し、残りは日本人自身の消費で経済を回す消費主導型経済にシフトするのがベストだと筆者は考えます。
しかしながら先ほどの表を見てもわかるように、消費経済で成功するためには社会の寛容さが何よりも重要となりますが、日本社会はとても寛容とは言えません。日本が豊かな消費社会を実現するためには、どうしてもこのカベを乗り越える必要があります。
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経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
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(経済評論家 加谷 珪一)
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