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「原状回復で700万円を払え」兄の孤独死で妹に降りかかった想定外の大出費

プレジデントオンライン / 2020年11月5日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Weedezign

親族が孤独死した場合、後処理としてどれくらいの費用を請求されるのか。ノンフィクション作家の菅野久美子氏は、「特殊清掃だけでなく、物件のフルリフォームを前提とした原状回復費用を求められ、総額で約700万円を請求されたケースもある」という——。

■腐敗体液で発生したうじが階下の部屋にポトリ…

年間約3万人と言われる孤独死——。

日本少額短期保険協会が、2019年に発表した第4回孤独死現状レポートによると、原状回復費の平均損害額は、36万1392円。ゴミなどの残置物処理費用、21万4120円と合わせると、60万円近くになる。通常はこの費用は、賃貸物件であれば保証人が、分譲物件の場合には相続人が、原状回復の責任を負うことになる。孤独死現場を取材していると、実際には数百万円という原状回復費用が請求されるという事態に度々遭遇する。

なぜ、このような大金がかかってしまうのか。

いったん、お部屋で孤独死が起こると、夏場は特に遺体がすさまじい勢いで腐敗し、焦げ茶色の体液が体中から染み出す。甘ったるいような、なんとも形容しがたい腐敗体液が体中からあふれ出し、フローリングであれば、床材がグニャグニャになるほど浸透してしまう。そこに、部屋の換気扇などわずかな隙間から入り込んだハエがうじを生み、地獄絵図と化しているのが、偽らざる実態だ。

私が取材した木造の古いアパートでは、二階で亡くなった女性の腐敗体液によって、うじが発生し、畳を通り抜け、階下の住人までポトリと落下したことで孤独死が発覚したケースがあった。背筋が凍りつく思いがするが、これは今も日本全国で起こっている現実である。

通常のマンションであっても、体液が階下まで伝わり物件の原状回復工事が終わるまで下の階の住人がホテル暮らしを強いられたり、そのにおいに耐えきれず隣人が引っ越しを余儀なくされた例もある。孤独死が起こると、金銭的な代償はもちろんのこと、周辺住民に多大な迷惑や心労を及ぼす。亡くなった部屋の問題だけでは済まなくなるため、費用も膨れ上がる。

■兄を亡くした女性はなぜ700万円を請求されたのか

前述のレポートによると、孤独死した場合、遺体が発見されるまでの平均期間は、17日。2~3日ならともかく、ここまで長期間遺体が放置されれば物件への影響も深刻となるのは、必然といえる。

しかし、一番の問題は、孤独死の特殊清掃よりも、孤独死した住民の部屋の使い方である。

兄を孤独死で亡くしたA子さんは、管理会社から原状回復費用として約700万円を請求された。20年以上ひきこもりだった兄が住んでいたマンションは、体積したゴミの層とCDや本で埋め尽くされた男性に多い典型的なモノ屋敷だった。

兄は人間関係のトラブルで会社を退職後、長年部屋を閉め切り、換気もしていなかった。部屋はカビだらけで、たまねぎなどの野菜や腐った食べ物が散乱しており、死臭と混ざり合い、すさまじいにおいを発していた。そのため、部屋中に食べ物の腐敗臭やすえたカビのにおいが壁紙を通り抜けて、柱など建材の奥深くまで染みついてしまった。

注目すべき点は、遺体の腐敗体液の特殊清掃や部屋のごみの撤去費用そのものは80万円近くで済んだということだ。

しかし、長年にわたって不衛生な環境での生活を続けた結果、物件のフルリフォームを前提とした多額の原状回復代金が追加で必要になり、この費用が、600万円近くかかった。

曇りの日の新宿、奥に見えるビル群は灰色の霧の霧に覆われている
写真=iStock.com/ablokhin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ablokhin

フルリフォームというのは部屋の中の造作部分を解体して、スケルトンの状態にしてからすべて新しくすることで、簡単に言うと部屋の造作をすべてやり直すということである。

A子さんは会社員時代の兄の保険によってなんとかこの費用を工面できたが、通常数百万円もの大金をいきなり用意しろというのは、遺族にとっては酷である。そのため、故人に財産がない場合はしばしば相続放棄され、その場合の原状回復費用は、大家が泣く泣く負担することになる。

■「飼い主亡き後に飢えて共食い」ペット屋敷のすさまじい現場

もう一つ、孤独死に特徴的なことがある。部屋の状況から男性は、セルフネグレクトに陥っていたと考えられるということだ。

セルフネグレクトとは、自己放任と呼ばれ、いわば自らを痛めつける緩やかな自殺行為である。医療の拒否や極端な食生活による不摂生やゴミ屋敷などが挙げられる。

孤独死する人の8割は、このセルフネグレクトの状態で死を迎えている。身の危険があるほどのモノ屋敷やゴミ屋敷、または、世話できないほどの数のペットを飼うなどしたペット屋敷もこれにあたる。

特にペットを不衛生な環境で多数飼育しているケースだと、ペットの糞尿を処理せずに放置していることもあり、建材はボロボロに腐食する。人間の腐敗体液よりも、ペットの糞尿のにおいを取るほうが難しいという特殊清掃業者もいるほどで、部屋へのダメージもすさまじい。

また飼い主亡き後に、飢えて共食いをするなどして想像を絶する切ない大惨事となっていることもある。

セルフネグレクトに陥った人は、近隣住民や人との関わりを拒絶することもあり、部屋の現状を周囲が知らぬまま、何年、下手したら何十年と放置されてしまう。

その物件だけが社会から隔絶された島宇宙化してしまい、亡くなった後で、とてつもなく荒れ果てた部屋と多額の清掃費用が残る。

■指定の業者でないと原状回復したことにならないケースもある

孤独死では、清掃費用をめぐってのトラブルも多い。

大手ハウスメーカーでは、貸主が指定した下請け業者による修理でなければ、原状回復したことにならないと、賃貸契約書に記載されている場合がある。例えば、畳を汚してしまった場合なども指定した畳業者でなければならない。仕様の画一化という側面があり、ブランド化された物件は、設計段階から形や色などブランド指定の仕様の詳細が決められている。その通りにリフォームしなければならないことが、高額な請求金額につながるケースがあるというわけだ。そのため、清掃費用をめぐっては、しばしば大家と遺族の間でトラブルとなり、ひそかな社会問題となっている。

私は、常々一人で亡くなることそのものは問題ではないと訴えている。

しかし、本人が苦しみや生きづらさを抱えたまま、それを誰にも相談できずに、セルフネグレクトに陥り、孤立を余儀なくされる社会構造は大いに問題だ。

■周囲に助けを求められれば結果は違ったかもしれない

孤独死の現場では、その結果として遺体もお部屋も痛ましい状態となり、周囲も大騒ぎとなる。生前に何らかの病気を抱えていても、社会から孤立したことで医療機関とつながっておらず、衰弱死したと思われる事例にもよく遭遇する。そのため、取材では生前に故人が誰かと関わっていたり、周囲に助けを求めていれば結果は違っていたと感じて打ちのめされてしまう。

新型コロナによって、人々のますます孤立と分断が進みつつあると感じる。地域の見守りを行う民生委員も高齢化していることもあり、高齢者の安否確認も希薄になり、数カ月と長期間遺体が放置されることがざらになってきた。

その背景には、「社会的孤立」の問題が横たわっている。筆者の推計では、わが国では1000万人が孤立状態にあるが、今後ますます社会的弱者が放置され、置き去りにされつつある世の中に進んでいるのは間違いない。

この孤独死という日本社会が抱える問題について、国などの行政機関が取り組むのはもちろんだが、いま一度、われわれ一人ひとりが自分事として向き合う時期が来ているのではないだろうか。

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。

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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)

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