菅首相の人生相談「60代上司の根性論をやめさせるには、飲み会で自分のビジョンを話せ」
プレジデントオンライン / 2020年11月4日 11時15分
※本稿は、別冊プレジデントムック『第99代総理大臣 菅義偉の人生相談』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■高度経済成長期の経験があるからこそ、若い世代へ厳しくしてしまう
菅義偉です。今回のお悩みはこちらです。
さりげなく会社の机に『失敗の本質』を置いて反省を促そうとしましたが、鈍感力の強い上司には無意味でした。「せめて人員の補充を」と頼んでも「やる気がないからそんなことを言うんだ」と取り合ってもらえません。(30代男性・会社員・神奈川県)
その上司の方と同じ世代に属する一人として、他人事とは思えない心境であなたの相談を読みました。「働き方改革」は政府が積極的に推進する重要課題の一つであり、不要な残業や不合理な勤務環境の改善・改革は極めて重要です。また、仮に上司の方の言動がパワーハラスメントのレベルであれば、弁解の余地はありません。
問題が上司のマネジメント能力や資質の不足に起因するもので、その後も改善されないのであれば事態は深刻です。会社の相談窓口や会社の所在地を所管する労働局や労働基準監督署の労働相談コーナーに持ち掛けてみてください。
ただ、そのうえで誤解を恐れずに言えば、私も上司の方の同世代であるだけに、彼の心持ちが少しわかるような気もしてしまうのです。昭和前期に生まれ、高度経済成長期を知る私たちの世代には、特有の「頑張りすぎる」気質があり、それが時に若い世代への過度の厳しさとして表れてしまうこともあるのです。
■横浜市会議員選挙に初立候補した時は一日200軒に挨拶回り
私自身の中にも、そうした気質が残っています。横浜市会議員選挙に初めて立候補した1987年、38歳だった私にとっては文字通り「ゼロからの出発」でした。とにかく、まず名前と顔を覚えてもらおうと、数カ月にわたり、一日200軒ものお宅に丁寧に挨拶回りをしました。
わずかな時間も惜しいのでお昼はそばを大急ぎで手繰って済ませるのが常でしたが、あるとき立ち寄ったそば屋でそばを食べながら気を失いかけたこともあります。毎日、朝から晩まで歩き続けるのでいつも靴がボロボロで、見かねた支援者の方に靴をプレゼントされたこともありました。
やると決めたら、がむしゃらに頑張りすぎてしまうのが私たちの世代なのです。
この世代の人たちの中に、若手の部下に向き合う際に、つい厳しくなってしまう人が時々いるのは、もしかすると「自分たちがひたすら頑張り抜いて再建してきた戦後の日本や会社を、次に続く世代がしっかり引き継いでくれるのだろうか」という不安の裏返しなのかもしれません。
ただ私は、若い世代へのそうした不安は、全く当たらないと確信しています。私自身、日頃からベンチャー企業やNPO、メディアや官界で活躍する若い世代の方々と幅広くお付き合いさせていただいていますが、お会いして意見交換するたびに、政策判断に役立つ刺激やアイデア、問題提起を数多く頂戴しています。
■「私が若い世代を高評価しているのは日頃から考えを聞いているから」
あなたを含め、平成、そして令和の時代に活躍される皆さんは、しなやかで、したたかな世代です。間違いなく、これからの日本経済と社会を支え、牽引し、より発展させていくことができる。
私が自信をもって若い世代の皆さんの潜在能力を高く評価できるのは、常日頃から若い人たちの考えを聞き、問題意識を直接受け止めているからに他なりません。つまるところ、あなたにとっても、また、若い世代への根拠なき不安に囚われている(かもしれない)上司の方にとっても、大切なのは、上司に無理やり『失敗の本質』を読ませることではなく、普段からのコミュニケーションなのだと思います。
コミュニケーション不足により上司とあなたの間に認識のギャップや軋轢が生じているのだとすれば、双方の心がけと行動によって、それを解消することが先決です。
■「私の事務所は政界一厳しい」それでも定着率が高い理由
私の事務所は「政界一、厳しい」ことでも有名らしく、笑い話になりますが、たとえば自民党の税制調査会会長(当時)の甘利明先生は、事務所のスタッフがたるんでいると「菅事務所に出すぞ」と活を入れているとも聞きました。
確かに私は仕事に関して厳しいと思います。私自身、11年間秘書を務めた小此木彦三郎先生の下で、「政治とは何たるか、政治家の秘書はどうあるべきか」を厳しく叩き込まれました。若い秘書たちにも私の経験や学んだことを少しでも多く吸収して仕事に生かしてもらいたいため、徹底的に指導します。その結果、「菅事務所は厳しい」という評価も出てくるのでしょう。
ただ、その一方で、一度事務所に入ったスタッフの定着率がとても高いのも、私の事務所の特徴です。新たなキャリアへの挑戦や地方議員への出馬のために事務所を巣立っていくスタッフももちろんいますし、そういう人には私もエールを送ってきましたが、多くのスタッフが不満で辞めることもなく、日々頑張ってくれています。
これだけ「厳しい」事務所と言われながらスタッフが定着している一因は、私とスタッフがきちんとコミュニケーションを取れていて、スタッフが私の思いを理解してくれているからだと思っています。
■「上司が厳しくなってしまう理由」を把握してみては
普段からのコミュニケーションがあれば、仕事の指示一つとっても、個々のスタッフの考え、得意分野、伸ばしたいスキルなどを勘案しつつ、「おまえには初めてだけど、やってみろ」といった言葉を添えた指示が出せます。「これくらいできて当たり前だ、黙ってやれ」と上から押し付けるよりも、指示を受ける側の姿勢も前向きになり、成果も目に見えて変わってきます。
少し手前みそになりましたが、あなたの場合も、「上司が厳しくなってしまう理由」を把握することが不可欠です。双方の認識のギャップを少しでも埋めるために、まずは仲間も誘って、上司を飲み会や食事会に連れ出してみてはどうでしょうか。
そこで、あなたの世代が抱くビジョンや、描いている未来像についての話を聞けば、上司の方もあなたの世代に会社の将来、ひいては日本の未来を託しても何の心配もない、と安心してくれるのではないでしょうか。
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内閣総理大臣
1948年、秋田県生まれ。高校卒業後に上京し就職。法政大学卒。代議士秘書、横浜市議を経て、1996年衆議院選挙で初当選すると、以後、8期連続小選挙区当選。第一次安倍内閣で総務大臣に就任し、「ふるさと納税」制度などを創設した。その後、自民党選挙対策総局長、党組織運動本部長などを歴任。2012年に第二次安倍政権の発足にあわせて官房長官に就任、7年8カ月にわたって政権を支えた。2020年9月、第99代内閣総理大臣に就任。
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(内閣総理大臣 菅 義偉)
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