高校サッカーが主流である限り、日本が世界に肩を並べる日は来ない
プレジデントオンライン / 2020年11月3日 11時15分
※本稿は、稲若健志『世界を変えてやれ! プロサッカー選手を夢見る子どもたちのために僕ができること』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。
■学校の先生が「名将」と持てはやされる日本の異常
高校サッカーを学校の先生が指導している現状についていえば、海外では学校の先生がサッカーを教えているケースはありません。日本だけの文化であることは知っておくべきです。それなのに、日本のメディアは学校の先生たちを「名将」と書きます。
名将というのは、高校サッカーの中で勝ち星を挙げているから良い監督だ、という思い込みがあるからですが、結局は高校サッカーの中の名将であり、プロの指導者であれば、より理論的に教えられるのは間違いありません。
高校サッカーの悪しき例を挙げましょう。たとえば、年に1回、チームとして海外に遠征に行くことがあるとします。遠征先で色々なチームと試合をこなし、すごく良い経験になったという感覚を抱きながら、帰ってきたときに「あのときはああだったからこうだよね」と、現地で経験したことが海外のすべてという感覚で指導を展開する方々が少なくありません。
遠征したのはたったの1週間です。サッカーはそんなに甘くはありません。高校サッカーの先生たちがサッカーの1から10まで説明できるかと言えば、説明できない先生が圧倒的に多いのが実情です。
■学年単位で分ける制度は、世界から取り残されている
やはり、勉強を教えて、放課後だけサッカーを教える、という環境には限界があるように感じてなりません。日本の高校生に当たる年齢である、15歳から18歳の間というのは、海外であればプロになってもおかしくない年齢です。であるにもかかわらず、日本の場合は高校3年間はプロにはなれず、卒業するときの18歳になって初めてプロになれる可能性がでてきます。
そういう学年単位で分けられる制度自体が、もう時代に付いていけていません。18歳までは高校サッカー選手権に出場して優勝しましょう、そしてその後にプロになりましょう、そんな仕組みは世界には存在しないし、その分だけ日本のサッカーは世界から取り残されてしまいます。そこは変えていかないといけません。
高校年代でサッカーをプレーする環境のすべてをクラブチームに統一するか、部活動の指導者をすべて外部に委託するか、このどちらかしか方法はないのだと思いますが、現状では、高校サッカーで優勝することそのものが目的である場合、そんな改革をしなくても問題はない、となってしまうのが結末でしょう。
■才能がある選手が「学校の大会」のために頑張っている
高校サッカー選手権も日本の文化であり、100年の歴史を誇る伝統なので廃止にはできないと思います。ただ、世界では良い選手が16歳や17歳でデビューしてお金をもらって活躍しているのに、日本だけは才能がある選手が学校の大会のために頑張っている、という現状は世界からは理解されません。
![サッカーを楽しんでいる子供たち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/2/670/img_f2550788177a9ca0522747cf014bd298658590.jpg)
時には日本の独特の文化が足を引っ張ることも頭のどこかに入れておいてもらえれば嬉しいかぎりです。日本が世界のトップに肩を並べるためには、この部分の改革がない限り差は埋まらないことが目に見えていますので。
高校サッカーの一番の問題は、選手に値段が付かないことです。高校サッカーで活躍しても、他の国のスカウトなどからは、彼らを競争力が高いリーグに持っていったときに活躍できるのか未知数とされてしまうのが一番の問題なのです。
■18歳の選手に「約58億円」という移籍金がつく現実
たとえば、サントスからレアル・マドリードに入ったロドリゴ・ゴエス。移籍金は日本円にして約58億円でした。これが世界の市場で18歳の選手につく値段なのです。ヴィニシウスも好例の一つでしょう。17歳や18歳という年齢のときに60何億という巨額がついているのは、あのリーグであれだけ活躍できるのだからこの値段で買いましょう、という話になるからです。
しかし、日本の高校サッカーでどれだけ活躍しようとも30何億も出せるクラブはありません。学生同士のサッカーの環境でどれだけ活躍しても、ヨーロッパで活躍できるかどうかの指標にならないからです。あの何万人の熱狂的なお客さんの前で耐え得るメンタルを持っているんですか? と聞かれてもわかりません。だからお金を払えない、となってしまうのです。
高校サッカーには競争力はありません。なぜならば、学生サッカーだからです。良い選手もいます。しかし、彼らをヨーロッパに連れていったとき、あの熱狂的な観客たちがいる中で、あの激しいボディコンタクトがあり、その中でどのぐらい活躍できるかがまったく読めません。
これが高校サッカーから選手が海外に飛べない理由であり、日本が発展できない理由かもしれません。
■日本のサッカー文化にない「選手を売る」という考え方
日本のサッカー文化にないのは、選手を売る、という考え方です。それゆえ、クラブはずっと貧乏だし、選手はプロになることで目標を達成してしまいます。選手の隣にエージェントが付いて、選手をこの価格で売ってやろう、という野心家もいません。
エージェントもプロからプロへの移籍は担いますが、若い選手に目をつけません。そもそもこの国のシステムとして、高校サッカーの選手を売ることが禁止されています。FIFAの「18歳までは代理人をつけてはいけない」というルールがあるから遵守しているわけです。
しかし、それもこの国だけの文化です。他の国はなんだかんだで選手に目をつけていて、17歳の選手でもプロになれば価値に応じて売ろうとします。他の国の場合、「選手を売るために育てる」という考え方ですが、日本の場合は「プロにするために育てる」という考え方をしています。プロにすることが最終目的地。
他国は選手を売ってクラブが利益を得る。売るために選手を育てる。売るのであれば若いほうがいいから17歳までにプロにする。才能があるので育てて価値をつける――そういう考え方が日本は乏しいのです。その考え方があるかないかで育成の方法が全然異なるのは明白でしょう。
■日本人の綺麗なサッカーでは海外で通用しない
日本の指導者に「基本となる練習を3つ、子どもたちにやらせてください」と言うと、おそらく、パス練習とシュート練習とドリブル練習が始まると思います。この点だけでも、海外と日本では“基本的なこと”の概念がそもそも違います。
たとえば、こういうことを日本では教えません。
「サッカーはどこでファウルをしてもOKで、どこでファウルをしてはいけないんだ」
「どこでボールを奪えばいいのか、どこで相手に体を当てれば突破を阻止できるのか」
こういった勝負に勝つために大事なことをしっかりと教える機会が非常に少ない文化だと思います。基本が1、2、3と杓子定規的に決まっていて、だからサッカーがすごく綺麗で、あまり接触のないプレーを好むようになるのだと思います。しかし、残念ながら、その綺麗なサッカーでは海外に出たときに勝つことはできません。
■勝つためにはもっとずる賢いプレーを基本に入れるべき
南米の子どもであれば、「あの審判はあまり笛を吹かないから、ガッツリいっちゃおうぜ!」などといった会話が聞こえてきます。でも、日本ではそのような光景はあまり見ることはありません。
![稲若健志『世界を変えてやれ! プロサッカー選手を夢見る子どもたちのために僕ができること』(東洋館出版社 )](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/200/img_3cb3aeea1c54512296526948cdecf7c2330787.jpg)
これがたとえば、学校であれば「あの先生は怖くないから、この授業はサボっても大丈夫だな」などと先生によって態度を変えて力を入れたり抜いたりすることができるでしょう。もちろん、良いことではないですよ(笑)。でも、サッカーでは「あの審判は全然ファウルをとらないからガッツリいっちゃおうぜ」という会話は試合に勝つために非常に大事なのです。
そういう意味で、南米における“基本”に含まれるものは非常に広いのです。
「あの審判は走るのが遅いから、ここまで行けばオフサイドをとられないぞ」
「今日はあいつか。あいつはすごくファウルを取るから気をつけようぜ」
これが南米の子どもたちが試合前に交わす会話です。
つまり、日本でも試合を勝ちに行くために、もっとずる賢いプレーを“基本”の中に入れて当たり前にしないといけないと思います。学校の授業であれば、算数、理科、社会、国語、英語。サッカーであれば、パス、シュート、そしてマリーシア、といったように。
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サッカー指導者
株式会社ワカタケ代表。1979年生まれ。神奈川県出身。藤嶺学園藤沢高校卒業後、ディエゴ・マラドーナに憧れアルゼンチンに渡航しプロ契約を結ぶ。愛媛FCや栃木SCなどでプレーしたのち引退。26歳のときに株式会社ワカタケを設立。全国で立ち上げたサッカースクールで小学生など年間5000人近くを指導している。また、2012年に日本で初めて行われたレアル・マドリード選手発掘事業で通訳を務め、中井卓大選手の挑戦を支援した。年間1000人以上にサッカー留学の機会を作っている。著書に『親子で学ぶアルゼンチンサッカースピリット』『十年後の君たちへ輝かしい未来へのエール』(ともに随想舎)がある。
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(サッカー指導者 稲若 健志)
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