藤野英人「働き方の柔軟性、多様性がない会社に優秀な人材は集まらない」
プレジデントオンライン / 2020年11月7日 9時15分
※本稿は、THE21編集部『論客16人が予測する コロナ後の新ビジネスチャンス』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■「損得」ではなく「幸せ」が重要
街中から人が消えた数カ月間――「ステイホーム」期間は、日本人の行動原理を大きく変える契機となりました。
この期間中、私たちは、これまで見てこなかったこと、気づかなかったことを数多く目にしました。それらは確実に、アフターコロナの生活に深い影響をおよぼすと考えられます。緊急事態宣言解除後も、すべてが元通りにはならないでしょう(6月5日に取材)。
必然的に、今後の日本社会や産業構造にも、大きな変化がもたらされると思います。それを予測するうえで、まず押さえておくべきなのが、価値観の変化です。
物事に対する判断基準が、「損か得か」から「ハッピーか、ハッピーでないか」へと大きくシフトしています。この価値観と親和性の高いモノやサービスに人気が集まっているのです。
■家庭生活を豊かにするサービスが好調
例えば、健康。ランニングマシンやダンベルなどの運動器具が急激に売上げを伸ばしています。表層的には、ジムに行けなくなった人たちが代わりに買っていると捉えられますが、その奥にあるのは、人々が自分の身体に対してより意識的になったという変化です。
家具やインテリアも好調です。テレワークを快適かつ効率的にしたい、毎日過ごす空間をよりお洒落にしたい、といったニーズが高まっています。
花や植物も、法人向けの需要は減少したものの、個人向けが絶好調。庭やベランダで花を育てたり、家庭菜園を楽しんだりする人が増えています。
料理も大ブームです。SNSには自作の料理やお菓子を紹介する投稿があふれ、調理器具や調理家電、ガスレンジなどの企業が軒並み業績好調です。
もちろん、スーパーなどの小売業も好調で、冷凍食品の会社なども業績を上げています。また、パンやお菓子作りの材料や世界の料理を気軽に楽しめるスパイス、調味料類もよく売れています。ペット、ゲーム、書籍、釣り用品、パソコン関連なども好調です。
動画配信サービスやZoomなどのオンライン会議サービスも爆発的にユーザーを増やしました。通信やインターネットの重要性が今後さらに高まることは言うまでもないでしょう。
さて、ここまで挙げたモノやサービスは、すべて身の回りのものであることが共通項です。それはとりもなおさず、「家」の重要性が高まったということです。大人はテレワーク、子供は休校で、家族が24時間ともに過ごした経験は、家庭回帰のスイッチを押しました。外から内へと、人々の価値観が180度転回したのです。
■「贅沢」「マッチョ」な価値観は前時代的
この転回は、旧来の価値観が変化するということでもあります。
その筆頭が、タテ社会。年功序列、上司と部下、先輩と後輩など、ヒエラルキーの上下関係を重んじる風潮は新型コロナウイルスの流行前から翳(かげ)りを見せ始めていましたが、今後はさらに加速します。ネットワーク的な横のつながりや個人の尊重が、それに取って代わるでしょう。
![オフィス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/3/670/img_03f803287a8ab06e7118f97940a2d8f8997387.jpg)
根回しや密室での会議といったことも重要性を失っていくと思われます。フラットで公平な関係性に逆行するものですし、物理的にも「密」になるからです。
同様に、二次会三次会と長時間拘束されるような「飲みニケーション」も避けられることになります。若い世代にはすでに、飲んで騒いで結束を固める人間関係を古くさいと考える人が増えていますから、世代交代とともに、その傾向が強まるはず。タテ社会の崩壊は、「バブルっぽさ」や「マッチョ」な価値観を葬ることにもなります。
ゴージャス、強い、大きい、すごい、などの褒め言葉は時代とそぐわなくなり、お金にモノを言わせて贅沢をする行為は、むしろ前時代的とされる可能性が大きい。
例えば接客を伴う飲食店などの「夜の街」。「すご~い」「さすが~」と男性を褒めそやす商売は、まさに古い価値観に属するものです。クラスター源となりやすいことも、言うまでもなくリスク要因です。
■家という箱の立派さよりも中身が大事
先ほど、重要性が高まるとお話しした家についても、大事なのは、家の中にいる「人」です。家族と快適に暮らせているか。心が通じ合っているか。どんなに立派な家に住んでも、家族が良い関係を築けていなければ極めて不幸です。
お金持ちのみならず多くの人々が、今、家族と改めて向き合っています。家の中の楽しみを発見する人がいる一方で、これまで表面化しなかった問題に悩む人も多いでしょう。「コロナ離婚」が話題になりましたが、アフターコロナにおいても、離婚はおそらく増えます。
しかし、それは決して悪いことではありません。その夫婦にもともとあった問題が顕在化したのであって、その二人が別れることは、双方が本来の道に立ち返り、人生を立て直すことへとつながるでしょう。
■地方移住は「閉鎖性」に注意
住む場所に関しても、ステイホームは新たな発見をもたらしました。テレワークが可能であること、そして、都市は感染リスクが高いという事実に気がついたことにより、「地方住まい」という選択肢がクローズアップされています。
家で仕事ができるならば、東京にこだわる必要はありません。むしろ、地方のほうが地価も安く自然も豊かで、快適な暮らしができます。都市部の小さな家で自分のワークスペースも持てないより、地方で部屋数の多い家に住むほうがいいでしょう。
ただし、地方移住は失敗もあります。都会が物理的に密であるのに対し、地方は精神的に密な社会。外から入り込むのは大変ですし、入ったら入ったで、様々なしがらみがあるでしょう。
ですから、地方に移住するなら、なんらかの縁のある場所を選ぶのがいいと思います。自分の実家や配偶者の実家のある場所、もしくはその近くなら安心です。
■閉鎖的ではない地方という選択肢もある
そうした場所がなければ、「閉鎖的ではない地方」という選択肢もあります。首都圏に近い場所だと湘南や房総半島、さらに範囲を広げれば軽井沢、那須、越後湯沢、甲府、箱根、熱海などなど、豊かな自然環境と都会と共通した気風を併せ持つ地方は多々あります。
ちなみに、私も新型コロナウイルスの流行をきっかけに湘南に転居しました。海の見える家に住み、ペットをかわいがり、家庭菜園を楽しむ毎日です。
プランターからロメインレタスを摘んで作ったサラダ、自分で焼いたパン、栽培キットで育てたシイタケのバター醬油焼き、いずれもすこぶる美味。これまでとはまったく別種の豊かさを満喫しています。
![バルコニー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/4/670/img_447eb1ebd2407dc61af02da5504557341599215.jpg)
■生産設備の国内回帰で企業収益は悪化
さて、ここまでは消費者側の変化を述べてきましたが、モノやサービスを提供する側にはどのような変化が起きるでしょうか。
コロナ禍によって大打撃を受けた企業や事業主は数知れずありますが、ファイティングポーズはいまだ健在です。損失を取り戻そうとする人あり、別の場所で再出発を試みる人あり、新しい業態を生み出そうとする人あり。起業家も、混迷の時代にあっていよいよ意気軒昂。野心に満ちた人々が、日本に限らず世界中でチャンスを狙っています。
そう遠くないうちに、既存の枠組みを超えた新味(しんみ)のあるサービスが多数登場するでしょう。
しかし、需要の総量は落ちています。個人の収入が減り、ライフスタイルも贅沢志向から遠ざかった今、これから来るのは供給過剰。残念ながら、デフレが長く続くと予想されます。
もう一つ、注目すべきはサプライチェーンの変化です。
これまでは多くの企業が中国でモノを作っていましたが、生産設備を1カ国に集中させていると、そこで何かあれば企業活動が停止してしまうということが、コロナ禍によって広く認識されました。そこで、日本や米国などに工場を回帰させる、あるいは、ASEANなどへ分散させるという流れが出てきています。
これは、需要が増えないにもかかわらず工場を増やす、売上げが増えないにもかかわらず設備投資をする、ということです。ですから、企業は利益率を落とすことになります。
■無人化が進みロボット、IoT企業は成長
しかし、この流れによって恩恵に浴する企業もあります。
新しい工場では、密を避けるためにも、人件費を抑えるためにも、無人化、省力化が推進されるでしょう。すると、ロボットやマテハン(マテリアルハンドリング)機器を取り扱う企業の売上げが増えます。IoT技術の関連企業も、さらに成長するでしょう。それらを操作するためのコンピューターを作るメーカーや、その部品メーカーも、売上げを伸ばすと予測されます。
![最新の生産ライン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/1/670/img_01b05ef6087a48357efe928854fff845635170.jpg)
これらは日本の得意分野です。しかも、大企業から中堅、中小企業まで、様々な企業が扱っており、日本の中心的な産業に幅広くチャンスが巡ってきます。これは明るい材料と言えます。
株式市場はすでにこの予測を反映しています。多くの企業が業績を下げているにもかかわらず、日経平均株価が意外に好調な背景には、これらの関連企業の株価が上がっていることが少なからず影響しています。
■確実に起こる「マッチョの反乱」
以上を包含する、世界的な潮流もあります。
気候変動対策やSDGsなど、以前からあった動きは、コロナ禍で全世界の人々の健康、安全、経済が脅かされたことにより、いよいよ積極的に取り組まれることとなるでしょう。企業の社会的責任も、これまで以上に強く問われます。さらなる環境への配慮やダイバーシティの推進が求められるに違いありません。また、その一環として、LGBTQの権利に関する意識も高まるでしょう。
ただし、大きな流れが起こるときは、必ず反動も起こります。
タテ社会の弱体化、女性の社会進出、LGBTQの尊重といった変化に対し、確実に起こるのが「マッチョの反乱」。昔ながらの価値観を声高に叫ぶ人と、それに「我が意を得たり」と賛同する人とで構成される一派が、あちこちに現れるはずです。
そうなると、変化を望む人と望まない人の双方がストレスを感じることになります。前者は、保守的な人々の言動が目について、思ったほど改革が進まないことに苛立つでしょう。後者も、そもそも世の中の大きな流れに抵抗しているわけですから、やはりストレスフルです。
そういうわけで、数年後には、「思ったより変わらない」と嘆く人もいれば、「変わってしまった」と嘆く人もいる、誰もが不満を抱く社会になっている可能性があります。
とはいえ、全体を見れば、タテ社会の解体は不可逆的な流れです。その歩みは、早くはないにせよ、確実に進んで、後戻りはしないでしょう。
■職業選択は好きか嫌いか。心の声に従おう
社会の変化に対応できない企業も出てくるでしょう。
よく、変化に柔軟に対応できるか否かは業種によると言われますが、投資家として感じるのは同じ業種の中でもばらつきがあるということです。例えば、一般に保守的と言われる建設業界でも、ダイバーシティや働き方改革に積極的な会社は多々あります。
![THE21編集部『論客16人が予測する コロナ後の新ビジネスチャンス』(PHP研究所)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/6/200/img_663632ea7c2bd82d5126b33b3ba6c098344276.jpg)
職業選択においては、業種や職種と同等に、もしくはそれ以上に、勤務形態を重視する風潮が出てくると思われます。働き方に多様性や柔軟性があり、従業員満足度が高い会社には優秀な人材が集まるでしょう。当然、それは会社の競争力に大きく関わってきます。
とはいえ、努力をしても、コロナ禍による打撃を大きく受けざるを得ない業種もあります。飲食業や観光業は、業務の性質上、様々な対策を求められるでしょう。
そうした仕事に携わる人は、今後、どうすべきか。それはやはり、冒頭に述べた「ハッピーか否か」がポイントです。
その仕事を愛しているなら、収入が減っても留まることが幸福につながります。逆に、これから伸びる業界へ身を移して新たなチャンスをつかむという幸福の形もあります。
いずれにせよ、心の声に従うことが最良の選択です。好きか嫌いか、したいかしたくないか。自分にとことん向き合い、自分ならではの生き方を見つけること。それは、これからの人生に、お金や社会的成功だけでは測れない、新しい価値をもたらすでしょう。
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レオス・キャピタルワークス社長
1966年、富山県生まれ。90年早稲田大学法学部を卒業後、野村投資顧問(現野村アセットマネジメント)に入社。ジャーディンフレミング投資顧問(現JPモルガン・アセット・マネジメント)、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、03年レオス・キャピタルワークスを創業。以来、CIO(最高投資責任者)を務めている。中小型株の運用に長け、東証アカデミーフェロー、明治大学非常勤講師なども兼務する。
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(レオス・キャピタルワークス社長 藤野 英人)
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