来月もらえる50万円より、道端で1000円を拾うほうが高まる理由
プレジデントオンライン / 2020年10月31日 11時15分
※本稿は、青砥瑞人『BRAIN DRIVEN(ブレインドリブン)パフォーマンスが高まる脳の状態とは』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■脳にとってお金は非常に特異な刺激物
我々にとってお金は重要だ。モチベーションを高めてくれるものとしてお金を一番に思い浮かべる人も多いだろう。ここでは、お金についての脳内の情報処理がどのような特異性を持っているのか考察してみたい。
生まれたばかりの赤ちゃんがお金を見て「おお、これは価値あるものだ」と感嘆することは絶対にない。お金は、先天的に価値あるものとして脳内にインプットされているわけではない。成長していく過程で、後天的に価値あるものとして学習される。
成長するプロセスにおいて、すべての生物は無数の体験を重ねていく。ある出来事Aに関するポジティブなエピソードが、エピソード記憶Aとなる。それに付随した感情が、感情記憶Aとして脳の中に痕跡として残る。その記憶が自分にとって好きなものであれば、同じような体験を繰り返す。すると、脳の中ではポジティブなエピソード記憶と感情記憶が太い回路で結ばれ、セットの「価値記憶」として保存、蓄積される。
ところが、大人になればなるほどこの価値記憶を伴う快の体験をお金で買える構造に直面する。むしろ、価値記憶化された快の体験を、お金以外のもので代替することはなかなかできない。その意味で、脳にとってお金は非常に特異な刺激物となる。
さまざまな価値記憶化された快の体験がお金で買えるとなると、その価値記憶はお金と結びつくようになる。お金は脳の中で種々の価値記憶と結びつく特殊な存在なのだ。まさに「Neurons that fire together wire together」の原理で説明できる。さまざまな価値ある体験とお金が同時発火することで、お金の脳での立ち位置が、他に例を見ない存在として脳に居座る可能性が高いのだ。
そうなると、お金がモチベータとして有効になるかという疑問が湧く。
■宝くじはドーパミンを誘導しやすい
全員が全員そうなるとは限らないが、たしかにお金は価値として頭の中で記憶痕跡を残しやすい。したがって、報酬予測を導いてモチベータとして役立つ可能性は非常に高い。外刺激として目の前のお金がドーパミンを誘導しやすいからこそ、あり得る原理だと考えられる。
ただし、問題がないわけではない。マウスのドーパミン実験では、報酬が大きくても慣れた刺激にはドーパミンが出ない結果が出た。人間の世界でも、毎月支払われる給料、かつ毎月金額が変わらないと、ドーパミンは出にくくなるだろう。最初の給料にはワクワクしたのに、そのうち当たり前化して、ワクワクしない自分がいることを感じたことがある人は多いはずだ。
重要なのは、予測差分、期待値差分である。これがドーパミン誘導の基礎である。予想外、または経験したことがない金額が、お金によるドーパミントリガーとなる。
宝くじは、当たるかもしれないし当たらないかもしれない。まったく報酬予測が立たない。だからこそ、ドーパミンは出やすい。さらに、もしかしたら数億円という経験したことのない金額を得られるかもしれない。その差分もドーパミンを大いに誘導する。
■給料50万円より道端で拾う1000円
道端で1000円拾うのも、ケースとしてはなかなかないからドーパミンが出やすい。逆に言えば、経験の少ない金額、経験の少ない場面に遭遇しない限り、外刺激としてお金からドーパミンを誘導するのはなかなか難しい。そうなると、現在の給料制ではドーパミンの誘導はあまり期待できないだろう。
お金はモチベータとして、外刺激としてもちろん効果を発揮する可能性は高い。だが、あらゆるケースでモチベーションを高めるとは言えないだろう。
一方、内刺激はどうだろうか。頭の中で行うお金の報酬予測は「これをやると、これぐらいの金額をもらえるかもしれない」と考えることだ。
数字としてのお金は定量化されて非常にわかりやすく、予測が立てやすい。予測と結果も一致させやすい。来月の給料が50万円だと言われれば、50万円とわかってしまうから、期待の差分を生むのが非常に難しくなる。だからこそ、飽きたり慣れたりしてしまい、内刺激でもドーパミン誘導が難しいケースが非常に多い。
自分の予測や期待値はわかりやすいため、ポジティブに裏切られることがあればドーパミンを誘導しやすい。その環境が常につくられれば誘導として有効かもしれないが、現実問題としては非常に難しい。
■お金は長期的なモチベータとしては難しい
反対に、少しでもネガティブに裏切られると、お金は強く価値記憶化されていることから、怒り、悲しみ、不安、恐怖という強い感情が湧き起こってしまう可能性が高い。場合によっては生存に関わるレベルで脳の中に保存されている人もいるはずだから、より大きな怒り、悲しみ、不安、恐怖でネガティブな情動反応を示す。お金はそのような性質を持っているため、期待が裏切られれば心理的危険状態を導きやすく、集中力も記憶力も行動力もマイナスになってしまう。
お金が他のモチベータと異なるのは、脳の神経回路が種々の記憶と結びついて強い記憶を持つことによって、お金に対する価値観がその人の認知的柔軟性を規定する点だ。ほかのことに関しては受容できたとしても、ことお金に関する限り、ネガティブな情動反応を示すことも考えられる。お金はそれだけ特異で、強力な脳の配線をつくっていると考えられる。
それでは、お金を特殊な存在として扱ったとして、これをモチベータとして使えるだろうか。私は短期的なモチベータとしては使えるが、長期的には難しいと考える。なぜなら、後者の場合には、報酬に慣れる前にお金を少しずつ増やすことで変化をつけなければならないからだ。有限なお金でそのような設定をするのは難しいだろう。
■快の一部がお金という「カラフル」な状態は強い
記憶痕跡化のなかで、脳は記憶情報を一般化していく性質がある。私たちが報酬としてお金の設計を上手に行わないと、学習モチベーションには導けないと言えそうだ。
AさんとBさんがいるとしよう。AさんとBさんは、同じようなプロジェクトに従事している。
Aさんはさまざまな場面で時間軸に沿って体験をエピソード記憶として変換し、その痕跡が脳内に残されていった。ただし、取り立ててポジティブな体験があったわけではない。最終的に、プロジェクトが終わったときにポジティブな情動が得られるお金をもらった。
一方のBさんは、プロジェクトで一緒になったメンバーが楽しい話をしてくれたり、一緒に楽しく食事をしたりしながらプロジェクトを進めた。
つまりBさんは、ポジティブな情動がプロジェクトの体験の中で得られている。もちろん、最後に金銭的な報酬も支払われた。
Aさんの場合、さまざまなエピソード記憶があるなかで、ポジティブな感情記憶はお金から得たものがメインとなっている。一方のBさんに関しては、さまざまな経験量は同じだったとしても、蓄積しているポジティブな感情の記憶がバラエティに富んでいて、非常に「カラフル」な状態である。ポジティブな感情記憶に関して、お金の割合はほんの一部だ。
次にAさんとBさんが同じようなプロジェクトに従事するとき、それぞれが行動するモチベーションは何か考えてみよう。Aさんの場合はお金がモチベータになっている。お金がないと、行動の源泉になりにくいタイプである。
一方のBさんは、さまざまな快のポジティブな体験をしてきて、その一部としてお金があるにすぎない。むしろ、他の行動モチベータのほうが強いこともあるだろう。人に貢献したり感謝されたりする体験があって、そこに快感情が数多くあれば、それがモチベータとして作用し、行動に移ることも考えられる。
したがって、予測されやすいお金というモチベータだけでなく、そのほかの体験におけるポジティブな感情の醸成によるモチベータをもつ方が、より高いモチベーションを導く可能性が高くなるということである。
■新しい挑戦をする脳が、ますます重要な時代に
さらに言えば、結果のみにポジティブな感情が芽生えるような設計では、結果に対してしかモチベーションが湧かない。これが悪いわけではないが、そのような人は結果がどうなるかわからないことに挑戦する脳にはならない。
一方、結果に対するポジティブな感情を大切にしつつも、プロセスにおける価値、快感、喜び、やりがいを大切にする人の脳は、たとえ結果がどうなるかわからなくても、やること自体に意味、意義、楽しみを見出し、新しい挑戦をする脳と言える。
実際には、我々の日常において、結果が見えていることなどほとんどない。もしあるとしても、そのようなことは機械か人工知能がやってくれるようになるだろう。これからの時代は、ますます結果ドリブンの脳だけでなく、プロセスドリブンの脳が重要になるだろう。
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日本の高校を中退後、渡米。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学学部を飛び級卒業。2014年に株式会社DAncing Einsteinを創設。空間、アート、健康、スポーツ、文化づくりと、神経科学の知見を応用し、垣根を超えた活動を展開している。
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(DAncing Einstein Founder & CEO 青砥 瑞人)
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